63 - レベルゼロ
「グロリアを誘うとき、俺たちはレベルについては敢えて言及しなかったんだ。その理由がタックのレベルゼロという才能でね――目安としてレベルや階位というものが優れていることは重々承知しているけれど、あえてぼかした。それでも普通は聞かれるんだけれど、なるほど。グロリアが俺になにも聞かなかったのは、君もゼロだったからか……」
「はい。聞かれない分には答えにくいなあと」
「解る。おれもだ」
タックは心底うんざりするように言う。
そうだろうなあ。
冒険者にとってレベルとはかなり大きな指標なのだ。
依頼を受けるにしたって、正式に依頼を発行する時、その冒険者が受諾しても大丈夫かどうかを確認するわけだけれど、真っ先に参照するのは直近のレベルだし。
僕のレベルが参照される側になったのは、ここで冒険者になったつい最近の事だけれど、それでも受付さんの困惑が伝わること伝わること……。
ちなみにレベルが参照できない場合は直近で達成したもしくは失敗した依頼内容から逆算することになっているんだけど、このとき、レベルはやや低めに見積もることが一般的なのだ。
「ちなみに私は3560ね」
「俺が4268。タックは0だけれど、実質、ニーサと同じくらいはあるはずだよ」
「なる……ほど?」
コウサさんで4268?
あのテクニックアーツが反映されていないのかな……、あと1000くらいはあってもおかしくないはずだけど。
ニーサも4000は越えてると思うんだけどな。
あの弓術はほとんど完成形だろうし……、レベルがついてこない、というより、そりゃそうだよなってところでもあるか。
身体の成長に技術がかみ合っていないのだ。
それは時間でしか解決できないだろう。
「パーティとして依頼を受けるとなると、平均レベルを使いますよね。僕も入るとがっつり下がるかな……」
「レベルゼロに対する救済措置があるらしいから、大丈夫……だとは思うんだけど」
ちょっと不安そうなコウサさんだった。
実際、レベルゼロが半分を占めるパーティというのは異例気味だからな……。
「ねえコウサ。まずはグロリアに、受ける予定の依頼の概要を教えたら?」
「いや、その前に依頼を発行してもらえるかどうかの確認だろ」
「ああ、そうか」
ニーサにタックが答えると、ニーサはあっさりと頷いた。
結構このあたりは信頼関係が見えて良いな。
「じゃ、受付にいこうか」
はあい、とそれぞれの声が重なって、皆で揃って屋内へ。
……なんか教師と生徒達みたいな感じになってしまっているような。
奇妙な感想を抱きつつ登録受け付けへと向かい、パーティへの加入処理。
これにより『育みの庭』の所属と管轄はプラマナの冒険者ギルドハウス、カイリエから変わらず、メンバーのみ変更。
コウサさんをリーダーとして、タック、ニーサ、そしてグロリアこと僕の四人で、任意で提出するオーダーも作成。
オーダーというものは自己申告制で、そのパーティのメンバーがどんなことをする役割か、というものを明示するものだ。
今回提出したものは次の通り。
コウサさんが剣士、盾役。パーティのリーダー。
タックが槍使い、前衛。要するに主力。
ニーサが弓使い、後衛。後方担当も兼ねる。
グロリアが魔法使い、後衛。マジック主体。
とてもざっくりしたことしか書いていないけれど、実際これで十分だ。
細かい所はギルド側が算出するし。
ちなみにパーティに加入する手続きを取った際の受付さんは昨日の受付さんと同じ人で、『こいつ昨日の今日でもうパーティインかよ……』という感情を浮かべて居るようだ。僕もカウンターの向こう側に立ってたら同じ事を思っただろうな……。
「これで正式に仲間だね」
「依頼の方は?」
「このまますぐに聞いてみよう」
で、今度は依頼受付へ。
コウサさんは藍色の縁取りがされたプレートを提示していた。
藍色の縁取りプレートは初めて見たな。アカシャでは使っていないはずだ。
プラマナ、もしくはカイリエ独自のシステムかもしれない。
そんな事を考えていると、受付さんは別のプレートをコウサさんに差し出して言った。
「では、二階。三番の部屋にお願いします」
「ああ。行くよ、皆」
どうやら個室で確認するようだ。
コウサさんに着いていく形で二階へとのそのそ向かい、辿り着いた三番の部屋へとコウサさんは迷わず入り、タックとニーサも特に迷う素振りを見せずに入って行く。多少は警戒した方が良いと思うけれど、仲間の拠点で警戒するのも妙な話か。
僕も着いていけば、すでにそこにはギルドハウス側の人員がファイルを手にしていた。
「やあ。『育みの庭』だね。私はカイリエのギルドハウスで斡旋依頼を特に担当しているオリバーだ。コウサ、タック、ニーサとは前回も話したが、グロリア。君は初顔だね。よろしく頼むよ」
「こちらこそ。良い関係であることを願うばかりです」
「そうさな。とりあえず座るといい」
オリバー、と名乗ったその人は、壮年……は言い過ぎでも、結構な年齢の男性だ。四十代くらいかな?
元冒険者かなあとも思ったけど、微妙に毛色が違うようにも見える。
ま、その辺は詮索しても意味があるまい。
勧められるがまま、皆で着席。
「前回君たちに条件付きで提示した依頼について、改めてこちらから確認させて貰おう。分類は魔物討伐、対象となる魔物の登録名称は『フェザーリザード』」
フェザーリザード……、登録名称が存在すると言うことはそれなりに観測される魔物なんだろうけど、知らないな……。
名前的には羽の生えたトカゲか。
……いわゆる『竜』ではないだろうけれど、ちょっと厄介そうだ。
「数は観測できた範囲で四体。フェザーリザードの討伐それ自体は大丈夫だと思うが、そもそもその観測された場所は少々特殊な自然環境でね。風を操るタイプの魔法が無いと、現場に辿り着くことそれ自体が難しい。そこで『育みの庭』には条件として、風を操るタイプの魔法が使える者をパーティに加入させる、もしくはチームアップを行うなどの縛りをかけている。三人とも魔法は苦手だったからだ。その点、グロリア。君はどうかな?」
「一応、矢を逸らす突風とかでテストは受けましたけれど、具体的にはどのような自然環境なんですか?」
「とても濃い霧が満ちている場所を突破する必要があるんだ。霧を突破するために風を使う。それが前提」
前提……?
「その上で、フェザーリザードという魔物は羽を飛ばして攻撃してくる事がある。それを抑止するためにも、風に関する魔法は得意であるに超したことが無いんだ」
「なるほど……」
「グロリア。君の魔法はマジック主体と書いてあったけれど、魔力はどの程度あるのかな」
「人並み以上にはあるらしいんですが……」
「らしい……? 『魔力の測』を使えないわけじゃああるまい?」
「使えるんですが……。百聞は一件にしかずですか」
『魔力の光』で図形を作って、動作を噛ませて『魔力の測』に連鎖発動。
久々に表示するなあ。
テーブルに投影されたその数字は、『529/0』。
なんか増えてる。
「…………、これはまた、珍しい現象だね」
「僕に魔法を教えてくれた人は、これと似た現象を知らなかったようでして。オリバーさんはご存じですか?」
「ああ。ミスティックが発動している可能性が極めて高いね」
…………?
うん?
「ミスティックは意識の外で勝手に発動してしまうことがあるんだ。特にミスティックスキルと呼ばれる分類に多いかな。『ミスティックの才能がある』けど『ミスティックの制御法を知らない』、そういう人の特徴でもある。恐らくグロリア、君はミスティックの才能を持っているんだよ。魔力の測に異常をもたらすミスティックスキルの代表例は、魔力の効率化に関するものだね」
へえ……、さすがはミスティックの国。
というかもしかして、
「オリバーさんって、魔導府の出身ですか?」
「その通り。ミスティック使いとしては大成できなかったけれど……まあ、こうやってギルドハウスでそこそこ要職に就けている程度ではあるよ」
なるほど納得。
「けれど、その状態だと不便だろう。一度解除してみるかい?」
「それ、解除しても問題は無いのか? 俺のミスティックスキルは……あんまり解除しない方が良いって言ってただろ?」
と、話題に割り込んできたのはタック。
タックが使っているミスティックスキルは、『ウィズランス・ウィズダム』以外にもあるってことかな。
一方、それにオリバーさんは一度頷く。
「解除にリスクが伴うのは事実だ。だから無理にとは言わないよ。もっとも、方法を知っておくくらいはしておいた方が良いだろうけれど……」
「教えていただけるならば、是非」
「わかった。あとで魔法譲渡書をあげよう。使い方は解るかな?」
「たぶん大丈夫です。ロジックとかテクニックの習得に使いました」
「ならばよろしい」
……タダなのか?
あとでチップ用意しておこう。
「魔力量の確認は後でも大丈夫なの?」
「そうだね、ニーサ。できればしておきたいというのも事実だけれど、今、グロリアがさらっとやってのけた事だけで、既にマジック使いとしてのグロリアの腕は示している」
「光から図形を咄嗟に作るやつ?」
「その通りだ、タック」
便利だから覚えただけで、別に難しいというイメージはなかったんだけれど。
軌道に乗るまでは確かにめんどくさかったけれどね。
「魔力は未知数とはいえど、発動までのタイムラグが殆ど無い。普通の詠唱で発動するよりもよっぽど早いだろう。その上でコウサはグロリアが風の魔法を使えることを確認したんだよね。ならば問題は無い。秘匿依頼『フェザーリザード』討伐依頼は、『育みの庭』に任せよう。成功報酬はプラマナ金貨三千枚、それとは別に準備金としてプラマナ金貨五百枚。どちらもパーティ単位だ、パーティ内部での取り分についてはそちらで決めるように」
……準備金が発生する秘匿型の討伐依頼?
ってことは……、
「尚、この依頼に関しては救援ならびに回収の要求が出来ないよ。その点については構わないね?」
「もちろん」
コウサさんが事も無げに答える。
……へえ。思っていたよりもなかなか、フェザーリザードとやらは強いのかな?
あるいは厄介タイプか……。
準備金が発生している場合、可能性は二つ。
一つ目は討伐法が確立されていて、その手段を取るためにはだいたいそのくらいの金額をかけて準備する必要があるパターン。
二つ目は討伐法が確立されておらず、情報を入手するために必要な経費としてギルド側が先払いしているパターンだ。
ただ、このどちらにしても、救援や回収の依頼を制限する物ではない。
今回その二つが縛られたのは、『秘匿依頼』という点だ。
内緒の依頼なんだから、助けを呼べないみたいな感じ。
例外的に許される場合もあるけど……ね。
で、成功報酬の金貨三千枚と、準備金の五百枚、会わせて金貨三千五百枚。
これはなかなか報酬が大きい部類だ。
完全に成功していれば今回はフェザーリザードとやらの死体も四つほど手に入る。で、魔物の死体は高値で売れるから、実質的な報酬はもっと大きい。
本来、『育みの庭』に優先して提示されるような依頼ではないはず……。
何か裏があるな。
それも恐らく、どうしようもない類いのものが。
「現時点を以て依頼を正式に発行」
オリバーさんの言葉と同時に、オリバーさんの手元には緑と赤の渦巻きが起き、棒状の物体が生み出される。
当然だけど、承認印の仕組み自体はアカシャと同じか。
ただ、その承認印が押されたプレート側は多少細工が違うようで、藍色の縁取りが白と銀のストライブへと変色していた。これは秘匿依頼を意味するものだ。
もちろんこのまま持ち歩いたら『秘匿依頼を受けています』と宣言しているようなものなんだけれど、
「次いで秘匿依頼の偽装を実施」
オリバーさんが承認印をもう一度押すと、プレートの縁取りが通常のものに切り替わる。
プラマナのプレートは便利だな……。
アカシャではいちいちインクでペタペタと上から塗りつぶしてたぞ。
「これでギルド側の手続きは完了。詳細情報の説明に入るとしよう」
というわけで、オリバーさんから改まって詳しい情報が提示される。
討伐対象、フェザーリザードの居場所までの地図や、生息圏と推測される範囲。
依頼内容と発見した魔物の数にずれがあった場合の対処法、報酬周りのより詳細な条件もここですり合わせ、ここで普通は依頼主と戦利品の振り分け交渉があるんだけど、今回は発行者がプラマナ冒険者ギルドであること、また斡旋依頼であることからパーティの総取りで良しという事になった。
……あまりにもこっちに都合が良い。怪しすぎる。
「以上の条件で構わなければ、最後にパーティを代表してリーダーが署名を」
「ああ。タック、ニーサ、グロリア。構わないね?」
「おれは良い」
「私もよ。異存ないわ」
「僕も構いません」
「ならば署名を」
コウサさんがさらさらと署名を行うと、オリバーさんがその上から承認印をもう一度。
「では、『育みの庭』の皆の検討と成長を祈る。それとグロリア、魔法譲渡書はすぐに用意するから、少し待ってくれるかな」
「はい」
ま、怪しいとは言え美味しい依頼ではある。
……どうしようもない類いの裏がある、それは間違い無いんだけど、さて。
ちょっとは探っておいたほうが良いかもな。
魔法譲渡書を取りに一度部屋を出たオリバーさんを見送りながら、僕は内心でそんな決意をするのだった。




