07 - 魔法基礎
『おはよう、キーパ……うん? なんだか随分と店舗が綺麗ね』
『おはよう。セタリアが念入りに掃除をしてくれたんだよ』
『へえ。感心感心』
スエラさんが出勤してきたのは、十一時になろうとした頃だった。
既に制服を身に纏っているけど、近くに住んでいたと言っていたからだろうな。
『ムギからの引き継ぎは……、普段通りね。とりあえずホールは私が抑えておくから、キーパーたちは他をお願いね』
『ああ』
カウランさんはスエラさんに言われるなり、僕を調理場へと連れてゆく。
調理場には半時間ほど前、既にヘーゲルさんが到着していて、大きな鍋で煮込みを始めたりもしていた。
尚、料理台に設置されているかまどの火元は、料理によって炭や薪、藁などを駆使してるのだそうだ。
火種はロジックという魔法でいくらでも作れるので、それほど苦労はしないとか。
あと、調理台以外にも結構火や熱を使った調理機具はあって、たとえば大きなお肉を吊し焼きにするようなもの、バーベキュースタイルで網を使って焼くもの、石造りの器に熱を込めさせるための道具なども色々と用意されている。
こらの全てが稼働した今、調理場は……というか、だいぶ暑かった。
まあ火元ばっかりだしな……。
でもって現在、調理台のかまどには二つの大きな鍋がのっている。
片方は野菜メインのスープで、もう片方ではお肉を念入りにあく取りしながら煮込んでいる。手間が凄いだろうけど、美味しいだろうな。
ちなみにこの酒場、主食はパンなんだけど、このパンは酒場だと余り作らないそうだ。
一応作れる設備はあるんだけど、町にあるパン屋から仕入れているそうで。
理由は単純、人手が足りない。切実だった。
そんなわけで、ヘーゲルさんのテキパキとした野菜の下処理を眺め、不意にカウランさんへと意識を向けると、何か軽食が欲しいなあというような感じがひしひしとしていて、けれど開店直前で忙しいヘーゲルさんはそれをガン無視している。
……僕もちょっとお腹空いたし、邪魔をしない範囲で何か作るか。
幸い、バーベキュースタイルの網を使って直火で焼くやつはフリーだし、金属製のフライパンもいくつか使っていない物がある。
『…………?』
一応、使っても良いかとカウランさんに確認
『うん……? 何か、つくってみたいのかい。邪魔をしないならばいいよ』
許可が出たので、次にヘーゲルさんが下処理をした時に発生したパンの切り落としや切れ端を熱したフライパンに並べ、そこに溶いた卵を投入、卵とじにする。
切り落としや切れ端がだいたい同じくらいの厚さになったらひっくり返して焼き目を付けて、それが終わったら冷却台にフライパンを移動。
さっとナイフでパンの卵とじを二分割して一度お皿に載せる。
次にヘーゲルさんの下処理で発生した野菜やお肉の切れ端をざっとフライパンで炒めて、調味料で味を調えておく。
そこまで済んだら炒め物をフライパンの半分にぎゅっと寄せて、開いたスペースに先ほど二分割してお皿に移したパンの片方を戻し、その上に野菜とお肉の炒め物をすっと移動。さすがに『理想』がないので手間取りはするし不格好だけど、及第点程度には身体が動いてくれた。
最後に残ったもう半分のパンを具材の上に重ねたら、少し強めに押さえつけ、裏面、表面、そして側面に焼き目をしっかりつけて、半分にカット、したものをそれぞれさらに半分にカット。
最終的には八分の一カットのピザみたいになってるけど、軽食としては悪く無いだろう。たぶん。
『…………!』
お皿に四つのそれを適当に並べたら、パセリらしきもので軽く風味付け。
これで完成っと。
ケチャップがあればそれでもよかったかな?
『……へえ? なんだか面白そうな料理だね』
いつの間にやら、ヘーゲルさんが近付いてきてそう言った。
この手の料理は珍しいようだ。
『なるほど、不揃いなパンを卵とじにして一枚のパンにしちゃうと。で、そのパンで具材を挟むホットサンド。面白い考えだね』
『…………?』
一人一個は食べられるよ、と首を傾げてみると、『ならば遠慮無く』とまずはカウランさんが手を伸ばした。
しっかりと焼き目は付けてあるので、水っぽさも無いようだ。
それを一口食べ、
『……これは……』
と言っている間に、ヘーゲルさんはスエラさんを呼び出していた。
スエラさんとヘーゲルさんは僕が持っているお皿から一個ずつ手に取ると、二人も同時に一口まずは食べる。
『……へえ』
『……おー』
最後の一つは僕の分、なので僕もいただきます。
ぱくりと一口。
…………。
うん。不味くは無い。
美味しいかと聞かれると、美味しいか? って感じだ。
無難な味だな……。
出てきたら食べるけど……みたいな。
『改善の余地はいくらでもありそうだけれど、面白いわね。ちゃんと商品化しちゃう?』
『いやあ。余り物を使うって発想は面白いけれど、客に出すものではないかなって』
『そりゃそうか』
『ただまあ、まなかいだとかには丁度いいね。手間も掛からないし。キーパー、今度この料理、レシピにしておきます』
『ああ、頼むよ』
そしてとりあえずまかないとして使ってもいいかな、という評価を得たようで、そんなやり取りが僕の目の前でされていた。
役に立てたなら何よりだけど、もっと美味しく作れることを知っている僕としては複雑な気分だった。
『あの妙な瓶の仕掛けにせよこの料理にせよ。セタリアって知恵が働くのね。メーダーの人達でも叶わないんじゃないかしら』
『「ラウンズ」候補なだけはあるな』
…………?
メーダー、ラウンズ――集団名かな?
ちょっとニュアンスがわかりにくい。
『瓶のほうはともかく、この料理はちょっとした功績だと思うわ。セタリアになにかご褒美をあげたほうがいいんじゃない?』
『そうだね。そうしようか。うーん。セタリアは知恵が働くけど、知識的にはだいぶ偏っている……ところがあるからなあ。魔法の入門書とかはどうだろう』
『…………!?』
あるの!?
しかも貰えるの!?
『あ、思ったより嬉しいみたいよ、キーパー』
『あはは。じゃあ、すぐに用意させるよ。入門書ならば、適正もある程度は計れるだろうからね』
『そうね』
思いもよらぬ所からだけど、ラッキー。手に入るのは随分先になる可能性もあったし。
……なんか裏がありそうだけど。
ラウンズとか、そのあたりで。
それでも今は嬉しいのほうがちょっと勝るか。
『……けれど、キーパー。スエラ。どの魔法にしたって、入門は詠唱が基礎の基礎だろう。セタリアは喋れないのに、できるかな?』
『確かに発動定義は詠唱が一般的で、二番手扱いはされるけれど、図形動作による発動定義もあるにはある。ムギが得意だし、そのあたりのフォローはできると思うわ』
詠唱に図形動作……ふむ。
魔法の発動にトリガーが必要、か。ちょっと面倒だな、この世界の魔法。
『スエラ。折角だし入門書の前段階として、魔法についてセタリアに少し前提知識を教えてやってくれないか』
『私程度でいいならやるわよ。水回りに限らず、ギルドハウスで働く以上、魔法は使えて損がないもの』
ん……ああ、レクチャーまでしてくれるパターン?
なんか余計に裏を勘ぐっちゃうけど、根っこがもの凄い良い人ばかりだからな。
……信じても大丈夫だろう。
なにより、『前提知識』という言い方も気になる。
『セタリア、ついてきなさい。今日あたりは暇でしょうけど、一応カウンターに冒険者が来ないとも限らないわ』
『…………、』
僕は良いけれど、とカウランさんに視線を向ける。
と、カウランさんは『いっておいで』と優しく笑いかけてくれた。
ま、いっか。
そんなわけで、スエラさんと一緒に酒場側へ。
従業員側の椅子にスエラさんが座ったので、僕はお客さん側へと向かい、カウンターテーブルを挟んで向かい合う。
と、スエラさんは羊皮紙に羽根ペンでさらさらと、簡単な図を描きだした。
『一応聞いておくけれど、セタリアは魔法を使ってみたい?』
もちろんだ、と頷く。
『じゃあ、セタリアは魔法が何種類あるかは知っているかしら』
…………。
うん?
えっと、水を作るとか、お湯にするとか、そういうニュアンス……じゃないよね?
……やっぱり複数の魔法形態が共存しているのか。
『その様子だと知らなさそうね。私たちが知りうる範囲で、魔法というものは六種類あるとされているわ。それらは全て「魔法」と呼ぶけれど、種類毎に別の名前が付いているの。一番の違いは、「どんな才能が必要か」という点で、同時に「何を使って発動するか」という事よ』
スエラさんは羊皮紙の図形を仕上げつつそう説明する。
図形は全部で三つのブロックらしい。
一つ目はデフォルメされた人間のシルエットが複数並んでいる。
二つ目は四角や丸など、様々な形の図形が沢山。
三つ目は……えっと、ハンマーと釘? かな?
『魔法を使うために使うものは、この三種類。順番に説明するわね。一つ目は全ての生命体がその身体に宿している魔力。特徴としては、「生きているならばどんなに少なくても必ずもっている」こと、「才能によって上限値は大きく左右される」こと、そして「消費してしまう」ことの三点よ。消費した魔力は自然界に拡散して、これを身体が自然と吸収することで回復するわ。普通は一晩も寝れば回復しちゃうけど、上限値がとんでもなかったりすると回復までにかなり時間が掛かる半面、誰にでも使える魔法よ』
尚、スエラさんは効果量は保証しないけどね、ともの凄い小声で補足している。
なるほど、人間のシルエットは人間を魔力の入れ物と考えて、その中身を消費するよという事か。
そして僕が既に習得している魔法とは違って、魔力は使うと消費、寝ると回復する素直なパターンね……。
上限値は個人差が激しいとも言うし、魔導師みたいな素質があるのかもな。
僕とは無縁そうだけど。
『次に、意識を持つ全ての存在がその意識の内側に秘めている領域。特徴は「とにかく自覚が難しい」こと、「魔法を使うためには占有という状態で使い、その魔法の行使が終了すると同時に元に戻る」こと、「個人によってその形状が全く異なるせいで他人からの助言が役に立たない」ことの三点かしら。魔力とは違って消費するのでは無く、魔法を使い終えると何度でも使い回せるのが特徴だけれど、とにかく習得が難しいの。あと、ちょっと間違うと取り返しが付かなくなるというか、死んだ方がマシという苦しみの中で死ぬわね』
怖っ。
ていうか領域?
占有して発動、終了時に解放されるって……、あれ、それ神智術とか光輪術のリソースと同じやつか?
神智術も習得は難しい部類だし。
僕と似たような境遇の、僕とは違った地球の少女、ソフィア・ツクフォーゲルが『最初の異世界』で獲得した魔法的技術。
それを改変して作られた光輪術という技術も含めて、そのリソースとして使われるものは領域と呼ばれるものだ。
領域は人それぞれで、使用している間は別のことに使う事が出来ず、魔法の効果が終了すると領域もまた使える状態に戻る……って感じで、やたらと似ている点が多い。
『最後に、技術。前にあげた二つとは大分毛色が異なるんだけれど……、「知識」だとか「知恵」だとか、そう呼ばれる事もあるわ。消費すると言うよりも利用するものね』
うん……、うん?
じゃあ、ハンマーと釘の図はもしかして、そのままなのか?
『いまいち最後のに納得できないという表情ね。無理も無いわ、私だって最初はそうだったもの。この技術というものはね、他の二つと違って、一度完成してしまえば誰にでも使えるというのが大きいの。比較的一般化したものとしては、井戸水を簡単に汲み上げる特殊な道具だったり、一カ所に燃える水を入れるだけで町全体を明るく照らせる不思議な仕組みだったり、そういう便利な物が多いわ。逆に専門的なものだと、キーパーも持っているけれど、制限術式の使用許可証だとかもこの区分けで作られたものだと聞いた事があるわね』
水を簡単に汲み上げる……のは、ポンプだよね?
一カ所に燃える水を入れると町全体を明るく照らせる。これはちょっと解釈が難しいけど……、ひょっとして『発電施設』と『電灯』か? だとすると燃える水は普通のか石油か、どちらにせよ火力発電してる可能性が高い。その電灯が街灯のようにちりばめられているか、それとも一極集中しているのかとか、興味はわくな。
この二つだけならばぶっちゃけ、科学の延長のような気がする。
十分に発達した科学は魔法と区別がつかない、とは全く意味合いも文脈も違うけど、この町の水準から見る限り、ポンプでさえも『魔法』と扱われるのも無理は無い。
ただ、制限術式というものの鍵を作れているというのが引っかかる。
それがないと発動できないというのが本当なのか、あるいはブラフで、許可証はただの許可証なのか……。
『これら三つの力の内、どれを使うか。あるいはどう組み合わせるか。これで六種類の魔法に分類されるわ』
なる……、ほど?
あれ?
僕の思い違いかな、何か……引っかかるんだけど。
まあいいや。
考え込むにしても、もうちょっと詳細を聞いてからにしよう。