46 - 曰く、誰かに話すと思考が纏まる
ソフィアことソフィア・ツクフォーゲルは、僕から見ても万能だし、洋輔に形容させても万能になるだろう。
神智術や光輪術による裏付けがなかったとしても、彼女という存在は突き抜けて目立つ。
他人の理想を体現するような、そんな万能性を彼女は最初から持っている――けれど、彼女はよほど追い詰められない限り、一人で決断することがない。
それは優柔不断という意味ではない。
むしろその対極、彼女は誰よりも慎重に決定する。
もっと直感のままに、思うがままに自由にしたらいいのに。
そうすればきっと、もっとソフィアにとって良い結果を得られるだろう。
僕は一度、そんなことを聞いた事がある。
『私の事を万能だと、そう表現してくれるのは嬉しいし――まあお恥ずかしい話、私自身もそう自覚はしてるのよ? 私はきっと万能なんだろうなあって。でもね、かなえ。だからこそ私は、私を誰よりも疑っているわ』
『万能を疑うって、なんで?』
『万能だからよ。私は全能にほど遠い事を嫌と言うほどに自覚している――私は私の万能を、全く信頼が置けないのよ』
万能だからこそ、ソフィアは自分自身の万能を誰よりも疑う。
疑わしき才能によってもたらされる答えを、何の判断基準もなく信じることなど出来るわけがない――だから、一人では決断しない。一人で決断するのは危ないから。
もちろん、そこで立ち止まるソフィアではない。
自分自身の万能を信じられないならば、信じられる状況を作れば良い。
信じるために必要な判断を下す『秤』を、彼女は迷わず『外』に求めることが出来た。
要するに。
彼女はたとえどのようなことでも、他人を頼るのだ。
だから、ソフィアに倣うべし――というのは、まさにその部分である。
「ウグイさん。結界に関する知識はどの程度ありますか?」
「普通の冒険者程度だな。俺よりもさすがにキャプテンのほうが詳しいだろ」
「ですよね。じゃあ、一度船に戻りましょう」
僕はウグイさんに手を差し出すと、ウグイさんは僕の手を取った。
ので、水流操作をして船方向へとぐぐんと移動、それほど時間も掛けずに無事到着、水面を斜めに突き破って、そのままウグイさんを頭上に持って船へと着地。
よくできました。
「ただいま戻りました」
「おう。坊主。湖に突き落とすのも大概だが、今の帰ってくる方法も変だろう。いや水面がいきなり騒がしくなったなあとは思ったが、まさか水中からお前らが飛んでくるとは想像しなかったし、よしんばそれを許容するにしたって着地が変だな。逆ならまだしも、何をどうすると坊主がウグイを持ち上げるんだよ」
「勢い……とか?」
「あの、降ろしてくれないかな?」
「あ、すいません」
ともあれ船には戻れた。
あとは頼るとしよう。
「バリスさん。今、僕達はちょっと下で色々と確かめてきたんですが……。その上で答えが今のところ分かりません。少なくとも僕の主観で見てきたものを改めて説明するので、ウグイさんも含めて、何か気づいたことがあったら言ってください。それを踏まえて調査法を変えます」
「ん……それは構わないが、俺なんかで役に立てるか?」
「ハイン海についてはバリスさんが詳しいかと思いまして」
というわけで、『最初から』説明開始。
そもそも湖底神殿の位置はバリスさんに聞き、地図にマークして貰った。
ハインの港からハイン海へと飛び込み、方位計を頼りに湖底をひたすら歩いていたら、遠くに妙な光が見えた。
その光は方向的に『湖底神殿』がある方向だったので、水深八十メートルほどの湖底を歩くこと暫くしていると、突如深さ三百メートルほどの大穴に遭遇。
その大穴は奥行きと横幅が四キロの四角柱で、外周部には石畳、砂利道などが整備された痕跡が強く残っているほか、中心近くには巨大なお城が存在した。
お城の構造は居住型で、アカシャに存在する城砦とは別の、住居としての意味合いが強そうだったこと、そして居住区以外に二つの塔があり、高い方の塔の頂点に魔法で作られたと思われる『灯り』があって、まるで灯台のようだったこと。
お城の内装には月齢と思われる図が散見されたこと、そしてその城の天井や屋根には八つのリングを身につけた竜のような意匠が見られたこと。
この城の調査をしていた時にこの船に気づいて、一旦休憩がてら湖から上がったこと。
そしてウグイさんを巻き込んで改めて湖底に向うと先ほどまで探索していたはずの城がどこにもなく、水深八十メートル程度に湖底があり、そこには王冠のような形の構造物が存在したこと。
その構造物は極めて頑丈で、僕がある程度気合いを入れて攻撃をしても傷一つ付かなかったこと、恐らく僕の攻撃が無力化されたと言うよりどこかに『転送されている』という事態が起きていること。
構造物から離れること一キロほどで蜘蛛の巣に引っかかるような感覚をウグイさんと僕の両方が感じ取ったこと、それを踏まえて一旦話を聞くために船に戻ってきたこと……。
「湖底神殿と皆が呼んでいるものは、再突入したときに見つけたあの王冠状の構造物だと思うんですよね。『神殿』というには妙ですけれど、とにかく頑丈だったし、傷一つ付かなかった、ということに説明は一応付きます。じゃあ僕が最初に見つけたあのお城は何だったのか……」
「……つまり坊主は、そんな大規模に偽装結界が置かれていると?」
「偽装結界?」
何それ?
バリスさんの問いに問いで返すと、あれ、とバリスさんは意外そうな表情を浮かべて言う。
「結界は知ってるよな。閉じた空間を作る魔法……ロジックやテクニックで作るのが一般的だが、ミスティックやマジックにも可能だ。で、ここでは解りやすく例を挙げたいんだが……。そうだな、1から9までの数字が順番に描かれたタイルがあるとする。で、その4から6までを結界で閉じたとき、その結界の外に居る連中にとってそのタイルは『1、2、3、7、8、9』と連続して見えるんだ。実際には4、5、6のタイルが中間にあるが、そうと認識させないのが結界の基本になる」
ん……ああ、そういう処理なのか。つまり空間整理が近いと。
ちょっと練習すれば本格的に使えるかも知れない。これはあとで考えようっと。
「一方で特殊な結界として、偽装結界という種類がある。それを使うためには結界と同じサイズの空間を予め用意しておいて、結界によって閉じた空間の代わりに、予め用意された空間を『偽装展開』するって性質を持つ。さっきの例に合わせるならば4、5、6のタイルと同じ大きさで、たとえばA、B、Cってタイルを用意しておくわけだが、そうすると結界の外に居る連中からは『1、2、3、A、B、C、7、8、9』と見える。閉じた分の空間を偽装して補充するから、偽装結界。一応、補充結界と呼ぶこともあるが……」
なるほど……、結界で隠す分の空間を補充する方法があるのか……。
だとすると、湖底の城を隠す形で偽装結界が張られていて、その偽装された結果があの『王冠状の構造物』ってことか?
…………、規模が大きすぎるな。
「そんな大規模に作れるもの……ですか?」
「無理だろうな……、偽装結界の使い手が稀少、というのを置いたとしても、四キロ四方の広大な範囲に結界を敷くってのは普通の結界でも一個人では不可能だろ。国単位で全力を挙げたところで上手く行くと思えない……」
だよなあ。
この世界においては儀式……複数人で発動する魔法、という概念それ自体があまり一般的ではない。
一応、パーティ単位ではやってる冒険者もいるとサムには聞いているけれど、それはパーティ単位だから出来る芸当らしいし。
「実現できるとしたらアーティファクトじゃないか?」
「ああ、それならあり得るか……」
「…………?」
と、ここで可能性を指摘したのはウグイさん。
アーティファクト……神の器、過去に作られた、今では作る事の出来ない特殊な道具達。ね。
「アルテアが持ってるその剣も……まがい物とは言ってたけど、実際、やっぱりアーティファクトだろ?」
「いえ、これは『別物』。まがい物ですよ、やっぱり」
アーティファクト、という言葉に一瞬反応したのはバリスさん。
「どういうことだ?」
「……アーティファクトの再現を目指したわけじゃないんですけどね。『意図して道具に特殊効果を付けることができないか』、その答えの一つがこの剣と言うだけのことです。これは使い手の剣の腕次第で効果が増減しちゃいますけどね」
「そういえばアルテア、水中でも随分と無茶な剣筋だったけれど。お前のレベルは?」
「僕のレベルですか……。いえまあ、隠す事でも無いんですが。ゼロです。なんなら開示しますが……」
「…………」
「…………」
また難儀な才能を、と。
バリスさんとウグイさんはそんな視線を僕に向けてきた。
「話を戻します。まず、広大な範囲を偽装結界で隠しているとは考えにくい」
「ああ。それだけならばまだ絶対に不可能とは言わないが、数百年単位で維持されていると考えると無理がある。たとえば人の制御を必要としないアルケミックで実現していたとしても、道具に由来する以上、その道具の消耗があるはずだ」
その通り、範囲だけの問題じゃない。時間的な規模もここでは大問題だ。
そりゃあこの世界の魔法は比較的長期に渡って効果を顕すことが得意だとはいえど……、短くても数百年。さすがに……、…………、あれ?
いや、できるかも?
「……マジックで偽装結界を作れるとして、図形動作で発動できる可能性はありますか?」
「はあ。…………。まあ、偽装結界のような大きなものであれば、もとより詠唱のみじゃあ発動は出来ないだろう。むしろ図形動作による発動がメインになると思うぞ」
「となると……、必要になるのは魔力で……、いや、そこか?」
「…………?」
なにも魔力に拘る必要は無い、魔力を魔力に変換するか、あるいは魔力のままでもマジックのリソースにできるようマジックを細工するか。
それさえ出来るならば規模は問題ない……というより、むしろ規模は『ある程度大きい』ほうが、細工をする部分を用意できて都合も良い。
つまりだ。
複雑な魔法を図形動作によって発動する。
図形動作の図形そのものを別の魔法によって描く。
ここまではそう難しい事ではないし、動作の部分だって、たとえば『水流』で実現しうるのではないか?
本来発動に必要な魔力はオド、体内に宿るものだけれど、そもそも今回のような大規模な偽装結界に要求されるオドはただそれだけで現実離れした膨大な量だろう。もとよりオド以外のものでリソースを調達せねばならず、ならば自然界に存在する魔力、マナを利用することが実質的な前提条件である。
だとしたら時間的な規模も何ら問題ない。
起動用のマジックを二つ用意して、片方が発動したとき、もう片方が発動するようにループさせてしまえばいい。
「言うは易しだがな、小僧。そんな事が可能か?」
「僕にはなかなか難しい……というか、無理でしょうね。けれどそれほどの規模であるならば、複数人……それこそ、国家単位の計画にもなるでしょう」
不可能ではない。
だから問題は既にそこではない。
「……えっと?」
「出来る出来ないはもう、出来るという前提で構いません。ちょっとでも可能性があるならばそれを見つけるのが人間ですから。けれど、ならば『なぜそうしたのか』――」
湖底にわざわざ大穴を開け、城を作り、それを隠すように偽装結界を張る。
そこまでの労力を掛けて、一体何をしたかったのか?
何かを保管したかった?
いや、あの城にはもはや何も残っていなかった。それに何かを保管するだけならば、なにも城などという形状を取る必要は無い。無駄に場所を取るし、何かを保管したいならばもっと頑丈な施設を作っておけばいい。それは意匠にしたって同じ事、何かを伝えたくて竜やら月を描いたのだとしたら、それこそ城などという形に残す意味が薄い。
となると、残したかったのは灯台に使われていたあの魔法の光源か?
他にめぼしいものがない。でもあの魔法の光源を残したいだけならば、やっぱりそれ専用の設備を作った方が良いだろう。
ということはやはり、『あの城』を保管したかったのだ。それもただ保管するだけではなく隠したかったし、必要に応じて使えるように何らかのトリガーまで仕込んでいる。
けれど城を保管するなら、湖底に沈める意味も無い。
今度はそこが問題になる。なんで湖底に作ったのか……?
「坊主の考えが何処まで正しいかにもよるがな。坊主は図形動作のマジックの動作部分を水流で補おうとした。それじゃないか?」
「……複雑な水流が必要になって、結果的に湖底のような水に全方向包まれている状況が最適だった?」
「ああ。それに湖底に作れば、そう簡単に探索もできない。一石二鳥だろう」
確かに利益はある……けど、流石に労力に似合わないような気がする。
いや、でも……。
「……僕が城にたどり着けた理由と、何か意味が繋がっているとして――」
最初から水中を移動していた、だから城にたどり着けた……と考えるとどうだろう。あるいは一定距離離れた水中から近寄ることが城に辿り着く為の条件だとか。
つまり湖の水そのものが『扉と鍵』なのだと考える……。
「…………? 坊主?」
「アルテア?」
……まさか……、いやでも……、
「どうした、何を思いついた?」
「……湖の水そのものが『扉と鍵』なのだとしたら――『扉と鍵』で護っているのがあの城そのものだとしたら、その扉と鍵だって後からつけたはずで……」
「は……?」
「過去の地図が早急に要る。少なくともこの『ハイン海』という湖がいつからあったのかを示す地図が――」
そして恐らく、それはサトサンガという国の根幹に関連する。
「うわあ。サトサンガに喧嘩売りたくないなあ僕……」
でも喧嘩を売らないと始まんないだろうなあ……。
「バリスさん。ハインに船を戻してくれますか」
「…………? ああ。解った」
サムに追加で許可を貰っておこう。
いざとなったら二、三人くらい、暗殺することになるかもしれないし……。




