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三月賛歌夢現  作者: 朝霞ちさめ
第二章 サトサンガのアルテア
54/151

54 - 一方的な、

 錬金反復術。

 一つの錬金術を延々繰り返すというそれを行使しながら、投げつけられた爆弾は、空中を猛烈な速度で空へと飛んで行く。

 飛んで行きながら――増えて行く。


 最初は一つの爆弾だった。

 その爆弾の品質値を上げつつ完成品を二重化することで、それが二つのより優れた爆弾になる。

 そして先ほど僕が行使していた錬金術は『錬金反復術』――指定されたマテリアルが存在するならば連続で実行され続けるという性質を持ち、メインのマテリアル、つまり『爆弾』の部分は曖昧化した。

 結果、『前回参照した爆弾の周囲に存在する爆弾全て』が二回目の錬金反復術で参照され、品質値は更に上がって完成品は二重化される――元々が二つの爆弾だったので、二重化すると四つになる。


 参照する爆弾の数が変わろうと、処理は変わらない。

 4個の爆弾はより優れた8個の爆弾に。

 8個の爆弾はより優れた16個の爆弾に。

 16個の爆弾はより優れた32個の爆弾に――という倍々ゲームが、猛烈な速度で引き起こされる。


 本来ならばもっと素早くその増加はできるのだけれど、あんまり大量に変換しても後始末が大変だし、そもそも僕達自身の安全もどこかにすっ飛んでしまう。

 だから一秒に二回という、超スローペースでの実行である――ただ、それでも、十秒後には1個の爆弾が1048576個の爆弾に化けている。


 個々の爆弾の威力はたかが知れている。

 なにせ材料は黒色火薬だ。


 とはいえただの黒色火薬の塊ではない。

 錬金術による完成品だ、ましてやマテリアルがそれなりにしっかりとしている以上、きっちりとした『爆弾』になっている。

 そんな威力の爆弾の数個では、魔法が引きおこす破壊現象には遠く及ばない。


 けれどそれが千あったなら。

 どころかそれが百万あったなら。


「な――」


 投げた時点ではたったの一つ。

 それが一瞬ぶれるかのように二つに分かれ、さらに増えたかと思った時にはもう手の着けようがない。

 気づけば視界に空はなく、数えるのもバカバカしい、そんな個数の『爆弾』で埋め尽くされている。


「起爆」


 世界が、白く輝いた。


    ◇


 爆炎がようやく消えた後。

 僕の防衛魔法もヘレンさんの防御魔法も当たり前のように突破され、それでも僕が最後の砦として残しておいたピュアキネシスに完全耐性を付与したものを爆風や衝撃波は突破できず、その中に隠れていた僕達はなんとか無事に残っていた。

 とはいえ耳鳴りが酷いし、前後上下の感覚も曖昧だ。


 エリクシルを飲み干して回復しつつ、僕は頭上に意識を向ける。


 さきほどまで頭上、空には何もないようにみえていた。

 けれど今、そこには『それ』がいる。


 『それ』の品質値を表示を試みるけれど、表示は不可能。生きているのだろう。

 見るからに元気そうだからな、それは別に驚きではない。


 ただ、『それ』の見た目はちょっと問題だ。

 全身が灰色に塗りつぶされた、人型……、というか、なんというか。

 大きさも人間と大差無いだろう。


 二人の人間が背中合わせに直立し、その二人の身体は輝く紐できつく縛り上げられていような形をしている。輝く紐が縛り上げているのは足首、膝下、膝上、腰と手首、肘と胸元、そして頭。

 象徴的といえば象徴的だけれど、それ以上にもっとなにか……、単純に不気味だな……。


 そしてそれ自体は微動だにしていないというのも、またなんとも奇妙だ。

 ……輝く紐、の部分だけでも品質値が見えないんだよな。あれも生き物か……?

 それとも単に、僕の認識がずれていて、マテリアルとして認識できていないだけ……、か。


「…………、」


 数秒が過ぎ、先に僕と視線を合わせたのはリーヴァさんだった。

 耳鳴りがしているようで、耳元を抑えている――そのすぐ後に、ヘレンさんも息を整えながら空を仰いだ。


 二人ともに、その表情は強ばっている。

 さらに数秒の後、口を先に開いたのはヘレンさんである。


「あれは……何?」


 ただし、何かに気付いたというわけではなく、疑問をそのまま口にする形で。


「生きてるのか……、すら、わかんねえけど――なんだ、アレは。アレは、ダメだろう」

「……そうね」


 ダメ?


「ダメって……どういうことですか?」

「…………? お前は感じないか?」

「アルテアならば感じられると思うけれど……」


 ……僕ならば感じられる、って……、何が?

 敵意みたいなものだろうか。

 いやまあ、色別は最初っからかけてるけど、あれ、緑色なんだよね。

 ……七段階にすると、むしろ好意の青に一段階だけ寄っているほどだ。


「すいません、どうやら鈍いみたいで……」

「そうか……。アレは、ダメだ。説明は難しいが、『本能』として、『アレに逆らってはならない』――と、そう感じる」

「私も……よ」


 本能として……逆らってはならない……?

 いつぞやに、ハルクさんが僕に感じたような感想と似てるな。

 ということはサムもだろうか?


 …………、僕がそれを感じることが出来ないのは、なんでだろう。

 僕がこの世界の人間じゃないことが関連しているのか、あるいは僕の魔王という性質がそうさせているのか……それ以外の部分か。


 ま、その辺の考察は後でも出来る。

 今はこの場の対応だ。


「それにしても、また奇怪な存在が出てきましたね……。あれ、魔物と考えていいんでしょうか」

「…………?」

「…………、」


 …………?

 あれ?


「待て。アルテアにはあれが明確に見えるのか?」

「え……? っと、一応、見えていると思いますけれど」

「リーヴァは私と同じか。ぼやけて見えるのよ」

「…………?」


 ぼやけて……見える?


「僕が見えているもの、一応説明したほうがいいんでしょうか」

「そうして頂戴」

「二人の人間が背中合わせに直立している状態をまずは思い浮かべてください。身長はどちらも同じ……、ヘレンさんよりちょっと高いくらいです。その二人の人間を、灰色で塗りつぶします。その灰色に塗りつぶされた人型が、輝く紐で首、膝下、膝上、腰と手首、肘と胸元、頭を縛り上げられている状態。僕にはそう観測できますね」

「…………? えっと……、じゃあ、個人としての顔は見えるのか?」

「いえ、あくまでも形が人型と言うだけで、足首とかそういう部位も『そのあたり』というだけです。顔らしきものは見えません。紐の数は……八本?」


 …………。

 あれ?


 なんか、嫌な符号があったような……。


「あの、お二人にはぼやけて見えると言っていましたが……どう見えてますか?」

「どうって……」

「翼の生えた、何か。…………。光の輪を身に付けた、何かよ」


 ……全然、見ているものが違うらしい。

 そして、この二人が見ているものはもはや明確に……、


「聖竜……?」

「俺はそうだと考える」

「私もよ。けど、あなたには違うものが見えている……のよね?」


 頷く。

 ヘレンさんは僕と空のそれを交互に見て、眉間に皺を寄せた。


「『どちら』が本来の姿であるにせよ、あれが聖竜だとしたら――討伐法は、私達で探さなければならないわね」

「歴史に名前が残せるな。成功したらだが」


 もう名前は残ってると思う。裏切り者っていう汚名の方だけど。


 それにしても、あれが聖竜ね……。

 何度見ても人型だ、灰色だけど。

 それにあれを縛り付けている紐。あれは……何だろうな。


 何より、どちらもあまりポジティブな印象は受けない――なのに、なんでだろう。


 不気味だし奇怪だけど、どうしようもない相手とは思えない。

 好きか嫌いかで問われれば間違い無く嫌いなんだけど……、この嫌いは……。


 同族嫌悪……?


 うん、なんかそれが一番近いような気がする。

 その上で、『何故そこにいるんだ』という憤りさえ覚える。


 これは、何を意味しているんだろう……。


「とにかく、討伐するには攻撃しなきゃな。サポート頼めるか、ヘレン」

「ええ、任せて頂戴。……アルテア、いける?」

「…………」


 そもそもあれは討伐して良い存在なのか?

 ……色別で赤に近ければそりゃあ討伐するべきだけど、青に近い方だぞ?

 僕だけにそう見えるんじゃない。

 サムに主観を切り替えても――サムにとっての色別として発動しても、やはり緑から一段階だけ青に近い状態だ。


 聖竜という存在には謎が多い。

 目に見えるものが僕にだけ今のところ違って見えるのか、それとも僕の方がむしろ標準で、ヘレンさんやリーヴァさんには光輪を纏った竜が見えるだけなのか……。

 それも踏まえて考えないと、これはもしかして、取り返しが付かないものなんじゃあないか?


 僕はどうして、

 あの不気味な存在に、

 親近感を覚えているんだ?


「…………」


 同族嫌悪を抱くと同時に親近感を抱いている。

 なんとも我ながら複雑な心境だ――誰かに誘導されているんじゃないかと疑いたいほどに、自分の気持ちに整理が付かない。

 けれどこれは間違い無く、僕自身の感情だ。


 あれも異世界からきた生き物なのか?

 それとも異世界からきた生き物が何かになれ果ててしまった、その残骸?

 否定は出来ない、けれど何か違うと思う。


 単に在り方が僕に似ていると言う事か?

 違うよな、少なくともあれは魔王ではない、し……。


「…………」


 逆なのだ。

 あれが魔王だから僕が親近感を覚えているわけじゃない。

 『僕があれと同じ』だから。そう考えるべきだ。

 ……ただ、どういう意味での『同じ』だ?


 気になる事はいくつかある。

 二人の人間を敢えて縛り付けている。そう見える。

 そんな事をしなければ成らない理由があったはずだ。その理由は?


 一人では実現できないことを、二人に実現させたとかはどうだろう。

 となるとあの『二人』はもともと双子か何かで、それを『一つ』の存在につなぎ止めるのがあの輝く紐と、そう解釈する。

 でもあんな状態じゃ身動き一つ取れないだろう。

 あるいは……取る必要が無いのか。


「……ダメね、呆けちゃってる。アルテアはあてに出来ないわ」

「仕方ないさ。むしろここまで良くやってくれた――こっから先は俺たちの番」

「そうね」


 ダメだ、答えが出ない。見ているだけで思考が彼方此方に飛び交ってしまう。瞬時に答えが浮かばない時点で、今の僕には解釈が追いつかない――もしくは、僕自身が解釈を拒んでいるのか。

 いや、見ただけで答えが分かる方がおかしいと言われれば、それはもうその通りだけれど……。


「狙うべきは急所」

「頸を刎ねるのが定石ね」

「ああ」


 アレにはそもそも、今、思考する力があるのだろうか?

 それとも思考する能力を失い、ただそこにあるだけなのか。


 解らない。何が正解で何が間違いなのかが解らない。

 そのくせ、何もかもが分からない訳でもない。なんとなくで思うところはある。

 たとえば――あの二人は、きっと心が一つになっている。

 精神が一つに纏められている。恐らくは僕が洋輔との間に交わした使い魔の契約よりももっと強引なもので、だ。


「私の魔力の残量的に、チャンスは多くて二回よ」

「二回あれば十分だ。いくぜ!」

「ええ!」


 青と緑の渦が見える。

 ヘレンさんの魔法(ロジック)が紡がれたからだ。


 赤と緑の渦が見える。

 リーヴァさんの魔法(テクニック)が紡がれたからだ。


 止めるべきなのか。

 手伝うべきなのか。

 そんな事さえ解らない。


 普通に考えれば――手伝うべきだ。より確実にあれを殺せるように、少しでも多くの補助をするべきだ。

 けれど……もしもあれが取り返しの付かないものだったら?


 ヘレンさんの魔法に合わせて、リーヴァさんが跳ぶ。

 炎が氷が雷が、それぞれ躍って嵐となって、リーヴァさんはそんな嵐を伴う大剣で、それへとがっつり斬りかかる。


 リーヴァさんの剣が、僕の見えている場所ではないどこかに斬り込んだのが、伝わってくる。二人に見えている聖竜のどこかを、今、その剣は斬っている。


 みし、と。

 そんな、ひずむ音がする。みしみしと、ひずむ音が繰り返される。


 何だ、この音は。

 見えないところで、何かがひずんでいる。

 頑丈な箱を押しつぶそうとしているみたいな……そんな、ひずみが。


「ヘレン! もう一押しの力を頼む!」

「わかった――わ!」


 青い渦が現れて――空中で何かを切りつけているリーヴァさんへとその渦は向かい、リーヴァさんは虚空に剣を、重そうに、それでもざくりと振り抜いた。

 強化魔法……か?

 いや、今はそれどころじゃない。


 『人型』を縛り付けている輝く紐の一本が、濁った。

 みしみしというひずむ音は、より一層強くなって――その濁った一本の紐が、弾けるようにちぎれて。


『ああ――』


 感嘆するような声が、聞こえた。

 男性のような。

 女性のような。

 あるいは二つの声が、重なっているかのような。


『やっと起きて、眠ることができる――』


 それは安堵の感情に満ちた、優しく安らかで、そして清らかな声だった。

 ずっとずっと続けていた長い仕事をようやく終えたときのような。

 達成感に満ちあふれた、声。


『柱はきみが継ぐんだね――』


 そして、哀れむような、声。

 柱……?


『我らが光よ。次なる柱に指し示せ――』


 その声はそんな言葉を凛と告げると――僕の視界の隅に、何か今まではなかった『光』を感じる。

 同時に――全ての輝く紐が濁り、次々と弾けるようにちぎれてゆく。

 全ての紐がちぎれたその後に残された灰色の人型は――粉よりも小さな何かになって、ふわりと風に乗って消えて行った。


「やった――か?」


 たん、と。

 近くの地面に、リーヴァさんが降りてくる。

 ヘレンさんは軽く頷いて、空を眺めた。

 この二人には、何が見えているのだろうか。


「思った以上にあっけなかったわ……何か、裏があるのかしら……」

「死体も消えちまったしな。これで本当に滅ぼせたのか?」


 二人の疑問に、僕は答えることが出来ない。

 いや、答えは持っている。


 滅ぼせた。

 ――滅ぼしてしまった。


「…………」


 『取り返しが付かないもの』という考えは、半分ほど正しかった――のだと、思う。


「アルテア、大丈夫か。顔色が随分と悪いが……」

「少し休みましょう。やっぱり無茶をしたのね」

「…………」


 この二人はあの声を聞いていない。

 ……聞いていた僕だって、殆ど事情は理解出来ていない。

 ただ、なんとなく解ったことはあった。


 あの存在は何かを支える柱だったということ。

 そしてその柱を欠いた今、何かの均衡が崩れるだろうと言うこと。

 その柱の役割を、僕が継がなければならないこと――


「…………。休むついでに、少し聞いて貰いたいことがあります」

「…………? ええ、良いわよ」

「俺もだ。あの空間圧縮こそ厄介だったが、本体は脆かったからな」


 ――そして、説明をしても理解して貰えるかどうか、微妙だということ。


 それでも説明は試みなければ。

 僕だけでは消化しきれない。

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