43 - 越境依頼
西ハイン港区の4。
12番の看板が掲げられたところに、確かにその見知った船は停泊していた。
「バリスさん。お久しぶりです」
「お。坊主か。どうだ、お使いは終わったのか」
「はい。まあ、その代わりにあたらしいお使いも増えましたが」
「そんなものだ」
バリスさんはそんな船から少し離れた所に居たけれど、特に用事がある様子でもなかったので話しかけると、気軽にバリスさんも答えてくれた。
どうやら単に休憩中だったようだ。
「それで、どうした? 何か用事か?」
「はい。ハイン海の湖底神殿の話、少しだけしたじゃないですか。あれの詳しい位置が知りたいんです」
「うん……? それを知ってどうする?」
「知りたいですか」
「まあ、そりゃな」
ごもっとも。
サムから許可を貰って置いて正解だったな、と考えつつも、鞄から僕はプレートを取り出す――それは、金色と銀色の二色で交互に縁取りがされた、冒険者ギルドで使われる依頼用のプレートだ。
ただし所謂、隠匿依頼と呼ばれるようなものであり――しかも国際的に、全ての冒険者ギルドに対して効力を発揮できる特別なもの、越境依頼と呼ばれるものになる。
効力は絶大。
提示するだけで殆ど全ての冒険者ギルドの施設を自由に使えるし、ギルドハウス系統に対して臨時の指揮権を獲得することすらできるほどに。
当然、効力の分だけ発行できる者は各国の冒険者ギルドの本部長と補佐、もしくはそれと同等の力を称号で与えられた者程度と、ものすごく限られるし責任も重い。
成功は大前提、ちょっとしたミスでどこかのギルドが負う損害は発行者が全面的に補償し、失敗時は発行者も死を免れないほどだ。
「越境依頼……実在したのか……」
だからこそ、そんな依頼の存在は冒険者であれば知識として知られている程度で、基本は存在しないものとして扱われる形になっている。
尚、今回の発行者は試練を与える者。
フロス・コットンという僕に与えられたその称号は、本来フロス・コットンが処刑される時点で剥奪する手続きを取るはずだったんだけど、
『ふむ。持っていて困るものでも無いだろう』
と鶴の一声がかかり、僕がそのまま持っている事になった。
もちろん通常はいくら上の方から圧力があったところで実現はしないはずだったんだけど、それを可能にしたのがシャルロットさんと僕の連携プレーである。いやまあ、連携といっても主に頑張ったのはシャルロットさんなんだけど。
僕は死体用に『僕の身体』と同一の複製体を造っただけだし。
まあ、想像以上に本物だった、とドン引きされたけど……。
「……って、待て。いや、越境依頼? 何故坊主がそれを持っている」
「秘匿案件です。申し訳ありませんが……依頼主の意向なので」
「…………。正式なものかどうか、照合はしても構わんな」
「もちろん」
ギルドの依頼を受けた冒険者は、依頼の発行時に依頼を受けた証としてプレートを渡される。
ここで渡されたプレートはギルドに関連する施設の長であったり、あるいはその長から委任を受けた者が、全世界のギルドに対して照合を行えるという仕組みがあるのだ。
照合できる情報は正式な発行手続きを行う者がある程度の権限を持っていると、発行する際にそれぞれ個別で設定が可能で、今回の越境依頼は『発行を行った管轄がアカシャである』事以外は原則伏せた。
原則。
つまり例外があり、その例外に設定された人は『アカシャの試練を与える者が発行した』事が照合できる。とはいえ例外として設定しているのは各国の冒険者ギルド本部の長と、各国の政治的トップだけなので、当然、バリスさんには照合できない。
それでも『正式に発行された依頼である』ことは真実だ。
たとえその内実が滅茶苦茶でも。
「本物……」
「まあ、そういう事です。ちょっとご協力を頂けませんか」
「……それを出された以上、俺の立場では従うしかないな。俺たち、サトサンガ冒険者ギルドハウス分室、"バリス"は何をすれば良い?」
「湖底神殿について、僕は今、調べています。が、正確な位置を依頼主から貰えていないんです。サッティラからハインに来る時、ある程度の位置は解っている……みたいなことを話していたと思い出しまして」
「なるほど。確かに俺はその位置を知っているが……。その依頼主も『何処にあるのか』さえ解らずに依頼したのか……坊主も災難だな」
「そう……ですね……」
…………。
まあ、依頼主:僕、発行者:僕、受諾者:僕という自作自演だし……。
ちなみにこの荒技、当然だけどアカシャに迷惑を掛けるので、原則サムの許可を貰う事にしている。いざとなったら好きに使えとも言われているけど、妙なところでサムに迷惑を掛けるのは僕の本意では無い。
「位置を教えることに異存は無い。そもそも越境依頼が出てきた時点で拒否権はないとはいえ、坊主自身は信頼に足るからな。妙な事もしないとは思う。だが……まさか坊主一人で調査を行うつもりか?」
「まさか。僕だけでどうにかできるものでもありません」
「…………、」
何か思うところはあるのだろう。
それでも今回、僕が持ち出した越境依頼というものは――あまりにもその強制力が高いから。
「……解った。場所を教えるだけで良いのか。それとも船も必要かい」
「距離次第ですね……。まず、場所を教えて下さい」
「地図はあるか」
「一応」
ハイン海を中心に、周囲一帯を記した地図を提出。
「またずいぶんと精密な地図だな……」
「やるべきことがやるべきことでしたから」
「違いない。これは地面においても大丈夫か」
「なんなら水の中でも大丈夫なものだそうです」
「なら……」
と、バリスさんは地図を地面におくと、靴で地面を数回リズミカルに叩く――と、地面に一瞬青い渦が発生した、かと思ったら赤い棒が生えてきた。
……今のは、図形動作のマジックか?
そして生えてきたのは、これ、ひょっとして……クレヨン?
『魔力の土』の発展変形かな……粘土に油を足した感じで。
今度試してみようっと。
「現在地はここ。湖底神殿が発見されたのはこの範囲……船で移動するならば半日かからないって所か」
この範囲、とクレヨンっぽいもので印がつけられたのは、ハイン海の東側。
港から見て尚も東側で、湖の中でも比較的広いスペースの中心あたりである。
かなりピンポイントに指定してくれているので、これならば迷わないだろう。
距離は……船で移動して半日弱ならば、僕が普通に歩くと一日はかかるかな?
「それなりに距離がある。船は調達できているのか?」
「いえ。そのくらいの距離ならば、むしろ船は必要なさそうです」
「…………? 何? まさか泳ぐのか?」
「それこそまさか……」
泳げたらプールの授業で苦労しないよ……。
ともあれ位置は概ね解った。
「うん。これならなんとかなるか。バリスさん、ありがとうございます」
「いや。このくらいならば別に……。なあ坊主、お前は一人で探索をするつもりか?」
「まさか。今はまだ情報収集のフェーズだから、僕が一人で行動しているに過ぎませんよ」
嘘は言っていない。
「ならば、良いんだが……。船が必要なら遠慮するな、出すぞ」
「ありがとうございます。そうですね……必要になったら、その時はお願いするかも知れませんが、今のところは大丈夫そうです」
「そうか……」
うん。
とりあえず一回行って、直接見てみなければ始まらない。
眼鏡を一度外して、しっかりかけ直す。
ネックレスに通した指輪も、順番をきちんと整えて……っと。
方位計も確認、大丈夫。
「さてと。バリスさん、また近いうちに」
「ああ……って、待て。何処に行くんだ、坊主。そっちは湖だぞ」
「そうですね」
港の船着き場、そのもっとも沖に近い所へと立って。
振り返って、笑う。
「ちょっと歩いて行ってきます」
「は? ……は!?」
またね、と手を振り湖へとダイブ。
船着き場なだけあって、最初から結構な水深だった。
そんな湖底に辿り着いたら、あとは普通に歩いて目的地へとただただ向う。
とはいえ水中で普段と変わらず呼吸が出来るというのは、なんとも奇妙な感覚だ。
この湖、水が単純に綺麗なんだよな……、ヘドロとかがあったらやだなあとは思ってたけど、その手の物が全く見当たらない。
何らかの水質浄化が働いているのか、あるいは『そういうもの』なのか……。
どちらにせよ湖底神殿が何らかの関わりを持っている可能性がある。
もしも関係ないならば、まだサトサンガが見つけていないだけで、別の所に何かがあると見た方が良いな。
湖底を歩いているとちらほら魚なども見えてくる。
生態系はごくごく普通……なのかな?
だとするとやたらとハゼとかが釣れた原因がちょっとわからないけど……。
あんまり湖とか海を歩いたことはないからな……、どの程度自然でどの程度不自然なのかが解らないのはちょっと残念だけれど、今のところ致命的に変ってことはない、と思う。
とか言っていたら視界の隅に沈没船発見。
地図にマーキングしておこう。ええと船舶番号は……4668、と。
湖底の旅は暇かなあと思ってたけど、ちょっと進む毎に景色が変わってなかなかどうして飽きにくい。
時々真っ暗な部分があって何かなと思えば、丁度その上を船が進んでいたり。
船の底を湖の底から見るとこうなってるのか……。
あとは鳥が勢いよく突っ込んできては魚を捕ってすぐに空へと戻っていく……なんてのも、映像で見たことはあっても、実際に水の中から見たのは初めてだ。
いやまあ、こんな体験をするほうが圧倒的に少ないのは解っているけれど。
けれど。
こんな『当たり前の光景』でも、視点が違えばまるで見える物が違うんだなあ、と、ゆらゆらと水面が揺れているからか、揺れて見える灯にふと思う。
「…………」
そしてこの視点は。
僕が思っている以上に、重要だとも。
地球に帰ったら海を歩くのもいいかもしれない。
浜辺じゃなくて沖の海底をだ。
きっと新しい発見があるだろう。
と、湖底を更に進めば、また沈没船を発見。
ただ、先ほど見つけた物とは明らかに状況が違う。
かなり古いな……、船舶番号らしきものも、ざっと見た程度では見つからない。
状態が悪いというか、単純に古い。数十年とかじゃあこうならないだろう、数百年単位……。
一応これもメモしておいて、後で必要ならばサルベージしちゃおう。一瞬で出来るし。
そんなメモをしたついでに、目的地までの距離を確認。
もう折り返しは通り過ぎていたようだ、何も考えずに歩いていると時間の流れも曖昧になるなあ。
一旦休憩しよう。
というわけで、ピュアキネシスで学校にあるような机と椅子を模して、椅子に座って机に頬杖をつく。
湖底は静かでほどよい明るさだ、なんだか授業を受けている時よりも眠くなる。
みんなも試しにやってみれば……普通は水中で息が出来ないから無理か……。
本格的に眠くなったので、ちょっと目を瞑って一休み。
感覚的には十分くらいだろうか、満足して目を開けると、湖底の景色は少し、その色合いを変えていた。
太陽の高さひとつで、こんなにも表情が変わるのか。
…………。
いや、違うな。
太陽だけじゃない。別の灯が、どこかにある……?
「…………?」
でもここは湖底だ。
潜水艦があるわけでもないし、船が光らせる意味も無い。
チョウチンアンコウみたいな魚でも居るのかな?
ピュアキネシスを解除して改めて、湖底を歩き始める。
どうも光の発生元は、僕の目的地の方角にあるようだ。
湖底神殿が光ってるとか? ……あるかな?
いや、むしろ光ってたから湖底神殿が見つかったとかはあり得るな。
この世界の技術水準からして、ぶっちゃけ湖底なんてものに興味を持つこと自体が滅多にないだろうし。
とはいえ、湖底の建造物をあえて神殿と呼称しているのも気になる。
よっぽど外見がそれっぽくないならば、元々存在それ自体は知られていた可能性もある……そっちの可能性を追うならば、必ずしも光は必要無いか……。
大体、目的地まではまだ距離があるのに光が観測出来る時点で別物のような気もする。
けれど方角はジャストミート、さて、どう考えるべきか……。
悩みつつも歩みは止めず、のんびりと、けれどさくさくと進んでいけば。
「…………。あれ?」
そこには、崖があった。
いや……壁か?
どう見ても不自然に、きっぱり地面に対して垂直方向に、湖底が抉れている。
深さは……目測、三百メートルくらい、かなり深い。
『淵』は直線に続いているようだ、一辺あたりは一キロは越えてるな。水中ということもあって、どこまで続いているのかは解らないけれど。
崖だとしても壁だとしても、どうしていきなり水中に、という疑問が出る。
それだけじゃない、さっきから気になってる光はどうもこの『穴』の中にある……。
人工物……だとは思うけど、ただでさえ湖底だ。
水深も八十メートルほどある。
そこから三百メートルも掘り返す、しかもこの範囲で……、出来るか?
魔法を使うにしたって、限度というものがあるだろう。
あるいは皆が皆、今の僕のように水中でも地上と変わらないような生活ができる仕組みを持っていたとか……それこそまさかだよな。
意を決して、その崖の下へと飛び降りる。
といっても水中だ、沈む速度はたかが知れている。
ゆったりと深く、深く沈んでいって――底へと辿り着き、着地の感覚に違和感。
湖底の砂を払うようにしてみると……。
石畳かあ……。
どうやら思っていた以上に規模がでかいぞ、『この』、『湖底神殿』。




