76 - マジで処される一手前
冒険者の移籍という行為自体は、それほど多くは無いけれど心当たりはいくらでも出てくるような、そういう中途半端な事だったりする。
その中では例えば大商人のキャラバン隊を護衛した冒険者のパーティが大商人に気に入られ、大商人に専属契約を結ぶというものが特に多い。
それ以外でも『依頼主』が『依頼』を成功させた冒険者を気に入ったときに専属契約を持ちかける、というのが殆どだ。
珍しいケースとしては、冒険者として活動している間に『情報ギルド』側の活動を無意識にこなしていて、それに目をつけた情報ギルドが移籍を打診するとか、そういうあたりだろうか。
とにかく重要なのは、『移籍それ自体は珍しいわけでも無い』という点だ。
なので冒険者ギルドにおいて移籍手続きは制度化されており、冒険者がギルド側に移籍先からの書状と一緒に申告し、ギルド側はそれを踏まえてその冒険者の所属をギルドから抹消し、その後改めて元冒険者は移籍先と契約を行う、という流れになるわけだ。
尚、この抹消手続きにおいて功績までは抹消されないため、出戻りしたら元々の功績通りに扱われるし、冒険者ギルドが称号を与えている場合も、一部の特殊な称号――キーパーとかのギルド中枢系――は剥奪されるけど、そうではないものならばそのまま持ち越しできたりするわけだ。
話が逸れた。
今重要なのはその部分では無く、移籍という手続きにおいて、『移籍要求書』を使っていないという点だ。
これには冒険者の移籍が事実上、『冒険者』『冒険者ギルド』『移籍先』の三者が同意した上で行うべき事だとされているからで、先に挙げた例でも冒険者が大商人の直属に移籍する時、冒険者ギルド側が移籍先である大商人に対して対価を要求することがある。
特に稼ぎ頭の冒険者だったり、特殊な技能を持っている冒険者ならばこの要求が上がるは言うまでも無い。
で、普通はこの手順を踏んで、移籍は円満に行う。
移籍先にせよ移籍する冒険者自身にせよ、その後冒険者ギルドとの間に妙な確執を産まないためにも重要なことだし、この手順を踏む限り『移籍要求書』というものは必要無いのだ。
裏を返せば分かる様に、『移籍要求書』はこの手順をすっ飛ばすものである。
具体的には『冒険者』『移籍先』の二者合意があれば『移籍先』が発行でき、発行した時点で『移籍先』に『冒険者』が『所属済み』という扱いになるのだ。
で、すっ飛ばされた『冒険者ギルド』は、この『移籍要求書』を受け取った後、称号周りの調整こそ行えるけれど、それ以外の交渉は出来ず、速やかに冒険者をギルドから抹消する手続きを取らなければならない。
つまり『移籍要求書』とは、相手がどんな力のある冒険者であろうとも、冒険者自身と契約が交わせれば即座に引き抜くことができる、そういう絶対的な強権なのだ。
発行できる者が極めて限られているのはこれが原因であると同時に、強権だからこそ発行できる力を持っていても、実際に発行する事は滅多に無い。
理由は単純、ギルドとの関係が悪くなるからだ。
ディル翁が帰った後、ニーサとコウサさんを正気に戻し、かつタックも含めた三人にこのあたりの大雑把な事情を説明すると、
「……詳しいなあ。俺なんかよりもずっと」
と、普通に感心された。
それで良いのだろうか……。
「ねえ、グロリア。どうしてあの人はギルドとの関係を犠牲にしてまで私達に『移籍要求書』を渡したの?」
「それは簡単だね、ニーサ。僕達を護るためだ」
「護るため……」
「僕は確信どころか察知さえしてなかったんだけど、あの人はギルドの動きを把握していた。ギルド側はカイリエの一件がよほど堪えたんだろう、『育みの庭』を秘密裏に始末するつもりだったらしい。当然ソレは冒険者ギルド内部で不審を買うだろうけど――」
そのほうがマシと損切りをしたわけだ。
人の噂も七十五日。
七十五日経ったあと、『育みの庭』が戻ってきてその後も配慮を続けるくらいなら、さっさと『育みの庭』を始末して、その後七十五日で噂を掻き消そうと言う事だろう。
「それなら、普通の移籍じゃだめだったのかな?」
「はい。コウサさん、通常の移籍手続きを行うためにはギルド本部に向ってまずは調整の開始を宣言する必要があります。このとき、冒険者側はまだ『冒険者』であって、移籍先との条件闘争が完了するまで、身分固定の手続きが取られるわけです。つまりは『冒険者』として一定時間拘束されます。その一定時間があれば、あくまでも冒険者ギルド内部の処分として僕達を処断できるわけです」
「……『移籍要求書』だと違うのか」
「はい。これは発行された時点で、僕達の所属は『冒険者』であり『移籍先』……今回はイノンド=ディル魔導府長直属の部下としての地位を同時に保有するというもので、ギルド側は速やかにギルドから僕達を抹消しなければなりません。そういう強権です」
「けれど殺すだけならできるんじゃないの?」
不意に浮かんだのだろう、タックが疑問を口にする。
僕はそれに頷いた。
「可能だね。立場なんて気にせずに殺してしまえば良いだけのことだ。……けど、通常の手続きと違って、『移籍要求書』が発行された時点で僕達は魔導府の一員になっているからね、イノンド=ディル魔導府長の部下という地位を持っている。そんな僕達をギルドが害せば、『プラマナ冒険者ギルドはプラマナの政治的要人を殺害した』って構図になってしまうし、プラマナという国が冒険者ギルドに制裁を施すには十分すぎる理由になる。ましてや『僕達がディル翁にカイリエの一件を説明している可能性がある』わけだから、もう手遅れなんだ」
実際には説明していないのだけれど、仮定として、もしもカイリエの一件をディル翁が僕達から知らされていて、その上で僕達が『移籍要求書』を持っていても尚殺されたとき、どうなるか?
国家としてプラマナ冒険者ギルドにより国家の重鎮が殺害されたことを公表するだろう。
しかもその原因は殺害された僕達が『冒険者ギルドの不正を暴いた結果の口封じ』であることも大々的に公表し、プラマナ冒険者ギルドの不正を弾劾、破滅的制裁を加える――僕達を殺すと言うことは、プラマナ冒険者ギルドに所属する全ての人員とその家族の死刑執行書にサインする事と同義になっている。
当然他の国の冒険者ギルドはこの件で、プラマナ冒険者ギルドをかばえない。
原因がギルド側にある事が明白すぎて、かばってしまえばそのギルドでも不正が起きているのでは無いかと詮索されるからだ。
絶対の潔白など存在しない。
どこのギルドでもかならず、小さな不正は起きている。そこを突かれて厄介な事にはなりたくない、だからかばわない――プラマナ冒険者ギルドはかばって貰えない。
だから僕達を殺す事は出来ない。
手遅れなのだ。
「なるほど。そう考えると確かにそうだ」
「けどじゃあ、なんでイノンドのじっちゃんは『上手くやれ』って言ったんだろう? もうおれ達は実質、安全を確保されていて、何をしようと問題ない……んだよね?」
「そういえばそうだね」
コウサさんの頷きにタックが疑問を浮かべニーサが協調する。
そう、僕達のことだけを考えるならば、上手くやるも適当にやるも大して変わらない。
「ディル翁も関係悪化を望んでないよってこと。『移籍要求書』は強権なんだ。できるかぎり使いたくない奥の手――だから、そのあたりを取りなしてくれって事だね」
「……正直、俺には荷が重いんだけれど。腹芸がまるで出来ないわけじゃないけど、ギルドの制度に関してはあまり詳しくも無いからね」
「私も」
「おれも。けど、その辺はイノンドのじっちゃんも解ってたから……グロリアに頼んだのか」
「そうだね」
ギルドの制度は――まあ、ギルドハウスではあったけど、中枢に触れていた期間がある。そこでそれなりに学んだし、その後は一人で依頼発行周りの調整もやっていた時期があった都合上、嫌でも覚えてしまった。
「じっちゃんは『後のことを相談しろ』とも言ってたけど……」
「それはディル翁からの使いがきた後だよ。つまり、僕達の所属が冒険者ギルドから抹消された後のこと。僕達はこの後ギルドに行って、冒険者じゃなくなる。と同時にパーティ『育みの庭』は解散されて、ディル翁が用意してくれた拠点に向う事になる。そこで少し休んで、その後改めて、身の振り方を考えておくといいよ、って助言だね」
少なくとも二年ほどは冒険者に戻れないだろう。
その間、ディル翁は僕達に魔導府という立場をくれるけど、それは冒険者ではないのだ。
だからどうやって行動するか――何を目的として生きていくか、それを考えろと言われている。
「僕はディル翁と契約を済ませている。ミスティックを教えて貰うための契約をだ。それが目的になる。コウサさんもタックもニーサも、そういう『やりたいこと』を、出来る範囲で見つけたほうがいい。冒険者と違って、ディル翁からの指示に従っていれば生活は問題ないだろうけど、だからこそやりがいを別に見いだすためにもね。それと……、その話とは別に、ディル翁から提案があった。『武器と戦い方の見直し』だ」
「……うん?」
「あ、それはおれからもちょっと説明するよ」
小首を傾げるコウサさんにタックがはい、と手を挙げて言う。
「イノンドのじっちゃんは『人を育てる』名人でさ。魔法に限らずいろんな分野で、気に入った奴の才能を見抜いて、そいつが一番強くなるための道を教えたりしてるんだ。で、そのじっちゃんによると、『おれは槍じゃなくて弓を持つべき』で、『ニーサは弓じゃなくて槍』、コウサは『剣であってるけど今では間違い』なんだって。……で、稽古に関してはグロリアがつけてくれるだろう――とも言ってたんだ」
「私が槍? ……私、槍に関するテクニックなんて持ってないよ。それにグロリアが稽古をつけてくれるって……グロリアは魔法使いでしょ?」
「…………。いや、確かに俺はグロリアを魔法使いとしてパーティに入れたけれど、魔法が使えるから魔法使いとして入って貰っただけだからな。それに言われて見れば、俺のテクニックの正体も二回で見抜いてたし――」
「だからといって、僕は戦士でも無いんですけどね。一通りの武器は扱えます。実戦形式の稽古をつけるくらいならば出来ますよ。コツを教えたりも出来ると思います。ただまあ、あまり他人に教えたことは無いので、不慣れではありますが」
「大した自信だね」
もとより隠していたわけじゃない。
聞かれなかったから答えなかった――レベルゼロという才能を自ら喋らなかったのと同じ事だ。
「僕はいわゆる『ラウンズ』なので。それが恩返しにもなるでしょうから」
◇
10月上弦2日付けで、プラマナ冒険者ギルドはイノンド=ディル魔導府長によって発行された『移籍要求書』を根拠に、『育みの庭』に所属していた四名、即ち、コウサ、タック、ニーサ、グロリアの四名はプラマナ冒険者ギルドから除名された。
除名に伴い、『育みの庭』が所属者の全てを失ったため、パーティは自動で解散。
プラマナ冒険者ギルドが『育みの庭』を対象として発生させていたあらゆる措置はこの時点で修正が施され、修正が施されていないものに関しては措置そのものが消滅となった。
一方、『移籍要求書』の発行に伴って、イノンド=ディル魔導府長は公式に該当する四名を自身の直下に置くことを宣言、『魔導府長補佐実働部』を新設。
この新設された役職はプラマナ国、魔導府に属し、魔導府の長が指揮権を持つとされ、魔導府長以外からは命令されず、その逆も不可能であると定義され、初代部長としてコウサが就任。
冒険者が魔導府に移籍する事それ自体はちらほらと見られたけれど、『移籍要求書』の行使となるとこれは極めて珍しく、また称号を持つわけでもなければ特にこれと言った大きな功績を挙げているわけでもないコウサという人選は困惑と憶測を呼んだものの、最終的には『ディル翁のいつもの気まぐれ』として片付けられることになる。
これらの大きな表の動きの裏で、冒険者ギルドと魔導府の間ではいくつかの密約がプラマナ冒険者ギルド本部長と、イノンド=ディル魔導府長から全権を委ねられた代理人グロリア・ウィンターの間で交わされており、その密約によって期限付きの相互不干渉、並びに過去の冒険者としての功績に関する精算処理が行われている。
この密約は双方共に概ね納得のいくものであり、過去の禍根は水に流し、魔導府を始めプラマナ国は冒険者ギルドとの連携をこれまで通り行う事などを確認したとされるが、その細かい条文は公表されていない。
――余談となるが、この僅か半月後、プラマナ冒険者ギルドはカイリエのハウスキーパーを交代させている。プラマナ冒険者ギルドはこれを『通常の人事見直しの一環』であるとだけ発表し、それ以上は何もアクションを起こさなかった。
少なくとも、百年ほどは。




