33 - サッティラの出会い
サッティラ。
サトサンガという国の特徴であるハイン海に面した交易港……交易街の港バージョンとでも言うべきだろうか、ともあれ、活気に溢れた街。
街の外からざっと見た感じ、人口は五千近いだろうか。
加えて陸路海路の両面で人や物の出入りは激しいと見える。宿屋も多いな。
港には大きな船が四つ、中型が二つ、小型が沢山。
船の形は……キャラベル船が近いような気がするけれど、マストの形や大きさが全体的に均一なのが気になるな。
大型船に至っては大きなマストを二つつけているだけだし。
あれじゃあ風に……って、そうだよな、風なんて魔法でどうとでもなるし、場合によっては水流も操作しちゃえばより確実ってことか。
他にもう一つ気になったのは、大型船の内の一つだけがやたらと豪華な装飾を施されていることだろうか。
お偉いさん専用なのか、あるいは目立つのが趣味の商家が使っているのか、あるいはあれが客船か。
できれば客船は普通のほうがいいなあ、ああいうのは高そうだ。
ま、うだうだ言っても仕方が無いので、サッティラの街へと入る。
当然のように検問無し。
街の構造からしてそもそも護る気も無さそうなので、あえてそこにリソースを割くくらいならば自由に移動させ、一分一秒でも早く取引が出来るようにしているのかも知れない。
街の外周部には大きな宿屋が数軒。
大きいから質がいいとは限らないんだろう、とはいえ値段が安いとか、そういう付加価値はありそうだけれど。
今のところは横目に通り過ぎて大通りへと抜け、標識を確認しつつ市場通りへ。
市場通りの活気は街の中でもトップクラスで、広い道だというのに、大混雑と言って過言ではないほどには人が居る。
僕が今居るあたりは衣服や装飾品のお店が多いな。食品系は港方向か。
どうせ用事があるのは港なので、人混みに混じって歩くこと数分。
開けた場所に出ると、そこはちょっとした休憩スペース兼商談スペースになっているようだ。
あちこちに椅子や机が置かれているだけではなく、小さなお店が数件あり、そこでは飲み物や軽食を出しているらしい。
けれどここが目的地でもないので更に素通り。
いざ港に到着すると、左側が魚河岸になってるのかな。
で、右側に建物が密集していたのでそちらへと向かい、少し探すと『船舶案内所』と掲示されたところがあった。
なんかネーミング的に違うような気もするけれど、とりあえずここを尋ねてみよう。
木製の扉を開けると、からんからん、と鈴が鳴る。
窓口は八つ、全て間仕切りで仕切られている。声は聞こえても隣の姿は見えない感じだ。
で、内五つは既に埋まっていて、その五つの内三つに並んでいるのは商人だろうか。残りの一人は冒険者だろうな、大きな武器を二つも抱えている。もう一人も武装していてどちらかと言えば冒険者っぽいけど、服装が独特だ。軍関係かもしれない。
聞き耳は……、立てる前に、まず自分の要件からだな。
空いている窓口へと向って、と。
カウンター越しに立っていたのはドレス姿の女性だった。
「すみません。ここで聞くのが正しいかどうかも解らないんですが、この町からハインまで向う船はありませんか?」
「可愛らしいお客様ね。ここで合っているわよ」
ここで合ってるというのは嬉しいけれど、可愛らしいお客様というのはどうだろう。
今は猫も連れていないし、着ている服もサムからの話で最初に整えてある。
ましてやこの街に来るまでの間に微調整はしていて、黒縁眼鏡を除けばその辺の子供Aくらいの普通さにはなってるはずだ、別に可愛らしくはないと思うんだけど……。
ちなみに眼鏡それ自体はアカシャでも偶に見かけたけど、サトサンガに入ってからはかなり見るようになった。
僕が掛けているような無骨な黒縁眼鏡はあまり見ないし、所謂縁無し眼鏡が主流らしい。
「サッティラからハインまで行くとなると、まずは三つ出てくるかしら。ハイン海周遊客船、サッティラ・トラエ交易船、ハイン・サッティラ・エビータ周遊客船。予算はどのくらいあるのかしら?」
「それなりには持っているつもりですが……、ハインで使うものでもあるので、大金は使いたくないというのが実情です」
「じゃあ……使えそうな分だけ、ちょっとここに隠しながらで良いから、出してくれる?」
声に出して言わなくて済むようにあっさりと対応をしてくれたのは……僕のために対応を変えたという様子でもないし、この国ではこの程度の警戒が当然って所か……?
やっぱり治安がよろしくないなあ。
お財布にしていた袋から金貨を十二枚ほど取り出して、机の上に提示。
「……これでなんとか、足りますか?」
「余裕過ぎるわね……、贅沢しても余るわよ」
仕舞って良い、そんなジェスチャーを受けて財布袋に仕舞い、視線をカウンターに戻すと湖の大まかな地図が展開されていた。
話が早くて嬉しい物だ。
「ルートをいくつか説明するわね。まず、ハイン海周遊客船。これはハイン海をぐるりと一周する客船よ。ただ、時計回りの一方向。サッティラから西には一つの交易港しかないし、そこまでロスというワケではないでしょうけど、少し遠回りになるわ。それに交易港の過半数に近寄るから、時間も掛かるしお金も掛かる。天候にも寄るけど、二十日くらいかしら。その代わりに一番安全で、船内の客室を占有できるわ。ベッドメイクや清掃もお願い出来るし」
なるほど、文字通りに客船ということか。
「次にサッティラ・トラエ交易船。サッティラからトラエ……最東端にある交易港までを繋いでる交易船なんだけれど、ハインにも立ち寄るの。途中下船をする形になるわね。それ以外に寄る場所がないから、一番早く着くわ。けれど客船じゃないのが注意点ね。客室に限らずスペースを使うためにはお金が必要だし、清掃とかは自分でやることになると考えなさい。食事も自分で用意しないといけないわね。裏を返せばお金さえ積めば、交易用のスペースも使えるわよ」
「交易、するように見えます?」
「いいえ、全く」
素直なお姉さんだった。
「三つ目、ハイン・サッティラ・エビータ周遊客船。これはハインとサッティラ、エビータの三つの港にしか停泊しない客船ね。ハイン海周遊客船と比べるとちょっと安いし、何より早くに付くわ。ただこの客船、本数が少ないのよね。次にサッティラから出るのは七日後よ」
「今すぐにで考えて、早く着く順だと……」
「サッティラ・トラエ交易船が最速なのは前提。残りの二つだとハイン海周遊客船は明日出航の便があるから、天候に恵まれればこちらのほうが早いかしら」
だよなあ。
……うーん。
移動は正直、それほど急いでいるわけではないのだ。
それを考えると、速度ではなく利便性……、あるいは生活環境の良さで選んでしまっても良いとは思うんだけど……。
「ちなみに今の三つ以外に選択肢はないんですか?」
「個人商船でハイン行きのものを見つけて、個人的な契約をして乗せて貰う方法があるわね。値段的にも安いかもしれない。ただ、あまりおすすめは出来ないわ。目的地に着ける保証がないのよ」
「やっぱり危険ですか」
「ええ。あなたの所持金だけでもリスクにリターンが見合っちゃう。……それと、あなたはどうも自覚がないみたいだけれど、あなたは本当に『可愛らしいお客様』なのよ。目立った傷もないし、特別美少年というわけじゃないけれど、無難に男の子ではあるから……。そういう子って高く売れるのよね。あなたの身体それ自体に価値が生まれてしまう。リスクにリターンが見合うどころか、率先して『やるべき』相手になっちゃってるの」
「……情操教育上、よろしくないですね」
「あら。サトサンガではこの程度、当然の知識だと思うけれど?」
「僕はノウ・ラース地方の出身でして」
「…………。あー。なるほど。よく無事でここまで来られたわね……。ごめんなさい、その可能性は想定してなかったわ。ちょっと刺激が強かったかしら?」
「いえまあ。闇市がちらっと目に何度か入ったので、今更かな……」
本当に、今更というか、なんというか。
とはいえ。
「でもだからこそ、僕が売れるとも思えないんですよね……」
「『ちらっと目に入る』程度でしか覗いてないんでしょう。外からちらりとでも見えるのは安物だもの」
「……安物?」
「ええ。傷があるだとか、『壊れている』だとか。理由はそれぞれにあるけれどね。あなたくらいの子で、身体に本当に傷がないならば……、最上級の高級品として扱われるはずよ。サトサンガでは人気のタイプだし。そういうのは大事に大事に屋内で飾られるし、目には入らなかったんじゃないかしら」
「僕はさっさとこの国の用事を済ませて帰った方が良いような気がしてきました」
「正直なところ同感よ。……となると、さっき挙げた三つの船の安全性を説明した方が良いわね。冒険者ギルド、知ってるかしら」
「はい」
「そこが元締めよ。海賊だって手を出せないわ。一方的に潰されるから」
そういう事ならば信頼は出来るか。
いざとなったら……、『どうにか』する手も今はあるし。
「サッティラ・トラエ交易船に話を通していただけますか。こちらの要求はハインまでの安全な航行と、僕用の部屋を一つ。食糧は自分で持ち込みます。寝床は……、あるのかな?」
「要求すれば用意してくれると思うわ。ちょっと上乗せされるかもしれないけれど」
「床で寝るよりかはマシなので、お願いします」
「解ったわ。じゃあ、この書類にサインをお願いね」
「はい」
受け取った書類にはいくつかの確認事項。
支払い方法についてだったり、万が一の事故時の責任のありかだったり。
基本的にトラブルの責任はサトサンガ冒険者ギルドが負うようだ。
客として乗る場合、その身分の保障がされる限りにおいてギルドは保護をする義務をもつ、とも。
「どうぞ」
「ええ、確認したわ。一応読みを確認するわね、アルテア・ロゼア。あってる?」
「あってます」
「特殊な身分証……外交証とか、その手のものはあるかしら?」
「あったら最初から言ってます」
「そうよね。じゃあ、船長と交渉をしてくるけれど、ついてくる? それともここで待ってる?」
「そうですね……。変に素人が口出しするのもこじれますし、お姉さんにお任せします」
「あら。嬉しいわ。じゃあ私が帰ってくるまで時間かかるかもしれないけれど、そこの椅子で待っていて頂戴」
「はい。お任せします」
ま、プロに任せるというよりかは、このお姉さんならば致命的な失敗はしないだろうとみての事だけれど。
僕に『価値』を見いだしてくれているだけに、慎重にもなるだろうし。
いざとなったらその時はその時だ。
指示された通り、椅子に座って待ち時間。
ついでなのでちょっと聞き耳を立ててみると、いかにも冒険者という人は僕と同じでハインに向うようだ。
商人さんは行き先というか目的がまずバラバラ、荷物の受け取り、船の管理、新しい商業船の登録とかか。
で、最後の一人はやっぱり軍関係っぽいな。
サトサンガは軍を兵士として持っている。その軍が動いているとなると『何かが起きた』というのは読めるけれど、その先は流石に会話で漏らすほどうかつではないようだ。
裏を返せば『相応の理由があってここにきた』……か。
聞き耳を立て続けるのも疲れるので、待機用の椅子の近くに置かれている瓦版を確認。
最近の国内のニュースが書かれているようだ。……最新かどうかは微妙だけど。
一応ちらりと確認する範囲では……、と。
南西部に出没している大規模盗賊団に対してサトサンガ国政府は軍の派遣を決定した。
南部はプラマナ国境地帯の開発計画が予定から大幅に遅れている件に関して政府の発表、財源は確保済み。
北部漁業組合は冒険者ギルドとの協力を模索。
メーダーがまた関税を引き上げ、サトサンガの一次産業に打撃か。
冒険者ギルドはリーヴァ・トライに称号の授与を内定、リーヴァ・ザ・ソード誕生へ。
ホウザの大火の続報。死者422名を越え尚も行方不明者多数。
アカシャ国第二王子暗殺未遂事件に関する詳報。
……中身もしっかり読み込んだから時間は掛かったけれど、なんというか、全体的に良いニュースが少ないなあ。
ただ、思ったよりも広く浅くを網羅している瓦版だとも思う。
今度から売ってるのを見たら買うのも視野に入れて良いかもしれない。
「そこの坊主。珍しいな、お前みたいな子供が瓦版を読むとは」
「旅をしてきていまして。このあたりの情報を知りたかったんです」
「酒場に行けば良いだろう。そういう事情ならば酒場側も追い出しはしないさ」
「それでも危ない目には遭うかも知れませんからね……とはいえ、一番新しい情報を欲しがるならば、やっぱり行くべきなんでしょうね。気乗りしません」
「はっはっは――中々、見所のある坊主だな」
と。
いよいよ無視できなくなり、僕に話しかけてきた声の方に顔を向けると、そこには壮年の男性が立っている。
身なりはとても整っている。壮年の男性というか、紳士というか。
ただ……動きやすそうな服装ではあるかな。それに随分と鍛えているようだ。
「俺はバリス・ザ・キャプテンと言う。君がアルテア・ロゼアだな?」
周囲を確認……お姉さん……は、帰ってきている。
こちらへの合流タイミングを見計らっている感じもするし、間違いでは無さそうだ。
「はい。契約の確認ですか?」
「ああ。リーザ、そっちで良いか」
「ええ」
…………。
そういえばあのお姉さんの名前聞いてなかったな。
リーザって言うのか。
妙なところですとんと納得しながら、瓦版を元の場所に戻し、バリスと名乗った男性と共に受付へと戻れば、リーザさんはすっと地図の上にガラスを乗せると、その上にインクを付けたペンを走らせた。




