64 - プラマナの生活水準
魔法譲渡書でミスティックの解除を行う魔法を習得できたので、そのまま実行。
した瞬間のことだ。
「ぅひゃっ」
「え?」
「…………」
変な声が出てしまった……。
コウサさんたちがもの凄く変な者を見るような目でこちらを見ている。
いや、全身をくすぐられるような、そんな感覚が強くしたのだ。
そのせいでちょっと、うん、変な声が出た。
こほん、と咳払いをして魔力の測を実行。
表示は……っと。
「50615/55100……か」
「やや多めだね」
ただ、やや多め程度であって、馬鹿みたいに大きいわけでもない。
にしても、まさかミスティックが邪魔をしていたとはな……発動した覚えは無いんだけど。
「それほどあれば魔法使いとして申し分ないよ。改めて、今回の依頼。頑張ってくれ」
ともあれ、オリバーさんとは一度別れて、僕達は部屋を後にするのだった。
階段を降りながら、自然と会話はこの後の事へと移る。
「この後は拠点で整理して、本格的に動くのは明日かな、コウサ」
「そうだなあ。今日の内に準備を少し進める、というのも考えたけれど……急いでも仕方が無いからね。今回の依頼にはリミットがない」
それも気になった点なんだよな……ま、討伐系の依頼に打ち切り条件や時間的猶予が設定されることが四回に一回くらいだから、無いから不自然、というほどでもないけれど。
「拠点といえばグロリア、私達の拠点に来てくれるんでしょう?」
「そうだね。この後宿に寄って、荷物を持っていくよ」
「そうしてくれ。グロリアの部屋も決めないとね」
「家具類は統一されてるし、どの部屋も同じと言えば同じだがな」
へえ。
ま、その当たりは引っ越しじゃないけど、まあ、似たようなものだと考えておこう。
「ならばこのまま、俺たちは拠点に戻る。グロリアは荷物を纏めて拠点にくること。そんなに時間は掛からないよね」
「はい。その後はどうするんですか?」
「依頼に対応するに当たって必要な情報の共有。そこで必要な準備を確認して、必要に応じて役割分担、実際に準備をするのは明日から」
「今日は動かないで良いんですか?」
「今日の所はそれ以上に大事なこともあるからね」
含みのある言い方だな。
「パーティに加入して貰って、拠点にも来て貰うんだ。今日はまず、グロリアの歓迎会が優先だよ」
「私も明かしておいて良い奥の手は明かしておきたいもの。特に私は連携前提だし」
「なるほど」
そういう意味の歓迎会ね。
ならば歓迎だ、戦闘系の依頼だし、安全度を高めるために出来る事はやっておきたい。
「あとは豪華な料理でもあれば様になるんだけど」
「それはタックが食べたいだけでしょ」
「でもあったらニーサも食べたいだろう?」
「まあ……。コウサ、どうする?」
「うーん。近場の酒場にお願いして配達して貰うかな……」
「僕が作りますよ。そこまで豪華に出来るかはわかりませんが、料理はそれなりに得意なので。ついでに料理の腕前を見せておくのも悪くなさそうだ」
「あー。…………。歓迎会で歓迎する相手に料理をさせるというのはどうかと思うが、でも、そうだね。お願いするよ」
了解っと。
「材料はあるんですか?」
「一応、普段の食事用のものならばあるんだけれど」
「じゃあ、ついでに買い物もしてきます」
「……すまない」
「どういたしまして」
その程度は手間でもないし。
「買い物するなら、おれだけでも手伝おうか? 荷物持ちくらいならできるよ」
「ん……、そうだね。タック、お願いしても良いかな」
「もちろん。仲間だもんな」
仲間。
仲間か。
……友達と仲間って、どっちが親密なのだろう。
僕にとっては結構な命題なんだよな。
とまあ、それは後で考えるとして、ここで僕達は二手に分かれることに。
コウサさんとニーサは拠点に一直線、僕とタックは一度宿に寄って、その後買い物をしてから拠点で集合、そんな形である。
「グロリアが使ってた宿って……ここか?」
「うん。ちょっと高いけど、部屋の質で選んじゃった」
「……グロリアってなんか、金に無頓着だよな」
「使う時に使わなきゃ。お金なんて持ってるだけじゃ意味が無いんだからさ」
そんな会話をしながらも部屋へと向かう。
「この部屋だ」
「ん」
一緒に部屋に入り、僕が奥に置きっぱなしにしていたノート類や着替えを纏めつつ、忘れ物が無いかを確認。
特に問題らしい問題は無いかな?
そもそも重要な道具類は全部鞄で持ち歩いているし、最悪ノートが無くなっても困らないんだよね。変なことは書いてない。
着替えもないなら買うなり作るなりすればいいし。
……ちなみにプラマナにも下着の概念はないらしい。
いや本当に、そろそろ新規市場として開拓してしまった方が良いような気がしてきた。
「金に無頓着な割には荷物、少ないね。もっとごちゃっとしてるものかと」
「必要なくなったら捨てるなり売るなりしちゃうからね。そのせいだよ」
「なるほど、無頓着に違いはないのか……」
モラル面を気にしないならば、僕にとってお金などというものはそれほど意味がないから……というのが最大の理由でもある。
ま、それはそれだ。
「これで荷物はおしまいかな」
「その鞄一つに纏まっちゃうのか」
「こう見えて結構入るんだよ」
「へえ」
それじゃあ、もうすぐ宿は引き払ってしまうか。
僕がそんな事を思い浮かべつつ鞄を手に取ったその時だった。
「なあ」
と。
タックが僕に声を挙げる。
「拠点に戻る前にちょっとさ、やりたいことがあるんだけど」
「やりたいこと?」
「……うん。嫌なら、いいんだけど」
ちらりと視界に入った時計は、十四時を指していた。
◇
結局、僕達が宿を出たのは十七時を回った頃だった。
タックの『やりたいこと』はもっとすぐに終わる予定だったんだけど、僕の方もついでにすませた結果、思った以上に時間を食ってしまった形だ。
別に集合時間が決まっていたわけでも無いし、謝れば許してくれるだろう。たぶん。
チェックアウト時、宿側は宿泊しなかった分の返金を提案してくれたけれど、早めの退去はこっちの都合だし、それに結局片付けは必要だと思うので、それに充てて貰う事に。
そんなやり取りを見ていたタックは『もったいない……』と視線で訴えかけてきたけれど、無視。
ともあれ宿を出たら、いよいよお買い物タイム……なんだけど。
「そういえばタック達って、好き嫌いあるかな。食べ物に」
「俺は野菜が好きで魚が苦手。ニーサは野菜よりかは魚の方が食えるけどどっちも苦手かな。コウサは何でも食うよ」
「となるとお肉料理か……。パンはある?」
「保存食ならあるけど……」
ならそこからだな。
例によってお米が流通していないプラマナなので、小麦主体の主食をまずは考えなければなるまい。
パンというのも芸が無い。うどんとかパスタとか、麺類かな……、あるいはラザニアみたいな者にしてもいいか。ミートソースの材料はすぐに揃いそうだし。
カイリエの商店街へと突入すると、既に夕暮れ時でありながらきちんと営業しているお店が多い。
まずはお肉屋さんによって牛肉と豚肉を購入、ついでに油も補充、あとささみも。
次に粉屋さんで小麦粉と片栗粉を購入、トウモロコシ粉……いわゆるコーンスターチもあるようだけど、これはいいや。
あとは野菜屋さんで一通りの野菜を買って、最後に調味料専門店で使いそうなものを片っ端から購入。
これでよし。
「これでよし、って感じの満足そうな表情だけど……グロリア、買いすぎじゃないかな」
「余ったら余ったで、保存食にしちゃえば良いんだよ」
「…………。本当に金遣いが荒いんだね」
「うん」
「そこは『うん』って答える場所じゃない……」
それはそれ。
尚、購入した荷物は丁度半分ほどをタックに持って貰っているため、大分余裕がある。
商店街を抜けて三番街へと向う、途中で茶葉屋さんを発見。
折角のパーティなのでそこそこ良い紅茶を購入し、いざ三番街、『育みの庭』の拠点へと到着。
すると、物陰から「にゃあ」、と聞き覚えのある野良猫の声。
約束は果たしてくれたようだ。むしろ僕が遅くなったもんな。
「ついておいで」
「にゃん」
「グロリアって猫好きなのか?」
「そう。まあ、これは相談してからだけど、拠点で猫が飼えたらなあ……」
「二人も別に猫は嫌いじゃ無いと思うけど……」
「あ、そうなんだ」
ともあれ野良猫も合流したところで、タックが扉を開けて中へと入っていく。
僕もそのすぐ後ろを、猫と一緒に進んでいって、と。
「ただいま。買い物完了」
「大分寄り道してきたみたいだね……って、すごい荷物だな……、えっと、全部買ってきたのか?」
「折角荷物を持ってくれるというので、色々と買っちゃいました。タック、荷物は一旦キッチンの方に運んでくれるかな
「了解」
「コウサさん。差し支えなければ、この猫ちゃんも暫く一緒で良いですか」
「それは……ええと、飼うということか?」
「はい」
「ちょっと難しいな……。依頼を受けている間は連れて行けない。その間家に閉じ込めておく方が可哀想だろう?」
…………。
そう言われればその通り。
「ただまあ、家の中に入れるなとまでは言わないよ。野良猫に餌付けをするくらいは大目に見るさ」
「それで十分です。ありがとうございます。あとでブラシかけてやるからなー。そこで丸まって静かにしておいておくれ」
「にゃん」
野良猫は一度鳴いて素直に従った。
偉い子だ。
「で、グロリアの部屋なんだけれど。階段を上って二つ目の部屋で良いかな?」
「ああ。おれの部屋の隣にするんだ」
「色々と考えたんだけどね。ニーサもその方が良いだろうって」
「僕は構いませんが、そもそも間取りを知らないんですよね」
「そりゃそうね」
と。
話し声に気づいてか、奥からニーサがやってくる。
「って、何この大荷物」
「食材だよ」
「…………。食べきれるかなあ……」
「余りそうな分は保存食にしちゃうから大丈夫」
「にしても、多いんだよな……。コウサ、ちょっと手伝ってくれ」
「ああ」
「なら、私が案内ね」
タックとコウサさんが荷物整理を始めたのを見て、拠点の案内を自然とニーサがしてくれることに。
「玄関から入ってすぐのこの部屋が調理場を兼ねた多目的室。食事も大体ここで済ませてる」
「食器類は……、ちょっと余分なくらいにあるね」
「ええ。これなら足りるでしょ」
ふむ。
次はそのまま奥の通路へ。
一階にある施設は寝室が一つに、物置が一部屋、そして水場。
こっちの寝室は二階の寝室よりもやや広く、コウサさんが使っているらしい。
水場にはお手洗いが二つとお風呂場が一つで、大きな岩造りの浴槽が設置されているタイプだった。
また、この家屋はプラマナとしては先進的な技術で作られていたようで、下水道は完備。
上水道はまだ完全ではないため、水やお湯は必要に応じてタンクから移動させる……というのはアカシャと大差無しだ。
で、階段を上って二階に行くと、二階にも水場が一つ、それとは別に部屋が四つ。
水場は一階の水場の真上にあり、階段を上ってすぐと言う場所になる。
そんな水場の隣の部屋は誰も使っていない空き部屋で、その次にある部屋も空き部屋なんだけど、ここを僕が使うことになる。
更に奥に進むとタックの部屋、そしてニーサの部屋となっている。
ちなみに、部屋数が多いだけあって寝室は狭いのかと言えばそんな事は無い。
具体的にはアカシャで生活をしていた部屋よりも二回りは広い。
単純に広いのだ、この拠点。
「案内と言ってもこの程度だけれど、大丈夫かな」
「十分参考になったよ。一つ聞いておくんだけれど、水場のタンクに入ってる水はこれまでニーサが補充してたの?」
「ええ。お湯もなんとか作れるんだけど……」
「僕がいる間は僕がやるよ。僕のマジックなら、結構雑に作れるし」
「そうしてくれるとうれしいわ」
使う側は余り気にしないけど、補充する側はかなり気をかけることになるし……ね。
案内が終わったので一旦僕が使う部屋に鞄を置き、中からエプロンを取りだし一階のキッチンへ。
さて。
それでは料理を始めよう。
「って、グロリア。いつのまにエプロンなんかを」
「料理をするときはしないとだめですよ、コウサさん」
「……ああ、うん」
材料は一通り仕分けてくれていた。
キッチン設備として既にあるものは竈が二口、火力は薪や炭を用いても良し、魔法を使っても良し。
当然今回はマジックで火を起こすとして、調理器具としてはフライパン、鍋、包丁なども一通りある。
敢えて言うならオーブンみたいな設備が欲しいけど……、無いなら無いで『魔力の岩』から石窯でも作るか。
「食べ物の好き嫌いは一応、タックから聞いたので。皆大丈夫そうなものを作ります」
「ああ。お手並み拝見させてもらうよ」
「楽しみだな」
「それで、なにを作ってくれるのかな?」
豪華でパーティに向いた、石窯を使う料理。
つまり。
「ピザや揚げ物、スープにサラダ。パーティ料理の基本だね」
「ぴざ……? って、何?」
「パンの親戚みたいな、地方料理だよ。できあがってからのお楽しみってね」
『理想』は既にセットした。
調理を開始しよう。




