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三月賛歌夢現  作者: 朝霞ちさめ
第二章 サトサンガのアルテア
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48 - 共犯の誘い

「南西部の盗賊団を壊滅せしめたという軍の発表、どこまで信じられるんだ?」

「今回はかなり本気を出していたからな。風の噂じゃ軍略所まで出張って年単位で罠を仕掛けたって話だ」

「はあ。軍略所が出張るって、そりゃ戦争じゃねえか」

「だよな。けど実際に連中が動いた形跡はちらほらとあったらしい。今となってはもはや残ってないだろうが……」

「手際が良いのが連中の取り柄だからな。……ふうん。けど、その噂が真実だとしたら、さすがに南西部にいた盗賊団はダメか。逃げ場なんぞ真っ先に潰されただろうし」

「手を組んでいた連中も一緒だな。奴隷商の大御所、アーツの音沙汰がなくなったようだ」

「へえ。多少は治安も良くなるかな?」

「奴隷商の一つや二つが潰れたところで変わると思うか?」

「ごもっとも」

「もちろん、全く効果が無いとも思わないがね。万事善悪両面に影響はあるものさ。そこを根城にしていた奴隷商が潰れた――ってことは別の奴隷商がその地域に向う理由にもなる」

「それを軍が理解していないとも思えないぞ。いや軍がいつも通り適当な行動を取っていたら別だが、軍略所が介入しているならば真っ先に挙がるだろう」

「それでもだよ。なにせ南西部の奴隷を取り扱っていた連中がいなくなったんだ、リスクを踏まえても尚、独占できる可能性がある以上リターンが見合う」

「……それさえも軍略所の狙いかもな」

「十分ありうるな。連中の用意周到さ、それに悪辣さから考えると更に先もありそうだ」

「ちょっと可哀想になってきたが……奴隷商だしな……。別に良いか」

「同情の余地はねえもんなあ」


「ホウザの大火、未だに続報がないのか。情報統制にしたっていつにもまして慎重だな、現政権は」

「最初はただの火事、それが大火事になって、いつしか大火になった。それだけならばただの不手際だ、情報を遮断するまでのことはないよな」

「ああ。つまり他に何かがあったんだ。現政権にとって都合の悪い何かか、あるいは国内にさえ伏せたい何かが」

「その二つは同じだろう」

「いや、そうでもないぜ。現政権にとって都合の悪い何かってのは、たとえば汚職絡みとかそのあたりだろう? 国内にさえ伏せたい何か、ってのは、たとえば内密に処理した方が国のためになるものも含む」

「内密に処理して国のためになる……、なんてもん、あるのか?」

「たとえば、不死鳥とか」

「…………。いや、それはむしろ知らせた方が良いと思うが」

「まあな。とはいえアカシャも良くやる手らしいし、あるいはって思わないか?」

「そりゃあ思うけどな。考えても見ろ、今年だけで何匹不死鳥が見つかってるんだ。あいつら、もっと珍しいはずだろ。最近は不死鳥と聞くと『またか』って感想になるあたり、もはやありがたみがなくなっちまってる」

「言えてる。…………。今年は色々と妙な年だな」

「ああ。全くだ……」


 ハインの街には酒場が沢山ある。

 例えば、一般市民向けの普通の酒場。誰もが気軽に飲み食いを楽しめるような場所。

 商人向けの商談もできる酒場。間仕切りで各席が仕切られている他、個室も多く用意された、お酒を楽しむと言うよりも商談をする場所としての店。

 主に冒険者が利用する酒場。ハインの冒険者ギルド関連施設で、当然、その酒場でも依頼を受けることが出来るようになっている他、依頼人と冒険者が意志疎通をしたりすることもあるようだ。


 で、今日僕が訪れている酒場はと言うと、先ほどの分類で言えば普通の酒場。

 普通の酒場の中にもグレードのようなものはあって、安いお店から高いお店まであるんだけど、今回来ているのは平均的な、安くも高くもないお店だ。


「アルテア殿。待たせてしまったようだ、済まないな」


 と、聞き覚えのある声に振り向くと、そこには見覚えのある顔。


「いえ、お呼び立てしたのはこちらです。急にごめんなさい、オーザさん」

「気にしないでくれ。少々驚きはしたがね」


 交易船で一緒に数日行動しただけの付き合いといえばそれまでだけれど、面識に違いは無い。

 彼女はサトサンガ軍、第二方面軍の軍略所という部署に所属する歴とした軍人さんだ。

 しかも次席。結構どころかかなり偉いらしい。


 ちなみに今日はオフとして行動しているようで、その服装は僕が見かけた軍人のものとは異なる、一般的な私服だ。

 凛としたところがあるとはいえ、知らなきゃ軍人だとは思わないだろうなあ。

 それほどまでに受ける印象が柔らかい。


 口調は硬いけど。


「それで、用事があると聞いているが?」

「はい」

「それなりに込み入った話か」

「はい」


 二度の問いに同じ言葉で返すと、オーザさんは少し考え、目を細める。

 それは予期できた反応だった――だからこそ、僕はただ、金色と銀色の二色で交互に縁取りがされたプレートを懐から取り出しちらりと見せる。

 オーザさんは目を見開くと、驚いた、そんな感情を隠そうともせずに二度三度と頷く。


 少しの沈黙が挟まったのは、オーザさんが注文したドリンクが配膳されるのを待ったからだ。

 ……まあ、思惑は後で聞けば良い。


「私が役立てるのならば、それは光栄な事だが……。そんなものを持っているならば、公式、ないし正式に(われら)への協力要請もできるだろう」

「可能な限り秘密に動けという注文もついてまして」

「なるほど」

「目的を達成する過程として、湖底神殿の調査があったんです。その一環で、できればオーザさんの組織(なかま)から情報を頂けるならば、それが一番なんですよ」

「そうそう簡単に渡せるものならば、とうにアルテア殿は手に入れているだろうな……」


 妙な信頼をされたものだ……いや、自分で言うのも変だけど、妥当なのか。

 僕に、ではなく、プレート、つまり越境依頼(ボーダーレス)に対しての信頼として考えるならば。


「それで、何が聞きたいのかな?」

「ハイン海とヴァルキアについて」

「…………」


 証拠らしい証拠はないとはいえ――だ。

 この単語だけで、ある程度の『機密』を知っている人は固まるらしい。


「そもそも調べていたのは湖底神殿です。調査に当たって、どうもハイン海というものの在り方に違和感がありまして……アカシャの記録と突き合わせてみると、また変なことも見つかった。そんな感じで地道に調べていたら、そこに辿り着きました」

「……なるほど」


 エールに一度口をつけてから、オーザさんは静かに頷いた。

 先ほどまでの柔らかい印象は何処へやら、軍人としての……いや、それ以上に研ぎ澄まされた佇まい。


 なるほど。

 軍略所の次席という立場、『そこそこの高官』だと思っていたけど、『かなりの高官』か。


「それを何故私に聞くのかを聞いても良いだろうか?」

「所属の問題です。それに、僕にはサトサンガで頼れる人が居ないんですよ。バリスさんやウグイさんは畑が違うし、ユージンさんとテイカさんも別の盤面ですからね……そもそも、オーザさんの組織(なかま)で僕がこうやって個人的なコンタクトを取りうるのが、オーザさんしかいなかったというのが最大の理由になります」

「なるほどな。……頼られることは嬉しいが」


 答えることは難しい、オーザさんは言外にそう伝えてくる。

 つまりは機密。

 そして、少なからずそのことを知っている……と。


「僕はこの後、ヴァルキアについて調べるつもりです」

「ヴァルキアをか。アルテア殿にあてはあるのかな」

「殆ど無いようなものですが……、いくつか思い当たる場所はあるんですよ」

「それは?」

「政庁特区に置かれているサトサンガ国会議場資料館、それとハインの東にあるサトサンガ軍管区の国防会館や資料館」


 当然。

 どこも、普通に立ち入る事が出来る場所ではない。


「もちろん、越境依頼(さっきのもの)は使わずにやらなければならないので、少々難易度は高いんですが……まあ、やって出来ないことはないでしょう。サトサンガ軍の監視能力はある程度見えましたし……」

「…………。アルテア殿は確か、ご隠居とやらに会うためにハインに来たと言っていたな」

「ええ」

「よもや『ベイル』がリージ・アルベイル卿の事だったとは……正直、その可能性は捨て置いていた」


 …………。

 これはまあ、気づかれてなんぼではあるんだけど。


「アルテア殿の年齢では、『アルベイル卿』という貴族が存在していたことすら知らないはずだ。ましてや隠居している場所を知っているのは国内でもそれほど多くはない、だから除外した……」

「先入観は危険ですね」

「全くだ。……先日、その『監視』が僅かな時間だが剥がされたという報告があったが、まさか――」


 警戒の視線をオーザさんは僕へと向けてくる。

 まさか、と問いかけているようで、その実、殆ど確信に達しているのは……越境依頼を見せたから、とは別の所だな……。


「――だが、アルテア殿。そのような事を予告されておいて、私が対処しないとでも?」

「まさか……。そもそも、既に通報はされたんでしょう」

「…………」


 さっき、赤と緑の渦が見えたし……。

 『遠隔音声伝達』にしては渦が小さかったし、発生した場所も変だったけど、軍事用にカスタムされたものって可能性もある。


 実際にはただの緊急通報かもしれないけれど、今までの会話全部が筒抜けって方向で考えておいた方が後で困らないだろう。


「アルベイル卿の名前それ自体がトリガーだったか、あるいはハイン海にヴァルキアという組み合わせが悪かったのか……。少なくともここで再会の挨拶をした段階では、まだこんな空気じゃなかったと思うんですけれど」

「そうだな。私としても最初は単に奇妙なお呼ばれをした、程度にしか考えていなかった……、と言えば誤魔化せるかな?」

「途中で誤魔化す気をでなくしてますね……」

「まあ、無理か。……どこで気づいた?」

「確信したのは今、その問いを聞いたからです」

「…………。割と誤魔化せたのか……」


 うん。

 素直に頷くと、少し困ったようにオーザさんは首を横に振った。

 微妙に詰めが甘いな……、いやまあ、僕が言えた義理じゃないか。


「アルテア殿。できればこのまま投降してもらいたいのだが……」

「投降する理由はないですよ。僕はまだ何もしていません」

「だが、その大事をするつもりだろう?」

「失敗すると解っていてやる馬鹿はただの馬鹿でしょう」

「……つまり、アルテア殿は何もしないと?」


 頷くことで……答えにする。


「軍に限った話じゃないんですけれど、国ごとに傾向ってあるじゃないですか」

「急に、何を……」

「まあまあ。僕が思うに、サトサンガの傾向は先手を打つこと、だと思うんですよね。先手を打って対処する。ちょっと前、サトサンガで『パニック使い』が見つかった時、対処にあたったヘレン・ザ・ラウンズの初動が遅かったって話がありました。初動遅れの原因は魔狼討伐……しかも、その場には不死鳥の卵殻まであった、だから仕方が無いんだって噂でしたね」


 それだけを聞けばむしろ後手を踏む、だろう。

 けれど……。


「なんてことはありません。そもそもサトサンガ冒険者ギルドが試みたのは、そもそも『不死鳥討伐』だった。もっと言えば不死鳥が孵化する前に、不死鳥の卵殻の状態で対処すること。……で、対処に向った先で偶然魔狼なんてものを見つけてしまい、見つけてしまった以上は対処しなければならなかった。魔狼への対処もヘレンに任せた。結果、魔狼が思った以上に厄介で、その対処にサトサンガは追われて……だから、パニック使いへの対処が遅れに遅れた」

「…………」


 要するにサトサンガの傾向はあくまでも目に見えた問題に先手を打つこと、だ。

 問題が起きることを予知できるわけではないし、先手を打つだけで、成功するとは限らない。


 魔狼に関連する一件も目に見えた問題が『不死鳥の卵殻』であり、不死鳥として孵化する前の対処にヘレン・ザ・ラウンズを向わせた結果『魔狼』という想定外のものを発見してしまい、その対処にサトサンガとして当たった結果、『パニック』を生み出してしまった。それだけだ。


「……それで?」

「オーザさんは……というか、サトサンガは僕の動向を危険視した。つまり、僕という危険を優先して抑えようとする……。この酒場はもう、囲われてるんでしょうね」

「そこまで解っているならば、無駄に逃げようとしないで貰いたいものだが」

「逆ですよ」


 かたん、と。

 一瞬、地面が揺れる。


「逃げるのは難しい事じゃあないんです。ここに居る皆さんを瞬時に無力化する方法ならばありますし、結界程度は破れます。むしろ足止めをしているのは僕の方なのですから」

「足止めか。……つまり協力者が既に忍び込んでいると、そう言いたいのか? だとしたら計算違いだな。先にアルテア殿が述べた施設には既に、応援として信の厚い冒険者が配置……されている……?」


 もう一度……かたん、と。

 地面が、揺れる。


「どうやらこっちの用件は済んだようです」

「……ハッタリだ。いかに越境依頼(ボーダーレス)があったとしても、それでサトサンガに忠誠を誓ったあの冒険者達が裏切る理由がない」

「僕は」


 立ち上がる。

 自然と、オーザさんも――立ち上がった。


「『越境依頼(さっきのもの)は使わずにやらなければならない』と、言ったはずですよ」


 いつからだ、とオーザさんは呟く。

 別に答えは求めていないのだろう。ほとんど、独り言のようなものだ。

 僕も敢えて答えることはせずに、ただ、ぱちんと手を叩く。


 少しずつ少しずつ床下に刻んだ図形に手を叩くという動作を加えて、その魔法(マジック)は、あっさりと発動。

 周囲の人達を問答無用で眠らせる、酒場で重宝した暴徒鎮圧用のマジックの純粋強化版……その分見境がなくなっているけれど、今回のような場面ではむしろ丁度いい。


「おやすみなさい。願わくばせめて、良い夢を――」


 さて。

 逃げよっと。


 折角リーヴァさんとヘレンさんは、上手くやってくれたようだしね。

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