69 - 穏便な結末
二時間ほど捜索を行った末、四体目のフェザーリザードの死体は他の三匹と戦闘した場所から随分と離れたところで見つかった。
どうやら旋風に巻き上げられ、樹木が鈍器としなって殴打されまくり、さらに唐突に旋風が解除されたことで落下。
蓄積していた殴打のダメージと落下ダメージで死んでしまったと言う事のようだ。
「狩りに来た私が言うのもなんだけれど、このフェザーリザードも釈然としないだろうなあ……」
「本当にな……」
そしてそんな斃れ方に同情を向けているニーサとタック。
一方、コウサさんは何を今更、といった表情を浮かべている。
このあたりは年の功だろうか。
「ともあれ、これで依頼は完了だね。もっと手間取るつもりだったから留守番まで頼んだんだけれど……、まさか一日で終わるとは」
「早く終わる分には助かるけどね。どうするの、コウサ。もう帰る? それとも、一日くらいは森の近くで様子見する?」
「普通ならば様子見するべきなんだろうけれどなあ。タック、グロリア。気配はどうかな?」
ん……。
鋭い……わけじゃないか。
「おれは例の動物三匹と、さっきの魔導府関係の二人しか感じ取れないよ」
「僕も同じです。ただ、魔導府の二人の気配が少しハッキリしたかな……それと、あちらは随分こちらを気にしているようです」
「あー。それはおれも確かに感じる。もしかしたらあっちも『インディケート・サムワン』みたいな魔法を使ってるのかも……おれたちに注意している、感じかな」
さすがにタックは感じ取っていたか。
自身の魔法で把握していたからというのもあるだろうけど。
魔導府の二人は直接的にこちらに何かをするような動きは見せていない。
ただ、一定距離を保ちながらずっとついてきているのは事実。
だからといって、どこかに近づけたくないとか、そういう感じの動きでもない。単に監視されているだけ……。
何かを森に隠しているとも思えないんだけど、だとすると監視の理由が弱いんだよな。
森には何かがある、かもしれない――って程度の、疑惑なのかもしれない。
「さっきも言った通り、普通は様子見して追加の成果を挙げるべきなんだけど……。余計なトラブルを抱えたくも無い。フェザーリザード四体という目標は達成しているわけだし、今日はもうこのまま帰るとしよう」
「わかった」
「そうだな」
「はい」
だから余計なトラブルを抱えたくないというコウサさんの意見を覆せるわけも無い。
あちらの意見は解らないけど、敵意までは感じないし。
歩き始めながら、考える。
たとえば僕達が帰還すれば情報ギルドに対して、この森で魔導府の人間と会ったという情報を売るだろう、そのことはあからさまに示唆した。
その上で、あちらは口止めをするまでのことではないと判断している……、けれどこちらを気にはかけている……。
……煮え切らないな。
監視をするくらいならば口止めまでするべきだし、口止めをしないと決めたならば監視さえもしない方が良いだろうに。
それとも、口止めをしないとしても監視をしておくことにメリットがある……?
たとえばこの森の霧に含まれる微弱な毒性に関する調査をしていて、僕達が中毒状態になるのを待っている……、とか。
どうもしっくりこないな。
もっと単純な図式だと思うんだけど……。
「あれだけ派手にやったんだから当然なのかもしれないけど、暫く霧は晴れたままになるのか?」
「どうだろう。自然現象としては明白に、不自然な溜まり方だったからね。徐々に霧を森の範囲内に溜めていただけならばすぐには霧が充満しないけど――」
ん……、あれ。
タックの疑問に答えたことで、その可能性に思い至る。
そうか。
たしかにそれならば『単純な図式』だ。
「グロリア。どうした?」
「いや。もし、霧が作為的に作られている物だとしたら、きっと僕達が森を出たらすぐに復活すると思う……って事」
まだ想像の段階。
それこそ、決めつけの段階だ。
「……それってつまり、あの魔導府の二人が霧を生んでいる?」
「そのトリガーを満たすだけかも知れないけれどね」
ニーサに答える。
もしそうなのだとしたら――監視は僕達に対する『配慮』だ。
僕達が森を出るまでは霧を出すべきではない、そう判断された。
もしくは警戒かもな、僕達がいる間に霧をもう一度出したとき、先ほどのような旋風でそれを取り除かれることを嫌った。
だとするとあの霧、緩めの結界みたいなものだったのかもしれない。
その場合は何を隠していた、あるいは隔離していたのかが問題になるけど……。
結局、その後も一応の警戒をしながら皆で森を出て、少し森から離れたところで。
森の奥、気配のする方で大きな大きな赤い渦が見える――その殆ど直後に、一瞬森が霞むと、晴れきっていたはずの霧が再びそこに現れる。
隠そうともしないな。
いや、つまりその意図を察しろ、という圧か……。
「本当に霧が戻った……」
「ということは、あの霧の原因はそもそも魔導府か」
少々厄介なことになった、そんな声音でコウサさんが言う。
「情報ギルドにそのことを売るのは控えた方が利益になりそうですね」
「それはどうしてだい、グロリア」
「情報ギルドにこの情報を売ればそれなりの金銭的な対価を得られますが、それだけです。情報ギルドに売らなければ、『育みの庭』として魔導府に恩を売りつけられます。それもかなりの高値で」
「恩か」
妙なものだ、とコウサさん。
一方で、タックは二度三度と頷いている。
「グロリアは買い物時も恩の売り買いを意識してたよね」
「うん。恩の影響はかなり大きい――ってのが僕の持論だからね。相手が誰でもそれは同じ。ただまあ、それは僕の個人的な持論にすぎないし、情報ギルドに売ることでお金を得るほうが確実だとも思う。恩は確かに大きな要素だけど、確実性は保証できないし……それに、裏目もあるから」
裏目というか。
怨みというか。
それがポジティブなものならば恩だ。
けれどネガティブに転じるなら怨になる。
どんなに良い関係だって、恩が怨になる事はあるし――逆に、どんなに関係が劣悪であろうとも、怨が恩に転じることがあるのだから、そこに確実性は全くない。
「それを精算する意味も兼ねるなら、情報ギルドに売った方が良いんだろうけれど。なるほど、グロリアの主張は面白いな……恩を、相手が恩と感じ続ける範疇で上手に売れということだね」
「売った分だけ買うのも肝要です。売るばかりだと痩せ細りますからね」
「その辺についてはどうも、グロリアが二枚も三枚も上手って感じがするよ」
まあ……僕としてもそこまで得意と言うわけじゃ無いんだけど。
それでも自然と振る舞えば、勝手にそれが出来ている。
――これが冬華の生き方なのだろうと納得する反面、名前に乗る言霊があまりにも強いなと何度目かの認識をすることに。
あるいは僕自身がそう思い込むことで、さらにその効果が強調されているのか……。
「グロリア?」
「うん?」
「いや、何か今、随分と深刻な表情だったから……何か見つけたのかなって」
「ちょっと考え事をしてただけだよ。あの森に霧を充満させるような魔法を組むとして、どうやれば上手く行くかなあってね」
口から出任せを言いつつ誤魔化して、けれどそれは完全なでまかせというわけでも無い。
赤い大きな渦で発動されたその魔法は、あっさりとあの森を霧で包んだ。
そりゃ、渦の大きさは結構なものだったけど、それにしたってその効果を受ける範囲が広すぎる。
「確かにあの規模、でかいよね。魔導府が関連しているとなるとミスティックだろうけど……タック、ミスティックってたしか、大きな規模は難しいとかじゃなかった?」
「そうだよ。まあおれも、ミスティックが使えると言ってもかなり限定的なものだし……基礎だって全部を抑えてるわけじゃ無いけど。あれほどの規模となると、かなりの才能がないと厳しいと思う」
ふむ。
魔導府関係だから必ずしもミスティック一色とも限らないのかもな……。
あるいは、やっぱりトリガーを引いただけか。
だとするとあの森の中に、霧を発生させる道具や機構があるということになる。
結局明確な結論は出せず、けれどやいのやいのと四人でああでもない、こうでもないと話をしながらゆっくりと歩くこと、四時間ほど。
既に夕暮れも深まってきた、そんな時間に、僕達はカイリエの街へと帰還した。
まさか日帰りになるとは……。
保存食がとっても余ってしまったぞ……。
「それじゃあ俺は依頼達成の報告をしにいってくる。ニーサとタックはグロリアと一緒に、フェザーリザードの死体を買い取り屋に運び入れてくれ。ただし、売却手続きはギルドからの確認が終わった後って念を押しておくこと」
「うん」
「了解」
「はい」
街に着くなり、コウサさんはギルドハウスへ。
死体の買い取り屋の位置はタックとグロリアの両方が知っていた。
カイリエ七番街。
ややアウトローな雰囲気の漂う、けれどそれは雰囲気だけで、むしろカイリエの中でも特に治安が良い場所なのだそうだ。
理由は単純ながら二つあり、一つ目は大量の現金が集まる場所だから。
要するにお金を護るために治安は過剰なほどに護られている。
じゃあ二つ目は何かというと、魔物の死体買い取りを行う店がメインで、その処理を行う施設が併設されているからだ。
ある程度防臭の試みはされているとはいえ血肉の匂いは十分に濃く、集まる現金の量に対して訪れる人の数があまりにも少ない。
結果、ただでさえ過剰気味な治安はさらに高まるという仕組みである。
「何度来ても正直慣れないなあここ……」
「匂いがちょっとね……」
「そう?」
「そう? って……。グロリアは大丈夫なのか?」
「すごい匂いだなあとは思うけど……」
肉の匂いは頂けないけど、血の匂いに関してはウェルカムなのだ。
もっとも、匂いだけではなかなか満足しがたいのが正直なところだけど……。
「意外と強者なんだよな、グロリアって」
「妙な才能よね」
「僕自身、自覚はあるんだよ。一応」
それはそうと、フェザーリザードの死体を買い取り屋の受け付けへと運び込み。
タックが書類に記入を始めると、お店の係員が死体の状態を確認し始めた。
「これはギルドの依頼で狩ったやつだから、手続きそのものはギルドの確認まで待って欲しい」
「かしこまりました。それまでは査定ということで」
果たして査定価格はと言うと、四体分でプラマナ金貨八百枚。
死体一個で金貨二百枚……?
いやそれは高すぎない?
と思ったら、四体の内の三体は金貨五十枚程度、残り一匹だけやたらと高く、金貨六百枚を越えていた。
妙だな、品質値的にもそこまで違いはないんだけど……。
「この一匹だけやたら高いの、理由はあるの?」
疑問を抱いたのは当然僕だけではなく、ニーサが問いかける。
すると、査定をしていた人は頷いた。
「これを狩ったのが君たちなら解るかも知れないが、この個体は魔法を使っていた形跡がある。魔法を使っていた魔物の死体は高値がつくのさ」
「へえ……」
確かにその一匹とは身体強化をしてきたやつだったか。
ただ、他の二匹も多かれ少なかれ何らかの魔法は使っていたのでちょっと釈然としないけど……魔法の残留度合いの問題かな?
尚、最後の一匹はいつの間にか死んでいたのでノーカンとする。
「うん。本日中ならこの額で買い取ろう。ギルドへの報告とは手分けしてるんだよね?」
「はい。リーダーが行ってるんで、そろそろ係が来ると思う――」
タックがそんな答えをしたところで、近寄ってきたのはギルドハウス、カウンターの向こう側で雑務をしていた男性だ。
なるほど。
この人、死体の確認係も兼ねていたのか。
男性はギルドハウスの身分証を差し出すと、『育みの庭』が受けていた依頼プレートの写しを提示してきた。
「この依頼で間違い無いね」
「はい」
「達成確認。お疲れ様、既にギルドハウス側にも伝わった。この後すぐに君たちのお仲間が来るはずだ」
「それはよかった。換金はコウサさんが帰ってきてからにしよう」
僕が言うと、あれ、と。
男性……と、ニーサ、タックも眉を顰めた。
「もう依頼は達成したって確認出来たんだし、売っちゃっていいんじゃないの? ……正直私、あんまりここに長時間は居たくないんだけど」
「おれも……」
「正直なのは良いけれど、大金が掛かってるんだから。ちょっと神経質なくらいで丁度いいんだよ。二人が辛いなら僕が残る――コウサさんには悪いけど、現金を取りに来て貰ってくれるかな」
「いいのか?」
「うん。僕はこの匂い、気にならないから」
ならば、とニーサとタックが頷いて、そのままギルドハウスの方面へとすたすた向って行く。
よっぽど匂いが苦手だったらしい。
「……ところで、ギルドハウスのお兄さん。コウサさんが来るまで、つきあっていただけますよね」
「いや、この後別の確認をしなきゃならないから――」
「そうですか。残念です。折角面白いものが見られるのに」
「……面白いもの?」
「無理にとは言いませんよ。お忙しい中、すいません」
「……いや」
お兄さんがそう言って去ろうとする。
その間際に、僕は指をこすった――『魔力の光』から『瞬間睡眠』へと、連鎖発動。
歩き始めた直後に眠りにつき、そのまま地面に突っ伏したお兄さんに腰をかけるように座る。
「……ところで係員さん。さっきの見積もり、今日中は有効で間違い無いですよね?」
「…………。ああ、間違い無いよ」
「それはよかった」
気まずそうに係員さんが見積もり表に判を押すと、僕にそのまま渡してきた。
僕はそれを受け取って、コウサさんを待つ。
――果たして、やってきたコウサさんはギルドハウスの担当者を伴っていた。
何か言いたげな表情だったので、機先を制して僕は言う。
「この男。依頼プレートの写しなどというものを持っていました。金貨八百枚とかいう超高額査定を貰った件も踏まえて、捕らえた次第です」
「八百枚……」
「……待ってくれ。少年、君は依頼プレートの写しと言ったか?」
「はい」
「君はその意味を知っているんだな?」
「知っています」
「……そうか。穏便に済ませて貰った事、ハウスキーパーに代理してまず、感謝する。後に直接キーパーも感謝しに伺うはずだ」
どういたしまして、と頷く。
一方、状況を理解出来ていないコウサさんは僕と担当者さんを交互に見ていた。
「コウサさん。換金したら拠点に戻りましょう」
「あ、ああ……そうだな……」
そこで説明はしてくれるのか、という表情を浮かべつつコウサさんが言う。
僕は「はい」と答えながら、見積書をコウサさんに手渡した。
つまるところ。
どんなに治安が良くても、小悪党は産まれると言うことだ。
……コウサさんだけじゃなく、ニーサとタックにも説明しておかないとね。




