51 * ロゼア・レポート
――これは、ハインにおいてアルテア・ロゼア捕縛作戦が失敗してからおよそ一ヶ月後、サトサンガ軍とサトサンガ冒険者ギルドの関係性がギクシャクとしている中、サトサンガ軍、サトサンガ国現政権、そしてサトサンガ冒険者ギルドのそれぞれトップに送られたヘレン・ザ・ラウンズからの申し開きの書簡に添付された、アルテア・ロゼアという少年の覚え書きの一部である。
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ハイン海の調査を行う過程で整理することが出てきたので、覚え書きをしておく。
まず、ハイン海東部の湖底神殿と呼称される構造物について。
その構造物は王冠のような形状をしているが、そもそもが偽装結界によって展開された空間であり、この結界は試しに三度ほど破壊したが即座に復活した。
つまり、過去に展開された結界がそのまま残っているのではなく、この場所では常に結界が張り直されていると考えるのが正しい。
また、結界を破壊した瞬間は本来の空間に一度落ちることになるが、この本来の空間は水深が300メートルを優に超える他、激流によって一度湖底に引きずりこまれる。
水中において一定以上の活動条件を整えていない場合、この時点で天地の判断が付かず、また急に水圧が上がることで身体的な負担も大きくなり、絶命する可能性が高い――過去の探索隊の極少数が行方不明になったという旨はこれが原因であると思われる。
ここに展開されている偽装結界は一定の条件を満たして居るとき、それを無効化して本来の空間に入ることが出来る。
僕達が調べた範囲では条件が三つ。
一つ、構造物から直線距離で十キロ以上離れた水中を始点としなければならない。
二つ、結界の無効化をしたいとき、始点から結界の内部まで一度も水面上に身体を出してはならない。
三つ、上二つの条件を満たしている時に見える『光』の方向とは六十度以上逸れた方向に一キロ以上連続して移動してはならない。
要するに構造物から十キロ以上離れたところで水中に入ると、『光』が見える。
その光のある方に、一度も水面上に身体を出さずに移動し続ければ良い。
尚、十キロ離れていない所から水中に身を投じたとしても光は見えないし偽装結界をすり抜けることも出来ない。
また、十キロ以上離れた場所から水中に身を投じても、光のある方向から六十度以上逸れ、つまり光に対して横に横にだったり、後ろに後ろにと一キロ以上移動してしまうと、光が消える。この状態で光があったはずの方向へと向っても、結界をすり抜けることはできない。
つまりあの光は道標であり、灯台そのものなのだ。
次に、偽装結界をすり抜け、本来の空間に入り込んだ後でも、水面から身体を出した時点で本来の空間からはじき出され、偽装結界によって展開された空間に移動してしまう。
入るのは難しいけど出るのは簡単、という仕掛けが、明示的に行われている。
そう考えなければならない。
次、ハイン海中部のやや北よりに存在した人工物について。
水中に長く晒されたことが原因か、かなり損傷が酷いものばかりではあるけれど、一部の人工物はその形を湖底に広がる砂に埋もれる形で残していた。
掘り起こせた範囲から読み取れるのは、そこがかなりの人口を持つ『街』の跡地である事。本などの記録は残念ながら見つからなかったけれど石碑がいくつか見つかった。
一部を復元した結果、ヴァルキアの布告に関するものが多く、ロウムという都市名が頻出すること、同時に都市機能放棄の王命という文言からして、この『街』はロウムと断定。
これでホウザとロウムの位置関係が判明したため、現在の地図と当時の地図で縮尺をあわせると、自然とタール、ハインの位置も発覚……。
ハインは現在のハインとほぼ同等かやや北よりの位置にあり、タールはハイン南、ハイン海の中。
湖底神殿からおよそ十キロ離れたあたり、となる。
結界のすり抜けを行う十キロと符合するの、偶然とは考えにくいんだよな……。
尚、タールがあったはずの場所に関しては、人工物が全く発見できなかった。
或いはその付近にも偽装結界が敷かれているのかと考えたけれど、そういうわけでもないようだし……。
ただ、『タール』という名前に相応しい場所は見つかっている。と言うのも湖底に『谷』のような形状があったのだ。海峡……湖峡? って言葉があるかどうかはともかく、そういうものだそりゃあ『谷』と名付けられてもおかしくない。
さて、ここまでを踏まえた上で、じゃあハイン海の正体とは何だろうか?
僕達がここまでに知り得た範囲で、タールとはヴァルキアの首都であり、ロウムとはホウザに並ぶようなヴァルキアの都市だ。
しかしロウムにおいては水害があり、殆どその直後、謎の軍勢が現れた。
後にその軍勢はラースであると判明するけれど、この軍勢とヴァルキアの軍は小競り合いをおこし、その後戦争へと発展。
最初の戦場はロウムの西、この戦いが原因でロウムの都市機能を放棄する事、北部丘陵地帯『ハイン』に街を作る事、そしてロウムは軍事拠点化することが決まりつつ、ロウムはその後の戦いにおいても戦いの前線になっている。
この戦争は泥沼化し、なかなか長期に亘って戦いは続いたようだ。
この戦争が起きていた頃、少なくともそこは地上であって、ハイン海は影も形もない。
最初からロウムが水中都市……という可能性は否定して良いだろう、水中都市なのに大雨で窪地に水が溜まるというのは変だ。
つまりこの後、何か大きな事情の変化があって、ハイン海を作らざるを得なかった。
そして僕の推測では、ハイン海とは結果であって目的ではない。
タールから十キロ離れたその場所に城を作り、城に偽装結界を施して隠し、その偽装結界を何重に維持しつつ様々な条件を付属させようとしたとき、水の力を利用することを考え、必要な分の水を作ったら結果的にこんなにも巨大な湖になった、それだけだ。
それだけだけれど、その理由が結局、見えてこない……。
ラースとの戦いを無理矢理終わらせようとした、という可能性は論外、そもそもそんな大規模な魔法を組み上げる余裕が出来ている時点で終戦後のことだろう。
つまり何か調査が進んだように見えて、実は傍証が増えただけで、肝心の部分は未だに解っていない……。
隠されている城に関しては、僕のみならず、リーヴァさん、ヘレンさん、巻き込んでしまったついでに手伝って貰う事にしたウグイさんにもそれぞれ調査をして貰ったけれど、特にこれと言って成果無し。
城そのものに仕掛けらしきものは結局一つも見つからない。
壁や天井、屋根などに仕込まれた意匠も解析を進めているけれど、月齢に関する模様もこれと言って特別記録と符合するものがない。
逆に言えば、記録と符号しない以上、僕達が知ったヴァルキア・ラース間の戦争が起きた時期より恐らくは後、そしてサトサンガが建国される前に起きた事が落とし込まれている可能性がある。
とはいえ、図だけで何かが解るわけも無し。
そもそも天井や屋根に刻まれた光輪を纏った竜というのもよく分からない。
一応僕達四人の見解では『聖竜』という、不死鳥や魔狼に並ぶ『特別な存在』を示唆している、ないしそのものである、だけれど、じゃあなぜそれをこの城に刻んだのだろうか?
単純に考えれば聖竜がヴァルキアに現れ、その対策として城を作った。
ただ、聖竜を城でどうにかできるだろうか?
不死鳥のような存在ならば無理だし、魔狼のような存在ならばなんとかなるかもしれない。
聖竜とは何か。
僕達が知りうる範囲で情報を共有したところ、聖竜とはやはり、『災害そのもの』と称される者であって、それ以上の情報は全く出てこない。
単純に考えれば大災害を聖竜という存在として見立て、神格化することで存在として畏怖の対象とする、ってあたり。
次に浮かぶ考えは災害を引き起す存在としての聖竜で、聖竜が存在する所に災害を起こすから『災害そのもの』と表現されたと言う可能性はあるだろう。
前者ならば聖竜という神格化した存在に神殿としてのお城を与えることで信仰の対象としていた、とか。問題はその場合、結界で隠す意味が無いと言う点だ。
じゃあ後者ならば?
聖竜という存在をお城に封じ込め……たところで災害が収まるか? 難しいと考える。
だとしたら逆で、災害を引き起こす聖竜から身を守るための避難所として作ったと考えたらどうだろうか。
もちろん論外だよな。
避難所として城を作った。城を災害から守るために結界で封じた。まあここまではよしとしよう、けれどその結界の維持のために城ごと水に沈めてしまうと言うのは本末転倒だ。避難所が水底って、それでは避難所としての体を成していないだろう。
だからこそ別の発想をしなければならず、突拍子のない方向に一度思考を進めてみよう。
やっぱりあの湖底の城は避難所だった。
ただし聖竜が引き起こす災害からの避難所ではなく、聖竜そのものが避難する場所だったと考えたらどうだろうか?
だとすると聖竜は水中でも大丈夫な生き物と言うことになるな。
聖竜は特殊な存在だ、不死鳥が魔狼がそうであったように特別な側面がある。
聖竜に城を与え、そこに聖竜の拠点を用意し、かつ結界で隠す事で世界に引き起こす災害を抑えた、とか。
まだしも近そうではあるけれど、なんだか真相とは遠い気もする。
もっと調べてみるのは前提として……、どうも答えが遠そうだな。
だめだ、思考が纏まらない。
今ある情報からでは、答えを導き出すことも出来ない。
纏めうるようなきちんとした結果が出ていないというのも原因だとは思う。
とはいえ僕だけならばともかく、リーヴァさんやヘレンさん、ウグイさんの力を借りてもここまでなにも見つからないとなるとな……。
単にこれ以上の情報がそもそもこのハイン海には存在しないのか、あるいは僕達の考えがそもそも、根本的に間違っているのか……。
……もっと調べる、を踏まえた上で、僕達が取れる選択肢はあまり多くないけれど、決して少ないこともない。
ハイン海をさらに調べるにしたって、ハイン海のどこを調べるのか?
それ以外にもヴァルキア関連で出てきたホウザやラースだって調べる対象として相応しいだろう。まあラースに関しては僕達が調べるよりもサムに投げた方が早いし確実だろう。
ハイン海を調べるとしたら、タールがあったはずの場所かな……、あるいはロウムをもうちょっと掘り起こしてみるか。
いや、そのあたりはもう調べた上で行き詰まっているのだ。
どうせ調べるならば新しい発見があるかも知れない場所が良い。
そう考えると、調べるのはノウ・ラース側か……。
……ホウザに行くか。
何かが見つかるとは限らない。
それに大火という災害にも見舞われている、あまり良い状況では無いと思う。
けれどこれ以上、ハイン海に縛られるのも面白くない。
湖底の結界はすり抜ける方法は確立できたし……、一方で、偽装結界の偽装展開される部分はどこから引っ張ってきているのかはわからないままだ。
ホウザにその偽装展開の基があるとも思えないけれど、何かしらの別の見方が出来るかも知れないし、レナルド、エレナ、セイム、ハイムという名前が意味するものが解るかも知れない。
サトサンガとして隠しているならば、逆にそれは好都合。隠す理由があると言うことだし、隠すためには『隠したという痕跡』が大概残る……。
方針はそれで良い、他の皆も反対はしないだろう。
ただ、今の僕達は軍とそこそこ仲が悪いことは考慮するべきだな。
それを言うならば冒険者ギルドと軍の関係もか……。
正式な形で書簡を出すのは冒険者ギルド側にお願いしよう、ただ、僕達の申し開きとして、なぜ僕が軍に反抗し、リーヴァさんやヘレンさんがそれに呼応したのかの理由を添えて、この覚え書きも一度ギルドとサトサンガ国現政権……あと、軍にも送りつけて落としどころを探して貰う。
もちろん、サトサンガが僕達の行動に反発する可能性は否定できないけれど、どうせ今でもホウザに行けば軍とは面倒事になるだろう、改善の余地のほうがずっと大きい。
それになにより、結局僕達は冒険者的な見方をしてしまう。
サトサンガという国に送りつければ、冒険者としてではない、政治家あるいは貴族としての見方を出来るかも知れない。
水底に沈んだタールやロウム。
十キロの偽装結界、隠された城に残された八つの光輪を纏った竜の意匠。
ホウザに向いつつ、反応を待とう。
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この添付された文章は後にロゼア・レポートと呼ばれ、軍主導によるハイン海再調査の結果、確かにロウムの残骸らしき構造物を発見したが、軍はロゼア・レポートを得ても尚、暫くは湖底に隠された城へと辿り着くことは出来なかった。
あまりにも簡単にそこには記されていたけれど、『水中を十キロ以上、水面から一度も身体を出さずに移動する』という行為それ自体が、当然、至難だったのだ。
それでも時間はその困難を克服させる。
そして世界が事態の深刻さを知ることになるのだが――それはまだ、彼らにとってはもう少し未来の話だ。




