04 - 酒場の仲間達
この世界に来てから二日目。
窓から朝日の光が差したからか自然と目が醒め、ベッドから身を起こす。
そういえば時計が無いな、この部屋。
昨晩は結局、ご飯を食べた後眠気もあったので、片付けもそこそこにそのままベッドで寝てしまったのだった。
ぐっすり眠れたはずなのに、なんだか疲れが取れたという感じもしないなあ……。
夜通し一階がかなり騒がしかったのが原因だろうな。
あるいは何らかの魔法か、環境の影響かな?
ま、その辺は追々調べれば良いだろう。
カウランさんが用意してくれた着替えにまずはお着替え。
特に特徴の無いズボンとシャツ……、うん。下着がない。
そもそも下着という文化があるかどうかも怪しいんだよな。最初の異世界もごく一部では使われている程度だったし。
とりあえず今日はノーパンか。ズボンはあるからいいや。
部屋を出て黒い扉の部屋、こと水場に向かい、お手洗いを先に済ませたら、きちんとタンクに水を移し、ついでに顔も洗って目を醒ます。
……って、鏡も無いのか。
寝癖ついてないかな?
ちょっと不安なので水で濡らして手ぐしをかけておく。
やらないよりかはマシだろう。
昨日は『思ったよりも十分な施設だ』とは思ったけれど、一晩明けてみるとやっぱり、足りないものがちらほらと見つかってくる。
作るのは簡単だけど、この世界にそれが『存在しているのか』が解らないからなあ……。
暫くはちょっと不便でも我慢しよう。
そんな決心をしつつ階段を降り、一応家長室のドアをノックしてみる。
反応無し。
だよな、気配無いし。
そのまま一階へと降りて……っと、階段を降りたところでカウランさんと遭遇。
『ああ。おはよう。起こしに行こうかとも思ったんだけれど、その様子だと大丈夫そうかな』
値踏みするような目は今も変わらず。
ただそれでも、カウランさんは親しみを込めてそう言った。
『少年。今日はこれから君が暮らす、このギルドハウスという施設について説明をしよう。そのためにもまず朝ご飯を食べるとしようか』
◇
冒険者ギルドハウスが担う業務、としてカウランさんが教えてくれたのは次の通り。
一つ目、冒険者に対する依頼の受け付け。
ギルドを介さずに直接契約をしても制度的に問題は無いとはいえ、少なくともアカシャというこの国において、冒険者が受ける依頼のおよそ九割はギルドが仲介しているそうだ。
なのでそれなりの頻度でこの受付処理はすることになるらしい。
尚、言葉が話せるようになるまでは実質この業務を担当出来ないため、とりあえずこういう業務がある事を覚えておいてくれと言われた。
二つ目、冒険者への依頼斡旋。
ギルドが受け付けた依頼を冒険者達に提示する業務。これは場所によって方法が違うと言う。
ここのギルドハウスでは、一階で経営する酒場に依頼が提示される。冒険者側は気になった依頼の詳細を聞きに来るから、その依頼の詳細を伝えたり、依頼主や冒険者の要求に応じて直接依頼主と冒険者が会う場を作ったりするのが主な業務だ。
これに連なる業務として、どのような依頼を受ければ良いか解らない、と困惑している冒険者がいたら、その冒険者に合うであろう依頼を提示する業務も伴う。
尚、言葉が話せるようになるまでは実質この業務を担当出来ないため、とりあえずこういう業務がある事を覚えておいてくれと言われた。
三つ目、冒険者のパーティ結成の補助と承認。
一つの依頼に対して二名以上の冒険者が協力して当たらなければならない、もしくは自主的に複数名で一つの依頼を受けたいと申し出があった場合、冒険者ギルドはパーティという枠組みを用意する。
人数を増やせば増やすほど報酬は減る、とはいえ生存率は上がるし依頼の成功率も上がるため、しっかりとした冒険者は大抵パーティを組んでいるそうだ。
尚、言葉が話せるようになるまでは実質この業務を担当出来ないため、とりあえずこういう業務がある事を覚えておいてくれと言われた。
四つ目、冒険者トラブルの仲裁。
冒険者たちには粗暴な者が多い……というのは偏見であって、実際には一般人と大して変わらないのだという。ただ、冒険者は通常武器を持ち歩くため、どうしても悪い部分が目立ちやすいのだそうだ。
で、その目立ちやすい悪い部分の解りやすい例が、冒険者同士の喧嘩である。
冒険者は戦う力を持っていることが大半で、彼らにとって戦う力、即ち強さが彼らにとっての解りやすい序列になりやすい。だから話し合いでこれ以上だめだと双方ともに考えが向かってしまうと、喧嘩が始まる。
それを仲裁し、喧嘩になる前に納得させたり、喧嘩になってしまってもそれを諫めたり、場合によっては『喧嘩の上からより強烈な一撃』を与えて黙らせるなどをするのも大切な業務だ。
冒険者は一定の地位を持っているけれど、一般人からは敬意以上に警戒を買っている。それを少しでも緩和するのがギルドの役割なのだから。
尚、言葉が話せるようになるまでは実質この業務を担当出来ないため、とりあえずこういう業務がある事を覚えておいてくれと言われた。
『…………、』
……いや、全部ダメじゃん。
『まだ五つ目があるよ。少年にはそこで少し働いて貰いたい』
五つ目、冒険者ギルドハウス一階にある酒場の運営。
冒険者に対する依頼斡旋の部分では無く、あくまでも酒場のお仕事を手伝うと言うことらしい。
皿洗いや配膳、飲み物を食器に注ぐくらいならば言葉が話せない子供でも、大きな問題にはならないだろう。
『とはいえ、注文を取るのは難しいか……。段階を踏んでいくしかないね』
それはその通り。
しかもこの提案、そこそこ都合が良いしね。
何せ酒場というのは飲み食いをするためだけの場所では無い。話す場所でもあるのだ。
多くの会話を聞き取れば、多くの言葉が入ってくる。
もちろん、無理矢理発音だけ誤魔化すための道具ならば作れるけれど、それだって結局は丸暗記が前提だ。
ならば自然な習得でも大差無いだろう。
眼鏡の機能が使えるならばともかく――ね。
『さて、これから酒場のスタッフと顔合わせといこうか、少年。……しかし、ずっと少年と呼ぶわけにも行かないな』
そうですね、と頷き、しかし名前を名乗ることも出来ないわけで。
『セタリアと呼ばせて貰おう。構わないか?』
セタリア?
……まあ、変な意味もなさそうだし、それはそれでいっか。
頷くと、カウランさんは僕の頭を軽く撫でた。
やっぱり特に子供扱いされているような……、それともこの世界においてこれはよくあるコミュニケーションなのだろうか……?
そんな困惑を知ってか知らずか、カウランさんは僕を先導するように廊下を進む。
扉を潜ればそこは厨房、そこそこ広い。と思う。
そんな厨房の中央には石造りの大きなテーブルが一つ、椅子は八つ。
使われている席は三つで、男性一人と女性二人が座っている。
そして壁に時計を見つけた。あれは……時針だけなのかな。
目盛りの数は二十四個、ゼロから二十三までが書かれていて、二十四は無く一周する形のようだ。
二十四時間ってこと……かな。
並べられた料理は朝ご飯にしてはがっつりとしているな……、夜勤明けにも結構きつくない?
ステーキだよねアレ。分厚いぞ。
あと野菜が少ない。
『皆、まかないを食べながらで良い。昨晩も伝えたことだが、改めて紹介しよう。昨日ギルドハウスとして保護することになった孤児のセタリアだ』
『…………、』
よろしくお願いします、とお辞儀をすると、不意に周囲がざわついた。
うん?
変なことしたか?
不安になってカウランさんに顔を向けると、カウランさんは苦笑しつつ僕の肩を叩く。
『昨晩も簡単には伝えたが、セタリアは失語症を患っているようでな。言葉を話したり、文字を書いたりすることが出来ないようだ。だが、こちらが言っている事は理解できるし、書いてある文字も読める。意志疎通は大変かもしれないが、これからは酒場のスタッフとして仕事をさせる』
『キーパー。質問しても?』
『何かな、スエラ』
手を挙げたのは女性の片方で、肩まで伸ばした金髪が妙に色っぽい。
僕から見てもかなり魅力的な人だ。かわいいとか、きれいとかではなく、不思議と美人さん……な感じ。
『えっと、セタリアって言ったっけ。その子、まだ大分……その、幼いように見えるわ。何歳かは知らないけれど、正直危険じゃないかしら。この調理場、刃物は当然だけど、火元も多いのよ』
『一理あるが、言葉が喋れず文字を書けないとなれば、ギルド関係の仕事は無理だぞ、スエラ。例えば全く喋らず筆談も出来ない受付がいて、依頼斡旋を出来ると思うか?』
『無理ね……。ま、となれば仕方が無いか』
ご迷惑をおかけします、ともう一度頭を下げると、『ああいやいやいや』と、なにやらうろたえられてしまった。
やっぱり変なことをしたのか僕……、頭を下げる文化がないとか?
そういう感じでもないんだよな。
『こちらこそごめんなさい、役立たずだと思っているわけじゃ無いのよ。ただ、調理場は本当に危ないものが多いから……。当面はホールスタッフとして注文……、喋れないんじゃ無理ね……』
本当にご迷惑をおかけします……。
『ま、暫くは皿洗い中心だな。刃物も多いが、気をつけて貰うしか無い』
まだ名乗って貰っていない方の女性が声を挙げる。
こちらの女性は茶髪が腰に触れるほどに長い。ここまで長いと重そうだ……。
そして、スエラと名乗った人と比べて、なにやらおっとりとした、とても優しげな印象がある。
……その割に口調が男勝りで、ギャップが凄いな。
『キーパーの決定ならば、我々雇われスタッフは聞きますとも。とはいえセタリアくんはまだ幼い。一晩働かせるとなると、町人が良く思わないのでは』
『あはは。面白い冗談だ。昼に寝て夜に起きればトータルは変わらない、最初だけで済む』
ストップ。待った。
いや今ほどツッコミの声を出せないことを恨めしいと思うことはたぶん将来的にも無いと思う。
……でも確かに、言われてみればそうだな。
起きている時間帯がズレるだけで、トータルでは変わらない……あれ……?
むしろ猫が活発な時間に起きてられるならばいいんじゃない?
問題は今のところ野良猫らしきものを一匹たりとも見つけていない点だけど。
『それにセタリアを連れてきたのはアルスの親父さんだからね。そういう意味でも問題にはならないだろう』
『ああ、あの人が。ならば安心ですね』
そして全幅の信頼を得ている自警団長さんだった。
……というか、アルスの親父さんって呼ばれてるけど、アルスって名前でいいのだろうか?
その場合『親父さん』は敬称っぽいんだけど、なんかそういうニュアンスでは無いし。
『概ね事情は納得して貰えたようだ。それぞれ自己紹介をしてくれ』
『じゃあ私から。スエラ、酒場のホールスタッフ――注文管理と配膳――をしているわ』
というわけで、改めて自己紹介タイム。
スエラさんはホールスタッフ、と。
『ムギよ。キーパーが出るほどでは無いギルド窓口対応と会計管理』
もう一人の女性の名前がムギさん、窓口にお財布係か。
『ヘーゲルだ。調理を担当している』
最後に、エプロンを着けた男性がヘーゲルさん、調理担当はこの人だったわけだ。
『さてセタリア。酒場のスタッフはこの三人だ』
『…………?』
…………。
うん?
いや、いまここに居るのが、って意味……じゃないのか?
『あら、これはいい拾い物じゃないかしら。今ので「察した」わよ、この子』
『そうだな。言葉はハンデとはいえど、思ったよりも使えそうだ』
スエラさんとムギさんが続けざまに言う。
酒場のスタッフとはいえど、ヘーゲルさんも含めて勘がいい……いや、経験則かもしれない。
冒険者と日常的にやりとりした結果自然と育ったのか、あるいは元々は冒険者だったのか。
『残念ながらセタリア。君はそこのキーパーを除くと「四人目」のスタッフと言うことだ。だからなんというか、忙しいときは、その辺覚悟するように』
『ちなみに誰かしらがお休みするときは、そこにキーパーが入る。だからヘーゲルが休みの日は暇で助かるな』
『……ムギ。君は今、私の料理が下手だと言ったな?』
『いいえ、独創的だと褒めただけ』
ものは言いよう……か。
露骨に客数が減るってかなりの問題のような気もする。
『まあ私とて、私の料理が不評だという事は自覚しているよ――いずれはセタリアにも料理して貰う日がくるかなあ』
『ははは。ま、将来的にはだね。その細腕じゃあ、暫くは鍋を振るのも難しいだろうさ』
ごもっとも。
眼鏡の機能を戻せるまではちょっと厳しいな……うん、ここでも眼鏡がネックになってるのか。
ちょっと無理をしてでも復旧させるべきかもしれない。
と。
念のため思考をちょっとズラしておこう。
『…………、…………?』
僕は無言で、三人とカウランさんを交互に見やり、指で上を指す。
答えてくれたのは、フォークを手に取ったムギさんだった。
『私たちは町の自宅から通っているわ』
『ああ、そういう事か。そうね、私たち三人は近くに住んでいるの。上で暮らしているのはキーパーともう一人だったのよ。そう考えるとセタリアは三人目ね』
『…………?』
察しが良くて助かる……と同時に、もう一人居るのか。
気配が全然無いんだけど。
『そういえばキーパー、ハルクにはセタリアのことを知らせたのかしら』
『まだに決まっているだろう。そもそもあいつ、早くてもあと十日は帰らないし』
『じゃあ、紹介しておいてあげてよ。きょとんとされてるわ』
『うん……そうだな。セタリア、ハルクというのは剣士でね。君の隣の部屋で暮らしている。もっとも、冒険者として働いているから、依頼でこの町を出ていることのほうが多いんだが』
へえ……、冒険者か。
僕と同類、保護された孤児なのかな?
そんな疑問を込めて視線を送れば、
『いや、ハルクは孤児……とは、厳密には違うんだが。成人した直後に家族を不幸で亡くしてね、職に就く事も出来ず路頭に迷っていたところを私が飼ったのさ』
『買った、のようなきもするけどな』
『…………』
人買い……?
いや、違うな、才能を買ったとか、そういう慣用句のほうだ。
飼ったにも繋がるし。
要するに使えそうだったから住処を与え、冒険者という職に就かせたのだろう。
『そう遠くないうちに挨拶できるさ。ハルクに限って、滅多なことも起きないからね』
そしてかなりの信頼を得ていると。
どんな人なんだろう。