49 - 集う駒たち
さて、この頃の行動について、些か確認が必要だろう。
まず僕がサトサンガに入る前――つまり、アルテア・ロゼアと名乗る前の段階で、僕はサムとの間にいくつかの決め事をしていた。
基本的な行動方針は黒床の神子、例の夢に関する調査。
その為に必要であるならば、あらゆる手段が容認される。ただし、僕の後ろ盾になるのはサムであって、アカシャそのものではないから、あまり大がかりな事を仕掛けると、流石に庇いきれなくなるとも注文が付いている。
その上で――
サトサンガではご隠居ことアルベイル卿と会って話をすること。
プラマナではディル老と会ってミスティックを会得すること。
その後はクラを目指し、可能ならばメーダー、クタスタを経てから戻ること。
大枠では、実はこの程度しか決まっていない。
ただし同時に、『僕とは別』に、サムが動かしていた駒は沢山あり、それによってサムは様々な情報を仕入れようとしていることも伝えられ、大体どんな駒があるのか、という所までは話を聞いている。
その上で、サトサンガに関連する『駒』は、僕を除けば大きなものだと三つある。
一つ目の駒は、『湖底神殿の真相解明』を求めた冒険者。その冒険者はサトサンガだけでは解決できぬと判断し、他国を渡り歩いた結果サムに出会い、サムから報償を得る代わりにサムの駒となった。
二つ目の駒は、『奴隷商に売られた友』を探した冒険者。その冒険者はサトサンガの国中に広がる奴隷商という存在を憎みつつも己一人では解決できぬと知り、サムの駒になる事を自ら望み、援助を得た。
三つ目の駒は、『サトサンガという国』を憎んだ軍人。その軍人はサトサンガに産まれながら、親兄弟をサトサンガに殺され、国を憎みつつも軍人として大成し、サムに情報を流し駒となった。
で――今回は、僕を含めた全ての大駒が連動した初めての例である。
結果的には僕が湖底神殿について調べ始めたのがトリガーになっていて、僕に疑惑の視線が行くように三つ目の駒、サトサンガを憎んだ軍人がそれとなく軍部の警戒を僕に向けさせ、先手を打つ形で僕に対処させる。その一環として僕はアルベイルさんと二度目の会談を持ったわけだ。
アルベイル卿の監視体制が短期間に二回は揺らいだという事、そしてそのタイミングに合わせて僕がハインに来ていること。それは三つ目の駒が動くまでもなく、オーザさんによって軍部に提起されており、さらに僕が二度目の面会から程なくしてオーザさんに接触を試みたことで軍部はあっさりと、予防的に――先手を打つ形で、僕を抑えようと出しうる全力を考えた。
僕が居る場所はハインの街だったから、軍施設はそれなりに多くある。ハインは首都だ、あまり大規模な軍事行動には向かないけれど、相手が団体ならばまだしも子供一人。そこまで大量の戦力は必要無く、むしろ要求されるのは質だった。
質という点で言うなら、僕は冒険者として行動している事からサトサンガ冒険者ギルドの構成員を利用する事は得策とは言えない。となると純粋な軍としての行動をしたいけれど、その上で質を確保しようとすると、重要施設の警備兵から戦力を抽出するのが『ベスト』。その抽出によって発生する薄さに関しては、別の軍関係から再抽出した『数』と、ごく一部の信頼が置ける冒険者を『質』として補った。
結果――サトサンガ国会議場資料館には、サトサンガにおいて最高峰の功績を誇る冒険者であるヘレン・ザ・ラウンズを、ハイン東にあるサトサンガ軍管区にはアーティファクトの剣を手にした腕利きの冒険者であるリーヴァ・ザ・ソードをそれぞれに配置しつつ、ハインの街では僕を抑えるための作戦が実行に遷された。
その二人が、サムの駒として僕の共犯者である事を悟れずに。
もちろん偶然選ばれたわけもなく、サムが僕たちの状況を知るや、第三の駒である軍人さんと連絡を取り合いこの結果を恣意的に生み出したわけだ。
最大の功労者はその軍人さんだな。
「結局の所、忠誠心は冒険者の動機としては弱いのよね――」
ハイン海に浮かぶ交易船、"バリス"。
『集合地点』として指定されたその船は今、僕の越境依頼を根拠としてギルドの管轄から外れて沖合に出ている。
「あー。それは解るな。そりゃ犬ほどに飼い主には忠誠を持ちはするけど、飼い主より美味い飯を出してくれるってぇならそっちに尻尾を振って飛びつくっていうか」
「犬ですか。僕は猫のほうが好きなんですけれど」
「そういう話じゃないと思うわ」
そして今、その船の甲板には僕ともう二人が立っている。
方や鮮烈な赤く長い髪に黒い目、もふもふとした鎧を纏った女性。
能力開示においてはほとんど全ての素質を表示しうる『ラウンズ』型の才能を持ち、数多くの功績を内外から誇られる『万能の人』。
――ヘレン・ザ・ラウンズ"サトサンガ"。
方や金髪のやや長い髪に青い目、革と金属をつなぎ合わせた軽鎧を纏い、その背には大剣を、そしてその腰にはブロードソードをそれぞれ装備した男性。
最近の冒険においてアーティファクトと思わしき剣を獲得し、その『剣』そのものにザ・ソードの称号が与えられると同時に、その所有者としての『ザ・ソード』という複雑な称号を得た、しかし紛うことなく最高格の『剣士』。
――リーヴァ・ザ・ソード"ベスティア"。
「ともあれ、こうやって顔を合わせるのは初めてだな。初めまして、ヘレン、アルテア」
「ええ、初めまして、アルテア。けれどリーヴァ、あなたとは何度か会ってるわ」
「そうなんですか。お初にお目に掛かります、ヘレンさん、リーヴァさん」
ヘレンさんは僕と比べれば当然背が高いんだけれども、大成した冒険者としてはとても小柄な部類、160センチにも満たないほどだ。
とはいえ、ただでさえ珍しい『ラウンズ』という才能をかなり高い強度で持つのが彼女であり、あらゆる武器の扱いに長けている他、様々な魔法も扱えるなど、戦闘能力はむしろトップクラス。
しかもその戦闘能力は彼女にとって『平均的に何でも出来る様々な才能のうちの一つ』にすぎず、戦闘以外の面でも彼女には隙が無い。
故に、万能の人と呼ばれる事もあるのだとか。
一方でリーヴァさんはというと、男性冒険者としてはごくごく普通の体格をしており、これといって特別筋力が凄いだとか、背が高いだとか、逆に背が低いだとかの特徴が無い。敢えて言うなら中性的な容姿、くらいだろうか?
リーヴァさんはヘレンさんとは異なり、完全に戦闘――それも『剣術』に特化したタイプで、僕が知っている中ではハルクさんがタイプとしては近い。ただし、ハルクさんを更に極端にしたような人物で、剣術の一点ではヘレンさんをも越えうる才能を持つ。
だからこそ、あの剣をアーティファクトのように使えているわけだけれど。
ちなみにこの二人、当然だけれどレベルもとても高い。
リーヴァさんが9920と世界最高峰……というのは言うまでもなく、ヘレンさんに至っては14961で、もはや比較するだけバカバカしいのだとか。
将来的にはサムもこの境地に至るのかもしれない。何せサムは『ラウンズ』の上位互換みたいな才能を持っているわけだし……。
「お二人はこの後の行動について話を聞いてますか?」
「いや、俺は特に。情報交換をしてから考えろ、みたいな事を言われたような……」
「私も似たようなものかしら? 情報を渡したらアルテア、あなたを少し手伝うように言われてるのよね。で、その報酬はアルテアに望めば、多少無理なものでも大概は用意してくれるだろうって言っていたけれど……」
「サムらしい……」
まあ、良いけれど。
僕に用意できる範囲ならば。
「じゃ、早速だけれど情報交換からいきましょう」
「ここでですか?」
「私が結界を張るわ」
と、ヘレンさんが言うが早いか、大きな大きな青い渦。
そして次の瞬間、周囲から気配がかき消え、景色にうっすらと青みが重なる。
……これは、また。
開けた空間に結界を張るって、無茶な事をしてくれるな……。
「これで船員と、巻き込んじゃった冒険者には私達を認識できない。音も漏れないし、良いでしょ」
「さすがはヘレン・ザ・ラウンズ。手慣れてるな。というか開けた場所でも結界って作れるもんなんだな」
「あら、私よりも上手は居るのよ、リーヴァ。剣術で私があなたに及ばないようにね」
「へえ」
そうなのか……。
ちなみに船員さんはいいとして、巻き込んじゃった冒険者というのはウグイさんのことである。
バリスさんと一緒に待機させちゃってたからな、まあ、あとでお詫びの品でも用意して、許して貰うことにしよう。
ともあれ。
まずはヘレンさんが獲得した情報は整理してみると、ヴァルキアという国家の大雑把な地図、ヴァルキアの法律と元首に関する取り決め、そしてヴァルキアを構成していた各都市に関するある程度の人口推移などの情報だ。
地図は世界地図ではなくあくまでも国単位の地図だったので、海が東側の果てにあることはわかるけれど、それ以外に情報らしい情報はなし。
大きな川などはきちんと描いてあるとはいえ、数百年単位で経過している事を考えると今の川とは一致しないだろうしなあ……。
「無理矢理それっぽい場所を挙げるならハイン海の南なんだが……」
「肝心のハイン海が描いてないんですよね、これ」
「ああ」
ハイン海がどこにあるのかが解ればなあ。
もうちょっと分かりそうな物だけど。
とはいえ描いてないものは仕方が無い。
で、ヴァルキアという国の政体も判明、議会を取り入れたタイプの王政だ。
議員は選挙に近い仕組みで選ばれる通常議員と国王から特別な功績在りとされた貴族の家系から排出される貴族議員、そして王族が参加し、更に特別議員として国王が誰かしらを任命する事もある。
議会のトップを元首と呼ぶ。これは議員の中から選ばれる反面、国王が自ら元首に着くことも珍しくはなかったようだ。
議員の仕事は議論であり、決断を下すのは元首と、元首の報告を受けた国王である。国王は議会に対して拒否権を持つ。
一方、国王の決定は議会は国王を除いた全会一致によってのみ撤回可能という規則もあったとか。特別議員のせいで無効化されているなあ……。
ヴァルキアの法律は、ヘレンさんに確認した限りサトサンガに似ているらしい。罰則周りは大きく違うんだけど、何をしたらいけませんという禁忌系、結婚などに関する制度は殆ど変わらない。
それはやはり前身国家ということなのだろう。
で、最後に人口の推移データ。あまり重要じゃないかなとヘレンさんは言っていたし、ぼくもそう思ったけど、『なぜこのデータを残していたのか』という点で疑問が残る。
何らかの理由で人口を記録しなければならなかったのか……。
尚、このデータや法律面から、ヴァルキアの首都は『タール』で確定。
ヴァルキアの地図的には西側のエリアで、タールのすぐ北には大きな丘のようなものがあったようだ。特徴的な地形だと思うんだけど……さて。
「んじゃ次、俺な」
次にリーヴァさんが調べてきた事について。
内容は大まかに三つ、第八次湖底構造物調査隊までの記録、題名のない奇妙な設計図らしきもの、そしてインクが掠れてしまって殆ど読み取る事の出来ない、けれど確かに何かが書かれていた……もしくは描かれていた形跡のある本だ。
湖底構造物調査隊とはいわゆる湖底神殿調査隊の事で、事前調査を含め合計十回の調査記録が克明に記録されている。
当然ながら最初期はまずどうやって水中を調査するのか、なんて所から始まっていて、徐々に水中での活動時間を延ばして言ってるんだけど、第八次調査においても時間的な制約は多かったらしい。
また、この第八次調査において調査員数名が行方不明になるなどの現象が発生した事から実質的にこの調査そのものが凍結された。
次に題名のない奇妙な設計図だけれど……、これは建築物の設計図だな。
どこかの砦だろうか、戦闘、それも防衛戦を意識したような作りだ、そしてかなり大規模だな……。
「こんな建物、あったら目立つわね」
「題名もないし、廃案になったんだろ」
「あるいは、研究目的で作ったものとか?」
「あり得るわ……」
現実に建設されることはなかった幻の砦か……。
一応眼鏡に保存しておこう。設計図の情報から錬金術でふぁんなら一瞬だしな。
とはいえ、砦を作る意味もないけれど。
で、三つ目が読み取れない本。
何かが書かれた形跡があり、けれどインクが掠れてしまったもの。
書き込んだ後意図的にインクを消したというより、単なる経年劣化だな。
品質値は2610。
「修復をしたら何か面白い事が書いてあるかもしれない、と思って持ってきたんだよな」
「呆れた。修復ってそんな簡単なことじゃないのよ」
「そうでもありません。一度借りても良いですか?」
「ああ」
リーヴァさんから受け取った本はそのまま持ち合わせている鞄の中に一度しまう。
で、しまったばかりの本と、鼎立凝固体の中から『赤』と『青』の効果を利用しつつ錬金術を行使、例によって防音措置が施された鞄なので音はせず、けれど確かに手応えアリ。
とん、と鞄の蓋を叩いてから開ければ、本は二冊に増えていた。
厳密には増えたのではなく二重化されたんだけれど。
一冊はリーヴァさんへと返却しておく。
「ありがとうございます」
「え……っと、今、増やしたのか?」
「そうですね、増やしたという表現は近いです。複製とは違うけれど……」
で、もう一冊も鞄から取り出し、ついでに鞄の中にしまっていた灰色の液体が入ったガラス製のアンプルも取り出して、ぱきっとアンプルを開封。
増やした方の本に灰色の液体――灰色のエッセンシア『ワールドコール』――を振りかけてやれば、先ほどまでの古びた様子は何処へやら、染み・しわ・折れなどは当然なくなり、更に掠れたインクも掠れる前の綺麗な、万全の状態へと無事復帰。
尚、エッセンシアとしてのワールドコールは道具を完膚なきまき修復するという効果を持つ。エリクシルやエルエッセンシアなどの生物を対象とした回復を、無機物を対象にするようにしたものだと思えば概ね正解だ。
ワールドコールと似たような道具として、白露草という道具を修復するものがあるけど、そっちだと特殊効果があると直せなかったり、時間が掛かったりするんだよね。
その点ワールドコールはエッセンシアなだけあってほぼ瞬間的に効果が現れる。
……見境無く直しちゃうから、妙な効果まで復活させることもあるけど。
はたして、その本の正体は――
「……日記?」
う、ん?




