77 - 魔導府長補佐実働部
プラマナにはいくつか特殊な組織がある。魔導府も当然その一つだ。
具体的に魔導府の何が特殊なのかと言えば、真っ先に出てくるのが国家元首である聖王でさえも口出しが出来ない独自性。
国王を聖王と呼ぶ以外は概ね絶対王政と言えるプラマナの政治形態において、『国家機関』でありながらその主権者からの干渉をはね除けるのだから大したものだ。
次に魔導府が持つ権力が明文化されていないという点。
魔導府という組織の存在それ自体は聖王の名の下に造られた組織である、と明文化されているけどそれだけで、魔導府がどんな組織として作られたのか、そしてどのような権力を持つのか……という点は、全く記載がされていない。
にもかかわらず、魔導府が現実的に持つ権力は強大で、ほぼ全ての国家機関に対抗しうるのだから特殊と言って間違いは無いだろう。
他にも聖王府の長は常に『ディル』という名前であるという点もこれにあたるのかもしれないけれど、組織の長である事を示す名前として襲名、受け継がれることはちらほら『過去』に僕自身が見たこともあるし、まあそんなものなんだろうとも思う。
地球の日本で言えば、行司さんとか落語家とか歌舞伎役者とか。
別の異世界でも歴史書架のヒストリアとかが居るしね。
ともあれ。
色々あって旧『育みの庭』に所属していた僕を含む四人の元冒険者は、プラマナの首都プライムに置かれた魔導府本庁に在するイノンド=ディル魔導府長補佐実働部の人員として、新たな環境に身を置いていた。
役職名はややこしいけど、要するにディル翁が直接雇っている便利屋だ。
ディル翁にあれをやっておいてくれと言われたらやるだけで、それ以上でもそれ以下でも無い。
その上でディル翁は滅多なことではそもそも『魔導府』の内部におらず、お忍びでお出かけをしていることが大半という始末。
あれこれをやっておいてくれという命令を出す人物が不在である以上、やることも無いわけで、ならばどうやってこの数日間を過ごしているかというと、その大半は訓練に充てている。
尚、僕達にも魔導府に所属している事を示す外套は配られたんだけど、その意匠はいつぞやに猫たちと見たそれとは大分異なった複雑さを帯びていた。
所謂魔法使いを育成する学校としての魔導府と、行政機関としての魔導府という、少なくとも二つの側面がこの組織にはあるそうで、僕達が貰った外套は後者、行政機関側。
いつぞやにみたのは育成所ないし学校の生徒、ということらしい。
で、育成側は外套の着用が義務なんだけど、行政機関側は自由にして良いんだとか。ただし着用を指定されることもあるらしい。
個人的に外套は好きでも無ければ嫌いでもないので、装備をしても良いんだけど、魔導府のものだと目立つんだよねこれ。よって普段は着用しない、としたら、タックたち三人も僕と同じような事を考えたらしく、『必要なときだけ装備する』で落ち着いたようだ。
というわけで、だ。
10月上弦14日。
天候、曇り。
聖都プライムの北部には主に軍が用いる広域訓練場が点在しており、そのなかの一つを魔導府として借り上げ、僕達四人で使わせて貰っている。
広さはおおよそ三百メートル四方の平坦な場所。地面も軽く整備されているため、スポーツだってできるだろう。この世界にスポーツの概念があるか微妙なところだけど。
ともあれ。
そんな、いつも通りの訓練も、今日はそろそろ佳境というところになっていた。
「だんだん慣れてきたね、ニーサ」
「おかげさまで――ねっ!」
槍の穂先に三色の光を灯しながら放たれたニーサの突きは鋭く僕に向ってきている。
まともに槍を扱ったのは今月の4日が最初だから今日で10日目、にしては随分とその動きは様になっていて、既に冒険者としての戦闘力は弓を持っていた頃を何段階か越えているだろう。
もちろん、弓と槍とでは単純比較のしようがないんだけど。
それでもここまで変わるのか、素質に噛み合うかどうかというだけで。
ショートソードで槍を弾きつつそんな事を考える――弾かれた槍の穂先は三色の軌跡を空中に残し、そこから火と氷と雷がそれぞれに生み出され、当たり前のようにこちらへと向ってきたので、ショートソードを回転させて破却。
「いや、剣で魔法を切り払うって……」
「案外できるものだよ。ニーサもいずれ槍で出来るようになると思う」
ちなみにニーサが今し方放ってきた三色の魔法は、以前ニーサが弓を使っていた頃に使っていた『トライアロー』の変形で、『トライパルス』というテクニックだ。
効果としてはトライアローが鏃に三属性の魔法を込めていたように、トライパルスでは穂先に三属性の魔法を込めるというもの。
ただし、トライアローの頃からやや効果が調整されていて、三属性を一つの穂先に同時に込めることもできるし、今回のように攻撃が命中しなくても空中から攻撃魔法として分離発動させることができるようになっている。
このあたりのカスタマイズはディル翁が片手間にとやってくれたんだけど……、まあ、やってくれたこと自体はありがたいし、効果的にも最高に近いだろう。文句などあるわけがない。
「次、タック」
僕が言うと、真上からその矢は猛烈な速度で落ちてくる――しかも、雨のように大量に。
槍から弓に武器を持ち替えたタックは、弓でも扱えるミスティックスキルを新たに習得、それによって目覚ましい進歩を迎えていた。
今のこの攻撃もミスティックスキル『アロー・ウィズレイン』というもので、『雨』という天候を矢において再現したもの――文字通り、『雨のように矢を降らせて攻撃する』というものである。
数で押している以上単体の攻撃力はそれほど高くはないだろうと侮るなかれ、一本ごとの威力はただそれだけで既にニーサが放っていた矢と同程度の威力は持っている。
それが数百数千という規模で大量に降ってくるのだからなかなかの脅威だ。
指をこすって『魔力の光』からマジックを連鎖発動、『魔力の業火』で空に火柱を生み出し、振ってくる矢を悉く焼き尽くす。
そんな僕の対処に、けれど姿を見せないまま『不可視の矢』を放ってきていて――まあ、それは視覚的に見えないと言うだけで、眼鏡を掛けている僕には矢印として明確に観測出来るので、持っていたショートソードでたたき落しつつ、その矢印の出てきた方向にショートソードを投擲。
「うわっ!」
と、投擲したショートソードをぎりぎりでつんのめりながらも避けたタックは、その姿をようやく見せた。
ミスティックスキル、『ハイドバイ・ライト』――ざっくり言えば光学迷彩、疑似的な透明化を行うミスティックで、それ自体は結構前から使えたらしい。
ただ、前衛としてのタックとそのミスティックの相性は最悪だった。自分にしか効果が適応できない上、真面目に他人からは観測がほとんど不可能なものだから、連携が出来ないのだ。
今回弓を持ち、後衛になることで『そういえばこのミスティックが使えるから使ってみよう』と使い始め、それに会わせるように『不可視の矢』として、放つ矢にも光学迷彩を施せるように拡張したらしい。
「なんで矢と場所がバレたんだ……?」
「確かにそれを使われると『見えない』けれどそれだけだからね。たとえば音が聞こえたりもする」
そして今指摘したとおり、それらの魔法はあくまでも視覚的な透明化だけであって、音はきっちり聞こえるため、直接的な観測は無理でも音から位置を探ったり、あるいは魔法によって観測することはできるので、無敵とはほど遠い。
それでも敵に回すとこれ以上なく厄介だろうけど……。
「次、コウサさん」
「おー。お手柔らかに――ね!」
一気に遠くから踏み込んできたコウサさんが構えているのは二振りの剣で、右手に持った剣は長く、左手に持った剣は短い。
また、それらとは別にグラディウスとブロードソードを腰に差しているけど、その二振りはかつてニーサとタックが持っていたものだ。
コウサさんはその二人と違って、武器種そのものは素質にあっていた。
確かに長剣を扱わせれば十分に強いのだ。けれどコウサさんの素質にはまだ『先』があり、それこそが『二刀流』である。
最初は同じ長さショートソード二刀流で訓練を始め、短剣二本や長めの剣二本、その後はそれぞれ左右に別の長さで様々な組み合わせを試した結果、どの組み合わせでも致命的な欠陥は無かったこともあって、コウサさんは全部で七本の剣を装備している。
七本の内訳は先ほども挙げたグラディウス、ブロードソード、そして今右手に持っているロングソードと左手に持っているマインゴーシュ、鎧に隠している二本の短剣と、背負った長剣である。
ようするに、コウサさんは戦い方を変えたというより、拡張したのだ。
長剣だけに頼るのでは無く、その場その場で必要な剣を必要に会わせて組み合わせて使う――まだ今の段階では早いけど、『ザ・ソード』の称号がちらついて見えるほどの素質は十分に備えている。
ロングソードの斬り降ろしを両手で白羽取りしつつ、マインゴーシュの追撃をかわしながら強引にロングソードを奪い取り、そのまま両手でロングソードを振り抜けば、コウサさんはマインゴーシュでその一撃を受け止めつつも右手を背負った長剣にあてた。
斬撃による防御を実現するテクニックは、未だに健在。
以前はこれに強く頼っていたため変則的とはいえ『盾役』として十分の性能は誇っていたんだけど、今のコウサさんはそれに加えて複数の剣を複数に組み合わせることで攻撃のバリエーションを獲得した。
基本的にはバージョンアップと言えるだろう、けれどまだ完成形では無いと本人も自覚しているようだ。
『ザ・ソード』の現実的に見えるのは、そこが解決できてからかな。
「……素手で剣を奪い取るって。なかなか凄まじいことをしてくれたね」
「防ぎたいならば相応の対策をして下さいね。僕以外にもこの程度をやれる人は多いですよ」
「あまりそういう人とは敵対したくないなあ……」
それは僕もだ。
なんてところで、全員揃って構えを解く。
「ニーサの槍はだんだんと鋭くなってきてるね。そろそろ僕もショートソードじゃ捌ききれない。タックの弓はミスティックとの連携がかなり自然にできていて厄介だ。コウサさんの剣もそつが無い。皆明らかに強くなってるよ、レベルも千単位で上がってると思う」
「それで、そんな私達を軽くいなして、汗一つかいていないグロリアか」
「魔法使いとしてでもオーバー気味だったのに、全分野でこれって。コウサもすごい奴をスカウトしてきたよね……」
「俺だってここまでとは思わなかったけれど……」
「あはは……」
とはいえまだ、千単位。
まだまだこの三人は強くなる――素質に噛み合っている以上、その素質が許す最上限まではあっさりと育つのだろう。
問題はその先だけど、その先の事を考えるのはそこに至ってからで良い。
「さてと、訓練はここまで。この後は自由時間って事で」
もちろん、自由時間中も訓練を禁じるわけじゃないし、三人は訓練を続けるのだろうけれど。
そんな事を考えつつも訓練所の隅に移動している間に、すでに三人は自主練習として乱闘形式の稽古を始めていた。
熱心なことはいいことだ、怪我をしないならばだけれども。
「元気にやってるね。それにこの前とは見違えたようだよ――」
「…………」
そして訓練所の隅に設置したベンチに座ったところで、そんな声を掛けられた。
当然、掛けてきたのはディル翁である――三人はこちらに気づいていないようだ、そもそも僕にもディル翁がどこにいるのか見えていない。
声もとりあえずは聞こえているけど、たぶん遮音してるんだろうな……。
「修復を依頼するアーティファクトの準備が出来た。今日中に魔導府の私の部屋まで来てくれるかい」
「はい」
「よろしい。それじゃあまた後で」
ディル翁はついに姿を見せることも無く、その存在そのものが消え失せたような、そんな感触を僕は覚えた。
なんというか……、いつからそこに居て、いつから見られていたのかさえ解らないんだけど。
相変わらず底が知れない人だ。
あっちもあっちで僕に対して似たような事を感じてそうだけど……。
まあ、いいや。
座ったばかりだけれど立ち上がってと。
「ちょっと気になったので、魔導府本部で魔法の調整してきます。早く済んだら一度こっちに寄るつもりですけど、手間取ったら直接拠点に帰るかもしれません。三人とも、適当に切り上げてくださいね」
「了解。気をつけて」
「ああ」
「わかった。頑張れよ」
嘘と真実の中間点のような事を三人に伝えつつ、僕は訓練所を後にした。
訓練所からプライムまでは、普通に歩いて二十分ほど。
のんびりと、けれど多少は急いで魔導府本部へ。
セキュリティチェックを抜け門を潜り、魔導府長の部屋へと向った僕は、ついにこの世界が抱える『アーティファクト』の現物と、対面するのだった。




