72 - 後悔先に立たず
タックといくつか確認し、現実的に『そうだ』と断定出来たところで、僕は早速、行動を選んだ。
この街、カイリエを離れ、首都であり神都とも呼ばれるプライムへと向う。
そしてそこにある魔導府の施設を訪ね、イノンド・ザ・レイズと面会を行う。
恐らくディル翁との面会はかなり難しいのだろう。
ただ、タックが、イノンド・ザ・レイズと面会をするならば、多少はやりようがあるような関係性がそこにはあったからこその選択だ。
これでは僕が得る利益が最も大きい行動だったけれど、タックやニーサ、コウサさんにもメリットは提示出来るつもりだったんだけど、そもそも説得らしい説得も必要とせず、『それがグロリアに必要ならば』と三人はあっさりと追認してくれた――これまでの僕のような言い方をするならば、『僕に恩を売った』という所だろうか。
尚、三人が得る最大のメリットは、『不正に関する口外をしない限り』と条件は付くけれど身の安全。少なくともこのカイリエに居るよりかはギルドハウス側も安心できるし、多少は監視も減るだろうという点である。
まあ、口外したらその日のうちに白昼堂々暗殺されるだろうけど……。
というわけで、9月上弦14日。
カイリエのギルドハウスに四人で揃って向うと、露骨に空気がひんやりとするのを感じる――かなりの警戒を買っている、そんな感じだ。
三人にはちょっと待機して貰い、僕が単独で依頼受付へ。
「すいません」
「はい。こちらは依頼受付です」
「依頼を出したいのですが」
「まずは大雑把な依頼内容をお伝え下さい」
「分類は『接触依頼』。期限は『無期』。冒険者指名制度で『育みの庭』を斡旋指名し、報酬は『対面調整』……直接調整とさせて貰います。依頼主はグロリア・ウィンター。秘匿の必要はありません」
「接触依頼……」
依頼分類としてはかなりマイナーだけど、それでも歴としたカテゴリとして存在する分類で、『誰かもしくは何かと出会う』ことを目的とした依頼だ。
まあ、中身は単なるアポイントメントが殆どだとは言え、調略やスパイ行為に窃盗、暗殺などなどの問題のある依頼も多く、そういった問題のあるものは秘匿依頼として扱う事が殆どである。
今回は秘匿の必要無しと前もって宣言する――この時点で、『接触依頼』の内容はかなり限定されたわけだ。
一方、冒険者指名制度というのは特定の冒険者にのみ依頼を斡旋するように限定する依頼で、今回はパーティ単位で指名を行った。
報酬の対面調整は『ギルドを通さずに決めます』という宣言で、期限の無期は達成するまでは原則拘束し、もしくは依頼主がもういいや、と停止を宣言する事でようやく完了する依頼となる。
さて、ここでもうちょっと制度的なことを補足しておこう。
『自分が自分に依頼を出すことはできない』。
ただし、『自分の依頼を自分で受けることはできる』。
これは自分自身を冒険者指名制度で指名することが出来ないという事を意味すると同時に、それ以外の方法ならば別に自分で受けても構わない事を意味する。
また、指名できないのは『同一の名称』であって、例えば『グロリア・ウィンター』として僕が依頼を出す限り、『グロリア・ウィンター』を指名することは出来ないけど、別の名前でそれを受けることは出来る。
というか、元々の想定として『あるパーティに参加している個人』が『参加しているパーティに依頼を行う』ことを排除していないのだ、この仕組み。
何らかの理由で発生した個人的な課題をパーティ単位で解消にあたったりするためにむしろ活用されている。
今回のような例は、だから抜け道なんてものは全く使っていない、実に真っ当な方法なのだ。
サトサンガで散々利用した越境依頼とは違って。
「接触対象は?」
「イノンド・ザ・レイズ」
「イノンド? ザ・レイズは称号ですね。少々お待ちを……」
受付のお姉さんが手元のバインダーを手繰り始める。
ギルドから与えられた称号は、当然だけれどギルド側からならば簡単に調べる事が出来るのだ。権限的な問題もあるし。
逆に、目の前に居る人物がどんな称号を持っているか……は参照できないあたり、最初にシステムを作り上げた人物の性根は僕と似たような奴なのだろう。
「……なるほど。確かに確認出来ました。しかしその依頼、かなり難易度が高いかと」
「だからこそ仲間内で対応して貰うんです」
「では、長期依頼になりますね」
「はい。プラマナ首都……神都、プライムに向かう事になるかと」
受付のお姉さんは一瞬、手元で何かを動かした。
何かの手続きを咄嗟にしたな……、手元にあるバインダーから出来ることと言えば参照くらいだと思うけど。
あるいはそれもブラフで、単に誰かを呼んだのかも知れない。
「昨日の今日だが元気そうで何よりだよ、グロリア」
と。
果たして、そう声をかけられたのはほとんど直後の事だった。
「どうやらかしこまった話をするべきのようだ。お仲間も一緒に個室に来てくれるかな」
「もちろんです」
当然のように対応しに出てきたのは、ベリルさん。
このギルドハウス、かなり対応する人数的な余裕はあるはずだ。
なのにあえて出てきたと言う事は、こっちの意図は読み取ってくれたらしい。
コウサさんたちにも着いてきてもらい、向った先は二階の八号室。
フェザーリザードの依頼の説明を受けたときよりだいぶ広いな。
「細かいやり取りはもはや不要だね。ざっくりとお互いの要求を突きつけようじゃ無いか。それが私にとっても君たちにとっても幸福に繋がるだろう」
「窓口はコウサさんではなく僕になりますが、よろしいですか」
「あまりよろしくはないが、『育みの庭』で今、意志決定を司っているのは君のようだ。よしとしよう。それで、要求だが……」
「僕達からの要求は身の安全」
「だろうな。我々からの要求はカイリエからの退去と秘匿」
「でしょうね。当面僕達はプライムで、イノンド・ザ・レイズとの会見を模索します。時間は掛かると思います、相手が相手ですから。プライムのギルド本部に話を通して頂きたい。拠点の確保も可能ならば。その後のことはその後考えますが……、敢えて永続とすると厄介かと」
「ふむ。それに人の噂も七十五日か……」
そのことわざ、プラマナにも、というかこの世界にもあるのか……。
妙なところで感心しつつ、お互いに視線を交わして一瞬の勝負掛け。
……をされている時点で、怪しまれてるんだろうなあとは思うけど、まあ、お互いに痛くもない腹を探られるのは面白くないしな。
今回の場合はお互いに腹は痛いから尚更。
「良いだろう。イノンド・ザ・レイズについてギルドから出来る事は?」
「特にないでしょうね。魔導府にはそれほど干渉もできないでしょうから」
「そこまで解っているならば話が早い。現実問題として、魔導府側から話をかけてくることはあっても逆は希だ。その接触依頼、かなり困難になるな」
「だからこそ適度に時間も掛かるでしょう」
「違いない。本部にはこの後すぐに伝達を入れる。『育みの庭』は君たち四人で変わりないな。拠点に求める要求は」
「カイリエの一時拠点と似た構造が好ましいですが、そうそう見つからないと思いますので。一般家屋でも構いません。二階建てには拘りませんが、部屋数は揃えてもらいたいのと、水場は二カ所」
「伝えておこう。プライムまでの足はこちらで用意する――費用もこちらで持とう。構わないね」
「はい」
要するに移動にもある程度監視をつけたいわけだ。
拒否権はないし、拒否する理由もない。
馬車に食事の代金まで持ってくれるようだしね。
「さて、僕達側の要求は結構聞いて貰いました。逆にそちらが聞きたいことは?」
「そうだな。グロリア。君はあの魔法譲渡書を見て率直にどう思ったかね」
「魔導府の差し金が入ったな、と」
「…………。それがあってイノンドに会いたいと?」
「いえ、もともと僕は魔導府に要件がありました。遅かれ早かれだったとは思います」
「そうか……。……君はまるで規格に収まらないな」
言外に、魔導府にだって僕の居場所はないと。
そう言いつつも、それ以上の事は言わずにベリルさんは言う。
「ベリル・ザ・キーパー"カイリエ"の名において、接触依頼を発行。同時に『育みの庭』による受諾と作戦開始を認めるものとする。同時に、この接触依頼のサポートとしてカイリエのパーティ、『白鳥の歌』の派遣を決定。プライムまでの移動計画の作成と提出を今月下弦16日までに行い、今月下弦20日に出立する事とする。私からは以上だ」
「ありがとうございます」
20日ということは6日後か。引っ越しの準備時間をくれた感じだな。
さっさと出て行けと言われるパターンも想定はしてたんだけど。
そんな安堵をタックとニーサがしている横で、コウサさんは複雑そうだ。
それを見て一瞬気が緩み――その一瞬を突くように、ベリルさんは言う。
「一つ忠告をしよう。余計なお世話かも知れないがね。グロリア。この国、プラマナのマナは少し『歪んでいる』。意図的にね。目に見える範囲ならばまだしも、それ以上遠くに干渉するような魔法は補整を掛けなければ上手く行かない――こちらからも、あちらからもだ」
……マナが歪んでいる?
「遠い誰かに何かを伝える魔法は……特に影響を受けるだろうね」
「…………、」
なるほど、サムから連絡が来ないのはこれが原因……いや、そもそもサムに連絡が出来ていない可能性もあるな。
……じゃなくて。
相手が誰とまでは特定できていないだろうけれど、そういう魔法を使っていることがバレている……?
ブラフ……でもない……、
「魔法の発動を感知する仕組みは万能ではないが、決して無能でもないということさ。少なくとも君が思っていたより、『やる』だろう?」
「……否定はしませんよ。意味も無さそうですし。それにどうやら、それ以上でもないようですからね」
「手厳しいな」
お互いにね。
どこから観察されていたのやら……魔法の発動を感知する仕組みか。
それも僕が視覚的に見る『渦』とは違って、ある程度種別まで判別できると。
……実際にやられている以上、方法はあるんだろうけど、どうにもな。
あるいは特定の種別しか感知できないパターンで、それがスパイ対策の遠隔伝達系だった……とかかな?
それは結構納得できる。
ただ――
「なんでそれ、教えてくれたんですか?」
「さあ。気まぐれではないことは確かだよ。少なくともグロリアくん、君に敵対の意図が無いようだし、ならば恩を売っておこうという考えが近いか」
恩ね。
そう言われたら納得するしかない名前だけれど……。
「君とよく似た子を、随分昔に見たことがある。遠い場所でだけれど」
「…………?」
「その子への贖罪……というのも、変だな。けれどそれが近いか」
僕とよく似た……?
ラウンズ型の才能ってことだろうか。
随分昔ってことはサムじゃないだろうし、遠い場所と言ってるとはいえアカシャの話では無いか……?
「その子って、どんな子だったんですか?」
「ふむ。ただの好奇心か」
「ええ。無理にとは聞きませんけど」
「別に。君とよく似た『才能』を持った子供だった。およそ彼に出来ない事は無いんじゃ無いかと、そう錯覚するほどにね。だから彼は死んでしまったわけだ。いや、だからというのも失礼か……」
「…………」
「『グロリア』という名前も似ているな。とはいえ、まさか君の親戚にセタリアという者は居ないだろう?」
◇
セタリア・ニューカー。
プラマナの実験都市、アルガルヴェシアに産まれた異彩の『ラウンズ』。
生後間もなく異国へと送られ、里帰りをしたその場で命を落としたその少年について、詳しい記録はプラマナ冒険者ギルドに残っていない。
ベリルという人物が個人的に、彼のことを覚えていることはあっても、それはあくまでも個人の話――組織に共有はされていないようだ。
その名前と時期、そして『異国』というキーワードを、アカシャのカウランさんが指していた『セタリア』と関連付けることは当然だったし、そうなるとアルガルヴェシアという実験都市に興味も沸く。何かの答えが眠っている、そんな気さえするからだ。
それでもそれは好奇心にすぎない。
今はそれより優先するべき事がある。
僕はこの時の僕がそう決断した事自体は、間違いだったとは決して思わない。
けれどもし、このときそちらを優先していたならば。
そういう『たられば』を考えてしまう程には、後悔をする事になるのだけれど。
ただし、後悔の果てに結局は諦めるのが僕だったし、恐らくそれはグロリアという名前のルーツとなった冬華もそうなんだろうなあ。
……それは、慰みにすらならないだろうけどね。




