38 - 同行事情
「アルテア殿。もしアルテア殿が良ければだが、懇親の意を込めて少し話をできないだろうか」
港を離れたほとんど直後。
オーサさんがまずそう提案をしてきたのだけれど、当然これを断る理由もない。
「僕は構いませんが、他の皆さんはどうですか?」
「俺は構わないが……、冒険者だからな。オーサ殿、良いのか?」
「ええ、無論。そちらの二人はどうです」
ウグイさんは二つ返事でオーケー。
一方で、話題を振られたユージンさんとテイカさんは申し訳ない、そんな表情を浮かべてぺこりと頭を下げた。
「……すいません、ちょっと運び混んだ荷物の整理がまだ終わっていないんです」
「一応商材なので……、放っておくことも出来ず」
「ああ、そういう事ならばやむを得まい。済まないな、妙に引き留めてしまった」
「いえ。では」
そしてそのままユージンさんとテイカさんは甲板から去って行く。
その二人が見えなくなってから少しして、
「済まないな、アルテア殿。折角ならば全員でと思ったのだが」
「船旅には少し時間がかかりますから。その間のどこかで出来れば十分でしょう」
「かたじけない」
で、問題は場所になる。
大型船室を借りてしまうのも手ではあるけど、三人だと持て余しそうだしな。
結局、このまま甲板でという事に。
「アルテア殿はハインを目指すとの事だったが、差し支えなければ要件を聞いても良いだろうか? ノウ・ラースからとなるとかなりの長旅だ」
「構いませんよ。僕と直接知り合いというわけではないのですが、ノウ・ラースで親しい友人の知人がハインで隠居しているそうでして。ちょっと僕達にとって問題がみつかったので、それの解決を手伝って貰えないかというお話をしに行くのが目的ですね」
「なるほど。しかし隠居……ということは、結構な年齢なのでは?」
「三十何歳って言ってたかな……、ベイルという方なのですが。ご存じですか?」
「若いな。しかしベイル……、済まない、私には心当たりがないな。ウグイ殿は?」
「三十代で、ベイル……?」
ウグイさんは腕を組んでじっくりと考え、けれど首を横に振った。
「知らないな。冒険者……では、無いと思うが、商人か?」
「いえ、一般人ですよ。知らなくても普通です」
「なるほど」
まあ……それでも、知ってる人は知ってるんだろうけれど。
「かくいうオーザさんは何をしに?」
「聞いておいてすまない。軍規によりあまり詳しい事は話せないのだ。差し支えない範囲だと……、私は南西部の出身でな。ここ最近の動向を探る必要があったのだ」
ふむ?
南西部に派遣された軍人の一人……、ってのも考えにくいよな、一人で行動するメリットがあまりにも薄い。デメリットならばいくらでも思いつくけど。
里帰りならば最初からそう言ってるだろうし……、となると極秘で内密な任務も兼ねている、とか?
『軍略所』、名前的には軍師系かなあとも思ったけど、もしかしたら計略に特化した部署かもしれない。なかなか深いな。
「最近の南西部はきな臭いからな」
「ウグイ殿もそう感じるか」
「ああ。そもそも俺は冒険者としての依頼でこっちに来てたんだけどな。まあ、聞いていた以上に酷いというのが感想だ」
で、ウグイさんは冒険者の依頼で南西部に来ていたと。
ハインに報告しに帰るということで良いだろう。
一方、依頼の内容は……、何かの調査だよね。市井か、あるいは内情か。両方かも知れない。
「サトサンガを訪れること自体が僕は初めてなんですが……やっぱり、ここ最近の南西部は荒れていたんですか?」
「ああ。君のような子供が旅をしたら、百に九十九回はろくな目に遭わないだろうな」
「僕はその残り一回を引けたと言うことですか……」
「幸運なことだ。あるいは実力か」
すっと目を細めて、ウグイさんは言う。
とはいえ今の僕を見るだけでは解らないようで、ないな、とウグイさんは首を振った――それに合わせてオーザさんも。
「話を変えてしまいますが……。えっと、オーザさん。これは差し支えなければで良いんですけれど、……その服装は、軍人のものなのですか?」
「ああ。ノウ・ラース出身となると、あまり馴染みがないだろうが……。これはサトサンガ軍部の『制服組』と呼ばれる我々が纏う一般的な装備でな。多少の火ならば無視できる。気休め程度ではあるがね」
「なるほど」
「しかし何故だい?」
「いえ。以前似たような服を着ていた二人組を見かけたんですよ。サッティラに来る前の道すがらでしたけれど」
「…………?」
あれ?
オーザさんは少々表情を硬くしている。
視線は僕に向いたまま……詳しく聞きたいけれど、聞いて良いものかどうか悩んでいる感じかな。
――この人は感情が拾いやすい。
「僕の足だとサッティラまであと半日という位置に、サッティラ・シェル交易路の休憩所がありまして。そこでその二人が休憩していたんです。馬車の影になっていて見えませんでしたけど、他にも数人は居たんじゃないかな。話し声は聞こえましたし」
「いや……、それは妙だな。俺でも解るが。制服組が『二人』揃うだけでも妙だろう」
「…………? そうなんですか?」
「制服組は『単独行動』を好む……というか、単独行動が規則だと俺は聞いているが」
ウグイさんの発言に、オーザさんは重々しく首を縦に振った。
どうやら僕が見たあれはちょっとレアケース……というか、規則違反だったらしい。
「無論例外もある。だが……、そうだとしても、制服組が馬車を使うというのも妙な話だ……」
「そうなんですか? 大分慣れているように見えましたが……」
「ああ。すまないがアルテア殿、その二名がどのような武器を持っていたかは覚えているだろうか」
「一人は槍です。青い柄の。もう一人は赤い鞘と黒い鞘の剣を持っていました」
「…………。厄介なことだな」
どうやら心当たりがあるようで、オーザさんはため息交じりにそう答えると、天を仰いだ。
「色々と聞いておいて、済まないな。事情を明かすことはできないのだ。アルテア殿、この埋め合わせは必ず」
「お気になさらず。軍には軍の事情があるでしょうから。……そうだ。代わりと言っては何ですが……、このハイン海で随分昔にかな、湖底神殿というものが見つかったことがある、なんて話をどこかで聞いたんですけれど、そのことはご存じですか?」
「湖底神殿。うわあ、懐かしい話が出てきたな」
と、リアクションを取ったのはウグイさん。
先ほどまでの重苦しい雰囲気はどこへやら、うきうきとしているようにさえ見える。
「いや済まない。実はその湖底神殿の発見って、俺が冒険者を目指した最初の理由なんだよ。あれは子供心に突き刺さった」
「ウグイさんはその湖底神殿を調べたりしたんですか?」
「最初の頃はな。ただ、調べれば調べるほど遠くなった。今じゃ言われて思い出すくらいだよ」
…………?
「ウグイ殿の年齢では珍しいか。私も資料で見たことがある程度だ」
「資料?」
「なにせ発見されたのは二百年は昔の事だ。調査が当時の政権下で行われたのは百六十年ほど前のことになるな。その調査結果には公開されている資料もあってな、それを私は読んだことがある。ウグイ殿もそうではないかな?」
「その通り。わざわざハインまで出て、色々と調べた。だが……、資料を読めば読むほど遠くなるんだ。当時の調査隊の苦戦模様が克明に書かれていてな……」
「苦戦……というと、湖底だからですか?」
「それも要素の一つではあるだろうが、それ以前の問題として『入り口が何処か解らない』『穴を開けようとしても傷一つ付かない』『調べている間に調査隊のメンバーが一人また一人減ってゆく』という有様だったらしい」
…………?
入り口がどこか解らない。
だから穴を開けてでも調査をしようとしたんだけど、傷一つ付かない。
まあ、ここまでは解る。
恐らくはこの世界の結界系で護っているんだろう。
ただ、調べている間に調査隊が減ってゆく……ってのは、妙だな。
あまりにも過酷な環境だったから逃げちゃった、なんて話でも無さそうだ。
結界には隙間があって、そこから結界の内側に落ちちゃったとか?
いや、そんな『単純』な異常ではないんだろうな。
サムが気に掛けていたのは……それか。
「アルテア、君も湖底神殿に興味があるのかい?」
「はい。といっても、僕は旅人から話を聞いた事があるってだけでしたけど、それでも面白そうだなあとは思ったんです。見学ツアーとか、あったら良かったんだけれどなあ」
「なるほど。ま、位置ならば解っているわけだから、金を積めばあるいは……とも思うけれど。少々危険だ、やめておいたほうがいい。君には目的があるんだろう?」
「そうですね。そうします」
位置が解っているならば、調べに行くことは出来る。
まずはご隠居と会う、これは変わらない。その後はホウザとどっちを優先するか……、ま、両方とも絶対ではないのだ、気が向いたらやろう。
「そう言えば、お二方はどの船室に?」
「俺はキャビンデッキの2番だ」
「私はキャビンデッキの10番。アルテア殿は?」
「同じく、キャビンデッキの7番です。皆同じフロアでしたか」
「やはり中型船室が丁度いい広さだからな……」
「確かに」
あの二人組はどうだろうか?
荷物があるとか言っていたし、大型船室を使ってるとは思うんだけど。
「何かあれば尋ねてきて下さいね。……まあもっとも、僕が頼られると言うより、むしろ僕が頼りたいというのが本音ですが」
「もちろん、構わないとも」
「俺もだ。どうせ船上ではやることもない」
「……まあ、割と暇ですよね。船旅」
「うむ」
「ああ」
結局、明白な合図もなく、そんな会話を交わしたところでまずはオーザさんがお辞儀をしてから去って行く。
すぐにウグイさんも去って行ったので……さて、どうしたものか。
釣り竿はさっき置き場所を確認したから、釣りをして暇を潰すならばもうできる。
とはいえ今釣りを始めると、後で本格的にやることがなくなるよね……。
あの二人の商人さんが居るであろう大型船室にもう一度近付いてみるかな?
子供の探検癖、で暫くは押し通せるだろうし。
でもどうせならば休憩中の船員から噂話を聞き取りたい……となると、まだ早すぎる。出港したばかりだし、今休憩している人ってそんなにいないだろう。
まあいいや。
今は今の暇つぶしを優先しよう、ということで船頭方面の扉を潜って船内に入り、そこに置かれた釣り竿を一本借りる。
ついでに小さな簡易椅子や桶もあったのでこれも借り、もう一度甲板に出たら、今度は船尾方面に大きく移動し、船の後方、左側に位置取る。
前方だと糸が絡むかも知れないし……ね。
「なんだ、そんなところで釣りをするのかい、坊主」
と、丁度いいところにバリスさん。
船長室がすぐ近くだからな、僕の動きが目に止まったんだろう。
「はい。暇つぶしメインですが……。ハイン海って何が釣れるんですか?」
「そうだな。ハゼの類いが釣れると思うぞ。あとはセイゴか」
セイゴ……というと、スズキの出世前か。ただ、スズキって呼び方するのかな? セイゴとだけ呼ばれているかも。出世魚の概念って独特だし。
ハゼは天ぷらにしたいなあ……、小麦粉はあるけど食用油はオリーブオイルみたいなものとごま油しか持ってないんだよね。
さすがにオリーブオイルで揚げると別物になりそうだし、ごま油を使うか。ちょっと勿体ないけど、増やすのは簡単だし。
で、セイゴは塩焼きかな……、油で揚げても美味しいんだっけ?
考えてみると地球でもスズキってあんまり食べた記憶が無いな。
「だが、慣れた船乗りでも船上で釣るのは苦労するがな」
「そうなんですか?」
「ああ。なんせ動いている船は騒音を出すだろう? その音で魚が逃げちまうんだよ」
「なるほど……」
確かに魚は音に敏感だもんなあ。
人の気配があるだけで警戒するともよく聞く話だ。
疑似餌を確認してから釣り竿を構え、『理想』でかちりと合わせて海へと投げ入れる。
「…………? 坊主、随分と慣れていないか?」
「いえ。僕、船で釣るのは初めてです。川でも一度やったことがあるくらいかな……、ただ、何度か見たことがあるくらいですね」
「そうか……」
と言っている隙に、釣り糸が張る感覚……『理想』が再生されているというのに身体が動かないのは、『理想』を知らないからではなく、まだ食い付いていないということだろう。
実際、数秒ほど待ったところで先ほどよりも強く釣り糸が引っ張られると、身体が『再生』を初め……というか、あらっぽく釣り竿を振り上げる。
「まずはハゼが一匹目」
「……さらっと釣ったな」
「ビギナーズラックでしょうね」
持ってきていた桶に図形動作で『魔力の光』から『魔力の水』を連鎖展開して水を生成、今しがた釣ったハゼを投入。
……普通の水で大丈夫だよね?
いやまあ、究極的には食べちゃうわけだから、あんまり気にしないで良いか。
「いや手慣れすぎだなやっぱり。……なんだ今のは。魔法だとは思うが」
「マジックです。僕の故郷、図形動作で発動する人が多くて」
「それはまた……、妙な故郷だな……」
「良く言われます」
改めて釣り竿を振ってハイン海へ投入。
……して直後、またヒット。
またまたハゼか。
「どうも入れ食い状態ですね……暇つぶしをメインとしてる僕にとって、どんどん釣れちゃうと困るんですが」
「贅沢な悩み事だなあ、おい。……くれぐれも絶滅するまで釣ってくれるなよ」
流石にその前に船が重みで沈むんじゃないかな……?




