35 - 船上のいとまに
三十分ほど仮眠をしたところで、鳥の鳴き声に目を醒ます。
この鳴き声、カモメかな?
漁港というわけじゃないけど、港ではあるからな。
「ん……ふぁあ……」
誰に見られているわけでもないし、遠慮無しの大あくび。
よし。起きよう。
ベッドから降りて着替えを持って、プレートを首から下げて船室を出る。
ちらほらと船員さんが荷物を持って行き交っているので、
「すいません。船長は今どこにいるか解りますか」
「ん……ああ。お客さんか。船長なら今、甲板に居るぞー」
「お仕事中すいません。ありがとうございます」
甲板か。
通路を歩いて端まで向い、階段を上って一階へ。
そしてそのままメインデッキ、甲板へ出ると、バリスさんはメインのマスト近くで指示を出していた。
どうやら荷物の運び込みをしているようだ。
「ん……、坊主、どうした?」
「すいません、質問がいくつかまた出てきまして。今、大丈夫ですか?」
「手短に頼んでも良いか」
「はい。一つ目、洗濯物はどこに干せばいいですか?」
「どうしてもというならば甲板に干しても良いが、潮風に晒されるからな……。部屋干しのほうがまだマシだと思うぞ」
…………。
ごもっとも。
「では二つ目、水場は自由に使って良いんですよね?」
「ああ。契約時にも言ったと思うが、必要なら声を掛けてくれたら、水やお湯を作る魔法を使える奴を送るが、自分でやるならいつでも自由にだ」
「なるほど。有難うございます」
質問はこれでおしまいだ、と一度区切れば、指示を再度出し始めるバリスさん。
明日の出航までに荷物の積み込みは必要だからな、そりゃ忙しいか。
邪魔をしては悪いので、一度キャビンデッキへと戻る。
見取り図で水場の位置を確認、僕の部屋からは割と近いかな?
そこへと向うと黒い扉。
どうやらサトサンガでも水場は黒い扉という意味を持っているようだ。
水場の中に入れば、構造も似通っているようだ。
トイレも擬似的な水洗、下水管理は大変そうだけど……、まあ、その辺の処理は船員さんがやってくれるって言ってたので気にしないことにする。
で、ちょっと違った部分としては、水浴び場が三つあり、浴槽がないこと。
なるほど、『湯浴み』とは一言も言ってなかったもんな。浴びる事ができるだけと言う事らしい。
衣服を置く場所は水浴び場に併設されているので、そこに着替えと脱いだ靴を置いたら、水浴び場の札を『空き』から『使用中』に掛け替えて中へ入ると、シャツとズボンを脱いで全裸に。
後は図形動作のマジックで『魔力の光』、から『魔力の水』や『魔力の熱』、『魔力の水流』を組み合わせて発動、全身をお湯で包み込むようにしながら水流でほどよくマッサージ。
傍目から見るとスライム状の何かに包まれているように見えるのが難点だけど、浴槽に入っているかのような心地にはなれるので便利だ。
応用も利くし。
それこそ見た目通りスライム的な質感にしたりもできるけど、まあ、うん。その使い方をするのは、僕個人としては三日に一度で十分だ。よって今日は普通のお湯である。
そういえばお湯に色を付けるとかもできるんだよね。水質の色の部分だけを変えればいい。入浴剤を入れた気分にはなれるんじゃなかろうか。
いやむしろ入浴剤作った方が早いな……。
尚、折角なので同時に脱いだばかりのシャツとズボンも、同じく『魔力の水』『魔力の熱』『魔力の風』などを併用して洗濯。
殆ど自動化しているので、身体がある程度温まったところで魔法を全解除、最後にざっとお湯を浴びるように生成してこれもまた解除。
ふう、サッパリした。
水浴び場から出たら着替えのシャツとズボンを身につけて、そのまま自分の船室へと戻り、船室の壁についていたフックに紐を繋いで、物干し竿代わりにして洗濯したての服を干しておく。
…………。
なんだか近頃、ノーパン生活が当然になってきてしまったような気がする。
アカシャに下着やパンツという文化や概念が結局無かった事はもちろん、サトサンガにも無いんだよね。どこにも売っていない。
この世界ではこれが普通である以上、恥じらいを覚える方がおかしいとは言え、日本の中学生男子としてはやっぱり妙な感覚だ。
そりゃ数ヶ月という期間ノーパンで過ごしてれば慣れるし当然になってくるんだけど、ふと『いやなんか……』となる事はあるし。
大体、地球に帰ってからもノーパン習慣が残ってたりすると大事故になりかねん。
体育の授業の着替え中に気付いたりしたら悲惨だぞ。
今はまだ違和感を持てるから良いけど、あんまりノーパン生活が長引くとこれが当然になっちゃうしな……。
「さて」
サッパリしたついでだ、そろそろ買い物を済ませておこう。
持ち込む食料品は四日分……、余裕を見て五日分もあれば十分だろう、まあ、僕にはそもそも一日分でもあれば増やせるのでどうでも良いというのは置いといて。
買い物用の鞄と財布を持ったら、首からゲスト証を掛けて甲板へ。
「買い物してきますね」
「ああ。気をつけろよ、もうじき日も暮れる、そうなれば港はちょいと坊主には優しくないからな」
「はい」
着飾られた言葉とはいえ、しっかりと忠告をしてくれるバリスさん。
優しいんだろうな、良い人でもあるだろう。ただし状況によるタイプの。
それでこそギルド関係者、だとも思うけれど。
港からちょっとだけ歩いて、食品類のお店が集合している一画へと移動。
流石に品揃えが良いな。
サトサンガでは小麦以外にもトウモロコシのようなものも栽培されているらしい。
パン以外にも主食候補が出来た。
とはいえ典型的な日本人の僕としてはお米が恋しいものだ。
作っちゃうのは簡単だけど、この世界のお米と出会うのが楽しみだからな。
やはり暫くはパン食をメインだな。
船上でパンを焼くのは……、厨房を借りないと厳しいかな? 晴れの日ならば甲板でどうとでもできるけど、あんまり勝手に火を使うのもな。
となると既製品で済ませる感じだ。
パンはそれでも大丈夫として、おかずはどうしようか。
ハムとかを買ってハムサンド、は当然として、野菜類も多少は持っておきたい。
あとは最悪、魚は釣れるし、鳥もいるだろう。
となれば買うべきは調味料。
一通りお店を回って五日分ほどの食糧を確保する頃には陽も暮れ始めていて、港の様子も少しずつ『夜の街』へと変わりつつあった。
具体的には露出の多いお姉さんが多くなった。
港街には船が集まる。
船を動かすには結構な数の船員が要る。
船員は船を動かしている最中、まともにその手の発散をするのが難しいし、陸に上がるとそこでまとめて発散するわけだ。
もちろん、船を動かしている最中でも全く方法が無いわけではないし、そこに僕が関連する可能性も……、まあ、否定は仕切れない。
だからこそ回避するための手は、バリスさんが打ってくれている。
当然自衛はしっかりする前提だろうけど、頼もしいものだ。
「後は……特にないかな」
他に買うべきものも無さそうだし、改めて港へ。
やや柄の悪い感じの男性がちらほらと居て、こちらをちらちらと見ている……けれど、すぐに諦めて去って行く当たり、白昼ではないけどこんな時間に堂々と人さらいが出来るガッツはないということか、あるいはこの客員証が役立っているのか。
後者かもな。
というわけで船に到着。
「戻りました」
「ああ。無事か?」
「特に何事もありませんでしたよ。最後の最後でちらちら見られたくらいです」
「そうか」
「ええ。ところで、調理場って借りる事は出来るんですか?」
「自由に使って構わんぞ」
「なら、必要なときには使わせて貰いますね」
これで懸念事項もなし、と。
よし。
「それじゃあ、僕は部屋で休ませて貰います」
「ああ。何かあればすぐに知らせたほうが良いか? それとも、重要事項だけ?」
「僕は船に詳しくありませんから……重要事項だけで良いんじゃないですか」
「それもそうか。ま、何か気になる事があったら言ってくれ」
「わかりました」
それじゃあまた後ほど、そんな感じに挨拶を交わして船室へ。
干しっぱなしだった洗濯物は元々ほとんど乾いている状態だったこともあり、もう大丈夫そうだ、紐から外して畳んでおいて、一方で荷物置場に食糧を集約。
冷蔵箱というクーラーボックスの上位互換のような道具がこの世界にはあるので、食べ物は全部そこにいれておく。
上位互換たる所以はパンとかも美味しく保存できるところだ。割と便利。
……まあ、錬金術でどうせ『ふぁん』と調理するから、あんまり意味は無いんだけど。
どんなに美味しい状態だろうと、マズイ状態だろうと、マテリアルとしては同じ効果だし。
品質値的な影響が本来はあるんだろうけど、僕の場合は鼎立凝固体で天の魔石やら賢者の石が使いたい放題だからなあ……品質値の36200までは0と等価なのだ。
「品質といえば……この世界にも、超等品はあったりするのかな」
超等品とは特級品を鼻で笑うような品質値を持ち、その道具それ自体を正しく使うことで、特殊な効果を顕すという道具である。
概ね三種類の効果にまずは分けて考え、攻撃的な効果ならば『剣気』、補助的な効果ならば『発気』、そして防御的な効果ならば『壁気』とそれぞれを呼ぶ……んだけど、究極的には『特殊効果』と一言で表わしていいと思う。
尚、僕が掛けている眼鏡も狙って作ったわけじゃないけど超等品になっていて、先の三分類の中では『剣気』を持っている。
具体的には眼鏡のレンズから光線が出せる。
一体何の意味があるのだろう……。
まあ、そういうギャグみたいな事も起きうるけれど、道具が効果を持つというのはこの世界においてもあり、アーティファクトとか呼ばれているらしい。
それが超等品なのか、あるいは別の何かなのか……。
超等品だとしたら傾向を調べるのに丁度いいし、別の何かならば『新しいおもちゃ』に出来るだろう。
ま、そうそうは無いとも思う。
それも含めて、探すのが楽しいとでも考えておこう。
船室の鍵を掛け、その上でつっかえ棒をして勝手に入れないように細工をしてからベッドに横たわる。
無用な心配かもしれないけれど……ね。
…………。
どうしたものか。
船旅って実は本当に初めてなんだよね。
最初の異世界では馬車を最初に使ったくらいで、それ以降は養成学校みたいなところで生活していた都合上、鎧を着たりはしたけど徒歩の移動だったし、二つ目の異世界では馬車を使うよりも走った方が早かった。更に言うならば、このころは既に『空』を使えた。まあ、今ほど自由自在でも無かったけれど。
で、空を移動に使えてしまうと、いちいち船なんて使う意味が無い。時間も手間もかかるし……。
だからなんというか、船の客室でぼーっとするというのは新鮮なのだ。
そして暇だ。
クルーズ船でツアーとかならば遊びもあるだろうし、客船ならそういうのがあったのかもしれないけど、交易船であるこの船には娯楽があるわけではない。
釣りをするにしたってお日様が出てるときくらいだよな。地球なら夜釣りとかも楽しいと思うけど、この灯の少ない世界では事故の元だろう。
屋内で出来ることと言えば読書だけれど、読むべき本がないし。
かといって魔法の研究をするにはいくら何でも場所が悪すぎる。
万が一コントロールをミスったりした時、船を沈めてしまいかねない……。
のんびり何も考えずに長風呂をするにしたって、そもそも浴槽がないからな……。
まあ、それも無いだけだ。作ろうと思えば一瞬で済む、しかもこの世界の魔法は魔法を解除することで完全に水やお湯を消し去ることも出来るから、排水を気にしないで良いというおまけ付き。
で、そこまでするなら見た目がアレだけど、スライム風呂で良いんじゃない? となる。あれなら浴槽要らずで自由な体勢だもんな。
とはいえ、さっき買い物に行く前に一度入ってるから……。
そうそう何度も入ると湯疲れするし。
いっそ船員のお手伝いでもしてみるか……?
いやでも、船乗りって専門家の集団だからな。
個人の動きは『理想』でどうにか出来ても、他の人との連携が美味く出来なきゃ邪魔だろう。
となると船関係以外でのお手伝い……荷物運び?
力は筋力増強でどうとでもなるし、そもそも重さなどというものは錬金術の前には障害ではない。
けれどこれも集団で連携するタイプだったんだよね、さっきちらっとみた範囲では。
あとは厨房関係だけど……。
僕はしばらく、厨房関係の仕事をしない方が良いと釘を刺されてるからな。
つまり本格的にやることがない。
だかといって寝るってのもな、今日一日を凌ぐならばそれでいいけど、明日からも毎日そうするというのは無駄極まる。
……となると。
定められた回数、指と腕を動かして、カチリとはまる感覚と同時に青と緑の渦が発生……、冒険者ギルドが使うロジック、『遠隔音声伝達』を発動、発動時に対象として伝達先を選択、相手は当然、サム。
ピュアキネシスによる疑似的な防音を施してから、
「ねえサム。ハイン海の移動で三日から四日ほど暇なんだけど、何かやれることない?」
僕はサムに問いかける。
サムは僕と違って忙しいだろうし、返事は少し待たないといけないし、必ずしもやることが見つかるとは限らないけど……。




