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三月賛歌夢現  作者: 朝霞ちさめ
第三章 プラマナのグロリア
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60 - 経済の破壊者

 プラマナ冒険者ギルドの構成員グロリア・ウィンターとして、僕が最初に受けた依頼は道具の納品依頼だった。

 ちなみにこの納品依頼は原則依頼人と直接のやり取りが不要であること、あえて注文が付いていない場合は『手段を問わず』で、また『入手経路の報告義務がない』など、冒険者ギルドが取り扱う依頼の中でも実はかなり黒に近いグレーゾーンの一つだったりする。


 で、今回僕が受けた調達依頼はと言うと、『特定の要件を満たした槍』。

 依頼人も冒険者らしく、依頼を通して新しい武器を調達しようとしたらしい。

 特定の要件というのは形状・重さ・重心の位置・大きさなどの武器としての部分は当然として、ある程度の品質があることなども求められる。

 報酬はプラマナ金貨にして七百枚だ。


 この七百枚という設定、調達依頼にしては報酬がかなりの高額だけど、これは調達費用も込みなので、たとえば今回の場合、該当する槍が金貨五百枚ならば実質報酬は金貨二百枚分だし、逆に千枚とかを費やして調達した場合、三百枚の赤字は補填されない。


 今回の依頼で提示されている七百枚はじゃあ妥当かと言えば、まあ、とても妥当という所だと思う。

 指定された槍は普通に買えば概ね金貨五百枚前後が相場になるだろう、ちゃんと依頼を受ける側にも報酬が出せるし。


 まあ、今回はその槍を僕が作ったので、総取りだけど。

 材料費なんて掛からないし。

 少なくとも僕が扱う錬金術の前に経済など無意味なのだ。


 尚、今回の依頼は受諾から達成までの時間は十八分。

 とはいえ納品依頼ではよくあることだ、それほど怪しまれることもなかった。


 とはいえそれは依頼に関する話。


「それでは、今回の依頼を達成したと同時に、『階位開示(レベル・ビュー)』を行います」


 ですよね。

 いつまでも隠せることではないんだけれど……。


「手を出して下さいね」

「……はあい」

「…………」


 僕の気乗りしない、そんな回答には不審を抱かれたようだけれど、しかし受付さんは階位開示を行うと五秒ほど動作を停止し、しかしその後、なるほど、と頷いた。

 レベルゼロ。

 僕がもつ才能というか性質の一つで、レベルが0としか表示されないというものだ。

 階位開示は便利だけれど、僕に関しては役に立たない。


「あなた自身はこのことを知っていたんですね?」

「はい」

「ならば構いません。とはいえ、あなたのような才能を持つ場合、数字からの斡旋が難しい。いくつか冒険の実績を挙げてもらい、そこから評価と判断を行う形になります」


 だろうな。

 パーティは難しくてもチームアップとかも視野に入れた方が良いですよ、などといった助言を受けつつ、今回の依頼は成功として記録されることに。

 冒険者の最初の冒険とは、必ずしも華々しいものであるとはかぎらないのだ。


 そのまま次の依頼を探してみたんだけど、いまいちピンとくるものが無かったので、無理に受けるのも妙な話だったので宿を取ることに。

 価格帯はこの前の宿屋と同じようなところで、食事のつかない方のプランでとりあえず、三泊。

 冒険者としての地位を手に入れている事もあって、このあたりの交渉はスムーズだった。


 宿屋の部屋で少し休憩をとりながら、この後は酒場にでも行って情報を集めるか……、と、ある程度先のことを考える。

 情報収集はどうせやるつもりだったけれど……、どうやらそれにどの程度気合いを入れるかについては、考え直す必要があるらしい。


 というのも、サムからの返事が未だに来ていないのだ。

 よっぽど忙しいんだろう。

 そういうわけで、ある程度はアカシャの情報も探さないと……。


「伝達のタイムラグ的にまだ情報はないかもなあ……」


 だとしても試さずに無いと決めつけるのは問題だ。

 情報が集まる場所と言えばギルドハウス……、だと思うけど、あの静けさでは聞き耳を立てるにしたって情報量が少なすぎる。


 それはこの街のギルドハウスが規模を優先して酒場とかの副業をやってないタイプだからであって、自然なことだ。

 その場合は大概、最寄りの大きな酒場が情報交換の場に自然となっていることがあるんだよね。この街もギルドハウスのすぐ近くに大きな酒場があったはず、そこに行ってみよう。


 方針決定。

 一度宿を出て酒場に向う。


 十六時を過ぎた頃という微妙極まる時間ではあったけれど、はたして入店した大きな酒場は、冒険者たちによってとても賑わっていた。

 かなりの大人数だな。老若男女は問わず、冒険者としての格もまちまち。

 ぱっと見た感じ前衛系が多く、魔法使い系は少ないようだ。


 もともとこの世界の冒険者って、純粋な魔法使いが少ないっていうのもあるけれど。


「はあい坊や。初顔さんね?」

「何かジュースと軽食をお願いします。アルコールは要りません」

「かしこまり。好きな席にどうぞ」


 僕の観察を困惑と受け取ったのかどうか、フロアを回っている従業員の女性が僕に声をかけてくれたので、そのまま流れで適当なカウンター席へと着席。

 程なくしてオレンジジュースとじゃがいもとにんじんのスープが出されたので、いただきますと。


「こんな所に子供が来るなんて珍しいね」

「子供ではありますが。冒険者ですからね」

「へえ」


 隣の席に座ってきたお兄さんの問いかけに、僕は食事を始めつつも答える。

 このお兄さん……、すごいな。


 僕が聞き耳を立てようとした瞬間に声をかけてきた。

 偶然か?

 偶然だったとしたら運命のようなものだろうし、必然だとしたら大概だ。


「俺にもドリンクを頼む。ワインがいい」

「色は?」

「なんでも」


 お兄さんは自然と注文をしつつ、僕の横でカウンターに肘を置いた。

 暫くは動かないぞ、という意思表示か……。


 気にせずに聞き耳を立てることは立てるけれど、意識はある程度お兄さんにも割いておいたほうが良さそうだな。何者なのやら。


「アカシャのドラゴニュート騒ぎはどうなってるんだ?」

「情報が錯綜している感じだな。そもそもドラゴニュートの数が特定できてないのかも」

「あのアカシャが?」

「あのアカシャが。六匹とも七匹とも、九匹とも十一匹とも……」

「……そりゃまた、対処が難しいな。軍――騎士だったか、騎士は動かしてないのか?」

「流石に事態が事態だからな。主に避難誘導を目的に全ての街に一定数送ったらしい」

「全ての街に一定数って……それじゃあ、討伐は無理だよな。時間稼ぎにだって……」

「なるまいな。あくまでも『避難誘導』が本職ということさ」

「あの国の割り切りの良さはいっそ感嘆するべきなんだろうが、どうにも消極的だな」

「相手がドラゴニュートだからな……。騎士をいくら送ったって消耗するだけと読んだんだろう。主立った表明は無いが、古の黎明もまた動いているのかもな」

「あり得るな。他に動いてる有名どころは?」

「アルス・ザ・ブレイバーが既に二体ほど狩ったらしい。俺が聞いた段階でそれだから、もう少し増えてるかもしれないが」


「サトサンガの軍が何かやらかしたって聞いたけど、どうしたんだ」

「さあ。詳細はまるで。港で聞いた話だと、何か作戦に大失敗したって話だけど、全く詳細は出てこないのよ」

「サトサンガらしい情報統制だな」

「あるいは誘導かも知れないわ」

「それ、違いがあるか?」

「あるわよ」

「ふうん。で、被害はどの程度だとか、そういうのも?」

「ええ。全くの被害無し、みたいな話は聞くけど、それじゃあ大失敗とか大失態とは言えないでしょう?」

「そうだよな。サトサンガは何かを隠している……。じゃなきゃ軍とギルドで敵対寸前みたいな状況にはならん」

「明日は我が身と私達も警戒しないといけないわね。もっともこの国の場合、その前にギルドが逃げちゃうでしょうけど」

「あはは、言えてる」


「そうそう、メーダーで面白いものが開発されたそうだよ。その名も遠心分離機」

「えんしん……ぶんり? き? なにそれ?」

「ぐるぐる回して分解するらしい」

「はあ」

「…………。なんだよ、響かないか?」

「いやさ、それで何が出来るんだ?」

「洗濯物をいれるだろ?」

「うん?」

「がーって回すと水が分離されて一気に乾燥するんだぜ?」

「それ普通に干したほうがいいと思うぞ」

「…………」

「そんな無茶な力をかけてみろ、服の寿命もどんどんへるし……」

「…………」

「なんだよ。まさかそれ以外に使い道が無いわけじゃ無いだろ?」

「たぶん……」

「たぶんって……」

「いやだってな。俺だって『なんかまた妙なの作ってるウケる』程度だしな。何かこう、頭の良い奴ならば使い方も考えられるのかもしれないが……」

「正直だな」


 …………。

 クラとクタスタに関しては会話が無いな……。


 アカシャの状況は思っていた以上に修羅場のようだ、サムのことだからなんとかするとは思うけど……、あまりもたもたしているようならばこっちから補助をかけてあげたいところだな。

 かつ、アルスさんの話がちらっとでたってことは、古の黎明としては動けていない……。


 で、サトサンガの軍の顛末は少なくとも国外には漏らしていないと。時間の問題のような気もするけれど、当面は時間を稼いでくれるだろう。

 そしてサトサンガが稼げば稼ぐほど僕は警戒されにくくなる。


 気になったのはメーダーの遠心分離機。

 アルケミックの国……、どうも科学的なことを魔法で解釈しているのだろうけど、遠心分離ねえ……。

 燃料の精製でも始めたのかな?

 それとも単に食糧品質の向上か。


「少年もギルドの関係者だろう。君は魔法を使えるかな」

「…………? マジックならば多少は。ロジックとテクニックはごく一部ですが、一応は」

「それは感心」


 お兄さんはうんうんと頷くと、懐から羊皮紙を一枚取り出し、僕に見せてきた。

 そこに書かれているのは……数字と、カテゴリ。

 これまでこなしてきた依頼、ってことかな。

 護衛依頼や調達依頼をメインに、時々討伐依頼も手伝う。そんな経歴が書かれている。

 数字は報酬だろうな、そう読み取るとしっくりくる。


 ベテランと言うにはちょっと甘いけど、駆け出しや新米という括りではない。

 今を乗り切ることが出来ればベテランになり得る、そんなポジションらしい。


「俺は今、パーティを組んでいてね。俺は剣士。後は槍使いに弓使いが一人ずつ居る」


 バランスが良いと言うか悪いというか……。

 もう一人前衛が欲しいな、そのパーティ。


「ギルドから内々に斡旋された依頼が一つあるんだ。ただ、その依頼をうけるには、魔法使いの力が必須でね。パーティに加入してくれる魔法使いを、探している」

「なるほど……。それは大変ですね」

「うん」


 素直に頷かれた。

 なんだか調子が狂うな……。


「猫の手も借りたいような状況でね。こうやって無節操に声をかけている」

「僕が猫の手になりうると?」

「無理かな?」

「……僕は確かに多少、魔法が使えますけれど。純粋な魔法使いにはほど遠いですからね」


 この世界の魔法は、致命的に苦手というわけでもないけど……得意分野ともやっぱり違うのだ。

 ミスティックもまだ使えないし。


「その多少でどうにかなる程度ならば、お兄さん達にもなんとか出来るんじゃないですか」

「それがそうでもなくてね。俺自身は魔法が極端に苦手だ。槍使いの奴も魔力に恵まれなかった。弓使いの奴が唯一、ちょっとだけ使えるが……。水を作るのが精一杯」

「むしろその程度でよくいままでパーティが保てましたね……」


 いや本当に。

 そしてそういうレベルでも良いならば、なるほど、僕も確かに魔法使いを名乗れるのか。


 ……そもそも僕がこれまで深く関連したり、一緒に行動した冒険者さんって、冷静に考えると軒並みレベルが高かったんだよな。軒並み6000は越えていた。

 ヘレンさんに至っては五桁だったし。

 そういう階位(レベル)の魔法使いを規準に置いている僕が悪いのだろう。


「魔法使いの力が必須と言っていましたけれど、具体的には何ができればいいんですか?」

「風に関する魔法がある程度と、戦闘以外でのお役立ち系。それこそ、かなりの頻度で水を作ったりして貰う事になるとは思う。戦闘も多少は手伝って貰うけれど、魔力の消耗を考えると、そこまで参戦はさせないよ」


 そのくらいならどうとでもなる……かな。

 僕一人じゃどうせ受けられる依頼にも限度があるし、この提案が渡りに船というのもまた事実。


「どうかな、少年。とりあえず一度、パーティに参加してくれたりしないかな?」

「…………」


 ただ、渡りに船の状況だからこそ違和感もある。

 なんでこの人は、こうも人数の居る酒場でピンポイントに僕を選んだのか……。

 それも聞き耳を立てようとした瞬間に隣に座ってきたのも、偶然か?


 何か色々と都合が良すぎるな。

 そりゃあ『冬華(グロリア)』なんていう、世界が世界ならば勇者の名前を名乗っているのだ、そういう『都合の良い展開』になるような言霊があるのかもしれないけれど。


「お兄さんは気が早いですね。僕がどの程度の魔法を使えるのかも解らずに紹介したところで、パーティのメンバーに呆れられると思いますよ」

「あはは。ごもっともだ。けれどそういう事は無いと思うよ」


 …………?

 なんか含みがあるな……。


「どうかな。顔合わせだけでもまずはしてくれないかい?」

「既成事実化を考えているならば断りますけど……そういうわけでも無いんですね……」

「もちろん。会ってみて君が『いや無理』って言うならば、それは仕方が無いことだ」


 へえ……。

 よっぽど自信がある……いや違うな、本当に『猫の手も借りたい』のか。


「解りました。会いましょう。ただその前に、僕が注文したこのご飯は食べますけれど、いいですよね?」

「ああ。そうしてくれ」


 鬼が出るか蛇が出るか……。

 なんか……想像してないものが出てくる予感があるけれど、さて?

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