59 - 押して駄目なら更に押せ
『ギルドハウスを探している……? 分室ならこの街にもあるが、そうだな。ギルドハウスとなるとカイリエが一番近いか』
宿を出るとき、ついでだったので最寄りのギルドハウスを教えて貰うと、そんな答えが返ってきた。
カイリエまでの道のりはかなり穏やかで、整備された道だけでいけるらしい。
一応馬車も出てるとはいえ、距離的にも其程遠くはないため、歩ける人も多いそうだ。
盗賊の類いは居ない、とは言えないもののかなり少ないとのことなので、ならばと歩いて行くことに。
簡単に道のりを教えて貰い、いざ出発。
とはいえ、出発すると言うことは即ち、猫たちとの別れを意味する。
いやまたこの街に来たら良いだけなんだけど。
街を去るその際に、街に居る猫たちの大半が見送りに来てくれたのは喜ばしい反面、後ろ髪を引かれるというのはまさにこういう感情なんだろうなあ……。
というわけで港街からカイリエへ移動。
整備された道はそれなりの規模だけど、なんでも交易用の道は別にあるとか。
プラマナにおいては道の整備がかなり重要視されているようだ、なんて考えつつ歩くこと四時間ほど。
途中何度かの分かれ道はあったけれど、それ以外に妙な点もなく、無事にカイリエへと到着した。
カイリエの街の人口は千五百ほどとそこそこ大きな規模で、冒険者ギルド関係施設としては冒険者ギルドハウス、軍関係の施設としては駐屯地、他にも国関係の施設として裁判所があるようだ。
地味に裁判所という存在そのものが随分久々な気がするけれど……。
今にして思えばアカシャもサトサンガも裁判所無しでよく国政ができてるな……。
折角なのでカイリエの冒険者ギルドハウスへは、野良猫などと触れ合いながら向う。
結果、カイリエの街の出入り口からギルドハウスまでの距離集まった猫は四十三匹。
我ながらプラマナに入って以来、僕自身の猫寄せ能力がやたらと強まっているような気がするけれど、それこそアカシャ、プラマナと猫を我慢しまくってたせいで猫エネルギー的なものが溜まりまくってるんだろう。
「ここかな……」
その建物は体育館ほど面積で二階建て。看板には『ギルドハウス』と書かれている、間違いは無さそうだ。
ちなみに建物のすぐ横には柵で仕切られた広めの空間があるけれど、その空間は訓練場のようで、かかし……とは違うけど、ダミーターゲットらしきものがちらほらと置かれている他、木製の武器が備え付けられていた。
まあ、使ってる人が今のところ居ないけど。
時間的な問題だろうか?
正面口の前に立ったら猫たちを解散させて、いざ突入。
ギルドハウスの中はとても静かだった。
全く音が無いって事ではなく、受付と冒険者の話し声であったり、受付をしている人達が紙やプレートを動かす音、リストを手繰る音に、冒険者達が相談しているような声はする。
なんか日本の銀行とか郵便局っぽいな。僕はあまり行ったことが無いけど。
そんなギルドハウスの内装もとても落ち着いた雰囲気だ。
どうやら酒場などは併設していないタイプのようで、一応相談や休憩が出来るスペースとしてテーブルセットが置かれていたり、大きな腰掛けがあったりはするけれど、それ以上の備品はあまり置かれていない。
カウンターの奥にはギルド側の従業員、カウンターの手前は冒険者側と明確に区切られているのが特徴かな?
階段は入り口のすぐ横にあるけど、個別呼び出し時の番号で個室がどうとか書いてあるので、依頼の詳細説明は二階の個室を使うよ、と言う事だと思う。
他にも、今入ってきた正面口以外にも出口が一つ。こっちは扉が開放されている。方向的に先ほどの訓練場に繋がっているのだろう。
また、レイアウト的にちょっと新鮮なのが、依頼を提示するプレートがカウンターのある面に設置された回転板に設置されていること。
冒険者はカウンターの外側、従業員はカウンターの内側からそれぞれ出る事無く、従業員は依頼のプレートを掲示できるってわけだ。
酒場併設型じゃないからこその考えだろうな。
尚、カウンターには受付が六カ所あり、内の三カ所は冒険者向けの依頼斡旋に関するもので、二カ所は依頼を出したい人向け。残る一カ所は登録に関することだと誘導の看板が出ている。
登録というのは冒険者として加盟すること以外にもパーティやチームアップの登録もあるんだろう。
今回はギルドへの加盟が目的なので、登録受け付けへ。
特に並んでいなかったのでそのまま話しかける。
「すいません」
「なにかな?」
「冒険者になりたいのですが……」
「そうか。成人後の職業として選ぶのは、正直余りおすすめしかねるのだけれど、プラマナでは冒険者が不足気味だからね。歓迎しよう。成人したらまたおいで」
「いいえ、今すぐになりたいのです」
「それは要件を満たしていない以上、無理だね」
「特例ならば大丈夫なんでしょう?」
「君は特例認可を貰っているのかい。それが答えだよ」
…………。
とりつく島もないな……。
島がないなら作るだけだけれど。
「じゃあ、どうやれば特例認可を貰えるんでしょうか?」
「特例認可を貰う条件は人によって異なるからね。君が君らしくしていて、それが相応しいことならば、すぐに受けられるよ」
「……つまり、近道なんてものは無いと?」
「物わかりが良い子で助かるよ」
……ふむ。
どうやって島を作る物か……、究極的にはアカシャ冒険者ギルドの承認印で適当なものをでっち上げる、でもいいけど、それは最終手段にしたいし……。
「じゃあ、特例認可を貰えるまで僕は毎日ここに来ます」
「それはなんとも労力の無駄だね。意味が無いよ」
「明日は二匹の猫を連れてきます」
「はあ」
「明後日は四匹、明明後日は八匹です」
「…………」
「その次は十六匹……僕はしつこいですよ。最終的にはこのギルドハウスを猫で埋め尽くし、それでも諦めないならば街を埋め尽くすでしょう……」
「それ、猫の数が足りるのかい?」
「…………」
言われて見ればたしかに……。
人口千五百人程度だしな、猫は二百匹だって多すぎるくらいだろう。
「となると、他の街から連れてくるしかないか……」
「いやそこまで頑張られても、頑張る場所が違うと思うけれどね。というわけだ、今日の所は帰りなさい。少なくとも今の段階で君を冒険者として登録することはできないからね。たとえば君がどんな才能に恵まれているにしたって、そういう基本的なルールを護れないようなものを冒険者にするわけには行かないな。君だって冒険者になって、ルールを護れない奴が仲間だ、なんて言われたら嫌だろう?」
「……はい」
そして屁理屈を正論で制された。
今日の所は撤退だな。場の流れが完全に持って行かれている。
大人しくカウンターから離れて、代わりに今、どんな依頼があるのかをチェック。
商人の護衛依頼、新しい地図の作成、借金取り、ちょっとした魔物の討伐、特定の道具の納品、あとは輸送や、剣術の師匠募集などなど。
さすがはギルドハウス、バラエティに富んでいる。
一方で、討伐系がちょっとした魔物の討伐や、せいぜい猛獣の狩猟があるくらいというのは、いっそ不気味なほどだ。盗賊が少ないというのもあるだろうし、魔物は軍である程度討伐してるのかもな。
その上で不足分は冒険者を使ってるんだろうけど、その殆どを非公開の秘匿依頼にしてしまっているのかも知れない。
そうすることで表面上の平和を演出する。そしてそれは停滞感を産むし、この国の性質を保っているという見方もできる。
にしても、剣術の師匠募集ね……。
剣術に限らず武術系の指導には一定の需要があるようだ、当然相応に条件は厳しいみたいで、特定の分野に一定以上の素質があることを証明する必要があるらしい。
それはたとえば能力開示の亜種やレベルの証明が基本になるけど、一部の依頼では条件として特定の誰かを指定された方法で倒すだとか、特定の何かを指定された通りにどうにかするとか、そういうタイプのテストもあるようだ。
将来冒険者や軍人になりたい子を教えるというのもあるだろうけど、もう冒険者になっている誰かをさらに鍛える目的とかも一定数はありそうだな。
ん……待てよ?
ふとした思いつきに従って、改めて受付へ。
ただし――依頼を出したい人向けの受付だ。
「すいません」
「はい。こちらはプラマナ冒険者ギルド、依頼受け付けです。冒険者にご依頼ですか?」
「はい」
「かしこまりました。詳細は後ほどお聞きしますので、まずは簡単に依頼したい内容をお知らせ下さい。前例から適正報酬を算出した上でそれをお知らせしたり、その依頼が実現できるかどうか、その見込みをお知らせするためにです。秘匿依頼をご用意したい場合は個室でお話をお聞きしますので、その旨をお知らせ下さい」
「秘匿依頼ではなくて大丈夫です」
「では、内容をお知らせ下さい」
よし。
「『僕をプラマナの冒険者ギルドの正式な構成員にすること』です」
「…………」
受付さんはぴたり、と手を止めた。
ただし――それは一瞬のことで、すぐに前例の確認を始める。
ふと視線を感じて横を見れば、登録の受け付けさんがこちらを見て呆れるような表情を浮かべていた。
いや僕もさすがにどうかなあとは思うのだ。
けれど冒険者ギルドに寄せられる依頼はバラエティに富んでいる。
教育系がありなのだから、こういう登録補助系の依頼だって前例がいくつかあるだろう。
正々堂々、正面から金貨をたたきつけて入門するのだって、一つの入り方に違いは無い。
爆弾じゃないだけ良心的だとさえ思う。
「……一応、前例はありました。ただし、報酬として支払われた額はかなりのものです」
「つまり?」
「お金を稼ぐために冒険者になろうとしているならば本末転倒ですよ。それに『冒険者になる』ことはできても、その後までは保証されません。レベルがどの程度かにもよりますが、駆け出しとして当面は動く事になるでしょう。その間、あなたの生活を冒険者ギルドが支えることはありませんよ」
なるほど。
尚、プラマナの孤児に対する政策は、国家が運用する孤児院での受け入れとなる。
孤児院と行っても地球の日本にあったようなものではなく、どちらかというと学校のイメージが正しい。
養成機関としての孤児院では様々な分野に孤児を触れさせることで適性をはかり、その適性を利用できる職業に就けるという充実っぷりなのだ。
その代わりに著しく自由が制限されるらしいけれど、成人して孤児院を出る頃には手に職をつけ、普通の人と同じか、適性通りの職に就いている分それ以上にお金が稼げるのだ。
もちろん孤児院を出た人は収入の幾ばくかを孤児院に還元するとか、そういう制度的義務はついて回る。
とはいえアカシャの孤児は騎士か冒険者に拾われてそのどちらかにしか通常なれないし、サトサンガの孤児に至っては基本が商品として売られる方面なので、それらと比べればとても人道的な政策だと言えるだろう。
というか他の国が非道すぎない?
あれ?
「……どうしましたか?」
「いえ。なんでも。お金に関しては……、まあ、最終的に稼げたらそれはそれで良いですけれど、一時的に失う分には気にしません。冒険者になるのが優先です」
「理由をお伺いしても?」
「魔導府に入りたいんですよ。その為にはなにか実績を作れと助言をされました。で、僕みたいな子供に作りうる実績って考えると、冒険者になって何かするしかないなって……」
「…………。あまりにも不純な動機ですね。そのような動機で冒険者になったところで、長生きできませんよ」
「その時はその時、僕はその程度の人間だった、おしまい。それで良いじゃないですか。金の力で冒険者になるルートを切り開けるならそれも結構。イレギュラーとして見て貰えるならばむしろ好都合……魔導府の目を向けさせることが出来る、かもしれない」
僕の戯れ言を、けれど受付さんはこくりと一度頷くことで僕に一枚の紙を提示してくる。
そこには過去の例から算出された報酬額が書かれていた。
プラマナ金貨、八百枚。
これは僕という子供の身分を保障するのにあたって最低限、ギルド側が欲しがっている額ってことかな。
これにどの程度色をつけるかによってその後が変わるとかもありそうだ。
「ただ、この方法でギルドに入れば当然ですけれど、周囲からの目は厳しいですよ」
「成果を出せばその目も変わるでしょう」
「その成果を出すのが難しいのです」
「でしょうね……」
とはいえ。
「けれど今は、まずスタートラインに着くことがなによりも大事なので。初期投資は惜しみませんよ」
鞄から取り出すのは、箱状の大きなコインケース。
サトサンガの銀行で、サトサンガ金貨をプラマナ金貨に換金したとき、銀行がサービスとして付けてくれたものである――金貨五百枚がぴったり入る、そんな箱だ。
それを三箱。
つまりはプラマナ金貨千五百枚。
提示された額の倍には届かないけれど、相応の額に違いは無い。
「手続きを、お願いします」
「……かしこまりました。それでは、署名を」
「はい」
とはいえ、金で買った地位が危ういことは解りきっている。
早めに何か、適切な冒険をしないとね。




