57 - 二度目の潮時は挫折と共に
問題の空間の外、エレオノール山の断崖絶壁すぐ近くに作った、休憩所。
僕達はそこで休憩を取りつつ、サムとも連絡を交わしていた。
調査はというと、行き詰まった。
そもそも突き合わせることができるだけの資料がないのだ、これ以上のことは解らない、それが残念ながら僕達の共通認識となっていた。
それに、あの隠された空間を調べ回ってたら光も消えちゃったし。
もうこれ以上、ここには何もないとでも告げるように。
不完全燃焼だなあ。
けれどまあ、これ以上をサトサンガで調べる事は難しいというのもまた真相だったし、なによりサムの方がなかなか切羽詰まっているらしい。
「うん……これもまた、潮時ですね」
「と言う事は、調査は打ち切りか」
「はい。これ以上は……」
同感だったようで、リーヴァさんは仕方なさそうに頷いた。
ヘレンさんも同じような表情で、やはり微妙に消化不良な感が否めない。
「この後はどうするの、あなた」
「ノウ・ラースで調べ事をして貰っているウグイさんとバリスさんから情報を貰っておこうかと思ったんですが、サムがその二人を徴収したようでして。となると、サトサンガに残る方がリスクでしょう?」
「……そうね。あなたも軍には目をつけられているか」
一人も殺していないし、怪我もさせていない。
ただ……名誉は傷つけた。
その程度の自覚はあるのだ。一応。
それでも大分足りないんだろうけど。
「目をつけられているといえば俺たちもどうするかだよな」
「いえ、その心配は無いわよ」
「なんでだ」
「そうよね、アルテア」
「はい。お二人はこの後、このままアカシャに向って貰いたいんです。集合場所はサムから直接連絡が来ると思いますけど、どうやらあっちはあっちで戦力を今少し補充したいようでして」
これ以上ここに留まってもなにも解らない。
ならばサムの手助けをするほうが良いだろう、一度サトサンガを出ている間にサムからも工作は入るだろうから、サムの対処している案件が終わる頃にはリーヴァさんもヘレンさんも、本来の活動に戻れるはずだ。
たぶん。
「お二人には色々と手伝って貰いました。ありがとうございます、おかげで大分楽が出来た」
「そう言って貰えりゃ何よりだが、ほとんどアルテアがやったんだよな……」
「そんな事はありませんよ」
けれど本心だ。
だからこそ。
「一旦、精算しちゃいましょう」
「精算って……」
「リーヴァさんにはまず、この剣を」
というわけで、引っ張り出したのは一振りの剣。
戦闘に特化した、ごくごく普通の――ただ、品質は高い、そんなものだ。
「具体的な指定はありませんでしたが、破壊力を優先と言うことで、『雷』です。基本的には振り抜けば雷が刀身から走りますが、使い方次第では色々と使えますよ」
「マジか」
「マジです。あとで適当に素振りでもして感触を確かめてください」
というわけで、リーヴァさんへの報酬は超等品の剣。
付与した属性は雷――『剣気』、つまりは攻撃に関する機能に特化したタイプだ。
リーヴァさんにならば使いこなせるだろう。
「それと、ヘレンさん。この糸をちょっと、指に巻き付けてくれますか」
「え……? ええ、構わないけれど……」
一方、ヘレンさんの指に赤い糸を緩く巻き付ける。
セゾン・トゥーベスの糸。
任意の誰かとの縁を繋ぎ直すという道具――今回は、これを使ってヘレンさんと、ヘレナさんが探している『友人』の間に縁を強制的に繋ぎ直す。
果たして、巻き付けられたはずの赤い糸は、まるで風に攫われるように崩れ、そのままどこかへと消えてしまった。
「えっと?」
「効果は無事に発動した……か。どうやらご友人は生きていらっしゃるようだ」
「…………」
「『縁』があれば、思いがけないところで再会できるものですよ。探すまでもなく、見つかると思います。おまじないだと思ってください――そして、サムと合流するまでに『見つからなかった』ならば、サムを通してでも構いません。文句を言ってください。追加で別の道具を用意してきますから」
「……あなたが?」
「出所は内緒です」
恐らく。
ヘレンさんはサムと合流するその場所で、友人と再会するのだろう。
なんとなくそう思う――タイミング的には、それが一番自然だからだ。
「この際だから聞いてしまうけれど。アルテア。あなた、結局何者だったのかしら?」
「さあ。僕は僕の事を、一応理解しているつもりだったんですけど……。この数日でその自覚もちょっと揺らいでしまった」
猫好きの中学生。
異世界の錬金術師。
身体的成長を止めた魔王。
あるいは、生体祭壇の一つ。
これで十分、自覚していると思っていたんだけれど……。
この世界において、僕の役割は別の部分にもあるらしい。
「自分探しなんて柄でもないことはしたくないんですけどね……、少し期間をおいても解らないようなら、やらざるを得ないんだろうなあ」
まあ。その前にプラマナでやることが先かな、とも思うけど。
そんな会話を最後に、皆がそれぞれに片付けを始める。
もともと本格的に展開していたわけではない。すぐに片付けそれ自体は終わってしまった。
ただその間、二人に対して、サムから集合場所の指示はあったようだ。
「私達はこの後、チームアップという形で向かう事になるみたい。アルテア、あなたはどうするの?」
「僕はついでにやることがあるので、それをしてから考えます」
「そう。……また会えるかしら?」
「僕はなかなかしぶといですよ。リーヴァさんも、ヘレンさんも、それは同じはずです」
僕はこの後、名前を変えなければならないだろう。
アルテアの名前は少々、サトサンガで悪名になりつつあるし――ま、これも時間の問題で、時間が経てばもとの印象に戻るとも思うけれど。
けれどその時、僕がまたアルテアを名乗るかどうかは解らない。
だから必ずしも、その再会はヘレンさんが問うたような形ではないのかもな。
「まあ。ようするに、また会えると思いますよ」
「それはよかった」
と、即答したのはリーヴァさん。
「それじゃあ、現地解散というのも風情がありませんが。向うべき場所が正反対ですからね……」
「あら、アカシャに戻るわけじゃないのね」
「はい。一度外洋まで出る必要があるんです」
「そうか。なら、確かに真逆だな」
リーヴァさんは僕に手を差し伸べながら言う。
「また会おう。そしてその時こそ、湖底神殿の謎を完全に解こうじゃないか」
「……そうですね。そうしましょうか」
結局湖底神殿、あの湖底に隠された城の真意までは読み取る事が出来なかった。
――サトサンガには、恐らく答えがない。
握手を交わしつつ、そんな事を考える。
似たような事を考えているのか、リーヴァさんは「アカシャでも探ってみるよ」などと言った。
「ヘレンさんも、よろしければまた会いましょう」
「ええ。是非ともにね。その時は……私の友達を紹介できたなら、それが一番だわ」
確かに、それは楽しみだな。
どんな人なんだろう、ヘレンさんがずっと探している人って。
ヘレンさんとも握手を交わして。
「今度会ったときは、あなたの本名。教えて貰いたいものだわ」
と、ヘレンさんはこそりと言った。
「時が来たら、必ずや。そのためにも、健在で」
「お互いにね」
悪戯っぽく笑って、手を離す。
あとはお互い冒険者として。
あるいはサムの駒として。
必要以上の感傷はせず、必要以上に干渉もせず――お互いに背を向けて、歩き始める。
――だからこの日。
9月上弦1日以降、『アルテア・ロゼア』の消息は、途絶える。
▽
「謡え。我らは月の下、祈りと願いを注ぎ込み」
「謡え。我らは月の為、念いと呪いを雪ぎ抜き」
夢を。
見ている。
七回目くらいにもなると、いろいろな場所を観察するような余裕さえ出てくるもので、今回はあの地下の空間との相似性を探してみた。
「躍れ。彼らは地の果て、いずれ向う先」
「躍れ。彼らは地の手前、すでに着く後」
沢山の歌声が、聞こえる。
そんな歌声に重ねるように、歌では無い言葉が、嫌に響いている。
この歌があの場所にはなかった。
けれど、大まかな作りは……空が見えるかどうかと言う点を除けば、同じかも知れない。
「偉大なる三日月よ、我らは一つを捧いで」
「忌々しき三日月よ、我らに一つの慰めを」
歌は続く。
「祈りの果てに願いは捧いで」
「念いの手前に呪いと慰めを」
一気に。
歌の音量が、跳ね上がる。
それ以外に何も聞こえなくなるほどに、意味の読み取れない歌が響き渡る。
「――――」
このとき。
僕が何か、一つの声に集中して聞こうと思えば、きっとその声を聞くことが出来るのだ。
スエラさんのときが……そうだったように。
「――――」
ただ、僕が何も望まなければ、誰かの声を聞くこともない――らしい。
まだ実験回数が少ないし、二度目の『知らない声』に僕が反応してしまった理由が説明できなくなるんだけども。
「――月はまた」
「――沈黙か……」
黒床の神子が呟くのを合図にしたかのように。
ぴたりと歌が――途切れる。
黒い床の不思議な場所に、銀髪の男女は天を仰ぐ。
そして、その場所に朝日が差し始め――奇妙な夢は、薄れてゆく。
「――――」
「――――」
ぼやけた視界で、ぼやけた二人が何かを言った。
ぼやけた聴覚は、ぼやけた声を聞き取れない。
そんな夢を。
僕は、見ていた。
△
9月上弦3日、いつもの夢を見た日の夜、僕は酒場へと繰り出していた。
「聞いたか、アカシャのドラゴニュート」
「詳細はまだ。噂の段階ならばいくつか」
「俺も似たようなもんだ。なんでも結局七体ほど出たらしい」
「そっちもか。なんとも厄介な者だよな。ドラゴニュート……竜貴なんてもの、一体相手でも相当の消耗をするだろうに」
「だがな、この前魔狼に対抗した古の黎明が居るだろ。あいつらが既に二体は仕留めたそうだ」
「へえ。さすが。……それでもあと五体か」
「辛いよな」
「正直、アカシャだからなんとか対応が出来てるってだけだろうな、それ。サトサンガやプラマナに出た日には国が消えるぞ」
「違いない」
二人と別れてからの僕は、まず外洋の港を尋ねたわけだ。
それは情報を求めてという意味も少なからずある。
なにせホウザには何もなかった。
「メーダーの観測所が妙なデータを拾ったらしいわ」
「妙なデータって?」
「さあ、そこまでは。ただ、メーダーが国を挙げてその精査に入ってるらしいから、よっぽどの問題でしょうね」
「あの国も大概謎だよな。そこまでの問題なら他国に手伝いを頼めば良いのに」
「これまで他の国から協力を求められても殆ど無視していた手前、頼みにくいのかも知れないわね」
「だとしたら自縄自縛も良いところだな」
耳新しい情報は、ほとんど流れていない。
当然と言えば当然だ、何かがあれば――僕はサムから連絡を受けているのだから。
「なあマスター、まだホウザは入れないのか?」
「別に封鎖はされちゃいねえよ。ただ、あそこには何もない。何をしに行くんだ」
「いや、ご先祖様がホウザの出身でさ」
「何……? お前はクラの人間だろう」
「ああ。色々あってルーツを探していたら、このホウザにまで遡るんだよ。エレオノール山って、ホウザだろ?」
「そうだが……。ふうん、あの山にルーツがあると?」
「そ。どこまで信じて良いのかは解んないけど、俺のご先祖様がその山の命名に携わったとか」
「……また眉唾だな、随分と」
「俺もそう思う。だから観光程度の目的だったんだが……。そうか、何もない、か。俺にはきついかな?」
「そう見えるな。かなりの腕利きでもなければ、入り口にさえたどり着けんよ。とにもかくにも全てが焼けた――その匂いがまだ強い」
僕達が調べ上げたことを知りうるのは、僕達と、一種のクライアントであるサムの四人だけ。
ウグイさんやバリスさんにも追々教えることになるだろうとは言っていたけれど、それでも何かが進むことは残念ながらないだろう。
「なーんか……」
久々だなあ。この煮え切らない感覚。
思わず声に出してしまう――それは酒場の喧騒にかき消えて、誰として気に留めることはない。
挫折感というか、敗北感というか。
結局答えにたどり着けなかったという事実が、ささくれのように気になってしまう。
それでも。
最善は尽くした、筈だ。
……いつまでも、ウジウジしていても仕方ないか。
なんとか切り替えよう。
これ以上新しい情報も掴めそうにないので、会計を済ませて酒場を出る。
夜の港街は騒がしさと静けさが入り乱れる空間で、なんともそれが面白い。
「船の手配もしなきゃだし……」
そろそろ次の名前も考えなければ。
……出来れば、今度はバシッと解決できそうな名前がいい。
名前が持つ言霊は、存外強いようだしね。
サトサンガで過ごす最後の夜を、僕はそれでも何か煮え切らない感覚を拭えずに、そしてそれ以上に大きい、奇妙な期待を抱きつつ過ごした。




