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三月賛歌夢現  作者: 朝霞ちさめ
第二章 サトサンガのアルテア
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47 - 名前は生き様

『一つ目、豊穣の国リコルドに関する情報操作だがな、思った以上に深刻だぞ。アカシャに限った話じゃない、世界的な口裏合わせ――大編纂があった、のはもはや確定だな。具体的にいつ頃まで存在した国なのか、まずその部分からして曖昧化している始末だ。これ以上詳しい情報は少なくとも現状では手には入らん、貴様が貴様の力で探せ』


 ハインに戻るまでの船の上。


『二つ目、湖底神殿に関する推測だが……。マジックの図形動作の図形については時間の問題だな、時間を掛ければ「マナ」からの変換も含めて組み込めるだろう。もちろんこれは可能か不可能かと言う話であって、今でも出来ると言う意味じゃあない。恐らくは数十年から百年という規模をかけて研究し、地道に積み上げたものになるんだろうな――その上でだ、動作部分を水流に依存させるという考えも、奇抜だとは思うが不可能とも思えん。恐らく実用化もできるだろう、まあ効率的には良く無さそうだが……』


 サムとのやり取りは、そんな空き時間を使って行っている。

 尚、湖底神殿に関する推測は、先ほどのバリスさんやウグイさんを交えての会話を全てそのまま投げ渡していた。

 『遠隔音声伝達』は何も喋っている本人だけではなく、周囲の音も送れるのである。


『三つ目、ハイン海の存在を裏付ける史料をこちらでも纏めてはみたが、サトサンガ建国時点で「ハイン海に沿う都市ハインを首都とし、同時に国号の変更を宣言し正当政権樹立を内外に知らしめる」から、サトサンガという国家を外国が認識した時点では既にあったと考えるべきだな。これが629年前だな。サトサンガと国号を改める前はヴァルキアと言うが、そのヴァルキアとの交易においてハイン海を利用するために大規模な船団を用意したという記述がアカシャ側に史料として残っている。これが921年前……だが、妙でな。この時期アカシャの勢力圏はハイン海に面していない』


 そしてこちらの意図を汲んだサムは、回答としてこのように遠隔音声伝達を返してきているわけだけれど……。

 921年前、ハイン海にアカシャは面していないのに、ハイン海を利用するために大規模な船団を用意した……?


『リコルド周りの大編纂で辻褄が合わなくなった……とみるか、あるいは我々が思い違いをしているか。こちらでも検討はするがあまり期待するなよ、良くも悪くもアカシャという国の中枢にいるだけあってな、俺の思考はどうしても一方向に固まっている。地図についても残念だが見つかるまいな。騎士の活動記録でも残っている範囲で最古のものが第三次ノウ・ラース巴戦に関する付属資料で、328年前のものだ。軍事的観点からそれなりには細かい地図だったが……』


 328年前……では、意味が無いか。


『それでだ、四つ目。暗殺許可……、厳密には覚悟という事だが、それはアカシャにとって不利益になるな。俺は手伝えん。貴様が個人的に行うならばそれは貴様の自由としか言いようもないが、アカシャ国内ならばまだしも、サトサンガでの暗殺となれば俺は貴様を庇えんぞ。それでもいいなら勝手にしろ。繰り返すが俺は、どうなっても知らん』


 最後に暗殺許可、もとい暗殺によって生じる問題の覚悟はして貰ったので、とりあえず行動の前提条件は揃った。

 もちろん殺さずに済むならば殺さないし、その為の細工はするつもりだけれど……ね。


 更に三十分ほどしてハインに到着、陸に上がって今後の事を考える。

 まずはアルベイルさんだな……。

 その後は冒険者ギルド本部だけれど。


 どちらにせよ、適当な標的を探さなければなるまい。

 その点、ウグイさんやバリスさんを連れて行くというのはメリットにもなるけれど、流石にサトサンガに敵対しかねない行動を取ると考えれば、二人を巻き込むのは酷だ。


「すいませんが、街では別行動をさせて貰います。そのほうがお二人のためになるかと」

「グレーゾーンで動くつもりか」

「グレーで済めば良いんですけどね」

「……おいおい」


 いや、全く以て本当に。


「一応船はいつでも出せる状況にしておいてやる。いざとなればバリスの交易船に逃げ込め、ギルドハウス分室って権限ならば出港許可は事後申請もできるからな」

「……逃げ込むような事態が起きているってことは、十中八九、僕はサトサンガと対立関係にありますけど。それでも良いんですか?」

「暫くは知らぬ存ぜぬで通せるからな。それまでにどうしようもなくなればそのままお前を捕縛して軍に引き渡せば俺たちの安全は買える」


 ……ああ、なるほど。


「むしろ変にここでお別れをするよりかは、そっちのほうが安全ですか」

「そういうことだ。まあもちろん、お前が帰ってこなくてもおかしくはないと思ってるがね」

「いえ。そういう事ならばむしろ率先して頼らさせて貰います」

「おう」

「水中用の指輪は返した方がいいかい?」

「いえ、差し上げます。……まあもっとも、じきに効果がなくなるので、それを使って何かをしようと考えているならば今日中に済ませてくださいね」

「ああ、うん」


 一応品質値などを確認して残り時間を確認……、一日どころか一弦くらいは持つかな、でもその程度だ。捨て置いて良いだろう。

 というわけで一旦ここでウグイさん、バリスさんとは握手をしてまた今度。


 改めてハインの街を歩いて政庁特区を抜け、東ハイン外縁区の8へ。

 っと……、前に来たときよりも監視が中途半端に増えている。

 警戒レベルが上がった……、いや、何かニュアンスが違うような気がする。


 監視している組織が増えたのかもな。

 まあ、今となってはどれも大して変わらないけれど。


 一応空間整理で誤魔化しつつアルベイルさんの家に到着、ノックもせずに強制的に解錠して中へと入る……と、アルベイルさんは入ってすぐのテーブルセットでお茶を飲んでいる最中だった。


「……ずいぶんと早い再会だな」

「事情が変わりまして。非礼をお詫びしたいところですが、そのあたりは追々」

「そうか。……それで、用件は?」

「過去の地図が必要になりました。ハイン海に関する地図です」


 アルベイルさんは。

 かちゃり、と、テーブルにティーカップを置いた。


「サトサンガという国として成立したのは629年前。少なくともその段階での国内地図は、サトサンガ国内に残っているのではないかと僕は思うのですが……。世界地図ではなく、当時の国内地図でも構いません」

「どうだろうな。あるかも知れないが……。それを見つけてどうする?」

「アカシャで見つかった921年前の地図と突き合わせます」

「…………、何? 921年前……、馬鹿な……」


 完全なハッタリ、何かヒントの一つでも手に入ればラッキー程度の脅しだったんだけど……、思いがけず反応が濃いな。


「貴様、どこまでを知った?」


 そしてどうやら地雷だなコレ。

 ……現段階でアルベイルさんと敵対するのは流石に性急だし。


「すいません。ハッタリ……ブラフでした。年数を絡めて適当な事を(のたま)えば、あるいはボロが出るかなあと……」

「にしては随分と具体的に、しかも的確な年数を上げていたが」

「アカシャの記録で、『ハイン海』に関するものをサムが探したんです。地図は見つかりませんでしたが、そういう妙な記述が目に付いたと連絡がありました」

「……なるほど。だがいきなりハイン海を調べる理由が分からんな」

「湖底神殿の調査をした結果、妙な可能性が浮かんできたんです。『ハイン海という湖は、あるものを隠す偽装結界に必要だったから作られた後付けの地形なのではないか』――」


 アルベイルさんは目を細め、口を噤む。

 そして先ほどまでとは違った、能面のような無表情になっている――これ以上表情から何も悟らせまいと言うことか。


 厄介な。

 けれど当然だ。


「あんまりに突飛な仮説ですからね。サムだって流石にそれは無いだろう、と見ているようですが……、案外僕はその当たりの『規模』は気にしない部類なので」

「気にしないとは言え限度があるな。水たまり……あるいは普通の池程度ならばまだしも、かの巨大なハイン海だ」

「規模は結果です」

「…………」

「大昔の人達も、『こんな大規模な湖になるとは思っていなかった』んじゃないかな――」


 ぱかっと。

 鞄の蓋を開けて、鞄の中に折りたたむ形で収納していた大きな紙を取り出し、それを展開。


「これは僕が作ったハイン海とその周辺の地図です。この青いラインがハイン海の『淵』、湖岸線で、青いラインの外側にある赤いラインは『地面の高さ』。逆に青いラインの内側にある緑のラインは、『湖底の深さ』を意味しています」

「等高線だと……」

「ああ。その概念、サトサンガにはありましたか。ならばそれです」


 アカシャにはなかったんだよな、等高線って概念。

 おかげでサムへの説明が大変だったりする。


「馬鹿な……、精密すぎるだろう、これは」

「頑張りました」

「頑張ったって、お前な」

「まあ、その当たりも追々にしましょう。本題を進めますけれど……見ての通り、少なくともハインの街の周辺はかなりの『窪地』にハイン海があります。西に行くと緩和されますけど、実際この街の港から湖底に降りてみると、最初っからものすごく深いんですよね」

「……つまり?」

「湖底神殿が偽装結界によって『それ』を隠す為には大規模な図形動作を連鎖発動させる必要があった。連鎖発動それ自体は僕でも簡単なものは作れます、まともに国を挙げて研究したならば時間の問題で完成するでしょう」


 ただし、規模は本当に大きくなる。

 ――隠したいものが大きすぎたから。


「図形はまあ、大きくてもどうにでもなるはずです。地中に埋めるなり道として用意するなり、いくらでも方法は思いつきます。問題は動作の部分……、これを水流によってクリアするためには、当然ですがその水流を起こせるだけの水溜まりが必要だった。その量が想定以上に大きかったのか、あるいは水流を起こすための水たまりを作る魔法に不備でもあったか……。本来ならば『湖』ができるはずだったのに、それは『海』のような巨大な水たまりになってしまった――ハインの街は、徹底した再整備を何度か行っているそうですね。それはハインの街を湖沿いに区画整理をするためだったと聞いていますが、実際は別の理由があったんじゃ無いですか?」

「別の理由ねえ……。聞いてやる。お前はどう妄想した?」


 妄想……良い表現だな……。


「『ここはハインの街だけれど、最初のハインの街ではない』。ハインの街は本来、外洋としてのハイン海に面して作られた街だった――」

「…………」


 アルベイルさん――いや、アルベイル卿は、まだ無表情のままだ。

 呆れる様子の一つも見せやしない。

 ……これじゃあ真偽判定の的中率、八割くらいには落ちるかなあ。


「ハイン海沿いの街、ハインを首都として、サトサンガがヴァルキアから国号を変更して宣言したのが629年前。ヴァルキアと交易をするためにハイン海の大規模船団をアカシャが作ったのが921年前。大規模な船団を用意したのは、『ハイン海という外洋』を行かなければならなかったから――と考えると、あるいは国号を変えた時点でハインを遷したのかもしれませんが」

「なるほど。…………。その時代の情報なんぞサトサンガにも殆ど残ってないというのに、よくもまあそこまで思いつくものだ」


 …………。

 まあ……、所詮は『妄想』の範疇。

 完全な正解ではない、と、もとより考えていたけれど、どうやら僕が想像している以上にハズレか……?


「当たっているのか外れているのか、それを教えることすら憚られる。……だが、お前に限らずユアンも動いているならば、なりふり構わず真相を暴こうとするのだろうな」

「……さあ。サムもどう考えているやら」

「お前は?」

「僕は……まあまあ前向きなので。全力で当たればいつか答えは見つかると思ってますよ」


 いつか、と言いつつわりとすぐに見つかると思っているし、何なら思いがけない方向に見つかりそうなのが『アルテア・ロゼア』という名前なんだけど……、そこまで教える義理もないか。


「そうだな。立場上、俺がお前に何かを教える事は出来ないが……」

「…………、サトサンガとして?」

「いや。俺としてだ」


 つまりサトサンガとしてはともかく、サトサンガ貴族としては教えることが出来ない……?

 国としてはまだ言い逃れが出来、逆に貴族にとっては致命的……って事かな?

 あるいはアルベイルさんが失脚した原因でもある『貴族排除計画』も関連しているか……、関連していたとしても、ダイレクトな情報が残ってることはないだろうな。流石にアルベイルさんが見逃すとも思えない。個人ならまだしも、貴族全体が動いたはずだし……。


 だとするとその軍部が集めた情報ではなく、軍部がどこを調べていたのかを調べる所からだな……。

 どうやりゃいいんだと思う反面、サトサンガの軍ならばオーザさんというコネを持っているからなんとかなりそうなあたり、本当に『アルテア・ロゼア』って名前は……。


「俺にはこれ以上手伝えそうにないな。利益が反する」

「いえ。そのお言葉だけでも十分なヒントにはなりました」

「…………」

「切り分けて考えてみた方が良さそうだ……では、また」


 また。

 確実にまた、会うことになる。

 ただしその時、僕とアルベイルさんの立場は別物だろうなあ。


 奇妙な予感を覚えつつも、僕はアルベイルさんの前から去る。

 去り際に一瞬だけゆらいで見えたアルベイルさんの表情は、覚悟を決めかねるかのような表情だった。

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