61 - カイリエ三番街
この街、カイリエは大きな街だけあって、冒険者向けの設備というものがちらほらと存在していた。
それは例えば冒険者用の武具を揃えている店だったり、そういう武具を調整してくれるバランサー、修理してくれるリペアーなどは当然として、情報の売買が出来る情報ギルドも存在するようだ。
で、そんな街の三番街。
その通り沿いにある一軒家は全て、冒険者向けの短期拠点だったらしい。
冒険者向けの短期拠点というものはそれほど一般的では無い概念になるのかな。
地球の現代日本的な言い方を混ぜて説明すると、パーティ単位で賃貸契約をするシェアハウスだ。
各家屋はそれぞれが一般的な家と同じ機能を持つ。
これには雑にローコストで建てた家ではないという意味と、特別、一般的な家よりも豪華に作られた家では無いという両面の意味がある。
当然、退去時には原状復帰をしなければならない。この原状復帰用の代金は通常、契約時に敷金として一定額を支払っておき、余分だったら戻ってくるし、不足したらさらに支払う形になる。
綺麗に使えばほとんど全額帰ってくるあたり良心的と言えるだろう。
カイリエの短期拠点契約は最短三日から契約でき、長期契約の場合は通常、三ヶ月に一回、契約の更新を行う。ただし最初から超長期契約として結んでいるならば、このスパンはある程度融通が利くことになる。
注意点としてはあくまでも借家であって持ち家ではないから、原状復帰ができないような変更は出来ない事、そしてこれは日本とは大分考え方が違うんだけれど、家主都合で退去が命じられる可能性があることだ。
そもそもこの冒険者向けの短期拠点は、冒険者のために作られた家ではない。
災害時の避難者や、火災などで一時的に家を失った人達が暮らす家屋を先に用意しておいた、という類いのものなのだ。
それを空き家で放っておくのも勿体ないから、ギルドが借り上げて拠点としてパーティ単位で貸し出している、そういう形なのだとか。
だからこそ、たとえば超長期契約を結んでいたとしても、何らかの災害で避難民が家屋を必要としたとき、冒険者側に退去が命じられるケースが出てくる。
冒険者ならば別に家が無くても困るまい。
もし困るなら土地を買って家を買うべきだ、恒久的に使うならば、短期拠点は家を建てるよりも明確にお得と言えるほど安くは無い。
そんな三番街の九番。
赤い屋根のその家の前で、お兄さんは立ち止まった。
「俺たちが拠点にしているのはここだ」
「短期拠点は初めて見ます」
「中身はただの家だけれどね」
肩をすくめてお兄さんは鍵を開け、そのまま中へと入って行く。
「どうぞ。その猫も一緒で良いよ」
「あはは……、それは嬉しいなあ」
というわけでお許しも出たので、酒場からの道のりで近寄ってきた野良猫と一緒にその家へ。
入ってすぐには広いダイニングキッチン、廊下の先には部屋が二つと恐らく水場、そして二階に繋がる階段がちらりと見える。
外から見た窓的に、二階にも部屋が三つか四つはありそうだな……。
しかもプラマナらしくといえばプラマナらしく、全体的にゆったりとした作りだ。
ようするに様々な場所が広い。
冒険者にありがちな鎧や武器を持っていても特に窮屈には感じないであろう広さが廊下でさえも確保されているのだからなんともはや。
「今、残りの二人を呼んでくるよ。悪いけれど、とりあえずはここで待っていてくれるかな」
「はい」
お兄さんが廊下に向ったので、野良猫とじゃれながらちょっと時間をつぶす。
この子、ブラッシングしたらかなりの美人さんになりそうだな。今はなんともパンキッシュだけど。
後でやろうっと。
そんな決意をしている間にお兄さんは戻ってきていた。
「ごめんな、ちょっと時間が掛かった」
「え、そうですか? …………?」
壁に掛かっていた時計をちらりとみる。
十分ほど経過しているようだった。
……気づかなかった。
猫と遊んでると時間って一瞬だからなあ……。
「それじゃあ、紹介をさせてくれ」
「はい」
さて。
猫ちゃんにはちょっと座っていて貰い、僕も姿勢を糺す。
鬼が出るか蛇が出るか、なんて考えてはいたけれど、事ここに至ればなるほどと既に思う僕もいる。
つまり、だ。
「初めまして。タックです。役割は、槍使い」
その声は『まだ』、高い。
声変わりが始まった、ちょうどそんな頃合いの声である。
タックと名乗った槍使いは、少し長めの茶髪を軽く纏めた少年で、身長は僕よりも僅かに高い程度。そこそこ筋肉は付いているけれど、筋骨隆々という表現は無理だな。
バレー部の風間先輩を思い出す体格でもある。ちなみにその風間先輩は腹筋がややみえるけれどその程度なので推して知るべし。あくまでも『運動部に真剣な生徒』としての標準だもんな。
「ニーサ。弓使いだよ」
一方、こちらの声もやはり高い。
ただ、それは声変わりが関係しない類いのもの――つまり、女の子だ。
ニーサと名乗った弓使いは、長い金髪を編み込むように纏めた少女で、それでも僕やタックよりかは背が高い。スポーツマンというよりアスリート体型というほうがニュアンス的には近そうで、まだ発展途上ながら、既になかなかの仕上がりだ。
とはいえ年齢で言うと、一番幼いくらいか……?
女の子のほうが子供の間は成長早いからな。
「なるほど。酒場でいきなり僕を選んだのは、こういう理由ですか」
「そう。俺以外は見ての通り成人前だからね……それを不安がって、成人の冒険者は手を挙げてくれないんだよ。ならば、いっそ成人前の君を誘えば良いんじゃ無いかと考えた」
発想の逆転というか悪魔の発想というか……。
この人、周囲からどう見られるかとか、考えてるんだろうか? 微妙だな。
「それで、お兄さんは自己紹介、してくれないんですか?」
「あれ? してなかったっけ?」
「はい。名前も知りませんよ」
「……よく名前も知らない大人に着いてきたね、君」
すっと突っ込みを淹れてきたのはタック。
いや僕もどうかとは思ったんだけど、害意は無さそうだったし……。
「こほん。俺はコウサだ。一応、剣士をやっている。…………。それで、ええと。君は?」
「ねえコウサ。まさかとは思うけれど、名乗りもしないで連れてきた相手の、名前も知らない、なんて言わないわよね?」
「あはははは。…………。ごめんなさい。」
力関係を見たような気がする……いやまあ、これは日常生活の範囲で、なんだろうけれども。
「グロリアです。グロリア・ウィンター。一応魔法が使えると言うことで、声をかけて貰ったのかな……」
コウサさんに視線を向けると、こくりと頷かれた。
「グロリアは魔法がある程度使えるそうだ。例の依頼を受ける条件としてギルドが提示した『魔法使い』を、彼で補おうと考えている」
「それはこっちの都合だろ。グロリアに、おれとニーサを見て不安とか、不満は無いのか。まずはそこだよ」
「そうね。タックは十三、私が十二だから……、ええと、グロリア。あなたは?」
「十四歳です」
「あ。年上だった……じゃない、年上でしたか」
「口調は気にしないで良いよ。冒険者歴ではむしろ僕の方が浅いはずだし……ね」
そしてそれは、アカシャにいた頃から数えたとしてもだ。
「どうかな、印象は」
「何かの事情があるっていうのは察してましたから、なるほどって感じです。このお兄さんを含めた三人であのリストにあった依頼をこなしてきたんですか?」
「ああ」
「ならばますます、不安も無い」
ただし、それは僕が受けた印象であって、僕の事情だ。
「タックやニーサと違って、僕には今のところ実績らしい実績がありません。僕の魔法が使えるかどうかを判断するのはそちらでしょう。……そうだな。ギルドハウスの横に訓練場のような場所がありましたね」
「ああ」
「明日のお昼頃、そこで出来る事を見せ合うというのはどうですか」
「俺は歓迎だ。タック、ニーサ、どうかな?」
「おれも」
「私も異存ないわ」
満場一致、と。
「どういう魔法があった方が良いのかは、先に教えておいてくれると準備が出来ますね。アドリブ性が必要ならば、その場で出題するのもありですが」
「そうだね。今回受ける依頼は……少し特殊な物だから、当日でいいかな?」
「解りました」
どんな魔法を要求されるやら。
風に関する魔法だとは言ってたけれど……。
「それじゃあ、また明日お会いしましょう。僕は今、この街で宿を取ってますから、一度そっちに戻ります」
「わかった。明日の結果で、もし参加して貰えるならば、その時はこっちに荷物を移しちゃって良いからね」
「はい。その時はよろしくお願いします」
「なんだ、もう帰っちゃうのか」
「そう言うな、タック。まあ、折角同年代なんだから、話し相手にしたいのも解るが」
肩をすくめるタックに、苦笑しつつも和んだ空気を流すニーサ。
年相応とは言いがたい。少し大人びているように見えるのは、成人前の冒険者という立場がそうさせるのだろう。
この二人はなんで冒険者になったのかな……、ま、その辺は正式に仲間になれば自然と見えてくるものだろうし、詮索するべきことでもあるまい。
「あ。帰る前に一つ聞いても良いかしら?」
「うん。どうしたの?」
「いえ、魔法使い、以外の側面もあるのかなって」
「ああ。得意なのはむしろ、前衛だよ。武器は良く言えば一通り、悪く言えば器用貧乏かな」
「へえ……ごめん、それならもうちょっと待ってて。タック、アレ持ってきましょうよ」
「あー。そうだな。待っててくれ!」
「うん……?」
アレ?
って何だろう。
二人が慌てた様子で廊下方向に向い、一気に上の階へと向う音がする。
「すまないね、グロリア。騒がしくて。同年代の冒険者は少ない物だから、はしゃいじゃってるようだ」
「良い事ですよ。自分の楽しいを見失うよりかはよっぽどね」
「そう言ってくれると助かるよ」
さらに待つこと五分ほど。
やはり慌てた様子で戻ってきた二人が手にしていたのは、それぞれ剣を一振りずつ。
タックが持つ剣はブロードソードで、ニーサが持っている剣はグラディウス……。
どっちもなかなかの業物なだけに、手入れ不足が勿体ない。
品質値は……、どちらもこの状態で二級品か。
きちんと手入れをしたら8000は越えるな、一級品になる。場合によっては特級品という可能性もあるだろう。
「この剣は?」
「私達がパーティを組んでから最初の依頼で、依頼主の冒険者さんに譲って貰ったの。ただ、当時から私は弓、タックは槍を使ってたから、実戦では一度しか使ってないんだけれどね」
なるほど、それで手入れ不足なのか。
「もしおれたちと一緒にやってくれるならさ。この剣、やるよ。おれたちにはどうも、合わないから」
それは善意から出た言葉なのだろうけれど……、なるほど。
勿体ない。
何重もの意味で。
「剣なら、コウサさんが使えば良いんじゃ無いですか?」
「俺がメインで使うのは長剣なんだよ。全く扱えないわけじゃあないけど、どうもこのくらいの大きさだと型がね」
「なるほど」
そしてこちらも勿体ないけど、こっちは仕方ないのだろう。
変なチャレンジをしてタックとニーサを危険な目に遭わせるのが嫌だ、という気持ちは分かるしね。
「だからさ、グロリア。前向きに、考えてくれないか」
「私からも、お願い!」
「僕はもとより前向きだよ。それに、剣を仲間から貰うのも気が引けるしね……」
何よりその剣は二人が持っているべきなのだ。
いずれ自覚する時がくるまでは……少なくとも、二人の手元にあるべきだ。
とはいえ、子供にこんな上等な剣を譲れる冒険者ね……、プラマナの有名な冒険者だろうな。その辺は調べておいた方が良いかもしれない。
「それじゃあ、明日。ギルドハウスにお昼頃で」
「ああ。よろしく頼むよ」
「また明日ね」
「明日なー」
野良猫を引き連れて、僕は三人が使っている拠点から外に出る。
ふと、そういえばパーティの名前を聞いてなかったなと表札を探してみたら、そこには『育みの庭』と書かれている。これかな?
良い名前だとは思う。
ただ、冒険者パーティらしいかと聞かれると微妙だな。
「あるいは……」
元々、冒険者としては珍しいタイプのパーティだった可能性もあるか……。
その当たりは追々、悟られない範囲で探っていくとしよう。
「にゃ?」
「なんでもないよ。けれどそうだなあ、君は宿屋には入れないか……」
野良猫を連れて戻るわけにも行かない。
とはいえブラッシングしたい欲は未だに強く残っている。
「明日の夕方頃、またおいで。その時は美味しいおやつと、気持ちいいことをしてあげるからね――だから、今日のところはお願いを聞いておくれ」
また明日。
ぽん、と頭を撫でると、野良猫はこくりと頷いて、とんとんとん、と路地裏へと去って行く。
それを見届けてから、僕は宿へと戻るのだった。
……猫の手を借りるのは、僕も一緒か。
まあ、こっちは必ずしも手ではないけどね。




