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三月賛歌夢現  作者: 朝霞ちさめ
第一章 アカシャのフロス
30/151

30 * ユアンの肖像

 ――ユアン・サムセット・ウィ・ラ・アカシャという人物は、世界に愛された(のろわれた)少年である。


 彼は産まれながらにして様々なアドバンテージを得ていた。

 例えば才能では、ラウンズと呼ばれる者達と遜色のない――というより、ラウンズと呼ばれる者達を越える才能を平然と持っている。

 次に環境面では、彼はアカシャ国の第二王子として生を受けた――アカシャという国が抱える根深い問題を、その環境から見ることができた。


 だからユアンは、将来的な己の治世が訪れるよりも前から、様々な対処を打っていた。

 特に彼が力を入れていたのは、天災への対策である。


『戦争は外交の一環だ、外交をサボらなければリスクは抑えられる。内乱は内政の問題だ、政を乱さなければ起きない。人が起こす過ちは、同じ人が咎めれば問題は最小化できよう。魔物や猛獣にしたって、早め早めに対処をすれば犠牲など殆ど出さずに済む。だがな、天災だけはどうしようもない』


 例えば大雨の大水害。

 例えば乾燥や落雷による山火事。

 例えば地震による地崩れ。


 そういった天災ばかりは予防のしようがない。

 それは確かに真実だろう。

 だが、それを理由に『何もしてない』のがアカシャ国であり、ユアンはそこに引っかかったのである。


 確かに、天災は未然に防ぐことができないものだ。

 だが、その被害を最小化するための努力ならばできる。


 大水害は治水を整え、水門や放水路を準備すれば大きな被害を減らせるだろう。

 山火事は森林管理がしっかりとしていれば、早期に見つけ早期に解決できる。

 地崩れは起きそうな場所を予め見つけ、そこを補強していくことで地道に解決する。


 他にだって手はいくらでもあるのだ。

 だからユアンは王子という立場でありながら、国王を差し置いて様々な指示を出し続けた。

 凡庸でしかなかった国王はそれを止めることが出来ず――また、道理を説かれればそれに納得してしまう始末である。


 だが、そんなユアンにも転機は訪れる。

 それはユアンが七歳になった頃、アカシャ東部、ヘイゲル地方に発生したとある魔物だ。

 その魔物には当時確定名称が存在せず、ただ、その魔物によって少なくとも街が一つ壊滅したことはハッキリとしていた。


 そんな危険を放っておくわけにはいかない。これ以上の犠牲を出してはならない、そう判断したユアンは騎士に対して出陣を命令し、最終的には確かに、騎士によってその魔物は討伐された。

 ――そう言えば聞こえは良いが、討伐が完了したのは、命令から二ヶ月もの後である。


 これは騎士という組織の在り方に問題があった。

 国王に準ずる王子としての実質的な勅令を受け、騎士団はまず命令内容を細かく分析。

 その後、対応する騎士の範囲を決定し、そこで対応者として指定された騎士は想定訓練を行った上で実地に向い、そこで命令をこなす。

 今回のように確定名称も存在しない未知の魔物を討伐するという命令は、想定訓練にせよ分析にせよ、その段階から大量の時間を要求するものだったのだ。


 当然、二ヶ月もの期間に亘って放置されたその魔物は更に複数の犠牲を出しており、この事も含めてユアンは騎士を評価し直した。

 思ったよりも使えない、と。

 事実、冒険者に適切な報酬を示して依頼していれば、一弦も掛からず解決しただろう。それが解るだけに、失望は大きかった。


 だからといって、ユアンは冒険者という存在が必ずしも信頼に足るとも考えなかった。

 ではどうするか?


 ユアンが出した答えは、ならば『信頼出来る冒険者を予め探しておく』という方法だ。

 依頼、ユアンはアカシャ国名義で様々な依頼を発行し、その道のエキスパートに相違ない冒険者達を見極めてゆく。


 もっとも最初にユアンが目を付けたのは、当時も無名であったシャルロットである。

 シャルロットはミスティックの才能に富み、『結界』として最上級の認識阻害、及び空間途絶を実現する魔法を使いこなしており、彼女を師としてユアンは己のミスティックを磨いた。

 結果、シャルロットの『結界』とは違った方向にユアンはその才能を開花させる。


 次にユアンが目を付けたのは、当時はまだ、駆け出しからようやく一歩踏み出したばかり若手冒険者二人組――つまり、アルスとハルクである。

 この二人が持つ素質が極めて高いことは大前提として、ユアンがこの二人に好意を抱いたのはそのやり方、つまり『確実に』『素早く』というこの二人組の一貫した行動方針の部分が大きい。


 ユアンはシャルロットとこの二人を引き合わせると、秘密裏にパーティの結成を勧め、そこにユアンという王子の名の下に表舞台には出ない働きをする事を願った。

 もちろん、これは強制できる事ではない。冒険者が名声を捨てるなど、まず滅多にあり得ないからだ。

 それでも、ユアンは条件をきちんと整え提示し、彼らはそれを承けた。


 結果、『古の黎明』というパーティが冒険者ギルドに成立する。

 その構成員や功績の一切が徹底して伏せられ、にもかかわらず正常なパーティとしてそれを扱う事をギルドに認めさせたのだ。

 そして構成員が不明であるのだから、『古の黎明』に参加しているかどうかを確かめることが出来ない以上、通常は複数のパーティに同時在籍することが出来ないのだけれど、『古の黎明』はそれにカウントされない。

 功績を挙げたいならば別のパーティで、それがユアンの結論であり、アルスとハルクはそれに同意した形になる。


 それ以来、ユアンは『古の黎明』の三人に師事しつつも様々な問題への即応部隊として彼らを用い、様々な経験を積むようになる。

 その最中、更に思いがけない方向にユアンの才能は開花し、彼は治癒術士としての側面も持ち始める。


 こうなるともはや『古の黎明』は全てをその内部で完結し始める。

 ユアンが持つ国家権力は、彼らを正当な手段で様々な場所へと立ち入らせた。

 アルスが持つ戦闘力は、どのような魔物にさえも瞬時に対応し得た。

 ハルクが持つ総合力は、不可視の罠をも用意に見抜いた。

 シャルロットが持つ結界は、そんな彼らの行動を隠しきった。

 たとえ怪我を負っても、ユアンが治癒術士として瞬時にそれを癒してしまう。


 アルスが勇敢なる者(ザ・ブレイバー)の称号を頂き、ハルクが兼ね統べる者(ザ・ジェネラル)の称号を与えられたのは、そんな『古の黎明』としての経験を一般のパーティに応用した結果に過ぎない。

 一方、シャルロットが消し去る者(ザ・イレイサー)の称号を与えられた部分に関しては、ユアンの意向とギルドの思惑が重なった結果である。


 活動は順調だった。


 ただ――いかに順調だったとしても、もちろん問題はちらほらと発生している。

 その筆頭こそが、ハルクが邂逅してしまったその『少年』である。


 丁度その頃、『古の黎明』としての活動がいくつか予定されていたのだが、ハルクはそれを連続して欠席。

 何かが起きている、そう判断したユアンはハルクが居るはずのギルドハウスへと向かい、ハルクが出会ったその『少年』――当時はまだ『セタリア』と呼ばれていたそれと出会った。


『宜しいわけがなかろう。だが――』


 他に手がない。

 それを見ただけでユアンはハルクの真意をくみ取り、そう告げてその場を去ったのである。


 ハルクは『古の黎明』として既に行動していたのだ。

 あの少年を監視するという行動を。

 ユアンはだから、『古の黎明』としての拠点を少しハルクへと近づけた。


 幸いなことに、時間が経てば経つほどその少年の危険度は下がり、ハルクも常時監視の必要が薄れたと判断し、『古の黎明』の活動に復帰し、その少年についての情報を共有し始める。


 が、そんな折。

 魔狼(ウルヴズ)の顕現という可能性が指摘されると、事態は急転する。

 流石にハルクを欠いた状態でどうにかできるような問題ではなかったし、そもそもハルクが居たとしても解決の糸口が掴みにくい――どころか、見えないような状態だ。

 少なくともハルクの招集は必須として、ではあの、フロス・コットンと名乗り始めた少年にはどう対処するか?


『アレはこちらから何もしなければ動かないだろうな』


 ユアンはまずそう結論を出す。

 だが同時に、


『現状では足りない手を、アレにならば埋めうるかもしれない』


 とも。

 こちらから何もしなければ、きっとその少年は無害であり続けるだろう。

 だが魔狼という問題を解決するのにあたって、最も有効な手段はその少年を巻き込むことだ。

 もちろん、このユアンの結論にハルクは異を唱えた。

 それでも、魔狼がもたらす可能性のある被害の規模を考えれば、かの少年をあるいは敵に回すほうがまだしもマシであると、ユアンは告げた。


『魔狼は無辜の民に大量の被害を与えるだろう。だがあの少年を敵に回して困るのは我々だけだ』


 ならば打てる手は全て打つべき。

 そうしてユアンはギルド本部に圧力を掛け、少年、フロス・コットンに対して依頼の承認印を発行させ、更に試練を与える者(ザ・オディール)の称号まで与え、大々的にフロスを巻き込んだのだ。


 その采配はぴたりとはまった。


 フロスに敵対の意図はそれほどなく、魔狼対策を手伝うことを簡単に約束した――そして、魔狼を片付けた後はアカシャを去ることも宣言した。

 これにより、魔狼を退ければそれによってフロスという脅威も消すことが出来る状態に出来たのだ。


 更に、フロスはユアンの見立てを遙かに越え、殆ど丸投げに近かった依頼管理を完璧以上にこなして見せた。

 アカシャ金貨四万枚程度を予定していた出費も、何をどうしたらそうなるのかはついにユアンにも理解出来なかったが、出費どころか二万枚ほど儲けを出している始末である。


 それだけではない。

 どうしても古い文献に依存し、曖昧な分部もあった不死鳥装具と呼ばれる、魔狼対策として準備する特殊な道具についても、フロスは冒険者達を上手く活用しその正体をきっちりと特定。

 その精製法に至るまでを再整理した、どころか、平然と現物を調達してくる有様。


『確かに製法の確認を可能な範囲でしろとは言った。現物が現存しているならばそれが一番だとも言った。だが新しく作ってこいとまでは言っていない……というか、材料はどうした、材料は』

『いやあ。余分に集まった分の材料で試しに作って見たんだよ』

『余分……、余分だと? 金を使うどころか増やしておきながら?』

『あれは製法の確認も兼ねて加工した余り物が邪魔だったから売り払ったんだけど、そうしたらお金になっちゃって……』


 フロスという少年が危険だとユアンは再認識するも、それは敵対してしまった時の話。味方に置くことが出来れば享受できる恩恵はあまりにも大きかった。


 かくしてユアンを初めとした『古の黎明』は、魔狼の討伐をついに実行へと移す。

 予め住民を避難させた上で、病としての魔狼を結界内部に封じ込め、不死鳥装具――不死鳥の屍骸を加工して造られる特殊な道具をその範囲内に適応することで、強制的に様々な病を浄化する。


 魔狼(ウルヴズ)の本質が病である以上、病の浄化という現象それ自体が魔狼に甚大な効果を及ぼすことは明白であり――それはユアン達の想像通り、相応の副作用をもたらしつつも、ついに魔狼の消滅を確認したのは、五月下弦二十六日の事である。


 その声明の準備を始めた『古の黎明』を。


「お邪魔します。皆さんおそろいですね」


 と、尋ねてきたのは――当然、かの少年。

 フロス・コットン改め、フロス・ザ・オディールである。


 ユアンはまず、彼が別れの挨拶をしに来たのだろうと考えた。

 魔狼の一件が終わればアカシャを去る――と、そう約束したのだ。

 丁度、魔狼の一件が終わったのだから、そう考えるのが自然である。


 だが、『違う』。

 ユアンは直感していた。

 フロスが、別れを告げに来たわけではないと。

 むしろまだ、別れることができないと――そんな事を告げられるのだろうと、直感していた。


「皆さんが頑張っている間、僕なりに色々と調べてみたんですが……。魔狼の本質が病そのものである。そう結論したのは、アカシャ国に伝わる記録を総合した結果そう読み解くのが自然だったから。そうですよね?」

「ああ。……それが?」

「だとしたらそれは、きっと『過去の人々』と同じように。……間違えています」


 そしてフロスは、ユアン達に束ねた紙を渡した。

 紙には細かい文字で、魔狼に関する記述とその出典が、複数の補強材料と共に書かれている。

 つまり――それは、検証結果だった。


「過去アカシャにおいて魔狼が浄化された年。それからたった一年後、クタスタに魔狼が顕現しているんです」

「それは別の個体だろう?」

「はい。病の質も違ったそうです。別の個体が偶然にも、短い間隔で現れた。当時の人々もそう結論してるんですが……。だからこそ、いろいろな話や伝承を冒険者に頼んで纏めて貰いました。結果はご覧の通り」


 魔狼(ウルヴズ)の顕現。もしくはそれを示唆する伝承。

 その時期を時系列化したその紙を見れば、その異様さは浮き彫りになる。


 あまりにも出現時期が密集しているのだ。

 数百年出現しなかったかと思えば、一年に何度も別個体のそれが出現している。


 そして一度現れると、最低でも二度はその出現が確認されており――討伐に失敗してもなぜか、魔狼(ウルヴズ)は自然に消えている始末。

 そこに何か理由があるとしたら?


 ユアンはここに至って、己の勘違いを悟る。


 ――ユアンはアカシャの王子である。

 だからこそ、この国に残された記録の原本を、直接その目で読み解くことが出来た。


 それが災いした。

 はっきりとした記録を直接読み解くことが出来てしまったから、そして自分自身で解釈するだけの力を持っていたから、曖昧な伝承を気に留めていなかった。

 そこに重要なヒントがあったと知らずに。


 それでも――


「我々が本体だと思っていたものは、真の本体から生み出された端末に過ぎないと言うことか。もう少し詳しく話をしてもらうぞ、フロス」

「はい」


 ――ユアン・サムセット・ウィ・ラ・アカシャという人物は、世界に呪われた(あいされた)少年である。


 どんなに道を誤ろうとも、最後は必ず辿り着く。

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