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三月賛歌夢現  作者: 朝霞ちさめ
第一章 アカシャのフロス
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05 - 暦

 酒場の仕事の説明を受ける中で、この世界における暦がちらほらと見え隠れし、おかげで理解出来たことがある。


 まず、日付について。

 この世界において、日付とは月の満ち欠けで判断しているようだ。

 具体的には新月を迎える度に新しい月、翌日が二日。

 満月を迎える十五日ごろまでを『上弦』、満月から次の新月までを『下弦』として区切るかわりに、週の概念が無い。

 そして一年は十二ヶ月だそうだ。


 太陰暦が近いのかな?

 太陰暦って誤差が出るらしいけど、この世界だとどうなんだろう。

 もしかしたらジャストなのかもしれないけど、誤差なんて気にしてないだけかもしれない。


 時計はゼロから二十三まで目盛りがあるけど、これが一日でぴったり一周する。

 各目盛りに『時』を付けて呼び……つまり、午前午後の概念が無く、一日を二十四時間として定義している。

 一般的に流通している時計は『時』しか計れないものがほとんどだけど、一応『分』、『秒』までを計れるものもとても高級ながら存在はしているようで、『一時間=六十分』、『一分=六十秒』という聞き慣れた単位と数字を使っていることが判明。

 二十四時間時計はややこしいけど、慣れることはできるろう。


 でもって、今日の暦はと言うと、三月上弦六日になる。

 まだ今年は始まったばかり、ということだ。


 さて、暦についてひとまず整理ができたところで、次に酒場の仕事をする日と時間について。

 まず前提として、この酒場、なんと休日が存在しない。

 これは主体が冒険者ギルドハウスにあるからで、冒険者たちの制御は一日たりとも休めないというのが現実であるらしい。


 次に営業時間だけど、十一時から五時までとなっている。

 つまり五時から十一時までの六時間は営業をしていない時間だ。

 ただし、依頼の受付は一日中行っているそうで、この五時から十一時までの時間帯はハウスキーパーのカウランさんと、交代制でスエラさんとムギさんのどちらか一人、合わせて二人で行うそうだ。

 ただし朝の勤務がある方は、その日の十一時から十九時までの八時間がお休みになる。

 ヘーゲルさんは受付の手伝いをしないのかと思ったら、ヘーゲルさんに関しては毎日酒場で提供する食材などの仕入れがあるので、スエラさんとムギさんよりキツイそうで……。


 …………。

 あれ?

 超ブラック待遇じゃないかこれ?

 日本のブラック企業と勝負できるレベルだと思う。


 ただまあ、日本と違ってこの町はせいぜい人口が四百人に満たない程度。

 冒険者が来るとは言ってもひっきりなしと言うわけでも無く、特に忙しいのは夜が更けてから、目安としては二十一時頃ごろがピークになる。

 それ以降も随分騒がしかったようなと思ったら、それ以降は大体お酒を飲みながら軽食が時々出る程度で、むしろ何もやることの無い時間のほうが多いらしい。


 で。


『セタリアには当面、起きている間はできる限り酒場に居て貰おう。徐々に生活の時間をずらしてもらうことになる。営業時間に合わせる形でね』


 カウランさんの宣言に頷く。

 働かざる者食うべからずと言われれば、答えようなどない。


 ……まあ、飲み食いにはぶっちゃけ一人で困らないし、住処もそれは同じ。

 むしろ一人で世俗を絶って生活する方が楽だし良い生活もできるんだけど、そうするとこの世界の言葉を習得するのが遅れるし、さらにこの世界からの『帰還条件』を満たす時期も大幅に遅れるのが目に見えている。


 それに今回は帰還するだけが目的では無いのだ――条件をいつでも満たせる状態で、その直前を常に維持しておくのが理想になる。

 贅沢な話だけど、『帰還させられる』前にやりたいことが多すぎるわけだ。


 今回、こうやってスムーズに生活基盤を『町』に作れたことは明確なチャンス。

 今のところ百点満点中、五十点くらいはあげても良いだろう。

 ちなみに五十点の減点理由は、野良猫が一匹たりとも居ないことだ。


 またしても猫という種族が存在しないパターンだったりしないだろうな。

 もしそうなら僕は猫を作るぞ。イミテーションも人間ほど複雑化しないでいけるだろうし、代用もあるかもしれないし。


 ……洋輔が居ないと突っ込みがないから、思考がどうにも散り散りになるなあ。

 閑話休題。

 と行こう。


『…………、』


 視線で問いかけるのは服装について。

 僕は今、カウランさんが持ってきた着替えを着ているわけだけれど、スエラさんとムギさん、ヘーゲルさんは共通した意匠の服を着ている。

 制服というよりかはコンセプトユニフォーム、って感じかな。


『服か。その問題もあったな』

『…………?』


 問題?


『確かにセタリアにも制服は用意しないといけないけれど、今日注文するから、一週間くらいはかかるだろうな。それまでは普段着で……と言いたいが、洗い物をメインにする以上、普段着そのままだと身体に良くないだろうし』


 なるほど。そりゃそうだ。


『かといって誰かの予備を使わせるにしたって、サイズ的に……、あ。いや、一つあるな……』


 …………。

 なんか、嫌な予感がするんだけど……。

 はたして、カウランさんが厨房の奥……いや、手前か?

 ともあれ店舗側とは反対側の廊下に一度出て、そこに置かれた棚を開けると、大きな麻布らしきものの包みを取り出し、開封。

 入っていたのは……、


『…………、』

『ムギがうちで働くことになった時、仮に仕立ててもらっていたものでね。実際には採寸が間違っていたせいでサイズが小さくてね、実際には一度も使っていないものだ。これを着ておくといい』


 差し出された中身は、ムギさんが着ていた衣装……とよく似た、けれど細部が微妙に異なるものだった。

 ノースリーブで上下一体型……、と言えばまだマシだけど、所謂ワンピースである。

 当然下はスカート状態だ。


 これを着ろと……?

 十三歳の多感なお年頃な男子に?


『……いや、ほら。下はズボンを穿いたまま、その上からこれを着れば……』


 抗議の視線は無事通用したようで、一応の改善案らしきものが出てきた。

 でもそれは前提だと思う。下着の無いこの世界でズボン脱いでこのワンピースって。

 パンツくらい穿かせろ。どんな罰ゲームだ。


『……うん。まあ、無理にとは言わないよ。確かにその服、女物だし。サイズも比較的近いと言うだけで、ぴったり合うわけじゃ無いからね』


 だからといって普段着で洗い物はちょっとなあ。

 どうしたものか。


『エプロンじゃあなあ……』

『…………!』


 いやそれで良いじゃん!

 普段着の上にエプロンで良いよ!


 カウランさんが棚にしまい直しかけたエプロンを、カウランさんの腕を掴んでそれを寄越せと訴えると、『ああうん、これでいいなら』と普通にくれた。

 これでまともな仕事着が手に入ったけど、最初からこっちを出して頂きたいところだった。


 ん……あれ?

 っていうか、下着の概念が無いとするとだ。

 じゃあスエラさんとムギさんはあの衣装の下になにも付けてない……?


 いや、まさか……。

 それこそまさか確認させてもらうわけにもいかないし、聞くわけにもいかないもんな……。

 うん、女性用下着はあると信じておこう。

 男物は普及していないのだろう。


『ちなみにだ、セタリア。注文する制服はどんなものがいいかな。長袖か、半袖か。ズボンはセタリアくらいの年齢だとハーフパンツか、七分丈が一般的かな……』


 七分丈のズボンって選択肢にいれたことすらないかもしれない。

 長袖は……洗い物のじゃまになるよね。

 となると半袖にハーフパンツが一番しっくりきそうだ。

 大体このあたり、と右手で左腕を指さして半袖を指定、ズボンも膝のちょっと上あたりを指定。


『半袖にハーフパンツか。わかった、そういうデザインにしよう。……ほかに仕立屋にたのむべきは、なにかあったかなあ』


 普段着の替えがもう一着欲しいけど、それはわがままだし。

 お小遣い貰えたらそれを貯めておき、それで買えば良いか。


 作る方が早いとはいえ、まずは『この世界で標準的なもの』を先に抑えるのが先で、それには購入が一番なのだ。


『特にない……いや、一応セタリア用のエプロンも頼んでおくとしよう』

『…………、』


 そうしてくれると嬉しいです、とお辞儀をした時だった。


『キーパー、ちょっと来てくれ』


 と、厨房の奥、店舗側から聞こえてくる。

 この声はムギさんだ。夜勤ならぬ朝勤だから当然だけど。


『すぐ行く。セタリアもついておいで』


 …………?

 まあ、そう言うならば。

 カウランさんのすぐ後ろを、貰ったばかりのエプロンを無難に身につけつつ歩いて、いざ酒場側に辿り着くと、そこでは冒険者らしき男性の三人組がムギさんに手当を受けている最中だった。


 三人とも鎧を纏ってはいるけれど、武器種は別々。パーティかな?

 片手剣に盾のスタンダードと思われる装備をした男性は、左腕に添え木がされている。

 長剣を恐らくは両手で振り回すスタイルらしき男性には、鎧を貫く刺し傷が左脇腹に。

 極端に曲がった剣……ショーテルを装備した男性は怪我こそ切り傷くらいだけど……、なんか赤い渦が傷跡にくっついてるな。魔法攻撃の残滓だろうか?


『「そよ風の木苺」……、か? 一人足りないけど。何があったかな?』

『すんません、キーパー。しくじった。ヤートは……』


 そよ風の木苺……、たぶんパーティの名前なんだろうけど、そのセンスはどうなんだろう。いやこの世界の標準がそうなのか……?

 思わずそういう方向に意識が向いたけど、しっかり軌道修正。


 一人足りないというカウランさんの表現に、しくじったという発言。

 足りない一人がヤートという名前だとすると敗走、ないし潰走したって所だよね。


『そうか……。残念だが、やむを得ないね。詳細の報告は後、治療を優先としよう。それでムギ、この三人の容態は』

『タリスの骨折は自然治癒でも大丈夫。カミタの刺し傷は微妙か……、治癒術士に頼んだ方が無難。問題はユーイル』


 ユーイル、というのが三人目の名前らしい。


『怪我の度合いに比べて衰弱度が釣り合わない。汎用の解毒薬は投与済みで効果は見られない。特別毒の可能性あり』

『お前達、何と戦った?』

『豹柄で、人のような姿をしたやつだ。名前は誰も分からなかった』


 豹柄の人型……、いや、大阪とかそういうのを思い浮かべるのは偏見だ。

 大体、『人のような姿』であって人型ではない。たぶんシルエットが若干似ているだけで、別物なんだろう。


『武器らしきものは持ってなかった。ただ、恐ろしく早く指が伸びたんだ……それにカミタはやられた。それが無くとも単に一撃が重い。盾が一枚破られたほどだ』

『指が伸びる、人型、豹柄。該当する種族は……、ピグメントアロンが第一候補だな。とはいえあいつら、毒は持ってなかったはず……』


 タリスさんだっけ、骨折している男性の証言にムギさんが補足。

 カウランさんはそれに同意の首肯をしつつ、包帯を手に取って更に言葉を続ける。


『変異種の可能性はある。どうせ治癒術士は呼ぶ、特別毒でも一定の対処はできるだろう。問題はそうでなかった場合だね。育ったピグメントアロンは魔法(ミスティック)を使う事もあるし……』


 ミスティック……ってなんだろ?

 意味合いとしては魔法、だと思うんだけど。

 魔法ってロジックとか、マジックとか、人によって呼び方が違うのも意味があるのかな。

 後で確認し……、いや、できるかな……、解説書とかがあれば……。


『魔法毒だとしたら解除は困難。行使者を殺すのが一般的で、最も現実的な方法だ。が、魔法毒を真っ向から外せる奴なんてなあ……』


 ふうん……?

 魔法毒ってのは、魔法による毒状態だよね。

 呪い……とは違うだろうけど、ニュアンスとしてはそんな感じで厄介な、常に影響を更新するタイプ。

 毒消しが聞かないのは毒を消した側から再び毒状態にするからなんだろう。


『とりあえず、セタリア。ユーイルの汗を拭いて、傷口を保護布(ガーゼ)で処置してやってくれ。傷そのものは浅い。傷に触れるのは怖いかも知れないが、慣れて貰うしかない』

『…………、』


 それは今更という感じもするけど、困惑するふりをしつつタオルとガーゼを手に取って、ユーイルさんに近付き、濡らしたタオルでさっと傷口の近くをふく。

 冒険者とはいえ人間だ、やはり痛むんだろうな。身体が震えている……って、あれ?

 傷口の側にある赤い渦、触れる……?


 うん、つまめる。

 バネというかガムみたいに伸びるけど、引っ張ればちぎり取れそうだ。

 傷口にくっついてるのだとすると、思いっきり引っ張ると傷口も引っ張っちゃうかな?

 ゆっくりと引き延ばして確認してみると、特に身体側が引っ張られる様子は無い。ふむ。


『……セタリア、どうした? 虫でも居たか?』


 似たようなものかなあ、と曖昧に頷き、赤い渦をつまんだまま一気に引き延ばすように身体から遠ざける――と、音も無く赤い渦は断ち切れて、その場でボロボロと崩れて消えた。

 この世界の魔法、妙な性質があるようだ。早めに概念だけでも知っておきたいところだけど……特に今の行動を咎められることは無かったし、やっぱり他の人には渦が見えてない感じかも知れない。

 何事も無かったかのようにガーゼと消毒用のアルコールを手に取って、先ほどムギさんがしていた治療のまねごとをする。


『あら。私の真似? 大体あってるな』

『…………、』

『ただ、もっと強く押すといい』


 ムギさんは僕の手の上からがっつりと力を入れた。

 ちょっと強すぎる気もするけど……、ま、経験があるほうが正しいよね。

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