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三月賛歌夢現  作者: 朝霞ちさめ
第二章 サトサンガのアルテア
41/151

41 - 答えを出した人

 『魔狼(ウルヴズ)』と『黒床(くろとこ)神子(みこ)』。

 そこに関連性を見いだす事には本来無理がある。

 ただし、いくつかの仮説や決めつけを重ねれば、まあ、一応その二つは繋がりうるというのが、僕とサムの結論だ。


 魔狼が降誕したとき、希に特殊な金属が発見される。

 魔狼とは病そのものであり、己の支配を広げようとする。

 魔狼は不死鳥と比べても特にその出現感覚が奇妙で、長期間の沈黙の後、一度現れてからは二度三度と複数回出現し、再び沈黙期間へと移る。


 黒床の神子とはかつて存在した小国ドアの生き残りで、月の魔法を行使していた者達の末裔である。

 黒床の神子たちは、ドアという国が滅ぼされた際、現実世界から月の魔法によって逃げ出した。

 月の魔法はその後も、言い伝えや伝説、御伽噺などの形で世界中に記憶されているが、その正確な発動方法などは残っていない。


 ――そして、『月が見える黒い床の祭壇』を、僕とサムは幾度か夢で見ている。しかも決まって、毎月三日の夜に。

 サムは僕ほどはっきりと覚えては居ないけれど――僕はしっかりと覚えており、月の下、黒い床、祭壇のような場所を、そしてその場に銀髪の男女が一人ずついたことを記憶している。

 その男女は赤い縁取りの白い服を纏っており、同時に独特な紋章が刻まれていた……。


「……ふうん。なるほど。黒床の神子の外見的特徴なんてものは教えた覚えがないが――となると、新たに『見た』ということか」

「僕が……ですね」

「へえ。…………。アルテア・ロゼア。その名前、偽名だな?」


 …………。

 おっと……。

 この世界の真偽判定みたいなものを踏みつけたかな?

 警戒はしてたつもりだけれど……。


「何故バレた、という表情だな。先ほどまでとは随分と違う」

「……鋭いですね」

「単に場数と質の違いだ。隠居したからといって、過去の経験が無くなるわけじゃあない」


 ……だろうなあ。


 ベイル、と、サムは気軽に呼んでいるけれど、彼の本名はリージ・アルベイル。

 アルベイル卿とも呼ばれた彼は、かつてこのサトサンガの政権を担ったことさえある政治家であり、貴族的な地位にあった人物だ。


 この程度の偽装や動揺は見抜けなければ、その立場にはつけなかっただろう。


「まあいい……坊主。お前はサムが俺にしたことを知っているか?」

「実質的に、アルベイル卿としてあなたの政権を終わらせた、ということくらいしか」

「それを知っていて何故、お前は俺から情報を得られると考えたんだ。正直に言うがな、俺はあの王子様を恨んでいるぞ。あの王子様が余計なことをしなければ、俺は隠居せずに済んだんだからな」

「サムもそれは否定しませんでした。けれどそのままだったら、アルベイル卿はサトサンガという国に殺されていただろうとも」

「そうだろうな。あの王子様が余計なことをしなければ、俺はそのままサトサンガに帰った。そして……そのまま殺されていただろうよ。サトサンガの政治家として。ようするにな。あの王子様は、政治家としての俺を殺したんだ――ようやく政権を取った。俺だけじゃない、俺の父が、祖父が、ずっと悲願としてきたことだ。これからと言うときだったんだ」


 ……実を言えば。

 僕はもう少し、詳しい事情をサムから聞いている。


 そもそもの発端は、サムが奇妙な夢をいよいよ奇妙だと認識し始めた頃。

 具体的にはサムは五歳、そろそろ六歳になりそうという頃、その夢に関する情報をサムは独自に調べ始めていた。


 しかしその夢の内容がそもそも曖昧だったし、当時のサムは既に大概な素質を持ち合わせていたけれど、今ほどの理不尽さはなかったからだろうか、すぐに行き詰まった。

 そこで他人にも聞いて回ったけれど奇妙がられ、奇行と思われる寸前にその行動を中断。


 ほぼ同時に、サトサンガの政権を取ったリージ・アルベイル卿への祝辞を用意する際、偶然にもリージ・アルベイル卿の経歴をサムは知った。

 その経歴の中には、月の魔法に関する研究が含まれていて、だからこそサムは祝辞にただ一文、自分のわがままで書き足させたのである。


 六歳の誕生日を是非祝いに来て欲しい。


 リージ・アルベイル卿はその祝辞を受け取るなり、急遽外交日程を設定し、サムの六歳の誕生日をアカシャにおいて祝う事とした――アカシャで行われたサムの誕生日を祝うその式典において、アルベイル卿とサムは邂逅し、そこで月の魔法に興味がある旨を告げ、式典の後、サムの私室において二人きりでその御伽噺を聞きたいとわがままを言い、アカシャ国王らが困惑する中、アルベイル卿はそれを快く受けていた。


 実際、式典が終わった後、アルベイル卿は少数の護衛をつけただけでサムの私室へと向かい、そこで月の魔法や黒床の神子に関する情報を殆ど教えたわけである。

 サムはそのお礼をするべきだと考え、独自で調査したとある文書をアルベイル卿に引き渡した。

 ……サトサンガ軍の一部が企んだ、『貴族排除計画』である。


 もちろんアルベイル卿はそれを一笑に付したし、それ以上に激昂した。

 サトサンガという国に不和を起こし、内乱を起こさせるのがアカシャの目的かと。

 しかしサムはそこに様々な証拠を積み上げていき、夜が明ける頃にはアルベイル卿はその計画が現実に行われつつあると、そう判断せざるをえなかった。


 その後アルベイル卿は帰国と同時に軍部と政権関係者を招集。

 招集した場で貴族排除計画などというものが練られていることを公表、軍部側に釈明を求めると、軍部は自発的に首謀者を軍規違反として粛正――ただし、アルベイル卿はこの件を機に軍部に対して強い不信を抱き、疑心暗鬼に陥ると、政権維持能力を喪失。

 アルベイル卿は誰よりもそのことを自覚しており、半ば投げ出す形で政権を放棄――政界からの接触を断ち、隠居として市民に紛れるようになった。


 ――というのが表向きの真実だ。

 不都合な裏側の現実としては、軍部とアルベイル卿の間に密約があった、ところまではサムも把握しているけれど、その内容までは把握できていないらしい。


 ただ、結果的には絶頂に至ったその時に思わぬ方向から矢を飛ばしたのはサムで間違いは無いし、結果的に政治生命を奪ったのもまた事実。

 政治家としてのアルベイル卿を殺し、人間としてのアルベイルを生かそうとした――だけならば、あるいはアルベイル卿は気づかないふりをして、敢えて絶頂の中で死を選んだかも知れない。


 けれどアルベイル卿は、サトサンガの貴族全員を背負わされた。

 選択の余地は無かったのだ。


「……すまんな。八つ当たりだ」

「いいえ。僕がアルベイルさんの立場であれば……、…………、」

「…………。なんだ。そこは『立場であればどうこう』と続けるんじゃあないのか」

「いえ……まあ、そうなんですけれど……」


 僕がアルベイルさんの立場だったらどうしたかな?

 理想に準じて恍惚の中死ぬか。

 それとも他の皆を助けて苦しむか。


 ……答えを出せずに、苦しみながら死にそうだな。


「……変に、解ったような気になるのも問題ですね」

「違いない。……ま、八つ当たりも済んだことだ。お前達の用件に答えてやりたいところだが……。魔狼と黒床の神子の間に関連性なんてものは、今まで考えたこともなかったな……」


 まあ、突飛な発想だよな。

 それもこじつけで決めつけだ、確信などというものは全くない。

 ただ、もしかしたら何かしらの関連があるかも知れない――その程度だ。


「黒床の神子。陰陽(いんよう)の国ドアの魔法使い。夢に飲まれた欲。第二の咎人。謡われる呪い。……ダメだな。俺が知っている範囲と言っても、せいぜいはその程度だ」

「……いえ、それでも初めて聞く言葉が多いです。差し支えなければ聞きたいのですが……ええと、ドアのあたりから」

「なんだ、そんなところからか。まあ良いが……」


 陰陽の国ドアの魔法使い。

 そもそもドアという小国は、陰陽の国と呼ばれていたらしい。その国において魔法使いと言うと、黒床の神子の事だったそうだ。なるほど。


「陰陽……ですか」

「何か引っかかるか」

「僕の中ではその言葉が『二つ』を意味するというだけです。三つの都市で構成された国ならば、陰陽というより――」


 鼎立のほうが近い。

 これはまあ、錬金術師としての僕がそう思うだけだ。


 ただ、陰陽という言葉が『表と裏』だとか『太陽と月』だとか、そういう二つを意味するというのは比較的一般的だとは思う。

 どうもドアという国に結びつかない。


 まさか、陰陽師か?

 いやそれこそ無いよな……呪いのワードも出てきてるけど。

 もしそうだとしたら厄ネタにもほどがあるぞ、潮来言千口(だいせんぱい)

 お祓いに行こうにも陰陽師を祓うって何をどうをすれば出来るんだ。


「ふむ。その視点はあながち間違いじゃあないだろうな」

「というと」

「詳しい位置関係はよくわかってないんだが……当時の地図が殆ど無いからな。ドアという国に血を分けたとされる国家があったらしい」

「……らしい?」

「史料が残ってない。少なくともサトサンガの歴史にはその国の名前も位置も残ってないし、ユアン――アカシャもそれは同じだろうな。ミスティック主義のプラマナならばあるいは口伝で残っているかも知れないし、当時から存在していたメーダーにならばあるいは記録があるかも知れないが……」


 それを探るのは僕の仕事になりそうだな……。


「夢に飲まれた欲というのは」

「月の魔法という欲は夢に飲まれた。言い得て妙だろう」

「……ということは、アルベイルさんの命名ですか?」

「いや。クラの冒険者が残した言葉でな。『月の魔法があったなら、などという欲は夢に飲まれた、もはや敵わぬものとしれ』と鼓舞し、味方を勝利に導いた……なんていう英雄譚だ。詳しい事はサトサンガ冒険者ギルドに問い合わせろ、誇らしげに話してくれるはずだ」


 要チェック、と。


「第二の咎人というのは、『世界の敵』として滅亡した二つ目の国という意味だ。これは詩人が謡っていたな。五年は前になるが……、今はサトサンガに居ないかもしれん。謡われる呪いは……、『夢』を覚えているならば、心当たりはあるな?」

「……はい。あの喧しいほどの謳は、確かに呪いのようなものですね。ですがその前、さらっと流されちゃいましたけど、『第一の咎人』にあたる国の名前は分かりますか?」

「豊穣の国リコルド。これは……アカシャの方が詳しいだろうな。ユアンに聞いてくれ」


 つまりアカシャの前身か、あるいは今はアカシャの一部になっている場所、か。

 だとしたらサムに聞いた方が確実だ。


「思ったよりも、纏めなければならない情報が多いみたいですね……。やれやれ。サムはどこまで手伝ってくれるやら」

「あれはあれで、あれの国を纏めなければならんからな……。ま、俺にできる助言はこのくらいだ。役に立てたならば、多少はユアンに恩も返せるな」

「恐らくは」


 ……うん。 

 ダイレクトに答えにはたどり着けないけれど、ここに来るまでは全く見えなかった先に進むための道……の候補が見えてきた。

 まあ、どの道もなんか頼りないし、ゴールに到着できる道が無いって可能性が今のところ濃厚だけれど。


「一旦落ち着いて情報を纏めるか……。今日はいきなり押しかけて、色々と不快なことも聞いてしまいました。ごめんなさい」

「気にするな。むしろアルテア、お前には八つ当たりをしてしまったな。すまん」

「いえ。この家の周りの事情を考えれば、その程度は当然です」

「…………、」

「ご隠居だ、と聞いてたんですが……。僕が想像していた楽隠居とはほど遠いようですね」

「……会ったのか?」


 僕は首を横に振る。


「僕みたいな子供相手にもきっちりと警戒しているようで、尻尾の一つもみせやしない。優秀な監視役ですね」

「…………」


 隠居と話は聞いていた。

 楽隠居なんじゃないかなあと疑ってもいた。

 けれど現実、ここに来てみれば――その実質は、もはや監禁だ。

 軟禁というにはあまりに護衛と監視が厳重すぎる。


「話を聞かせてもらったお礼と言っては妙ですが……サムからの許可も貰っています。もしもアルベイルさん、あなたが望むならば、この状況。崩しますよ。一時的にすぎないかもしれませんが、多少は羽が伸ばせるかもしれない……」

「魅力的な提案だ。だが、無用だよ。たしかにここでの生活は息が詰まるがね、この家を出ることが出来ないということ以外に不自由はない。飯も酒も性の相手も、むこうからわざわざ持ってきてくれるんだ。良いご身分だろう?」

「…………。そうですね」


 ま、それも一つの生き様……あるいは死に様か。


「では、現状維持の仕掛けをして帰ります。言うまでも無いでしょうけれど、サムからの親書は燃やして処分して下さい」

「解った。だがお前の訪問はどうする?」

「どうとでも。僕に追っ手が掛かるとか、そういうのは気にしないで下さい。僕は捕まりませんから」

「大層な自信だな」

「そうでもなければ、そもそも訪問をサムが許しません」

「…………。そりゃそうだ」


 僕はアルベイルさんの現状を知らなかったけど、サムがこの状態を予見してなかったとも思えない。

 その上で僕ならばちょっとした障害は無視できると、そう考えたのだろう。


 …………。

 いや、一応確認しておこう。

 サムは最短ルートで答えを出すからなあ……、取りこぼしている可能性はある。


「アルテア。『また』会えると思うか?」

「僕は『また』会えると思いますよ。勝手な事を言いますが、どうやらアルベイルさんと僕の間には縁がある」

「縁?」

「はい」


 アルベイルさんは――


「では、『また』」


 ――あの喫茶店(パステル)のマスターに、とても似ているから。

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