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三月賛歌夢現  作者: 朝霞ちさめ
第二章 サトサンガのアルテア
56/151

56 - たぶん正攻法は別にある

 墨色の、黒い大地を踏みしめること半日。

 光を目指してただひたすらに、一直線に進んだ結果、僕達が辿り着いたのは、綺麗に切り取られたかのような、断崖絶壁を持った山だった。

 その山体は当然のように黒く焼け焦げ、遠目からみただけではちょっとした違和感程度だったのだけれど、近付くにつれてその妙な形に目を疑ったのは、けれど僕だけだった。

 というのも。


「他の様々なものが炎に失われても、エレオノール山は残ったのね……」

「感慨深いか?」

「特徴的な地形だもの。これがないと地図が作りにくいわ」

「ああ、そういう意味な……」


 この山、もともとこういう形をしていたらしい。

 その名もエレオノール山。


「てっきり俺は名前の方かと思ったよ」

「そうね。私の名前……ヘレンって、この山が由来だって、お母さんが言ってたわ」

「なんだよ。そっちも正解か」

「……というか、リーヴァにしては博識ね。なんで知ってたの?」

「知ってたわけじゃないよ。ただ、よくある事だろ?」


 エレオノール、の、愛称はヘレン――どうやら、ヘレンさんの名前はそこから来たそうだ。

 …………。

 ヘレンさんの愛称はヘレン山――


 ――いや正気に戻れその発想は良くない。

 頬をばちんと叩いて、と。


「アルテア!?」

「なんだ!?」

「いえ何でも」

「…………?」

「あなたも大概奇行に走るわね……」


 そういう親父ギャグの類いはあと二十年くらい先になってからで良いのだ。うん。

 ともかく、エレオノール山というこの山はあまりにも特徴的な地形なため、サトサンガ的にはとても有名だった、ということが重要だ。


 ただ、やっぱり人の手が入っているような気がするけれど……。

 湖底の城があった窪地ほどじゃないけど、やっぱりこの断崖絶壁、あまりにも不自然だし。


「それでアルテア、この後はどの方向だ?」

「えっと……。そっちです」

「そっち……って、この断崖絶壁を登るってことかしら?」

「いえ。僕が指さした方向から光は見えてるので……」


 僕達はいま、そのエレオノール山の断崖絶壁、その下に居る。

 そして僕が指したのは、そんな断崖絶壁の方向ではあるけれど、高さは今僕達がいるところよりむしろ若干低いくらいだ。


「なら、山の向こう側ってことか?」

「常識で考えればそうよね。…………。常識か……。その光、湖底のものと似てるのよね。湖底の時と同じで、また到達に条件があるタイプかしら?」

「湖底の時は十キロ手前から水の中が条件でしたけど、じゃあ、今回は……。ここから地中ですか? …………、さすがに地中行動は僕にも無理ですが」

「いえ私にも出来ないからね?」

「俺にもな」


 だよなあ。

 ということはやっぱり山の向こう側だろうか?


 一応色別やら何やらをかけてみるけれど、特にこれといって変な所は無し。

 品質値は……、うん、数字的には全体的にほぼ均一、なんだけど……。


「……この崖、変ですね」

「…………? 今更じゃないか?」

「それこそ今更だろう、リーヴァ。アルテアは何をどう見た? 何か私達には見えないものをみたんじゃないかな」


 ……大正解。

 肩をすくめて僕は答える。


「ちょっと解りやすく説明をするために」


 『魔力の光』を図形動作で発動、さらにそこから『魔力の光』を展開させる形で、黒く焼け焦げた断崖絶壁をスクリーンにして格子状に光で線を描いて行く。

 更に別の『魔力の光』を使って、配色。


「だいたい、こんな感じですか。この斜面、僕にはこういう『区分け』で見えるんです」

「はあ。……色にも意味があるんだよな?」

「はい。同じ色は、同じような性質……なんだと思います」

「ふむ」

「なるほど。たしかにこれは……、なにか、変ね。明らかに何か手が入っている。何かの仕掛けが、ここにされていると言うべきかしら」


 恐らくはそうだろう。


「つまり、何か? ここにある仕掛けで正解をすると、なんか入り口が出てくるとでも?」

「そういうギミック、ミスティック系の魔法使いが良く作る鍵の一種なのよね。といっても、こんな大規模で展開されるなんてことはまず無いでしょうけど――それでも、似たような技術が存在する以上、これがそうじゃないと言い切れないわ」

「それもそうか。じゃあ解法は解るんだな?」

「いいえ全く。術者によって異なるもの」


 理想でどうにかなるかな?

 いや厳しいよな……、案外なんとかなるような気もするけれど。


 …………。

 うん?


「あの、ヘレンさん。この仕掛け、ミスティック的には鍵、なんですか?」

「そうよ。それがどうしたの?」

「いえ……」


 じゃあ、と壁に触れる。

 これがもしも鍵ならば。


 ――集中力による魔法で、『解錠』を実行。


 すると、壁面がずるり、と。

 横に、縦に、様々に――まるでパネルを動かすかのように、カシャカシャカシャと動いて行く。

 その結果、壁面の一部に、穴が空いた。

 ……どうやら、その穴は奥に続いているらしい。


「……え? いや、何したんだアルテア」

「鍵を開ける魔法です」

「はあ。…………。えっと、鍵を開ける魔法?」

「はい。『もし規模がデカイだけの鍵ならば』、鍵を開ける魔法であくんじゃないかなって……。試してみるものですね」

「私はどちらかというと、その『鍵を開ける魔法』の理不尽さに絶句しているわ……」


 まあまあ。

 道は開けたのだ。

 先へと進むことにしよう――ただし。


「ここから先は地下っぽいですね……」

「灯りをつけるか?」

「それもそれでアリですけれど、有毒なガスが溜まっている可能性もありますよ」

「……確かに」

「というわけで」


 鞄の中で錬金術を何度か使って、と。

 完成品を取り出したら、ヘレンさんとリーヴァさんにそれぞれ渡す。

 当然、僕もきちんと装備。


「これは……水中での活動に使ったやつと同じかしら?」

「似たような者ですね。あれは水中でも呼吸が出来る、水圧を無視する、そして水中でも視界をクリアにする、でした。今回のは僅かでも光があれば十分な視界を得る暗視効果、有毒ガスを無毒化する機能、ある程度体温を維持してくれる機能。この三つになってます」

「またなんつー便利道具を……」

「有り難く使うけどね」


 そうしてくれれば十分だ。

 というわけで、装備も新たに開けた道をさらに進む。

 案の定、最初はゆるやかな坂で地下へと潜り、そこからは暫く直進する必要があるようだ。

 随分と閉鎖されていたのだろうか、生き物の影は全くないし、それ以外……たとえば草木の類いも見えない。コケくらいは生えてるかとも思ったんだけど、それもないんだから、本当に随分長い間光の差さないような空間だったのだろう。

 しかも相変わらず真っ黒と。


 それとこの地下道、通路はなんともないんだけど、空気が若干色別に引っかかっている。

 有毒ガスが溜まっているようだ。

 有毒ガスと言っても、それが何か、までは解らないけど……。

 匂いがしないんだよね。

 二酸化炭素とかその辺かもしれない。


「……ところで、もう結構歩いたと思うんだけれど」

「そうだな」

「大分光は近くなりましたよ」


 こんな通路では休憩一つでも難しいし、いっそ進んでしまった方が良いだろう。

 というわけでさらに進む。


 ……そもそもこの地下道には曲がり道がなければ分かれ道もない、文字通りの一本道だ。

 そしてこの一本道、かなり整備された道でもある。

 確かに地面も壁も天井も地層が見えているほどだけれど、そこに何らかの保護措置が補泥超されているらしい。

 なにより、それらが綺麗な直線で進んでいるのだから……まあ、人工物だろう。


 更に歩くこと五キロほど。

 遠目に、通路の出口がようやく見えた。

 光はどうやら、そこにあるようだ。


「ついたようですね……」

「ああ」

「……通路は窮屈だったけど、どうやら開けているようね」


 こくり、と、頷くことで答えとする。

 さて、ここには一体何があるやら……。


 しかし通路の出口に差し掛かり、僕達が見つけたものは。


「……え?」

「……あれ?」

「……これは」


 僕達が三人とも、困惑を浮かべるに値するものだった。

 灯りのない暗く開けた場所に鎮座しているそれは――だって、王冠のような形をしているから。

 そしてその大きさは、確かにあの湖底にあった構造物と一致する。


「ひょっとして偽装結界の『基』は、ここかしら……?」

「あり得る話ですね……」


 床は黒。

 天井までの高さは……かなりあるな。ゆったりとした坂道だったからわかりにくいけど、かなり深い場所に誘導されていたのかも。

 ただし――移動した距離的に、ここはエレオノール山から大分離れている。

 天井から地上までの薄さはあって、二メートル程度だろう。

 実際にはもっと薄いのかも知れない。

 それでも維持できているのは、恐らくは結界と強化の応用だな……。


「アルテア。光はもう間近か?」

「はい。あの王冠の先端にあるようです。とりあえず、触ってみるつもりですよ」

「……そうか」


 他に出来る事も殆ど無いし……ね。

 リーヴァさんとヘレンさんがそれぞれ同意してくれたところで、僕は『王冠』の上へと飛び乗ると、僕にしか見えていないその光に触れる。


 特に何も無し。

 そりゃそうか……。


「……さて」


 どうしたものかな――と。

 王冠の上から二人に視線を戻した時のことだった。


「…………、」


 それに、気づく。


「どうした? 何か見つかったか?」

「お二人の足下に文字が見えます。お二人は……」

「文字?」


 ヘレンさんがまずは視線を床に落とす。


「確かに……文字、かしら。私も登って大丈夫かな、そこ」

「たぶん」


 まあ、大丈夫だろう。うん。

 ヘレンさんが王冠の上へと登るとリーヴァさんも少し遅れて登ってきた。

 そして僕の視線を手繰るように、その文字を読み始める。


「タールの政変、王家の失墜。もはやヴァルキアはどうにもならぬ。ラースへの牽制もしながらとなると、内戦をする余裕もない。ホウザはハインに従うだろう。ヴァルキアへの手向けとして、そして新たなる国を祝福するために、我らはここにて儀を執り行う。不幸にも適性を持つものはあった。贄を捧げ柱と為す――」


 ヘレンさんの音読は、概ねその床に書かれた事だ。

 けれど……何だろうな、違和感がある。

 しかもこの違和感は、決して無視してはならないタイプではないか。


「素直に受け取るなら、ヴァルキアに見切りをつけたホウザがハイン主導で新しい国を作る……だよな?」

「そしてその過程で贄を捧げた。成功祈願か、あるいは別の何かは解らないけれど。柱という単語はアルテアも使っていたわね」

「はい……」


 そう、素直に受け取るならばそういう意味だ。

 ただこの場所は、あまりにも……。


 似ている。

 黒床の神子がいた、あの祭壇に。


 ただ――天井を眺める。

 天井までの距離はかなり高く、天井の厚さはそれほどは無いと思われる……か。

 けど、空は見えない。

 それでも使えるのだろうか……『月の魔法』は。


「けどそうなら、ここであの聖竜が産まれたって事か? ……そうそう作れるもんなのかアレ」

「そうそうは作れないんでしょ。『不幸にも適性を持つものはあった』の部分が示唆しているわ」

「ああ、そうか」


 そう、そう読み取るのが、自然。

 でもやっぱり、リーヴァさんの言うとおりでもあって――聖竜などという存在を人為的に作れるとも、思えない。


「この王冠は湖底にあったものと酷似していますよね。ここで作られたのがあのお城を隠す偽装結界だ、と考えたらどうなりますか?」

「ヴァルキアへの手向け、の部分は、ならばあの城がお墓ということかしらね。あそこに想い出を埋葬した。新たなる国を祝福するために、の部分はちょっとわかりにくいけれど、ヴァルキアを過去にすることでハインを主体にした国家を承認する目的もあったのかも知れないわ」

「けど、そうすると贄を捧げ柱と為すの部分が変じゃないか?」

「そうねえ……」


 それもまたその通り。

 贄を捧げ柱と為す……の部分は、素直に受け取るとやっぱり人柱なんだよな。

 それによって作られた物が聖竜だとしたら……、うーん。

 どちらにせよ、何かしっくりこない。


「ハイン海はそもそも、城を隠す偽装結界のために作ったもの。城はヴァルキアという想い出を埋葬するために作られたもので、そこに偽装結界を張り、ハインを主体とするサトサンガの成立を祝福するもの……」

「なんか変ね」

「ええ。『祝福』のニュアンスがどうも、ズレているというか」


 心の底から祝っているようには読み取れない。

 むしろ意趣返しをする、そんな風にも読み取れる。


「なら逆の意味で考えたらどうだ」

「逆ですか?」

「ああ。新国家を祝福するとかいて、新国家を呪おうとした。想い出としてヴァルキアを埋葬したんじゃない、ヴァルキアという国の痕跡を刻みつけた、とか」


 ……うん、まだそっちの方が近い気がする。


「あと文脈上、どうもホウザとハインは必ずしも、この時点では協力していなかったとも読めるんじゃないかしら?」

「遠くない、近い将来に協力せざるを得ない。そういう感じですよね」

「ええ。裏を返せば、この儀を執り行うことで、その時間を稼いだ……んじゃないかなって思ったんだけど、ちょっと無理か……」


 時間を稼いだ……、いや、何かその読み取り方はしっくりくるな。


 黒床の神子がいたとされる陰陽の国ドアは第二の咎人。

 第一の咎人が豊穣の国リコルドだという前提がある。

 例の日記にはまだアカシャがなく、リコルドの名前が使われていた。つまりヴァルキアが存在していた当時、ドアもまた存在していた。


 ……だとするといよいよ、この空間は本当に『黒床の神子』が居る祭壇の出張版みたいなものかもしれない。

 タールの政変、王家の失墜……、その辺も踏まえると、ヴァルキアの王家はドアに肩入れしていた……とか?

 そしてホウザの地下にこんな場所まで用意していたと考えたらどうだろう。


 けれど何らかの理由で……恐らくはドアが第二の咎人として滅ぼされることがきまりかけたとき、少しでも時間を稼ごうと何らかの儀を行った、とか……。

 実は解釈的には殆どあってるような気がするんだけど、じゃあ、どうして『聖竜』らしきあの存在は、僕をここに寄越したんだ?


 僕を次の柱として、つまりは聖竜という存在を継がせるために、その説明をする目的だとばかり思っていたけど、そうじゃないのか……?

 単に答えを教えてくれただけとか?


 まさか……、でもなあ……。


「……もうちょっと、調べるだけ調べてみましょうか。何も出てこない気もしますけど」

「そうね。そうしましょう」

「了解」

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