78 - 『アーティファクト』
「秘匿アーティファクト六号、『揺籃の檻』――」
ディル翁に呼び出されて向った魔導府長執務室には、大きな箱が二つ置かれていた。
その箱の片方を開封しながら、ディル翁はそれの名を僕に伝えてくる。
アーティファクト。
神器や賜杯とも称される、その名の通り神が残したのではないか、神から賜ったようなものなのではないか、そう思わせるほどに強大な効果を持つ道具の総称。
少なくとも僕は、サムを初めとした多くの人達の証言から、アーティファクトをそういうものだと定義していた。
「このアーティファクトが破損したのはつい三ヶ月ほど前のことだ。厳密には三ヶ月前になって『破損していたこと』が発覚したと言うべきか……。アーティファクトの管理は厳密に行っているが、そうそう扱うものでもない。使わない間は――」
「封印していた……」
「――そう。封印している。だから、厳密に『いつ』破損したのかは解らない」
そして今、僕の目の前に置かれたそれ――『揺籃の檻』というアーティファクトの外観は、柔らかくうっすらと光を帯びた、ふわふわとした材質に見える籠だ。
まるで空に浮かぶ白雲を、『わた』のように編み込んだような、そんな籠。
うっすらと帯びたその光は、ともすれば『優しい』ものに見えるだろう。
けれど、これは……。
「このアーティファクトの効果は……説明した方が良いかい?」
「……僕は『道具』であるならば、それを見るだけでも、『解析しよう』と観察していれば、概要程度は理解出来ることが多いんです。もちろん特殊な効果だったり、細かい効果だったりするものについては、触れてようやく気付けるというものもありますし――道具は道具でも機械的なものに関しては、いまいち僕の『解析』が及ばないこともありますけれど」
「つまり?」
それは、道具のように見えて。
「そのアーティファクトの効果は断片的には理解出来たと思います。籠の中に入れたものを『庇護』し、『庇護できる状態に書き換える』もの――」
「…………」
「ようするに大人がその籠に足を突っ込めば、恐らく籠の効果で大人は赤子にまでその身体が巻き戻される。そして『赤子』という状態に巻き戻されたその人を、アーティファクトとしてのそれが包み込み、庇護する。『護る』という形で束縛する――つまり本質的には、『封印』するもの。人間に限らず動物でも魔物でも、恐らくは有効なんでしょうね」
道具として解析するならば、これで正しいはずだ。
あるいは生き物ではないものだって封じ込めるような力があるのかもしれない――けれど、それは本来の用途は生き物用。
ならばこれの本来の用途とは何か。
答えは、最初に言った通り――『庇護』なのだろう。
庇護が行き過ぎて封印になってしまったというだけで。
その上で、誤解していたと言う事自体は認めなければならない。
「僕はどうやらアーティファクトというものを誤解していたようです。いえ、誤解というか、思い込んでいたと言った方が正しいかも知れません――他のいろんな人からアーティファクトという存在についてを聞いて周り、そのアーティファクトに限りなく近いという道具もいくつか手にしたことがありますけれど、本物をこうやって見れば、なるほど。僕が見てきたものは、全くの別物だ」
「その様子だと、もう一つの箱の中身も解ったかな」
頷く。
なるほど、『箱が二つ』ある理由はつまりそれなのだ。
「僕はアーティファクトを道具の種別、特に大きな効果を持つ道具の事だと考えていましたが……とんでもない。誤解というか誤認というか、完全に間違っていた」
アーティファクトの正体。
それは、
「魔法の結果が道具のように形状を保って残っているもの――『魔法の残滓』。これほどの強烈な効果を持つ魔法、マジックやミスティックでどうにか出来る物ではないでしょう。それらを『使いやすく』するロジックやテクニックにできるはずもなく、月の魔法も例外的にすぎる。ならば引き算で、アーティファクトの本質は『パニック』だ。……『もう片方の箱』には、だからその魔法を行使した人間が入っている」
「ご名答――」
ディル翁はもう片方の箱も開ける。
その中には、透明な結晶体にその全身を包まれ、口と目を半開きにしている女性が入っていた。
この結晶……も、道具じゃないな。魔法、というか魔力の塊だ。
僕が使う集中力をリソースとする魔法におけるピュアキネシス、と似ているのだろう。
そしてこの結晶に包まれている女性は当然だけれど、もう、死んでいる。
死んでから結晶で保護したのか、あるいは生きている間に結晶で包んだのか……。
「しかしなるほど、『魔法の残滓』と君は呼んだか。なかなか興味深い見方だね――アーティファクト。パニックによって生み出された魔法そのもの。そのパニックが行使されている限り『どんなに破壊されても即座に修復される』という性質を持つ。パニックが途切れれば修復の性質は失われ、破損したらもはや治せない。それが我々――プラマナという国家が千年以上掛けて出した、研究の結果だ。だが君はアーティファクトを修復出来ると言った――『道具』だと思っていたからだろう。本質が魔法だと解った今でも、その言葉を言えるかい?」
パニックが行使されている限り修復される……? いや、それは結果だ。
恐らくはそう見えるというだけで、実際には『パニックが行使されている限り作り直されている』。
だからパニックが途切れることで、修復が出来なくなる。
ただ、修復出来ないと言うだけで、一度作られた物はそのまま残ると。
とはいえ、これは僕の直感。
流石に研究を続けているディル翁の言ってる事の方が正しいかな……どうだろう。
まあ、今は問いに答えよう。
「そうですね……即答できる範囲でも、二通りは試せることがあります」
「ほう。それは説明して貰えるのかな?」
「ざっくりと言うならば、『治す』か、『直す』か」
指をこすって光を生み出し、床に簡単な図を投影しながら説明する。
「『直す』の方から説明します。結局アーティファクトが魔法の残滓だというのが僕の結論になりましたけど、魔法の残滓、あるいは副産物としてのアーティファクトだとしても、道具として形状を保っているならば、それを修復することは可能です。『道具を直す道具』によって、強制的に直します」
「道具を直す道具……」
灰色のエッセンシア、ワールドコール――それが道具であるならば、問答無用で『直す』道具。
魔法に適応するためには錬金遷移術とか付与術とか、その辺の応用を噛ませる必要が本来はあるんだけど、『物質的に存在する魔法』に関しては、そのまま振り掛けるだけで直せることが多いし、少なくとも『揺籃の檻』については直せるだろう。
「一方で『治す』というのは、パニックを『疑似的に再発させる』というアプローチです。一瞬でも再発したら、その再発をトリガーとしてアーティファクトが『治る』はずでしょう?」
「それは道理だが、どうやって再発させるのかな?」
「術者の死体をそうも『大事』に保管している以上、発想自体はプラマナでもされていたんでしょう」
「…………」
ディル翁は黙ることで回答とした。
図星だったようだ。
要するに術者の死体から行使されていた『パニック』を抽出して疑似的に発動させるなり、あるいは死体に一時的な生命を宿すことで再びその死体に『パニック』を発動させるとか……種類はいくらかありそうだけど、そういうことは検討されていたんだと思う。
だから死体が腐って朽ちないように、魔力で全てを覆って大切に保存しているわけだ。
とはいえそれは死体であって、物質的なものだ。
……品質値見えちゃってるし。
魂魄もこの状態じゃ失われてるだろうな……裏を返せばぶち込めるって事だけど。
この世界の魔法は魂魄の不在を取り繕えるのかな?
たぶん出来ないんだろう、だから発想してもその先に上手くいっていない。
発想自体はあるけれど、その先に進めていない。
……概念的には解決の見込みがあって、けれど何らかの問題でそれができない、とかもあるかな。
不死鳥とかを上手いこと使えばやれそうだし……。
ま、死体に興味はないので、話を戻すとする。
血ならまだしも、ね。
「前者ならば今すぐにでも直せます。後者ならば研究する時間が必要です。僕が習得しているいくつかの技術をうまく複合させれば可能だとは思いますが、どの程度時間が掛かるかは解りません」
「大した自信だ。けれど、君ならば事実、そうなのだろうね。時間の問題で、直してしまうのだろうな」
「まあ……修復以外の方法でもいいならば、もっと楽な方法もありそうですが」
「……何?」
魔法の残滓……だとしても、それが道具のように形状を取っている以上、『マテリアルとしてとても認識しやすい』のだ。
アーティファクトの最大の特徴を捨てても良いならば、道具として作り直すのが一番手っ取り早いし、なにより安定すると思う。
「ま、それは結局使えない手か……」
言いつつ、鞄の中から灰色のエッセンシア、ワールドコールの入ったアンプルを三つ取り出す。
そのうちの二つはディル翁に開封せずそのまま渡して、僕の手に残った一つの封を切る。
「『すぐに直せる』かつ比較的安全な手段として、これを使う方法です。僕はこの液体を『ワールドコール』と呼んでいます――効果は『振り掛けたものを修復する』。この道具では生き物を癒すことは出来ませんが、生き物ではないならば大概のものが問答無用で治ります。砕けた鎧や折れた剣でも、最も『状態が良かった時』に戻せると考えて下さい。例外もありますが」
「状態が良かった時に戻す……、」
アンプルの中身、ワールドコールを『揺籃の檻』に振り掛ける――『揺籃の檻』に触れた側から、灰色の液体としてのワールドコールは溶け込むように消えさって、その代わりに先ほどまでとは違った色に、『揺籃の檻』が瞬いた。
少し橙色に近い、柔らかく灼かな光……だ。
「僕の見立てではこれで修復できているはずですが……」
「…………。一応立場的に、聞かなければならないのだが。この『ワールドコール』という代物、どこで手に入れた?」
「さあ。結構最近ですよ。それ以上は内緒です」
嘘では無い。
今さっき取り出す直前に造ったというのが正解で正確だけど、『結構最近』に含まれるはずだ。
うん。
「なるほど、『揺籃の檻』は修復されているな……。…………。この残った二つの『液剤』、これはどうしたらいいのかな?」
「どうとでも。差し上げますよ。適当に壊した道具に掛けてどう治るのかを観測するも良し、ダメ元で『契約の秤』にも塗るなり掛けるなりして修復を試みるも良し、あるいは解析を行うも良し。ただ、解析するとしたら方法には気をつけて下さいね」
「危険だということかい?」
「いえ」
……どこまで説明しようかな。
全部を教えるのはあり得ないとして……、まあ、多少はおまけもしておくか。
「たとえば別の器に移動させたとき、その器がほんの少しでも『その器が作られてからの最高品質から劣っている』と、ワールドコールの効果が発動しちゃうというだけです。器を治して消費されると言う意味ですね」
「……このアンプル。先ほど君は開封したが、特に修復されたようには見えなかったが」
「『そういう道具』ですから」
「ふむ。あまり深くは教えてくれないわけだな」
「これでも教えている方だと思いますよ。『条件さえ整えれば水で薄めても大丈夫』とかね。アンプルの現物だって二つも差し上げてますから」
いや、本当に。
ディル翁は肩をすくめ、僕も同じように肩をすくめると、一段落と考えたのか、ディル翁は『アーティファクト』の箱を共に蓋を改めてしなおすと、とん、と箱に指を一度置いてから僕に言った。
「無理矢理に聞くというのも芸が無い。そもそも君には通用はしないだろう。『揺籃の檻』の修復はたしかに為った、その対価としてミスティックの基礎を教えよう。それ以上のことを知りたいならば、『契約の秤』の修復を。さらにそれ以上ならば、『ワールドコール』という道具そのものか、それに関する知識をもう少し提供して貰う事になるだろうが……。構わないかい」
「はい。構いませんよ」
「わかった、取引成立だ。ミスティックの基礎。最初の一歩を『叩き込む』としよう」
ディル翁の姿が一瞬、揺らいだ。
いや、違う――揺らいでるのは、僕の視界そのもの……?
それも違う。
渦だ。
あまりにも巨大で密度の濃い、赤い渦が視界を埋め尽くしている。
その渦の回転によって、視界が歪んで見えるほどに。
「普通の子だと、一瞬でパニックに落ちてしまう。けれど君ならばこの程度は余裕で耐えるだろう――君が七人目だ。さあ、ミスティックの神智を垣間見ると良い。眠りは一瞬、すぐに醒めるさ」
その『魔法』を身に受けて。
僕は意識を、手放した。




