67 - 恩の売り買い
「『育みの園』として留守番依頼を願いたい。期間は明日以降の晴れた日からで、終了日未定」
「では、一日刻みで自動更新する形で宜しいでしょうか」
「うん」
「通常の留守番依頼ですと、報酬は一日あたりプラマナ銀貨八十枚になりますが、報酬の設定はどうされますか」
「相場通り、一日あたり八十枚で」
「かしこまりました。本日中に冒険者を斡旋します。面通しは明日の朝一番で宜しいですか?」
「天候次第かな。晴れるようなら多分、早朝には発ってしまう」
「確約はできませんが、今日中に向わせるようにしましょう」
「お願いします。十八時過ぎならば大体大丈夫のはずです」
留守番依頼は、通常の依頼と同じく冒険者ギルドハウスの依頼受付から行うことができるそうで、タックは慣れた手つきで必要な書類に記していく。
随分と特徴のある筆跡だな……、ゴシック体的というか。
で、手続き自体はとてもあっさりと完了。
依頼の報酬はとりあえず五日間と想定し、プラマナ金貨四枚を渡して依頼成立。
これで六日以上掛かるようならば追加でギルドに支払い、逆に四日以内で終わるようならば差額分は返金される。
報酬といえば一日あたり銀貨八十枚、というのが報酬の全てで、複数人で受ければ当然その頭数で割ることになるから、報酬そのものは本当に雀の涙だな。
もっとも、滅多なことでは留守番が対応しなければならないようなことは起きないし、休暇中にとりあえず受けておいてお小遣いを稼ぐとかには確かに向いている。
「確かに、依頼を受け付けました。他にご用件はありますか?」
「いや、これだけ。ありがとう」
「かしこまりました。ご武運を」
そしてご武運を祈られたりしながら、一緒に受付から離れる。
「僕、何もしなかったけど。いいのかな? 一応見てたけどそれだけだし……」
「それで十分。留守番依頼は簡単に出せるからな」
それはまあ、そうか。
と言うわけでギルドでの用事は一度終わったので、次に保存食の確保をするべく市場通りへ。
「いつもおれたちが買ってるのはこの店」
と、紹介されたお店は冒険者向けの用品が揃えられた専門店。
保存食コーナーに置かれているのは乾パンが数種類、干し肉も数種類、それにナッツ類や干し野菜が特に多い。定番商品なのだろう。
他には主に野菜の酢漬けやオイル漬けが詰まった瓶、塩漬けとかもあるな。
スープの素みたいな粉末もあるけど、これはあまり売れないのか、数が少ない。味もいまいちなのかな? ちょっと飲んでみたい。
あ、乾麺もある。
変わり種としては準保存食というジャンルで、魔法による管理が必要なもの。
要するに冷蔵や冷凍による保存を前提にしたもので、これは所謂レトルト食品や冷凍食品のように扱える。
ただし冷蔵でも氷を生み出す魔法を無意識に使える程度は必要だし、冷凍に至ってはそれを越える冷気で包むような特殊な魔法を要求するから、所詮は変わり種という扱いになっている。
尚、ここまで見る限り缶詰らしきものはない。
瓶詰めのほうが発達しちゃってるというのもあるだろうけど、さて?
「四日分で、一人あたりの予算は一日銀貨二十五枚。つまり、今回の買い物は『金貨四枚』で済ませるってのがコウサからの注文だな」
「皆は依頼中何食摂ってる?」
「んー。飯は朝晩の二回。それとは別に間食を二回、ってのが多い。今回も昼行動だから、たぶん同じだ」
なるほど。
間食は乾パンと干し肉をメインに済ませるとして、通常食の朝と晩か……。
乾麺はある、パスタのように使えそうだ。干し野菜などと絡めれば簡単な食事にはできるだろう。
けれど毎食パスタというのも飽きるな……。
「調理はたぶん、グロリアに任せるから……、グロリアの好きに揃えてくれ」
「うん。店主さん、ちょっとお聞きしたいんですけど」
「なんだい、少年」
「この乾麺、板状のものはありますか」
「平麺ってことか? それとも細切りにする前?」
「後者、細切りにしていないやつです」
「あるにはあるが……。喰いにくいぞ」
あるのか。
ラザニアが作れるな。
パスタとラザニア……、四日、四日か……。
持ち歩きを考えると瓶詰めはあまり買いたくないし。
「その切っていないもの、サンプルは見せて貰えますか」
「んーと、これだな」
というわけで店主さんが出してきたのはラザニアの乾麺。
まずはオッケー。
後は仕方が無い、小麦粉を粉のままちょっと買っていくとしよう。
ある程度冷やしていれば長持ちするし、いざとなったら錬金術を頼らなくても武器に出来るし、なにより安い。
まあ、一日あたり銀貨二十五枚ってかなり緩いんだよね。
豪華とまでは言わずとも、普通に外食で済ませられる範囲だし。
なのでちょっとケチっていこう。
「この干し野菜、こっちの干し野菜とセットで買うのでちょっと安くなりません?」
「うーん。あんまり値引き交渉は受け付けてないんだけどな……」
「じゃあこっちの干し野菜も諦めます」
「……じゃあ、銀貨十枚分引いてやる」
「もう一声欲しいですね……。五十枚くらい」
「いや五十枚って。マイナスじゃねえか」
「冗談ですよ。その切っていない乾麺も買うので、そっちにもちょっと割引が欲しいかな」
「なかなか豪快なおねだりだな、少年」
「僕達が有名人になったら店主さんは大もうけですよ」
「出世払いか」
「そんなところです。まあその時は僕達がここで値引きして貰って買ったという話も一緒に出回ると思うので、トータルで見るととんとんな気もしますが」
「正直者だな、少年は」
「駆け出しですから。ケチケチするのは当然でしょう」
「違いない」
というわけでお互いの妥協点を探り合いつつ値引き交渉。
結果、通常価格が金貨三枚に銀貨三十枚だったものが、金貨二枚と銀貨五枚になった。
ので、もう一押し。
「収まりが悪いですね……」
「ああ、うん。わかったよ、もう。じゃあ金貨二枚だけにしてやるよ」
「ありがとうございます」
よし目標達成。
支払いを済ませて商品を受け取り、タックに荷物を持って貰う。
「おれは今、なんだか随分と酷い場面を見た気がするんだが……。え、なんで金貨一枚に銀貨三十枚分も得してるんだ?」
「売れにくい物を率先して買ったからというのもあるんだけどね。あの店主さんは僕達を見て、『とりあえず恩を売っておいて損は無い』って判断してくれたって言うことだよ」
「…………、」
「面識は大事だよ、タック。恩の売り買いもね――恩は必ずしも帰ってこないものだけど、恩があるかどうかはとても大きい決断に繋がることが多いから。なんて、いまさら僕が言うことでも無いだろうけれど」
「それは……」
ま――それは僕が一番、痛感しなければならないことなのだけれど。
こういう行為と相手の好意で、僕は自分自身の行動の幅を狭めていることを自覚してる。
けれど不思議と、この行動は正しかったはずだと思えるのだ。
……冬華という言霊は、こういう性質か。
「さてと、買い物も済んだ。一度拠点に荷物を置こうか」
「…………。そうだな」
タックと一緒に雨の中、荷物を運んで市場通りから三番街。
拠点に戻ったら荷物は食卓に一度展開する。
結局購入したのは乾パン、干し肉、干し野菜、乾麺(パスタ状)、乾麺(ラザニア状)、小麦粉。
干し肉は牛を多めに豚と鳥、羊。
干し野菜はにんじん、だいこん、ねぎっぽい何か、葉物野菜がいくつか。
乾パンは塩味を多めに、甘いタイプもちょっとだけ。
「普段よりちょっと豪華にみえるな」
「そうなんだ?」
「ああ。というか普段は干し肉と乾パンだけだし……ほら、飲み水をある程度持ち歩きたいからな」
やっぱり水が問題だったわけか……。
僕がいる間はまだしも、僕とはぐれたときのことを考えるとある程度は個々で水を持った方が良いかもしれない。
と言う事を言ってみると、
「そうだな。水袋出してくる」
「うん。じゃあ僕は、間食とかを纏めておくね」
「ん。任せる」
ということで、役割分担。
主に間食は乾パンと牛の干し肉。
それ以外は調理に使う。
まあ、乾麺をそのままはいと渡されても困るだろう。
概ね一食分ずつに間食を仕分けて……、っと。
……デザートが欲しいな。
長期保存の利くデザート……、ビスケットとか?
いや、その辺はデザートって感じじゃ無いよな。
どうせならフルーツ系が良いかな……となるとドライフルーツか。
それと、フルーツを粉末状にしておいて、水と混ぜて風味をつけてその場でゼリーとかを作るのも良いかもしれない。寒天も持っていこう。
「持ってきたよ」
「ありがとう。水は……、出発前に入れた方が良いね」
「だな。そっちは?」
「とりあえず分け終わったから、持ち運びがしやすいように……」
個々を包装した上で、それを纏めつつ、一食のブロック単位で簡単に取り外せるような感じ……、うん、ハニカム構造でいいだろう。
六角形の筒をざっくり厚紙で複数作り、一本の筒に一食分。
いわゆるハニカム構造というのは、同じ大きさの六角形を複数隙間無く並べて重ねてゆく、蜂の巣状の構造だ。
今回は好きなところから抜き出しても、空っぽの筒をもう一度そこにしまえばいいだけだしね。
筒の底と蓋には中に入っている者を記載しておいて、はい完成。
「こんな感じで」
「もの凄くて慣れてるな……グロリアって、こういうの好き?」
「うん。大分好き」
「ならいいけれど……」
四人分のハニカムバッグだけど、横にして重ねれば一人で全てを持ち歩くことも容易に出来る。
更にこの状態で持つとき、上に調理用の保存食を載せてやれば、ちょっとした大荷物な癖に結構持ち運びしやすい形態だ。
リュックみたいに背負えばそれほど運ぶのも苦じゃ無い。
どうせ武器はもたないし魔法メインでやるなら、荷物を持っていてもそれほど差し支えが無いし……ね。
「で、この後だけど。コウサが言う範囲だと、連携の確認……、雨の中だけど」
「状況はハードに想定しておいて悪く無いでしょ」
「そうだな……」
置いた荷物には書き置きで『保存食セット、つまみ食い禁止』と残しつつ、僕とタックは改めてギルドハウスを訪れ、そのまま訓練所へ。
悪天候ということもあって、他の誰も使っていない。
地面も大概に泥だらけだ。
ま、自由に使って良いと言われたので――移動と。
ちょうど、そんな時。
「アカシャの正式発表があった。ドラゴニュートの討伐はだいぶ手間取っているそうだ。義勇兵も募集し始めているらしい。それと同時に各国の冒険者ギルドに協力を要請している。本格的にまずいな、ドラゴニュート」
「アカシャで手が打てないとなると、メーダーくらいか?」
「いや、質というより数の面での問題らしい。話には『倒すとその分が増える』とか」
「……なんだ、そりゃ。分裂するって事か?」
「恐らく……」
「数が曖昧だったのは、じゃあそれが原因か」
「だろうな。で、アカシャはこのドラゴニュートを変種と断定。名称は未だついてないようだが、分裂種と仮に呼んでるようだ」
「分裂するドラゴニュートね……。ペトラドラゴニュートの石化能力は単に強烈だったが、増えるドラゴニュートというのはごくごく単純に凶悪だな……分裂後はやっぱり小さくなるとか、弱くなるとか、そういうのがあるのか?」
「それが殆ど見られないらしい」
「は? つまり……増えるだけ?」
「アカシャの発表を鵜呑みにするならばそうなる」
「アカシャの連中が気づいてないだけで、なにか根本的なトリックがある可能性も否定は出来ないか」
「ああ。だがもしもトリックが存在しないならば……」
「厄介極まるな……。プラマナのギルドは動くかな?」
「恐らくプライムのギルド本部で既に選抜は始めているんじゃ無いか。魔導府とも接触したと聞く」
「そうか……」
思いがけずそんな情報を聞き耳出来た。
倒すと増えるドラゴニュート……、しかも増えるだけで弱くなるわけじゃないって、そりゃサムだって苦戦するわけだよな……。
で、倒すと増える、しかも強さが変わらないとなると、それはもう最初から本体では無いと考えるのが妥当だ。
そのことに気づいていないとも思えない……本体を探してる真っ最中かな?
魔狼の時もそうだったけど、また面倒な作業が多いとぼやいているかも知れない。
あるいはもう本体は見つけていて、この所ずっと戦い続けているか……。
「グロリア、どうした?」
「ううん。異国は大変だなあと思っただけ」
「ああ。ドラゴニュートの話か」
「そう」
「おれたちには大分縁遠い魔物だとは思うけど……、もし遭遇したらどうするのがベストなんだろうね」
「逃げの一手でしょ」
「違いない。早死にはしたくないし」
……いやまてよ。
倒すと増えるって性質、死体から復活するのか?
それとも一体倒すと二体出現するってだけか?
もし後者だったら……倒した分だけ死体を増やせるな。
だとするとサムの狙いは、そのドラゴニュートの資源化か……?
恐らく前者だろうけど。
どちらでもなく、死体が消えるパターンもあるから、あくまでも可能性だけど……、なんか引っかかるな。
「さて、おれは槍を持つとして……グロリアは素手で良いのか?」
「……そうだねえ。魔法使いとして専念する意味も兼ねて、あまり武器は持たない方が良いかなとは思ってる。動作に手を使うし」
「そうか」
ま、今はこっちの用事に集中しよう。
……短剣くらいは持っておくか。




