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三月賛歌夢現  作者: 朝霞ちさめ
第三章 プラマナのグロリア
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70 - 小悪党の稼ぎ場

 冒険者ギルドが管理する依頼の管理は、極めて頑丈に行われている。

 これは全てのギルドが相互的に重大な情報――依頼人にせよ冒険者にせよあるいはそれらを司るギルドにせよ――を提示したり参照したりするためであり、そして冒険者に対して身分の保障を行うためでもある。


 依頼プレートという形で冒険者に与えられるそれには、その依頼を発行した人物が所属するギルドから与えられる身分証という側面も強いのだ。

 それ故に、プレートを実際に持ち歩く冒険者ではなく、プレートを発行し利用する冒険者ギルド関係施設の従業員にはいくつかの禁忌が設定されていて、そんな一つに次の禁忌がある。


 依頼プレートは、如何なる理由があってもこれを複製してはならない。

 複製とは特定の依頼であると認識できる内容を記載し、かつ、承認印の三分の一以上を模した図形が描写されるものを指す。


 ちなみに依頼プレートの複製を冒険者が行ってしまった場合、これは口頭で注意されるのが基本だ。もちろん悪質な利用をしていると最悪、ギルドからの追放処分という事もあるけれど、それほど重く処罰されることは無い。


 が、従業員側がそれを行うと、一回目で厳罰、二回目で追放という明確な指針が存在する。尚これは余罪を考慮していない指針で、大概の場合で余罪があるため、一発追放で済めば良い部類で、一発処刑なんて例もちらほら見られるし、そこまでは行き過ぎでも温情処置で財産没収の上強制労働だとか、そういう事が多いのだ。


「……えっと、グロリア。なんで依頼プレートを複製するだけで、そんな大げさな事になるんだ?」

「それがギルドに関係のない人ならばまだしも、ギルド関連施設の従業員ならば、その複製でいろいろな偽造や偽装工作が出来ちゃうからね」

「偽装……?」

「そこに居ない冒険者の名義で各種施設を使ったり、あるいは依頼の達成周りで発生する報酬に手をつけたり」


 今回のケースを考えてみよう。

 僕達はギルドへの報告をコウサさんに任せて、残りの三人で死体の換金手続きを始めた。

 実際に換金するのはギルドの確認が済んでからと宣言していたこともあって、係員さんは買い取り査定という形で処理を行ってくれたわけだ。


 査定額が出た後、ギルドから確認をしに、あのお兄さんはやってきた。

 依頼の達成を確認したとプレートの複製を以てそのお兄さんは言って、ニーサとタックは換金を行ってさっさと帰ろうと主張、けれど僕は残ってコウサさんを待って換金すると主張し、実際にニーサとタックは先に拠点へと戻った。

 この時、ギルドからきたそのお兄さんの表情はなかなか面白いものだった。動揺を隠そうとしていたところが特に。


「先に聞いておくけど、僕がこのパーティに入る前も、討伐依頼の達成後の換金って今回と同じような方法だったのかな――具体的には、死体の買い取り所にはタックとニーサが行って、見積もりを依頼し、確認ができ次第換金。換金した現金を準備している間にタックとニーサは拠点に帰って、実際にはコウサさんが現金を受け取って帰る。そういう流れだったのかな?」

「……びっくりするくらいその通りだよ」

「じゃあ常習犯だね。あのお兄さんも、買い取り所の人も」


 タックとニーサでは気づけなかったし、コウサさんもそういうものだと思ったか。


「コウサさんにお聞きします。これまで『査定通りにしっかり全額支払われたこと』は何度ありますか?」

「……今日が初めて、だね」

「え?」

「なんで?」


 コウサさんの回答にニーサとタックが声を重ねて疑問を浮かべた。

 ただし、それは『査定通りに支払われる』なんてことがあるのか、という意味で。


 つまりそこが『小悪党』の稼ぎ場なのだ。


「けれどグロリア。死体買い取り所が出した見積もりの手数料とか、誤差を差し引いただけだろう?」

「そんな仕組みは本来存在しません」

「…………」


 たとえば金貨四百枚という見積もりが出たとしよう。

 タックとニーサはそれに満足して帰り、現金が支度される。

 支度された現金を受け取りに来たコウサさんは、見積もりと、そこからの減額分の理由を説明されて、減額された現金を受け取って帰ってくるし、タックにせよニーサにせよ、それが常態化していたんだろう。


「見積もりには有効期限が設定されます。設定されていない場合は無期限で、その金額で支払うよ、という意味です。で、見積もりには『手数料』が最初から含まれてるんですよ」


 たとえば金貨二百枚と査定されたものがあるとしよう。

 当然だけど査定しただけだからまだ現金化は行っていない。

 ギルドから依頼達成の確認を受けて現金化手続きを行い、タックとニーサは拠点に帰る。

 一方、コウサさんはギルドハウスから現金を取りに来て、百五十枚ほどの金貨を持って拠点に帰る。

 金貨五十枚といえば相応に大金だ、その減額の理由は『見積もり手数料』や『ギルドが判断した見積もり上の誤差修正』だとか、そういう形で処理されており、実際三人はそう説明を受けて『そういうものか』と納得していたわけだ。


「見積もりを行うのは商店であって、その見積もりを有効期限内に訂正することは、その見積もりを依頼した者の同意が無ければ行えません。つまり二百枚だと最初に言われたならば、有効期限内であるかぎり、二百枚が支払われなければならないんです。これもギルド関連施設が抱える規則ですから」

「……けれど、実際に誤差修正として減額されてきたよ?」

「『見積もりを依頼した者の同意があれば行える』んですよ、訂正が」


 そして肝要は、やはりここになる。


「依頼プレートの写しでも、ギルド関係施設の従業員なら、それを身分証と見做して存在をでっち上げることができるんです。そしてパーティとして魔物の死体だとかを売る交渉をするとき、その見積もりの依頼者は『冒険者のパーティ』になりますよね」

「……つまり、あのギルドから確認しにきた奴は『依頼プレートの写し』によって『育みの庭』を偽って、おれ達の知らない間に見積もり交渉を再依頼していた……ってことか?」

「体裁上はそうだと思うよ、タック。少なくとも見積もりを担当してた係員さんと、僕達の前に一足先にやってきたギルドのお兄さんは共犯。最初からお互いの取り分を決めていて、その通りに『追加の手続き』をしにきたんだろうね」


 さて、そこまではもはや確定。

 問題はこの先だ。

 ギルド側もそれを認識しているだろう。


「先……って、何?」

「『これまで』の調査と、『他の協力者』が居るかどうかの確認がメインだよ、ニーサ。『育みの庭』がこれまでどれほどの損失を出していたのかっていうのは大前提で調べなきゃいけない。その上で『育みの庭』だけを狙ってやった、なんてことはないだろう。他のパーティもいくつかはやられている可能性が高い、その調査も必要だよね。はたして総額でどの程度になるやら……それに対する冒険者への補填はどうするか、それもギルドハウスは考えなきゃいけない。他人事ながら正念場だし、修羅場だよ。今頃ギルドハウスは怒号まみれか、あるいは誰も何も喋らない空間になってるか……」


 そして全てを調査するのはあまりにも非現実的だし、全てのパーティに返金を行えるわけも無い。ギルドハウスと換金所で補償金を拠出したところで、全額にはほど遠いだろう。

 となるとギルドハウスが取れる選択肢はそう多くない。


「だから落としどころは作っておいたし、あの反応ならばギルドハウスは『恩』を認識してくれたと思う。それもとんでもなく大きい『恩』をね」

「また、恩か」

「はい。ただし今回は僕達からの『怨』を振り払う意味もあるので、精算は確実にしてきます」

「落としどころとは何かな、グロリア」

「『穏便に』済ませたという点です」

「…………? いやグロリア。君、あの従業員を眠らせて、その上に座ってたよね」

「けれどそれだけですよ。今回は全額支払いをしてもらいましたけど、それに満足してそのまま一緒に帰ってきました」


 つまり『これまでの不正』を指摘していないし、『他でも起きて居るであろう不正』の指摘もしていない。

 そもそも今回だって『不正の指摘』をしたのは換金時のピンハネ部分ではなく、あくまでも『依頼プレートの複製』という点だ。


「僕が用意した落としどころを使うとしたら、ギルドハウスは『これまでの不正で育みの庭が失った全額』にプラスアルファを人数分に用意してくると思います。ただしそれは『依頼プレートの複製に伴う賠償金』であって、これまでの不正分を返金してくるわけではありません。その上で『育みの庭』に口外しないように頼み込んでくるでしょう。もしもそうなったなら、それは素直に受けることをおすすめします。あまり追い詰めるとギルドハウス側が損切りを選ぶ可能性が出てきますから」

「損切りというと……」

「気づいたのは現状、育みの庭だけ。ならばこの上なく完璧な『口止め』をしてしまえ――多少強引な理由をつけて、実行犯は従業員。そんなところですか」


 全ての不正を暴くことはあまりにも非現実的だ。

 暴いたところで返金するだけの資金力が無い。

 ならばまずは穏便に、大金を積んで黙らせよう。

 黙ってくれないようならば、他の冒険者からの猜疑を産むという点は諦めて、育みの園の全員をこの世から排除し口止めする。

 その上で不正を行った従業員に全ての咎を背負わせて、黄泉路を追わせれば良い。


「え、最初から殺しに来る可能性があるんじゃ無い?」

「それは無いね。『魔法使い』が居るパーティを相手にそれをするのは下策だ。簡単に遠く離れた誰かに意志を伝えたり、言葉を伝えることが出来てしまうから――その魔法を現時点で習得していないとしても、どうせ殺されるならと自棄になって『パニック』として実現してしまう可能性はある。だから本当に、それは最終手段。僕達に利益をまいて口止めするのが妥当なんだよ」


 その上で、僕が冒険者の地位を手に入れた手段をギルドハウスは当然知っている。

 ならば金とプラスアルファでなんとか出来るとも悟るだろう。


「事情が事情だからね。ギルドハウスのキーパーが直接来ると思う。今夜は丸々調査にあてて、謝りに来るのは明日の夕方くらいかな――だからといって気を抜いてもいけない。コウサさん。ニーサ。タック。ギルドが動くまで、拠点を出ないようにしてください。それとタック、『インディケート・サムワン』は有効化しておいて。僕も気配は探り続けるけど、一人より二人でやったほうが確実だから」

「……わかった」

「やれやれ……」

「しかしまあ、よくも頭が回るなあ、グロリアは」

「以前僕は友人に、『悪知恵が働く奴だ』と評価されたことがあります。そのせいでしょうね」


 僕は戯けるように答えれば、まったくだ、とでも言いたげにコウサさんは頷いた。

 これでとりあえずの説明は完了と。

 あとはギルドハウスがどう動くか……概ねは僕の想像通りに動くとは思う、それが一番効率的だ。


 ただ皆には言ってないけど、この件に魔導府が絡んでくる可能性はあるんだよな……。

 その時魔導府がどのような立場で絡んでくるのかによって、未来は大きく変わってくる。

 ま、絡んでこない可能性と半々くらいだから、警戒するだけしておいて、いざとなったら三人を護って逃げるような方法を考えておこう。


 多少強引にはなるけど、アカシャに運べば安全は……、どうかな。

 今のアカシャ、安全か?

 微妙なところかも知れない。

 サムからの連絡、未だに無いし……。


 そんな事を考えながらも、僕達は拠点で一夜を過ごし。


    ◇


 9月上弦13日。

 14時を回った頃、その三人は大きな荷物を持って『育みの庭』の拠点へとやってきた。


「やあ、久しぶりだね、コウサ。タック、ニーサも。そして初めまして、グロリア。カイリエのギルドハウスキーパー、ベリルだ」


 見るからに偉そうな男性はベリルと名乗り、その後ろに着いてきていた男女はすっと頭を下げ、僕達の前にその荷物を展開する。

 女が展開した大きな箱の中には大量の金貨……、一万枚は余裕で超えてるな……。

 一方で、男が持ってきた長い箱からは、剣、槍、弓、そして魔法譲渡書(スクロール)が七つ。


「この度、ギルドハウス内部の不正を示唆してくれたこと、そして穏便な解決を望んでくれたことを、改めてギルドハウスを代表して――同時に、プラマナ冒険者ギルドを代表して感謝する。コウサは剣を得意としていたね。この剣は業物なのだが、今、使い手がいなくてね。自由に使って欲しい。タック、君の大身槍には毎度驚かされるが、このようなさらに大きな大身槍でも扱えるだろうか? ニーサ、君の魔法を増強(ブースト)しうる弓がある。是非進呈させてくれ。そしてグロリア、既に君は習得しているかも知れないが……、七つ、特別な魔法を用意した。君自身が習得するなり、あるいは別の誰かに譲るもよし――それとは別に、金貨一万二千枚。これはギルドハウスを預かる者としての気持ちだ。ぜひ受け取ってくれるとありがたい」


 どうやら――魔導府は干渉を選んだらしい。

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