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三月賛歌夢現  作者: 朝霞ちさめ
第一章 アカシャのフロス
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06 - アフターケア

 三人の冒険者達の初期治療を終えると、カウランさんは青と緑、二色の渦を作り出す。

 更に別の緑色の渦をそこに合流させ、パン、と手を叩くとその途端、何も無かったその場所に、ふわふわとした綿毛のような光が現れた。


『…………?』

『治癒術士に連絡をするよ。治療費は相応にかかるが、命あってのなんたらだからね』


 カウランさんがそう告げると、三人はそれぞれ複雑な感情を浮かべながら頷いた。

 ちょっと不満はあるけれど、逆らうほどでもない感じ。眼鏡のあれこれが使えれば細かい感情までほじくり返す余裕もあるけど、使えない現状では使い物にならないな……。

 これはほじくり返すという行為を真偽判定応用編・心境把握(おみとおし)でやっているからだ。


 この技術をざっくり纏めると、術者が片っ端からYES/NOで答えられるであろう疑問を対象に抱き、その対象の反応からYES/NOを強制的に引っ張り出して、それによって感情の絞り込みを行うという感じ。

 習得した世界においても『誰が使うんだコレ』という扱いを受けていた不遇極まる応用技術なんだけど、僕の場合は時間認知間隔の変更で実用圏内に持って行ってしまい、結果その便利さに甘えまくっていたという現実が強調された結果になった。


 取り上げられて初めて気付く、眼鏡の機能に対する依存度だな。

 なんとかしなければなるまい。

 やっぱり早めに眼鏡復旧しよっと。

 洋輔やら冬華が居たら『そっちじゃねえよ』とか言いそうだけど、ここにあの二人は居ないし、ソフィアはむしろ僕の味方をするだろう。うん。


 などと韜晦している間に、カウランさんが生み出した綿毛のような光は酒場の入り口から外へと抜けて、そのままどこかへと飛び去った。

 どうやらあれがこの世界における連絡手段のようだ。


 特に驚かれていないあたり、そこまで珍しい方法じゃ無い……のかな。

 珍しいなりに、カウランさんなら出来て当然って感じのニュアンスが近そうか?

 うーん、素の当て推量だと心境把握がほんっとうに役に立たないなあ……。そりゃ『誰が使うんだコレ』ってなるよ。


『さてと、それじゃあ三人ともご苦労様。詳報は待っているから、既定の方式で提出してくれ』

『はい。では、失礼します』

『…………?』


 え?

 失礼しちゃうの?

 と、言葉に出さずに困っていると、怪我をしている三人はそのまま酒場から出て行ってしまった。

 確かにここは酒場だ、怪我人が居座るに相応しい環境かと聞かれると様々な方面から微妙だけど。


 三人の姿が見えなくなってから少しして、補足してくれたのはムギさんである。


『冒険者たるもの、失敗をしたらあのくらいの怪我はして当然。死に直結するようなものでもないかぎり、ギルドハウスが補助することは治癒術士の手配くらい。あとは勝手にそれぞれ治してくる』


 アフターケアはセルフサービスと言うことらしい。


『実際、あの三人で一番状況が酷いのはユーイルだろうね。骨折はきちんと処置しておけば治るものだ、刺し傷は治癒術士に頼めば間違いは無いし、最悪それがなくともこまめに消毒していれば助かる事も多いだろう。……その点、ユーイルのあの傷がもしも魔法(ミスティック)による魔法毒と関連するならば、解毒のできない毒が掛かり続ける状況だ。じわじわと体力を失って、最終的には死んでしまう可能性がそれなりにあるけれど……』

『魔法毒を外すには専門家が必要。ギルドが呼ぼうにもどこに何人いるのかが解らない以上、自力で探して貰うしか無い』


 冷たい……とは違うな、ドライとも違う。

 割り切っているだけ――損切りをしているだけなのかもしれない。


『とはいえだ。しくじって四人パーティの三人が生還した。……まあ、そう遠くないうちにあと一人死にそうだが、それでも二人生還。なかなか悪い結果では無いぞ、キーパー』

『そうだね。「そよ風の木苺」としてパーティを続けるかどうかはともかく、連中が復帰出来ればそこそこ戦力として数えられるだろう。次の『能力開示(ステイタス・ビュー)』が楽しみだよ』

『復帰出来ればな』


 言葉だけを聞けば悪代官っぽく聞こえるけれど、口調や態度から信頼の裏返しであることは見て取れる。

 少なくともこれまでこの世界で出会った人達は、根っこから人が良いんだよね。


 だからといってこの世界の全員がそうとも思えないけど。

 もしそうだったらとうの昔にこの世界は滅んでいる。


『それにしても、セタリアは血に怯えなかったな』

『ああ、確かに。無理はしていないかな』


 大丈夫ですよ、と頷く。

 ……いや、血に興奮しかけているのを我慢はしてるけど、無理はしていない。

 うん。


『その様子ならば大丈夫だね。まあ、ダメでも慣れて貰うつもりだったけれど』


 根っこから……人が良い……?


『それとキーパー、セタリアは筋が良いかもしれない。応急処置の範囲ならば、先に教えておけばある程度させられる』

『ふむ。ムギ、指導を頼んでも?』

『ああ。結果、こっちも楽になるからな』


 といいうわけで、どうやら僕の仕事は酒場の皿洗いなどの裏方作業に加えて怪我人の応急処置も加わるようだった。

 当然拒否権などあるわけもない。


『じゃあ、私たちは調理場に戻るよ。また何かあったら呼んでくれ、ムギ』

『ええ』


 そんなわけで、改めて調理場へと移動すると、カウランさんは『どこまで話したっけ……』と呟いた。

 その気持ちはよく分かる。


『まあいいや。洗い物のやり方は教えてなかったと思うし、それを始めよう』

『…………、』


 はい、と頷く。

 調理場に設けられた洗い場は、当然だけどシンクではなく、また当然だけど捻れば水が出てくる蛇口も無い。

 あえて言うならば石造り……というか岩造りの大きな桶がある。お風呂場の湯船と同じような感じかな、こっちのほうが大分小さいし浅いけど。

 で、その桶のすぐ横には大きな水瓶と酒瓶が。

 酒瓶には赤い炭で『×』と書かれていた。


『洗いもの……試しに、このお椀でやってみようか。お店で使ったもの……って考えると汚れてなきゃおかしいから、一度汚しておこう』


 カウランさんは言うなり、調理場に置かれたソースをお椀に垂らした。

 汚れの再現というわけでもないけど、まあ、それっぽい感じだ。


『汚れた食器はこの桶の横、こっちの台にどんどん積まれる。それをこの桶の中で、まずは軽く水洗いして、』


 大きな水瓶から柄杓(ひしゃく)のようなもので水を掬い、さっとお椀に水を振りかけ、次に酒瓶を手に取り蓋を開けると、カウランさんは言葉を続けた。


『これでもう一度洗う。これはお酒でね。まあ、まずいんだけど。だからこうやって洗剤として使っている』


 お酒を造った人も浮かばれないような……。

 ちなみにお酒の色はほぼ透明。焼酎のまがい物……あるいは、原始的な焼酎みたいなものかもしれない。


『最後にもう一度水ですすいだら、タオルでふいておしまいだ』


 水洗い、洗剤洗い、水洗い。

 まあ……そうやって行程を整理すると普通だな。

 大分面倒だけど納得はできる。

 で。


『…………?』


 僕は水瓶を指さして首を傾げる。

 この水瓶が空っぽになったらどうするんだ、という指摘に気付いたようで、カウランさんはこくりと頷いた。


『ここの水瓶も、半分を切る頃に補充することになってるよ。酒場に居るセタリア以外のスタッフは地味に水を作る魔法(マジック)魔法(ロジック)程度ならば使えるから、よっぽど無駄遣いしたって無くなることは無いだろう。私も居るしね』


 なるほど……。


『ただし、他の誰も居ない状況で水が空っぽになったなら、酒場の入り口を出てすぐ左側の広場に井戸がある。飲める水だから、それを汲んでもらうことになるよ』


 その時はその時考えよう。面倒ならこっちも魔法で水を補充すれば良いし。


『洗剤のお酒は、瓶に赤い炭で「×」が書いてあるやつだ。そうじゃないやつは売り物だから、使わないでくれ。わかったかい』


 こくりとうなずき、けれどこの方法だとかなり手間だなとも思う。

 蛇口を寄越せとはいわないけど、シャワーヘッドの代用くらいは欲しいな……。


 よし、作るか。

 錬金術ではない、工作の範疇で。


『…………、…………?』

『ん……、空き瓶? を、どうするのかって? えっと、空き瓶は砕いて返すんだ。すると、新しい瓶の材料になるからね。…………。ほしいのかい?』


 こくりと頷く。


『全部は困るけれど、数本くらいなら構わないよ。ほら、そっちの籠にまだ砕いてない、空の瓶がある。それでいいかな』


 言われて見れば、確かに空っぽの瓶が数本入っていた。

 瓶の厚みはかなりあるけど……、まあ、なんとかなるだろう。


 少し大きめの瓶を一本取りだして一度テーブルに置き、調理場に置かれているアイスピックのようなものを手に取って、その瓶の底に近い側面にガンと穴を開けていく。

 尚、筋力増強を若干行使しているので割れるよりも素早く穴が開けられるというだけで、普通にやっていたらアイスピックが駄目になるか、瓶が割れているだろう。


『え、えっと?』


 困惑しているカウランさんは一度置いといて、穴は七ミリほどの距離を開けて『三角形』を描くように穴を開ける。

 次にその外周に『七角形』を描くように穴を開け、全部で十個穴が開いたら、瓶を逆さにして『穴』の部分にあったガラスを取り出し。

 アイスピックの頭が駄目になってないことを確認したら元に戻しておいてっと。


『…………?』

『え? ……あの銅板かい? いや、あれも捨てるんだけど……、欲しいのかい?』


 こくり、と頷く。

 カウランさんはいいけど、と小声で言ったので、捨てられる直前の銅板と、先ほどの瓶を手に取ったら、今度は水瓶に瓶を沈めてやる。

 完全に水が満ちたら銅板で瓶の口を塞いで密着させ、水瓶から取り出したら台の上へと置く。

 よし、瓶の穴から水は出ていない。


『……えっと。何をしたいんだい?』

『…………、』


 先ほど『例』として使われたお椀を手にして、僕は瓶の上から銅板をずらす。

 すると、瓶の下部に開けられた合計十個の穴から、シャワーのように細い水が十本飛び出してくる。

 それでお椀を綺麗に水で洗い、それが終わればまた銅板を乗せれば水は止まった。


 ペットボトルとかでやるとキャップで水量も調節できるし、なにより加工しやすいんだけど、結構便利な疑似蛇口、疑似シャワーである。

 小学校の理科で習ったんだよね。災害時に役立つかもしれないテクニックとして。

 まさか異世界で役立つとは思いもしなかったけど。


『……驚いた。へえ。これは便利……、かな? でも、毎回水を追加するのは面倒だね』


 首を縦に振る。それは確かにその通りなのだ。

 けれどこれ、このままでもとりあえず使う分には問題ないとみている。

 ずっと水を使うわけじゃ無いし、使ってない間は瓶を水瓶の中に入れておけば良いし。


『なるほど。セタリアが暮らしていた家には知恵者がいたんだね』


 曖昧に頷いて是とすると、『ならば』とカウランさんは瓶を手に取り、青い渦を使って『セタリア用、破棄厳禁』と刻み込んでくれた。

 なんだかもの凄くさらっとやってるけど、あれも当然魔法だよな……。


『これでよし。折角作ったのに捨てられちゃったら悲しいからね』

『…………!』


 ありがとう、と頷いて、一段落。


『それにしてもセタリア。君はこういう細かい作業もできるんだね』

『…………?』


 そうだろうか?

 今のは細かい作業というより力のほうが重要だと思う。

 じゃないとガラス瓶だから割れるし。

 『理想』のバックアップがあれば別だけどもね。


 で、今の台詞が怪しみながらではなく、納得するように言われたのが気になる。

 『何でお前はそんなことができるんだ』ではなく『お前ならできてもおかしくないな』、このニュアンスの違いというか……。


『そう遠くないうちに、調理とかも手伝えるかもね。だとするとヘーゲルも少しは楽になるかな……いやはや』


 ああ、人手不足の認識はあるんだ。

 その上で人が来ないときの暇、を持て余すと。


 ……パートさん雇った方が良いと思う。

 ひょっとしてパートタイマーって概念が無い……?

 いやまさか……。


『さてと。洗い物のやりかたは教えたし、予定には無かったけれど応急処置も一度はやった。となると、あとは洗い物を主体にやりつつ、徐々に覚えて貰う。そのほうが負担も少ないだろうから』


 ごもっとも。


『それじゃあ、酒場の再開までの間に店舗の掃除をしよう。手伝ってくれるね』

『…………!』


 もちろん拒否権はないので、頷きついて行くと、酒場ではムギさんがカウンターの整理を行っていた。

 なんだか随分と分厚いファイルがいくつもある。冒険者向けの資料だろうか?

 いずれ読む機会はくるだろうから今は掃除に専念しよう。


 掃除用品は藁箒で、ちりとりっぽいものもあるとはいえ、学校の教室を掃除する感覚とは全然違いそうだ。床が違うから当然だけど。

 拭き掃除もするべきなのかな? でもぞうきんらしき者は無かったしな。


 そんな事を考えつつ、掃き掃除をする前に椅子を机の上にひっくり返して載せていく。


『…………? うん? 何してるんだい、セタリア』

『…………?』


 何って……掃除の前の準備だけれど。

 って椅子の脚がかなり汚れているな。

 ぞうきん本当にないのだろうか?


 問いかけるように視線を向けると、しかしこれまで察しの良かったカウランさんも、この場に居合わせているムギさんも小首を傾げている。

 僕の行為がどうにも理解出来ない、そんな様子だ。


 …………。

 学校の掃除とかで習慣になってるんだけど、ひょっとして椅子をあげて掃き掃除をするのって珍しいのか……?

 でもまあ、始めてしまったからにはやるしかないし、このまま一通り綺麗にしてしまおうっと。


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