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三月賛歌夢現  作者: 朝霞ちさめ
第三章 プラマナのグロリア
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74 - 化け物はお互い様

 10月上弦1日。

 そろそろ3日が来る。

 となると例の夢を見るわけで、その対策もしておかなければならないなあと考え、コウサさんとニーサ、タックにそれぞれ許可を取り、今日は一日、自由行動をさせて貰う事にした。


 まあ、これまでも自由行動自体はあったんだけど、自室で地球との交信検証を優先してたんだよね。

 残念ながら上手く行っていないんだけど。

 まだ最終手段(ラストリゾート)の行使を準備するほど煮詰まってるわけではないとはいえど、そろそろ考えておかないといけないかもな……。


 それはそれとして、今日の自由行動の目的は何件かのお店を回ることだ。


 まず、プライムの市場通りにある生活雑貨のお店に入り、軽く衣服類を見て回る。

 さすがは首都、全体的に品質が高い。もちろん値段も相応に。

 けれど馬鹿高いわけじゃないな。

 特に普段着あたりになると、むしろお手軽価格でまあまあの品質のものが確保できるし、物価相応くらいだとも思う。

 社交界とかに着ていくようなドレスやスーツは桁がいくつか違うけど、それはまあ仕方が無いことだろう。

 そしてちょっとだけ期待していた下着は相変わらず無しか……。


「いらっしゃい、坊や。今日は何がご入り用かな?」

「寝間着を破いてしまって。ついでだから、そろそろ新調しようかと」

「なるほど。寝間着はゆったりとしているものがいいかな」

「そうですね」

「じゃあ、こちらに」


 で、洋服店でありがちな若干迷惑気味な接客がやってきた。

 迷惑気味というだけで迷惑では無く、むしろ今回はちょっと利用させて貰い、この店の人から見た僕に丁度いい『価格帯』を測る。


 果たしてお店の人が提示してきた寝間着は銀貨三十枚程度の品で、なるほど、普通の子供程度に見られているようだと認識。

 にっこりと笑顔でそのまま提示されたものは購入し、「またのおこしを」と見送られつつ店を後にする。


 で、普通の子供程度にしか見られていない以上、買い物で大金を使うのは大変そうだな。

 やっぱりショートソード程度は持ってくるべきだったか?

 でもな、監視の冒険者ギルド側の人間を警戒させるよな。


 大変なだけで大金の買い物が出来ないわけじゃない、今日は押し通そう。

 そう決めて向った二件目は本屋さんだ。


 本屋さんといっても、日本の街角にあるような本屋さんではなく、それこそ例えを合わせるならば学術書や論文の写本が置かれているようなお店になる。

 ……逆にわかりにくいな。

 魔法の基礎指南書や魔法譲渡書(スクロール)、冒険者向けの手引きに魔物に関する情報を纏めた魔物図鑑、過去に起きた大きな事件の顛末を記録したものからその当時者の手記だったり、プラマナは当然として異国の法律のようなものが片っ端から収録されているような本などなどが置かれているお店である。

 今度は長いな……。


 などと言っている間にお目当ての品を発見。

 おまけも見つけた。


「すいません。51番と89番を買いたいんですが」

「坊や。本は高いよ、お金はあるのかい。……って、51番はともかく、89番? …………?」


 店員さんが頭を抱えつつも一応取り出してくれたのは、51番の『プラマナ千年史』と、89番の『マナ拡大オド理論』。


 プラマナ千年史は読んで字のごとく、プラマナの歴史がある程度詳細に書かれている本だ。プラマナそのものにはそれほど興味が無いけど、サトサンガやヴァルキアに関する記述があったら儲けもの程度の買い物である。

 ちなみにお値段はプラマナ金貨千六百二十枚。

 わあ高い。


 一方、マナ拡大オド理論というものはというと、マジックで利用する魔力であるところのオドと、自然界に存在する魔力としてのマナに関する研究を行ったとある魔法使いの手記で、以前表紙だけアカシャで見たことがある。

 結局読んだことがなかったので、おまけに購入する次第だ。

 こちらのお値段はプラマナ金貨五千百八十枚。


 合わせて金貨六千八百枚。

 冒険者規準でも大きめの冒険を二回分費やすことになる。


 いつぞやも使った金貨五百枚がぴったり入るケースを十二箱、鞄の中から取りだして、と。


「…………。坊や。君は何処の誰だい?」

「なかなか深い質問ですね。冒険者ですよ」

「ふうん……君みたいな坊やがねえ。また珍しい」


 それでもきちんと決済をしてくれるあたり、商人はお金の前に素直だなあと思う。

 まあこの情報、多分流されるけど。

 それはそれで『伏線』になるからそれでいい。


 きちんと金貨を数え直し、過不足がない事を確認してから梱包をして貰って、金貨の代わりに鞄に仕舞う。


「毎度。たとえ坊やが何者であろうと、お金を払ってくれる限りはお客さんだからね」


 素直な店主さんだった。

 というわけで次のお店へ。


 いや次に行く場所は、お店と表現して良いのかどうかは微妙なんだけれど。


 市場通りを抜けて、裏道へ。

 殆ど手を加える必要も無く、決して柄の良いとは言えないような、本来は門番をしているのであろう青年たちを横目にすり抜け、その先へと到着。


 ――ここはプラマナのプライムという都市にありながら、都市の中でさえ存在そのものが否定されている場所だ。だからこそ、人間の意識を利用して行う僕の空間整理とは相性が最高(さいあく)で、ちょっとした微調整だけで門番を素通りできてしまった。

 そんなこの場を表現する言葉は、だから存在していない。


 ただ、敢えて陳腐な言葉で言い表すならば至って単純。

 闇市だ。


 並んでいる商品の殆ど全てがワケあり品、ただの盗品ならば良い方で、国宝クラスなんじゃ? というようなものもちらほらと。明らかに人死にが絡んでるよなあってタイプの盗品も多く、また出所不明の魔法譲渡書や、見るからに単なる武具とは一線を画す『動く武具』、不死鳥の死体や加工品としての不死鳥装具まである始末。

 ただ、今回の目的は問題ないんだけど、ここまで品揃えが良いならばあって当然のものが無いのが不気味なんだよな……。


 具体的には『人』という商品なんだけれど。


 人の売り買いは別会場とか?

 いや、あえてそれだけを別会場にして『意識の向き』を増やすのは本位じゃ無いだろう。何か理由があるのか、あるいは本当に『人』は扱っていないのか……。


 売ってたところで買うわけでも無いし、興味があるわけもないけれど、ちょっと不気味な点なんだよなあ、と。

 そんな事を考えながら闇市を周ると、目的のブツは見つかった。


「ああ、まだ売れ残ってたか……。これ、買います」

「また随分と妙な買い手がついたもんだな。坊主、これの価値を解っているのか?」

「さあ? それはあなたに関係することじゃあないでしょう」

「…………。ふん。『ままごと』には過ぎるブツだと思うがね。精算できるならば相手は何者でも構わないし、精算できないならばガキも老人も変わらん。精算能力があるんだろう? 金なら金貨二十九万枚だ」


 ん……ああ。

 実質的に現金払いを禁じてるタイプか、この闇市。

 となると対価は別に用意するのが作法だな……もちろん相手の言い値を出せればそれで買えるんだろうけど、さすがに二十九万枚もの金貨は持ち歩くと目立つし。用意するのは簡単だけど。


「じゃあ、まずはこの短剣の査定から」

「短剣ねえ……」


 鞄から取り出した短剣は、取り出す直前に超等品規準で作り上げたものだ。

 取り出しつつ自分なりに鑑定すると、保有した特殊効果は『剣気』。

 ルビーを材料にしたから火に関連する属性を帯びる可能性が九割程度だったんだけど、今回は残る一割の『実質ランダム』の方を引いたようで、短剣が獲得している属性は治癒かな?

 珍しいけど、初めて作る属性でもないな。


「…………。ふむ。出所は聞かないのがルールではあるが、これの使い方は解っているか?」

「普通に切りつけるだけです。刺す、でも可能ですが、万全には効果が出せません」

「そうか。精算をするに当たってそちらの要求は?」

「そうですね……、特にありません。適当に合わせて下さい」

「適当。適当ねえ……坊主の好みが解らないと、適当のやりようもないが」

「なら、魔法系かな」

「ふむ」


 心当たりがあったのか、店主さんは棚を暫く探ると、二冊の本を持ってきた。


 本。

 といっても、これは本そのものを持ってきたと言うより……。


「これは他人のオドに干渉するマジックの魔法譲渡書(スクロール)だ。ただし魔力を馬鹿食いするらしい」

「らしい……?」

「仕方ないだろ。商品なんだから、まさか使って試してみるわけにも行かない」


 そりゃそうか。


「これでも少しこちらが不足だな」

「魔法譲渡書の価値を少し多めに見積もって無理矢理均衡させてください。僕はそれで構いません」

「ならば取引成立だな」


 というわけで、店主さんは僕に商品と魔法譲渡書を渡してくる。

 まいどあり。そんな笑みを浮かべながら。


「取引ついでに一つ聞きたいんですが」

「何をだ」

「ディル翁とのコネとかは売ってませんよね」

「さすがにそれは無いな……。王族とのコネならばいくらか売れるんだが。お互い取引を逃すのは寂しいものだ」

「同感です。ではこれで」


 荷物は鞄にしっかりしまって、闇市をてくてくと歩いて表通りへ――出る前に、当然だけれど立ち塞がる数人の悪党。

 ここは闇市、外の法や治安は機能しない。

 そして僕は子供で御しやすく見え、ましてや僕が取引をしていたところを見ていた人は多いわけだから……むしろこのリアクションが無ければ僕も困っていたところだ。


「命が惜しくば――」


 そして当たり前の台詞に対して。

 あえて相手が言い切る前にただ一言、僕は『取り繕わず』に――


【どけ】


 ――とだけ、言う。

 周囲でどさりどさりと、立ち塞がっていた数人の悪党を始めとして、かなりの人数がその場に崩れ落ちた。


 よってたかって子供からカツアゲしようとする方が悪いのだ。

 うん。

 自業自得、自業自得。


「……呆れたやつだな。何者かと問うのは野暮だろうが、そうだとしても規格外にすぎる」


 ただ、そんな声が後ろからしたという事には……まあ、ちょっと驚いた。

 今回はダメかな、次回までに手を考えよう、とか考えてたんだけれど……。


「そうそう何度も来られてたまるか」


 うんざりとするようなその声は、まるで僕の心を読むかのように紡がれていた。

 そしてその声の主は、振り向くまでも無く――先ほど、店でやりとりをしたあの店主の青年である。


「本当はこっちから尋ねて驚かすつもりだったんだぜ? その場でタックにどう対応するかでお前の器を計るつもりだった」


 …………。


 この闇市に来た理由は大きく分けて『二つ』あった。

 『目的のブツ』と形容したものが……二つ、である。


 もうちょっと手順を踏まなければだめかなあと考えていただけに、まさかあちらから声を掛けてくるとは思わなかったというのが真相だ。


「俺だってまさか今日の段階でネタバラシをするハメになるとは思わなかったさ。だがな、坊主がまた来たら、また今日と同じ事が起きる。いくらこの場所が『俺の箱庭』だとはいえ、後始末が面倒くさい」

「さっきから心を読まれてますね、僕。顔に出る方だとたしかに自覚はしてるんですけど……」

「いや。さっきの『一言』の瞬間はともかく、それ以外は全く読み取れねえよ」


 …………。

 ナチュラルに核心を突いてきてるなあ……、一応、これは洋輔でさえも知らない新技術なんだけれど。


 まあいいや。

 別に張り合う相手でもない。


「グロリア・ウィンターと名乗っています」

「ここではイノンドと名乗っている」


 やっと。

 ここで僕が振り向けば、そこには先ほどの青年が一人だけ、立っていた。


 ただ――その青年の有り様が、どうにも曖昧だ。

 青年であるはずなのに、子供のようにも老人のようにも見える。

 外見上の年齢操作……をしているわけではなく、これは幻覚だな……。

 ミスティックか?


「理解が早いな。魔法の分類は当て推量のようだが、正解だと敢えて答えておこう」

「……そうですか」

「ああ」

「じゃあ、タック達と一緒に待ってます。尋ねてくれるつもりだったんでしょう?」

「…………」


 青年の視線が一瞬きつくなる。

 オッケー、おおよその構造は見えた。


 この闇市を箱庭だと表現したのは『ディル翁が自由で居られる場所』という比喩的な意味ではない――『ディル翁にとってのサンドボックス』、多少無理が利く場所という意味だったのだと思う。

 あちこちに様々な仕掛けが施してあるんだろうな。


 心が読めるのもその仕掛けがある場所に限定されると。

 裏を返せば仕掛けさえできれば必ずしもこの闇市の中である必要は無いはずだ、『こっちから訪れて驚かすつもりだった』というのは、僕達が今拠点にしている場所に仕掛けを終えるまでは訪れるつもりが無かったという意味と受け取ってよさそうだ。


「ああも少ない情報からよくもまあ、そこまで辿り着くものだな。大半が決めつけだとしてもだ、その直感力には恐れ入る」

「そう言っていただけて光栄です。それじゃあ、お待ちしています」

「明日の昼過ぎに向う。タックには内緒にしておいてくれ。アレは可愛い孫のようなものだからな」

「はい」


 そんな会話を最後に、僕は闇市から立ち去った。

 来ると解っているならば、少し豪華な茶菓子でも用意しておくべきだろう。


「化け物はお互い様か」


 去り際にしたその声が――僕のものだったのか、ディル翁のものだったのかは、些細なことだった。

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