44 - コロニー艦じゃああるまいし
一辺が4キロメートルの正方形。
この崖というか壁というか、ともあれこれはそんな大規模に存在した。
壁と見た時の高さ、崖としての深さは300メートルで均一、傾斜もない。
つまり、縦横4キロメートル、高さ300メートルの空間がぽっかりと、湖底に広がっている……というか、くり抜かれている。
こんだけ綺麗にくり抜いておいて人工物じゃないというのはさすがに無理だよなあ。
壁に近い所は少なくとも石畳が続いているようだったし。
にしたって、幅4キロって……。
東京二十三区の小さめの区ならすっぽり入るよな。しかも高さも300メートルだ、東京タワーなどの展望施設は無理でも、それ以外は大概収まってしまうだろう。
地球の日本を規準にしてもこれなのだから、この世界の街に至ってはいくつ入るやら……。
場合によっては小国一個がまるまる入ってもおかしくはないんじゃないか?
視線と思考を、壁から内側、中央へと移す。
とても平坦な、整備された空間。
奥に何かがある、というのは解る。
ただ……いくら水中での視界をクリアにする道具を使っているとはいえど、さすがに空気中と比べればややぼやける。
ましてや――水深が、都合、400メートル近い。
ここまで来ておいて引き返すのも癪なので、その『何かがある』方へと歩みを進める。
一歩一歩、何か違和感がないかを確認しながら。
一応、色別をかけるかぎり、緑一色の視界だ。危険はないと思うけれど……。
と、足下の感覚が急に変わった。
足下をこすって砂を外せば……、これは……、なんか校庭とかでちらほらと見る、砂利だな……。
石畳を敷き詰めているわけではないのか。いや当然だろうけど。
こんな広さに全部石畳を敷き詰めるとか、錬金術師でもなければやってられないだろう。
暫く進んでみると、石畳や砂利以外にも土などが広がっているようだ。
明確に形を理解していないから、確実とはいえないけど、普通に石畳が道路、砂利がその周りにあって、土の所は特に手を入れていない……感じかもしれない。
というわけで400メートルほど移動。
遠くにぼやけて見えていたものの輪郭が少しずつハッキリとしてきた。
なんか嫌な予感がするなあ、ともう少し進んでみると、いよいよ嫌な予感が予感では済まなくなる。
そこにあるのは、ほぼ間違い無く、『城』だ。
神殿と言えないこともないだろうけど……。表現的には、お城という表現が明らかに近い。
日本の城郭とは全く異なる、西洋式。
そりゃあ防御を目的とはしているけれど、戦争に備えてのものというよりかは防衛用。
住居としての色合いが強く見える。
水中ということもあり、差し込む陽の灯りが揺らめきながらその城をオーロラのように包んでいて、その姿はずいぶんと荘厳に見える。
で、お城の入り口と思われる門、扉はごくごく普通に存在するし、なんなら窓もあるようだった。さすがにガラスではないようだけど……。
「品質値……は」
お城全体をマテリアルとして認識することを試みる……問題なし、品質値表示に成功。
492561。
…………。
うん?
「492561……?」
いやまあ、9000を越えていれば全部特級品だけど……、ここまで数値が高いと、もうそれは超等品に近いぞ、性質が。
……実際、超等品としてその城が存在している可能性もあるよな。
水中、しかもかなりの水深だというのに、そこまで損傷しているようには見えない。
まあ、それは単に防水加工が優れすぎているだけかも知れないけれど。
やや警戒を強めつつ、城へと近付いていく。
どうやらこの『空間』、このお城以外に建築物はないな。
つまり石畳にせよ砂利にせよ、その先にあった土にせよ、そもそもそれを囲む三百メートルもの高さの壁に囲われた範囲が、この城の敷地、みたいな?
何かそれはそれでしっくりこないんだよなあ……。
とはいえ現状ではそう受け取るしかない。
あと、僕がずっと気になっていた光の発生源は、そんなお城の一番高い部分、塔にある。単体で品質値を表示できるし、明確にそういうパーツっぽい。
とはいえ、物質的なパーツか、魔法的なパーツかはまだ不明。
つかつかと湖底を歩いて城に近付いて、門に辿り着く。
きちんと鉄柵で鎖されている……ので、『解錠』、かつ筋力増強も絡めてそのまま普通に押し上げて、鉄柵による封鎖を解除。
その先にある扉には鍵が掛かっていないようなので、押し開ける。水中だからかなり重いけど、まあ、どうとでもなる範囲ではある。
……というか、これほど力がかかっても扉が壊れないあたり、やっぱりおかしいなこの建物。
ともあれ開門したので中に入る。
とても広いホールがまずは広がっている。
大広間と言っていいかな? 入ってすぐの左手側には石造りのカウンターらしき設備。
全体的に明るい色だけれど、粘板岩ベースかな……、殆ど水の影響は受けていないようで、それはやっぱり不自然だ。
で、ホールには大きな中央階段が一つ、と、その両脇には奥へとつながる通路あり。
僕がここに入ってきた扉は中央階段の真正面側だったようだ、そして左右にも扉はある、と……。
こう言っては悪いけれど、ごくごく一般的な建築様式に見えるんだよね……。
とはいえあえて特筆するならば足下、もっと言えば床だろう。この建物の中には砂が入ってきていない。ずっと門が閉ざされたままだったからだろうか?
で、タイルを使ってなにか紋章が描かれている、ように見える。
そう見えるだけ……かな?
一応眼鏡に記録は溜めておこう。
「色別の結果も、緑……」
危険は無い。
把握しながら城内を歩み、軽く探索をしてみる。
結論から言えば、このお城は主な建物が地上三階、地下一階の四層構造。
主な建物は案の定、居住スペースになっていて、規模はかなり大きい。
国王とかそういう格が住んでいたのかも知れない。
とはいえ、家具らしきものは一つも見当たらなかった。
そりゃまあ、水に沈んでいるからな……。
で、居住区画とは別に塔が東西にあり、東側の塔のほうが高く、西側の塔はちょっと低い。この低い側の塔の内部は地上五階に地下一階、地下は何かの保管庫だろうか、そして地上階も塔という形ではあるけど、個室のように使えそうな大きさで区切られている。
一方、東側、高い側の塔は内部がらせん階段で完全な吹き抜けになっており、最上階の扉枠を潜ってさらに上を見れば、そこに例の光源が。
流石に近くで見ると眩しく、灯台のような使い方をしていたのかな。
ちなみに近くで見たら魔法だった。
少なくとも道具ではない。
で、一通り見て回った限り、家具らしきものが一つも見つからない。
建築時についでにくっつけました、みたいなパーツとしてのテーブルのような岩だとか、竈らしきものはあってもそれだけだ。
そもそも水没しているのだからこの表現は適切ではないだろうけど、生活感がないというか……。
一方、全く情報が得られなかったのかと言えばそうでもなく、床や天井、壁に使われている岩には模様が後からつけられた形跡があった。
文字としては読むことが出来なかったけれど、八つのリングを身につけた竜のような画がどんと天井に描かれていたり、廊下の壁には月齢らしきものが表現されていて、その壁からは線が延びており、それぞれ月齢毎に一種類から三種類程度の模様へと連結されている。深読み……の前に、まずは素直に読み取って大丈夫そうだ。
その上で、今回このお城を調査して思ったことがある。
ここ、もしかしてバリスさんが言ってた『湖底神殿』とは別物なんじゃない?
いや、バリスさんに限らず、僕が聞いていた湖底神殿とこのお城とでは、かなりの齟齬があるというか……。
結界らしきものは一つも無かったし。傷をつけようと思えば簡単だ。
それに、こんな水深を簡単に探索できるとも思えない……。
けれど位置的にはバリスさんから貰った情報とドンピシャの位置なんだよな。
高い方の塔、灯台っぽい灯りを背にしてお城そのものを上から眺める。
屋根というか屋上というか、そこにも大きな図が描かれている――ここにも、八つのリングを身につけた竜か。
……一度整理がてら、出直すか。
視線を水面方向へと向けて、そちらに向けて水流を発生させ、それに乗る。
泳げないなら泳げないなりに、水のほうに動かしてもらえばいいだけのこと。
そう時間が掛からず水面へと到着、ばしゃ、と水面上に顔を出して、久々に空気を感じて深呼吸。
していると、すこし遠くに小さな船が見えた。
「ん……あれ?」
その船には見覚えがないけれど、そんな船にのって周囲をきょろきょろと見ている人に見覚えはある。
……ウグイさん?
偶然……じゃないよな。
鞄を水面上に浮かせて、僕はその鞄の上に飛び乗る。
ビート板より安定しないな……でもまあ、そこまで変わらないか。
僕が水面上に立って手を挙げると、ウグイさんはさすがに気づいたらしい。
向こうも手を挙げて、こちらに向けて、「アルテア」、と、僕の名前を呼んでいた。
サムの手配か?
いや、だとしたら僕に連絡をいれるよな。
と言う事は……。
引き算で、バリスさんかな。
船はゆっくりとこちらに近付いてくる。
すると、ウグイさんはなんとも言えない表情を僕に向け、さらに船内から案の定と言えば案の定、バリスさんが現れた。
「おい、坊主。無事か」
「おかげさまで無事ですが、成果は芳しくないですね……。湖底神殿、見つかりませんでした」
「…………? いや、位置的にはこの真下にあるはずだが……」
と、突っ込みを淹れてきたのはウグイさん。
だよなあ。
地図は正しかったわけだ。
僕にはたどり着けなかった、というだけか……それとも、あのお城がやっぱり湖底神殿?
うーん……。
「ともあれ、一度船に上がれ。……というか、ものすごく器用な事をしているな。魔法で水面に立つ奴はちらほらと見るが、水に浮かせた荷物の上に立っているのか、坊主は……」
「あはは……。じゃあ、遠慮無く。ちょっと休憩もしたいところでしたからね」
ま、一旦船に乗せて貰って、と。
荷物もしっかり回収しつつ、船を確認。
船室も一応はあるけど、基本は小型船だな。
帆船……ではないらしい、しかも動力らしきものが見当たらない。
魔法で全部動かすって感じだなコレ。
そして乗っているのはバリスさんとウグイさんの二人だけ、と。
「けれどバリスさん、ウグイさん。どうしてここに?」
「どうしてもこうしても、坊主が唐突に海に飛び込んでそのまま浮かんでこないからな。まさかそのまま溺れ死んだなんて話だったら笑えねえ、と船員を海に叩き込んで確かめたら、悠々と歩いて行くお前が見つかったんだよ」
……なんか確かめ方がロック過ぎると思う。
「で、お前が本格的に水の中でも行動できるとして、本当に湖底神殿に向ったのだとしたら……。あるいは、何かが起きるかもしれないと思ってな。とはいえ"バリス"ってギルドハウス分室単位で動くと坊主の本意じゃないだろ。そこでウグイを呼び出して依頼って形式で護衛を頼んだ。あとは見ての通り、小型船で追いかけてきたんだよ」
「何かが起きるって……、また、ずいぶんと漠然としてますね」
そりゃまあ、越境依頼なんてものを見せたんだ、期待というか不安というか、予感は確かに与えたんだろう。
ただそれを誰に説明するわけにも行かなかったから、ウグイさんを急遽雇って追いかけてきたってところか……。
「……ま、僕にとっては都合が良いですか。バリスさん。ウグイさん。ちょっと質問です」
「質問?」
「……なんだ?」
今は他人の意見を聞くのが重要。
誤魔化すのは後にしよう。
「『八つのリングを身につけた竜』……って情報からだと、何を連想しますか?」
「聖竜……」
そんな決意を込めた質問に、あっさりと答えを出したのはウグイさん。
聖竜……というと、不死鳥や魔狼と並んで『通常の存在ではない』と定義された存在だったな。
言われて見れば、確かに光輪を纏った竜、と読みとれないこともない図だったな。
ハルクさんは災害そのものである、と説明をしていたけれど……それは比喩的な表現だったのかも知れない。
「……坊主、まさかそれを見たのか?」
「いえ。実物はさすがに見ていませんが……。ウグイさん。僕のこと、何処まで聞いてますか?」
「いや、俺はそこまで……。アルテアが何かを企んでいる、湖底神殿に向った、ちょっと護衛を頼まれてくれ。そんな感じでこの船に乗せられたと思ったらここまで二人きりで連れてこられたって感じだな」
「そうですか。じゃあ雑に自己紹介をしておきます。僕はアルテア・ロゼア。アカシャ冒険者ギルドが発行した越境依頼を受けています。で、湖底神殿の調査は、その依頼をこなすに当たって、過程の一つです」
「はあ……。越境依頼ねえ。冗談にしては下手だな……、バリス船長」
「真実だ。俺が照合している」
「…………」
そんな雑な説明を受けて。
なるほど、とウグイさんは頷いた。
「え、いや、納得してくれるならば僕としても楽なんですが。納得しちゃうんですか、ウグイさん」
「正直、完全に納得はしていないけれどな。けど、ハインからここまで『湖底を歩ける』時点で、もう普通じゃないからな。考えるだけ無駄だ、とりあえずバリス船長の言うとおりにしておけば大失敗もしないだろうし」
ああ、うん……思考放棄か……。
「どのみち、僕だけじゃ結論は出せないからなあ……一度帰って対策を練るつもりでしたが、お二人が来てくれたならば省けるかな。バリスさん、ウグイさん。ちょっと手伝ってくれませんか? もちろん報酬は出しますよ。依頼主がですけど」
「俺としてはむしろ、憧れの作業だから喜んで手伝いたいが……船長、良いか?」
「…………。ああ、何かが起きるかも知れない」
……さっきも言ってたな。
バリスさんが個人として追いかけてきたの、僕のためというよりバリスさん本人の因縁っぽいな。
「で、俺たちは何をすれば良い?」
「そうですね――まずは錨を降ろして下さい」
有り難く利用させてもらおう。もちろん、相応の報酬は用意した上でね。




