45 - 湖底の剣術
「バリスさん。ウグイさん。お二人は水中でどの程度行動できますか?」
「俺はこの装備だと正直、溺れる可能性もある」
「一日程度は泳げるが……。息はそれほど続かないな」
まずは前提条件の確認。
ウグイさんは冒険者としての装備をしていると溺れるかも、バリスさんは泳げるけど息は続かない。つまりどちらも潜水には向いていない。
となると。
鞄の中にいれておいたマテリアルを認識して錬金術を実行、完全防音状態の鞄の中で行われるが故に音も出さずにこの場で制作した道具を、さも最初から入っていたかのように取り出してやる。
「ならば、バリスさんはこの船で少し待機を続けて下さい。ウグイさんは、一緒に湖底まで来て貰います」
「いやだから、溺れる……」
「大丈夫です。僕がサポートします」
取り出した道具は一つの大きな宝石と、一つの小さな宝石、あわせて二つの宝石が埋め込まれた、指輪。
どうぞ、と手渡すと、ウグイさんは困惑がちに受け取ると指に嵌めた。
「その指輪を持っている限り、次の三つの効果を得られます。『水中で呼吸が出来るようになる』、『水中の視界を空気中とほとんど同等に補整する』、『水深に伴い発生する水圧を無視する』」
「…………、えっと、テクニック系統か?」
「系統で言うと違うと思いますが、似たようなものです」
そもそも僕が錬金術で作る道具の大概は、集中力による魔力による制御を行う必要があるんだけど、この世界にはその概念が存在しない以上、この世界の人達にはその制御を行う事が出来ない。
だからこそ、別の錬金術の道具によって集中力による魔力というリソースを確保し、錬金術の道具それ自体にそのリソースが存在する限り発動し続けることで、制御を不要にする必要がある。
今回が初めてならば躊躇もしたかもしれないけれど、地球の友人の弟や両親のために似たような仕組みを何度か作ったことがあるため、すんなりと準備出来た。
「注意としては、水圧を無視する効果に関して。水圧を完全に消すことはしていません。わずかにですが、残しています。水面上と比べればやや身体が重く感じると思いますし、浮遊感のようなものも感じるはずです」
「うん……? つまり?」
「水の中に入れば解りますが、水中に『沈む』というより『落ちる』感覚になると思います。ただまあ、着地はもの凄くふんわりとできるので、身構える必要はないということです」
「すまん、よく分からない」
「…………」
よし。
論より証拠。
とん、と僕はウグイさんを船から突き落とす。
筋力増強に重力操作も絡めていれば、どんな巨漢でも羽より軽い。
「は?」
船の外、水面上にいったら重力操作を解除、当然復活した重力でウグイさんは落下。
そのまま水没。
「おい、坊主。何しやがるんだお前」
「何かと船員を海にたたき落としているバリスさんには言われたくありません」
「まあそうだが……」
それに僕はウグイさんのために用意したのだ、バリスさんよりはるかに優しいと思う。
「僕も行ってきますね。何かあったらすぐに戻りますが、特に何も見つからなかったりすると二時間くらいは探索すると思うので、錨を降ろしたままにしておいて下さい」
「……ん、まあ、それはいいが」
じゃあ僕も行ってきます、と鞄を持って船から飛び降り、そのまま水中を落下。
って、あれ?
滅茶苦茶湖底が近い……、な。水深、八十メートルくらいか?
僕が見つけたあのお城、更に三百メートルくらい抉れた所にあったはずだけど、そんな抉れた場所というのがまずなくなっている。
お城の灯台っぽい部分が出していた光も見えなくなってるし……。
かくしてあっさりと湖底に到着。
すると、ウグイさんが僕の頭をがしっと掴んだ。
「おい、アルテア。いくらなんでも急すぎるだろう」
「論より証拠、百聞は一見にしかず。実際、体感してみると解りやすいでしょう?」
「まあ……。しかし、なんだな。こんな便利な魔法があるのか……」
ウグイさんは軽く身体を戦闘のように動かしながら言う。
その動作は地上と比べれば緩慢なのだろう、少し眉を顰めていた。
「少し『重い』な。水がではなく、空気が重い、そんな珍妙な感覚だ」
「動きにくいとは思いますが、慣れて下さい」
「それはいい。が、これだと泳げないな……」
「そうですね。とはいえ水流には乗れるので、水流に干渉するタイプの魔法を使えるならばそれで少し調整してみて下さい。使えなくても、上にあがるのは当然僕がサポートします」
「ん。まあ、いいだろ。水底を歩くなんて経験はそうそうできることでもない」
特に環状を弄るまでもなくポジティブシンキングだな。なによりだ。
「それでアルテア、お前はこのあたりを歩いてたんだよな?」
「…………。そのはずなんですけど、船に上がるまでと湖底の様子がまるで違うんですよね」
「様子が違う?」
「ええ。全く違う場所にきてしまっている、そんな感覚さえあります。とはいえ、今はちょっと調査を進めましょうか」
「ん。まあ、目の前だしな。神殿」
神殿。
と、ウグイさんが称した物は、本当に僕達の目と鼻の先に存在している。
頑丈そうな岩を加工して作ったと思われる、明確な人工物……なるほど、確かに『神殿』っぽいといえば神殿っぽい形状だけど、これはどちらかというと……。
「王冠……?」
「ん?」
「……いえ。これ、神殿というより、王冠に見えませんか?」
「はあ。…………。まあ、確かに……王様が被ってるような、あの帽子みたいなタイプの王冠に似てるな。デカイが」
「そうですね。デカイですけど」
高さは十メートル弱。
形を大雑把に説明するならば円柱というか、半分になった卵型というか。
品質値は……、72216。
高い事は高いけど、まあ、こんなもの……って感じだな。
あのお城の超等品もかくやという数字と比べれば、まだ普通だろう。
少なくとも超等品としての効果がこれにあるとは思えない。
と、僕が観察をしている横でウグイさんはと言うと、文字通りに目を輝かせている。
「あー……いざこうやって、憧れの対象を目の前にすると感慨深いな……」
「冒険者を目指した理由……ですか」
「ああ。……アルテアにとっては、数ある過程の一つにすぎないのかも知れないけどな」
その通り。
けれど僕とて、そういう浪漫が重要だ、と思っている側の人間だ。
もちろん度が過ぎるのは困るけれど。
「じゃあ、この神殿……、かどうかはともかく、この構造物の解析を始めましょうか」
「ん……ああ。そうだな。具体的にはなにをする?」
「とりあえずは、聞いていた通り傷一つ付かないかどうかの確認ですね」
言いつつ、僕はショートソードを鞘から抜く。
刀身は静かに水の中を揺蕩い、けれど奇妙な切れ味がそこには感じられるだろう。
水中だ。
とはいえど、『理想』の前に、それほど大きな障害ではない。
ショートソードを構え、そして、その場で『理想』の剣術により、斬撃を放つ。
その斬撃は水を切り裂くように、そしてその斬撃の軌跡を滲ませるように、剣から『影』が湧き出ると、瞬間的にその影は神殿という構造物へと殺到し――しゅん、と。
影が、消えた。
「…………」
「え……? 何だ、いまのは――」
……このショートソードは『影』の属性を帯びた超等品だ。
それの『剣気』、攻撃的効果がかき消えた……?
当然のように、湖底神殿らしきものには傷の一つさえ付いていない。
かといって、攻撃がキャンセルされた感覚は無い。
攻撃は確かに当たったはずだ。当たったという感触は確かにあったし、手応えだってあった……。
攻撃そのものを、どこかに転送された……か?
「おい、アルテア――」
「もう一度やってみます」
「え?」
改めて剣を振り抜く。
刀身から湧き出た影は瞬時に構造物へと衝突し、確かに直撃、着弾の感覚があった。
それと同時に時間認知間隔を変更。
時間認知間隔に極端な倍率を掛けて、影の様子を観察……、影による攻撃は構造物に直撃し、その衝撃……、が、発生すると同時に、その影がそのままどこかに消えている。
本来の一秒を十万秒にまで引き延ばして観察した限り、どうやら影による攻撃があの『構造物』に当たった所だけが吸い込まれるようにどこかに飛んでいるようだ。
そのまま時間を進めれば、『しゅん』、と消えたように見えた影の動きもハッキリと見える――うん、掻き消されたんじゃない。どこかに飛ばされている。のだと思う。
つまりあの構造物は、あの構造物への攻撃をどこかに吹き飛ばす事で、損傷を防いでいるわけだ。
「……まさかぁ」
超等品ならまだしも、精々あの構造物は特級品。
そんな大それた効果を持っているとは考えにくい。
つまりだ、その損傷を防ぐ機構は、あの構造物ではない何かによって付与されている機能だ。そしてその機能を付与しているものを、今、僕は認識できていないというだけだ。
可能性としては、あの構造物の内側に隠れているとか、あるいは全く別の場所にあるとか……。
で、こちらから攻撃を仕掛けても、色別は緑のまま不変。
迎撃機能までは付いていない……もしくは、何らかのカウンターリアクションは存在しても、それが脅威ではないって可能性もあるか。
「お、おーい、アルテア……?」
「どうしましたか」
「いやどうもこうも、何だよ、今の。テクニックアーツ……か? いや、だとしても――
「ん……、ああ。剣そのものの機能ですよ」
「……アーティファクトか?」
そういえばこの世界には、魔力を勝手に消費して効果を発動する道具があるんだよね。
その名前がアーティファクトだった、と思う。
テクニックアーツは、たしか魔法のテクニックの中でも、特殊な部類の技術だったか……ハルクさんが使えたはずだ。
「そのまがい物ですね」
「まがい物……、いやでも、俺が前に見たことがあるそれよりよっぽど――」
ふうん……ウグイさんは実物を見たことがあるのか。
何かの参考になるかも知れないな。あとで話を聞くとしよう。
そして今は話を逸らそう。
「まあまあ。詳しい話は後で船に戻ったらしますから。その上でウグイさんに質問です。僕の攻撃があの構造物にぶつかったのをみて、どう思いましたか?」
「アルテアの底が知れないっていうのと、どう見ても素人の動きじゃなかったって所。あと剣がおかしい。……で、そんなおかしい攻撃を受けても無傷って、あの神殿も大概おかしいが……『丈夫』、とは、違うように見えた」
ウグイさんも構造物には違和感を覚えたか。
そして――丈夫とは違う。
なるほど、僕以外にもそう見えるってのは情報だ。
「これは長期戦になるかもしれないなあ……。まあでも、なかなか有意義ですね」
最後に護身用の短剣を取り出して、『理想』で投擲。
投擲された短剣は、やはり構造物にぶつかるなりその姿を掻き消した。
やはり攻撃がどこかに転送されている……。
「空間跳躍……、ダメージ遷移、うーん。完全に否定は出来ないけれど――」
どうもしっくり来ない。
と、なるならば、空間跳躍と言うより、空間補整……かな?
結界の出入り口になっていて、その内側にダメージが吸い込まれているとか……いや、さすがに無理筋か。
……どちらにせよ、今見ていた現象こそが、湖底神殿に関する情報の大元だな。
だとしたら、僕が見つけたあの城は何だったんだ? って話になる。
全くの無関係とは……思えない。
「ウグイさん。長距離の移動も付いてきてくれますか」
「ああ、それはもちろん。だが船ではなくてもいいのか?」
「はい。今のところ、湖底を歩く方がどうやら正しいようだ」
恐らくあのお城と構造物のガードには関連性がある。
ただ、その関連の方法までが読み取れない。
やっぱり構造物は結果にすぎない、かな……、元々はお城を隠したかった、その為にとにかく強固な結界を張ろうとして、そのために触媒を採用したとか?
いや何か、もっと根本的に……、もっと単純のような気もする。
考え始めれば切りがないな。
「ちなみにアルテア。どこまで歩くんだ?」
「だいぶです。湖底で休憩も入れますが」
「……ん」
攻撃を転移させる……にしたって、あの『お城』のある空間に攻撃が飛ばされていた、とも思えない。
けれどまったくの無関係であるとも思えない。
それを改めて確認するためにも、まずはあの城に再び辿り着くことを目指すべきだ。
「折角ですし、移動中。ウグイさんの身の上話とか、きいたりできませんか」
「身の上話ねえ……。あんまり面白いものじゃないぞ」
前置きはそんな物だったけれど、、それでもウグイさんは簡単に冒険者としての経歴を教えてくれた。
なかなか興味深いのは、アーティファクトを持つという別の冒険者とチームアップをした経験であったり、異国の国王と謁見をしたことがあるというあたりだろうか?
そしてそんな会話をしながら歩いていると……何か、蜘蛛の巣にでも引っかかったような、そんな妙な感覚を覚える。
「…………?」
「…………、ウグイさんも今、何か感じましたか?」
「ああ。なんか……ぞわあってしたな」
気のせいじゃ無い、と。
…………。
何かの境界を跨いだ……、結界の出入りをした?
景色に変わりは特にない……ように、見える。
……ギミック性が強そうだな。
こういうときは――ソフィアに倣うべし。




