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三月賛歌夢現  作者: 朝霞ちさめ
第一章 アカシャのフロス
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03 - 能力開示の制限術式

 答えは決まっていた。

 というか、実質的には拒否権が無かった。


 僕の現状をこの町の人視線で考えてみよう。


 素性の知れない少年。

 少なくとも町の人間では無い。

 外からの馬車が来ていない今日の夕方に突然発見された。


 うん、この時点で怪しさ満点だ。

 最初に巡回していた自警団の方の青年があっさりと槍を振ったのは実に正しいと思う。

 しかも僕は言葉を理解しているのに、喋る事は出来ないという状況だ。更に怪しさは増すだろうに……。


 ともあれ、様々な理由で信頼度がマイナスでスタートしている。

 そしてそれを自覚するだけではまだ半分だ。


 もしこれを拒否した時、表向きこの人達はあっさりと引き下がるだろう。

 けれど僕がこの後、このギルドハウスという環境で働いていく事で、普通の子供には無理な事だ、って事を自然とやってしまう可能性がある。


 そうなったらもう遅い。

 そうなる前でも許可がなければ発動できないとは言われたけど、この手の制約は何らかの抜け道が存在するものだと考えるのが自然だし、僕の素性を調べるに当たってなんらかの応用を使われる可能性は十分にある。


 だから最初から拒否せず受け容れておくべきなのだ。

 どんな結果が出るかはまるで解らないけれど、だからこそそれを今確認出来ることが、そしてこの人達のリアクションを見ることが出来ることも含めてとても大きい。


 結果によっては突然敵対されることもあるだろうけど……、今、この場所ならばなんとか対処できるメドもある。


 だから僕は『能力開示(ステイタス・ビュー)』を受け容れると決断し、青年の問いに頷くことで答えとした。


『へえ。そうか。じゃあ、遠慮無く――』


 青年の腕にまた、青と緑の渦が生み出される。

 手は僕に向けられ――た瞬間、


 ざらり、


 と。

 全身を巨大な猫に舐められたかのような、そんな奇妙な感覚を覚える。

 『能力開示(ステイタス・ビュー)』の対象に取られた……って事かな?


 青年はまるでそれに答えるように、別の方向へと指を差す。

 光によって投影される形で表示されたそれを見て、


『…………?』

『…………?』


 と、二人が同時に困惑しているのが見えた。

 僕としても困惑だ。これでは二人の反応を見るもなにもないではないか。


 ちなみに表示されたものをレーダーチャート状のグラフを確認すると、……あれ?

 レーダーチャート?


 なんだか中央部分は真っ白に塗りつぶされていて、外周はほとんど真円を描いている。

 そして素質を表わすはずの線らしきものは、少なくともグラフ上には見当たらない。


『……ここまで綺麗な円を見るのは、初めて、だなあ。アルスの親父さんも大概「円」になってる方だけれど、このグラフと比べれば、かなり角張って見えるほどに。それだけ素質の幅が広い』

『だが、素質の強度を表わす線が無いな』

『ええ。つまりは原点から動いていない。「磨けば光る素質に溢れている」けれど、「今のところ何も磨いていない」……って解釈が自然かな……。素質があまりにも多すぎて、素質を表わす文字が潰れて読めないほどだけど、ここまでとなると表示されていない素質を探す方が大変でしょうね、元々』


 ……ふうん?

 全てに対して成長の余地がある。

 ただし現状では強度がゼロ近辺と。


『それでカウラン。この表示は異常か?』

『いえ。ここまで綺麗な複合例は珍しいと思いますが、それぞれを見る分には異常とまでは言えない。たとえば「全ての項目が表示される」という例は、一世代に一人くらいは居るとされています。次に「強度が表示されない」という例も、「裕福な田舎の子供」などでちらほらと見られます。その二つが複合しているだけならば、異常でもない』


 安心して良いよ、とでも言いたげに、青年は僕の頭に手を乗せた。


『ギルドハウスキーパーとしての見解を述べさせて貰うと、この子はぜひともうちで育てたい。こうも幅広い素質を持っているならば、将来ハウスキーパーを、どころかギルドマスターの後継者にも成り得ますよ』

『……あまり期待を掛け続けて、潰すようなマネはしないでくれよ。目覚めが悪い』

『あはは、そのような事はしませんよ。ただ、将来性があると示しただけです』

『ならば、良いが』

『少なくとも失語症を癒して、その後しっかりと話し合いが出来るようになってからにしますとも。アルスの親父さんも時々は見に来て下さいな』


 青年の言葉に、団長は苦笑を浮かべて頷く。

 丁度それを合図にするように、能力開示(ステイタス・ビュー)の表示が解除された。

 時間制限……というわけでもあるまいし、表示は任意のタイミングで解除できるタイプか。


『さて少年。君は今から、このギルドハウスの一員です。君の様子を見る限り、ギルドハウスには初めて来たのかな』


 はい、と素直に頷くと、青年は満足そうに頷いた。


『ならばいろいろな仕組みを教えないとね。ただし、そういうのは明日からにしよう。今日はまず君に部屋と温かい食事、飲み物をあげるだけにしよう。ゆっくりと休みなさい』

『…………、』


 ありがとう、の言葉がわからずに。

 かわりに大きなお辞儀でお礼をすると、また頭を撫でられた。


『健気なものだ。それじゃあカウラン、後は任せるぞ』

『ええ。アルスの親父さんもお気を付けて』


 と、ここまで案内をしてくれた団長さんは去って行く。

 彼にも何か、将来的にはお礼をしたいところだった。


『さて。それじゃあ少年、ついてきて』


 青年……いや、もう名前で認識しておこう。

 カウランさんは僕の手を引くようにして、ギルドハウスという建物の中へと裏口から入り込むと、店内の活気が微かに伝わってきた。


 微かに。つまり、お店の部分とこの通路の間には距離……、というか、壁があるんだろうな。

 いわゆるスタッフオンリー、そんな場所なのだろう。


 そんな考察をしていると、すぐに階段に到着。

 二階に登ると、踊り場の正面にはさらに上へと続く階段が、左手側には窓と火の付いた燭台、つまりは外、そして右手側には扉が二つあり、一つは開けっぱなしになっている。


 その開けっぱなしのほうの扉の上には「面談個室」と書かれたプレートが貼り付けられていて、もう片方の扉の上には「家長室」。

 家長?


『面談個室というものは、冒険者ギルドの中でも秘匿性の高い依頼を斡旋するときに使うものでね。ここはギルドハウス、本部直下にあたるものだから、これが奥には二部屋あるんだ。で、こっちの家長室は私の部屋。私はハウスキーパー、つまり家長だから、店に出ていないときはここで休んでいるか、作業をしている。何かがあったら尋ねてきなさい』


 ん……ああ、『(ハウス)』の『(キーパー)』って解釈か。納得。

 軽くお辞儀を挟むと、更にカウランさんは上の階へと僕の手を引く。


 結果、辿り着いた三階は最上階であるようで、階段から直結する廊下には、四つの扉があった。基本的には普通の、木製な扉なんだけど……、一つだけ黒い扉があって、その黒い扉が一番階段に近い場所にある。


『この一番手前の部屋は水場だよ。中にはトイレが二つと、そこそこ広い、湯浴み場が一部屋。お湯は定期的に用意しているから、使用中の札が貼ってないときは自由に使いなさい。一応中も見ておこうか』


 水場……、水道らしき施設は見られなかったんだけど、あるのかな?

 黒い扉の中はまず少し狭い空間があり、左手側に扉が二つと、正面にも扉が一つ。

 この空間には水がなみなみと入ったタンクがある。


 左手側の扉はトイレのようだ、ドアノブに板が掛かっているのは……、ひっくり返してみると、『使用中』と書かれていた。なるほど。鍵の代わりかな。

 扉も開けてみると、中には洋式……、とはまた微妙に違うけど、とりあえず便器が置かれている。

 水洗式といえば水洗式だけど……、水道管が伸びてないな。


『使い方は解るか?』


 直感的に分かる部分もあるけれど、解らない部分もあったので、いいえ、と首を横に振る。


『用を足したら、そこの金具、レバーを引くんだ。すると後ろの水桶から水が流れる。流れきったら、表の水場にあるタンクから、水をバケツで移す。ちょっと大変だろうが、毎回やってくれ』


 納得。

 つまり下水道……というか、『汚水を流す』という概念はあるわけだ。

 上水道の整備は全然出来てないけれど、そこまでは望めまい。


『ちなみに、表の水場にあるタンクは半分をきったら、誰かが補充することになっている。少年にもいつかはやってもらうかもしれないけれど、当面は気にしないで大丈夫だよ』


 そして、井戸から水をここまで運ぶにしては手間がかかりすぎる。

 となると、あの水場のタンクには魔法で給水してるんだろう。

 当面は気にしないで良いというのも、今の僕には使えないから、なのだろう。


 トイレはそれでいいとして、じゃあ湯浴み場はどうなってるのかな、と扉を開けてみると、まさかの再び通常空間を隔てた先には磨りガラスのような扉が。

 …………。

 ああ、ここは脱衣所か。

 鎧とかを置ける場所になっている、と。


 で、磨りガラスのような扉の先には石造りの浴槽と洗い場、これがどちらも結構大きい。

 一人で入るには広すぎるほどだけれど……、複数人で入ることも想定していたのかな。

 いや、単に大きな武器とかも洗えるようになってるのか。


 ちなみに浴槽とは別にタンクが二つ設置されていて、片方はお湯、片方は水のようだ。お湯はちょっと減っている。

 シャワーは無く上がり湯オンリーと。

 上水道が無い以上、これが限度なのだろう。

 洗い場にはしっかり排水用の逃げ道も用意されているし、使い勝手は悪く無さそうだ。


『湯浴み場は……、説明、要るか? どこも同じだと思うが』


 だよね。

 必要ありません、と首を横に振れば、カウランさんは『よろしい』と頷いた。


『っと、お湯が少し減っているな。水やお湯を補充する方法もついでに見せておこう』


 カウランさんも上がり湯タンクのお湯が減っていることに気付いたようで、その場で小さな青い渦を発生させると、透明な球体がすっとカウランさんの前に現れた。

 ……お湯の生成、かな?


 かなり渦が小さかったのは、消耗が少ないから……いや、むしろ今の僕の規準になっている『能力開示(ステイタス・ビュー)』に使っている魔力が膨大だったからか。

 この町に入ってから魔法を使われたのはさっきの能力開示(ステイタス・ビュー)が初めてだと思っていたけれど、ああも小さい渦だと僕の視界にたまたま入ってなかっただけかもしれない。

 そしてそれは即ち、以外と魔法がありふれた世界であるという可能性を示唆している。


『初歩中の初歩、お湯を生み出す魔法(マジック)だ。素質が無いと習得は困難を極めるが、少年ほど素質を持っていれば時間の問題だろう』


 やっぱり。

 僕がそんな意図を込めて頷いたのを見てどう思ったのか、その表情には表わさず、カウランさんは『じゃあ、君が使う部屋に行こう』と話題を戻した。


 湯浴み場を出て水場へ、水場の黒い扉を潜って階段とは逆側、廊下を奥に進む。

 案内されたのは、一番奥の角部屋だった。


 鍵……、は、ついてないな。ひょっとしたら鍵が存在しない?

 いや、一番最初、あの裏口には『鍵らしき機構がついていた』。

 となると鍵が高級品とか、そのあたりかもしれない。


『君にはこの部屋を使って貰おう。他の部屋と備品は変わらないよ』


 備品は?

 どういうことかな、と首を傾げれば、


『広さがちょっと違うんだ。具体的には、この部屋の方が気持ち程度にちょっと小さい』


 しっかり答えを出してくれるカウランさんだった。

 スムーズで助かるけれど、どこまで見透かされているやら。


『不満かな?』


 そんな事はありません、と首を横に振り、部屋の中へと一緒に入る。

 備品は燭台が三つに水桶が一つ、テーブルは大小一つずつで、椅子はそれぞれテーブルに一つずつ。陶器の湯飲みのようなものも置かれていて、水を飲むのには便利そうだ。


 寝床はベッドタイプ、結構大きく、しかもふかふかとした寝具つき。

 小物を仕舞える棚、衣服などが仕舞える大きめの棚、本棚など棚については文句がない。

 生活上大きな不便というものも、既にあまり感じないな。


 後は空っぽの傘立てのようなものと、壁には謎の金具だけど……、たぶんどちらも、武器や防具を置くための場所かな?

 感謝を告げようとして振り向くと、ふとの内側に金具が見える。

 って内掛タイプの鍵か、これ。

 なるほど、外から開け閉め出来るタイプの鍵は無くても、こういう鍵はあるわけだ。


『部屋の中で分からない事はあるかな?』

『…………、』


 一応、と。

 僕は視線を、まずは内掛タイプの鍵に向ける。

 使って良いのだろうか?


『ああ、鍵は自由に使って構わないよ。その代わり、呼んだら出てきて欲しいけれどね』


 もちろんだ。

 というかこのタイプの鍵は外からでも簡単に開けられるだろう。扉側にもそこまで細工無かったし。


 次に燭台の一つに視線を向ける。


『ああ、火の灯し方だね。階段を降りて二階へ。そこの燭台は一日中つけているから、それを種火にしてくれるかい。油は毎朝補充できるように配っている』


 なるほど、マッチとかは無いのかな?

 あったとしても子供には持たせられないか。


『他に質問が無ければ食事……と、着替えになりそうなものを持ってくるが、どうだね』

『…………!』


 お願いします、と頷けば、カウランさんはもう一度僕の頭をぽんと撫で、『少し待っていなさい』と部屋を出ていった。

 ……あれ。

 なんか、子供は子供でも、十三歳相応には見られていないような気がするな……?


 尚、ライ麦のパン、野菜とお肉のスープ仕立て。

 それがこの世界で初めての食事だった。


 味は……まあまあ。

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