28 - 一気呵成に作り上げ
無害な子供。
この町に到着してからずっと僕が演じていた役は、そんな名前になるだろう。
それを終えると決めても、未練らしい未練も残らない。
決意をするのは簡単だったし、決意してしまえば後にやることもすっと思い浮かぶ。
結局、この酒場で得られたモノはたしかに多いけれど――どうしてもここに残りたいと思わせるほどのモノでも無かったと言うことだ。
とはいえ、フロス・コットンとしての僕にはまだ役割がある。
この『役』を終えると決めただけで、まだ終わったわけじゃあないのだから。
「二つ隣に、これほど大きな街があったとはなあ……」
「にゃあ」
「みゃう」
というわけで。
既にあの酒場のあった町――プロシアを発ち、まず僕が目指したのは交易の要となる街だった。
『暁の黎明』に指定された場所とは最初から真逆に進む形だけど、指定された集合日時は五月上弦十三日。
今日が五月上弦五日。
指定された場所までの移動を考えても時間的な余裕はあるし、ならば自由に動けるこの時間で、揃えるものを揃えようという考えである。
もちろん、材料を揃えるのには随分とお金が掛かるからと酒場では結局動けなかったんだけど、今回『暁の黎明』からチームアップの対価として渡された前金が、アカシャ金貨千二百枚もある。
これだけあれば余裕で揃う……んだけど、それは額面通りの品物があればと言う話。
だからこそ、交易の要になるような大きな街である必要があったわけだ。
両肩に猫を乗せたまま街の大通りを抜け、様々なものが売られている市場へと突入。
ものすごく視線が集まっているけど……、まあ、猫は可愛いからな。うん。
というわけで買い物開始。
「この短剣、いくら?」
「アカシャ金貨百枚」
「こっちの鏃も買うからちょっとおまけしてくれません?」
「……いやあ。こっちも生活がかかっているからな」
「じゃあ要りません」
「金貨九十枚」
「合わせて六十枚くらいでしょう」
「話にならん」
「じゃあさようなら」
「……金貨八十枚」
「プラス、鏃で金貨九十枚で良いですか」
「やれやれ。見事に妥協点を言い当てられた気分だ……」
まず購入したのは合金の短剣と同じく合金の鏃。
どちらも品質値的にはちょっと低いけど、重要なのは品質値ではなく材料なので大丈夫。
「その籠を下さい」
「まいど。銀貨五枚だよ」
「すいません。言葉が足りませんでした。その籠を三百個ください」
「さん……、びゃく?」
「在庫がありませんか?」
「いや、あるが……。そんなに?」
「そんなに。ちょっとおまけしてくれたら嬉しいですけど、とりあえず金貨十五枚で良いですか?」
「ああ……えっと、すぐに準備させるよ。毎度あり」
次に竹造りの籠を三百個。
籠で竹で品質値にばらつきがある。最高の材料だ。
「この宝石、量り売りって本当ですか?」
「ああ。細工をするには適さない、問題ありの品ばかりだが。買ってくかい」
「自分で買うものを選んでも良いならば」
「もちろん」
「じゃあ――」
その次に宝石を金貨三百枚分確保。
ざっと二キロくらい。
とにかく宝石は数を使う。
集めた材料をもって街から少し離れた森に入り、森の中で『薬草』や『毒草』を必要分採取。
材料が揃ったところでふぁん、と掘っ立て小屋をでっち上げる。
家具類は椅子とテーブルが一組、あとは猫二匹の為のキャットタワーを用意した。
そんなに時間は掛けないけど、一応計算しながらの作成になるので肩からは降りて貰うためである。
「にゃう」
「みゃう」
「すぐに終わるから、我慢してね」
二匹を説得したところで、そもそもこの街に到着するまでにちまちま集めた材料も合わせて再確認。
よろしい。
それでは錬金術のお時間だ。
作りたい道具を造るために必要なものは、投入したものを強制的に液体にする『ストラクトの杯』の廉価版、『ストラクトの小瓶』……を、816かける3なので、3264個。
まともに作っていては材料がいくらあっても足りないので、まずは完成品を実質倍にする効果を持つ『重の奇石』という使い捨て、特異マテリアルとしてのエッセンシア凝固体を用意する必要がある。
で、『重の奇石』の材料はエクセリオンという赤色のエッセンシアで、これの材料はまともに用意するならば薬草二つに毒一種、水、血液。
品質値が異なる二種類のエクセリオンと中和緩衝剤という薬草を原材料とした錬金術のお助けアイテムで錬金するわけだ。
まともに用意するならば、という点は、つまり抜け道があると言うことである。
僕が何も考えずに作るならばその抜け道の方で作るんだけど、今回はその先を見ているので正規ルートでエクセリオン、から重の奇石を作る必要がある。
というのも、普通に重の奇石の効果は使い捨て型。継続して消費できるタイプの効果ではなく、一度錬金術に使ってしまうとそれでなくなってしまう特異マテリアルなのだ。
それを『何度使ってもなくならない』――という理想論を叶えるのが鼎立凝固体という道具で、これは三種類の異なるエッセンシア凝固体を一つの道具として生成したものになる。
外観はコイン形状を取り、それを錬金術で使い捨ての材料として扱ったとき、その鼎立凝固体の材料となった三種類のエッセンシア凝固体のいずれか一つが持つ使い捨て効果と同等に『振る舞い』、しかもそれは消費されない。
ようするに使い放題になる。
ただし、一つの鼎立凝固体から効果を発揮させることが出来るのは一種類のみという点に注意が必要で、『赤+青+緑』で作ってそれを材料とするとき、『赤』の効果を使った場合は青と緑の効果をその鼎立凝固体から使う事は出来ない。
もちろん同じものを二つ使えば二種類まで使えるし、三つ使えば三種類使えたりはするけど、一応の注意点だ。
ともあれ、この鼎立凝固体というものを作成するのが今回のゴールになる。
で、鼎立凝固体を一つ作るためにはそもそも『ストラクトの杯』もしくは『ストラクトの小瓶』が三つほど必要だ。元の木阿弥という感じはするけど、とにかく重の奇石の効果を使い放題にしたいので、『赤』を含む一つを作る。
話はそれからだ。
とはいえ、この後も毎度毎度『薬草』を用意するのは大変だ。
なのでまずは薬草を簡単に供給できる状態を準備する必要があり、その為には緑色のエッセンシア、クイングリンと、その凝固体である豊穣の石を作る。
クイングリンの材料は薬草二つに毒一種、水、草類。
品質値をばらつかせたクイングリンを三つ作り、最も品質値の差がある組み合わせの二つで豊穣の石を作成。
後は豊穣の石とクイングリンを接触させれば一面に薬草が生えるんだけど、それはそれで周囲が薬草まみれになる大問題があるため、その生成範囲を制御しなければならない。
で、いつもならばこれを洋輔の『大魔法』によって実現しているんだけれど、この世界に洋輔が居ないため、僕が自力でなんとかしなければならない。
かといって、僕には『大魔法』を使うだけの魔法的な素質がない。
じゃあどうするか?
この世界の魔法を利用する。
具体的にはハルクさんが使っていた『結界』の魔法だ。
ただし、僕にはその魔法が利用できない。
ならばどうするか?
ここで登場するのが『封魔の石』。
鶯色のエッセンシア凝固体は『創の消石』という道具で、使っている間周囲の音を吸収し、破壊することで吸収した音を再生するという使い捨てのレコーダー兼、効果範囲内の音をミュートする効果を持っている。
なんでそんな道具を今説明しているかというと、つまり『音を封じ込め/再生する』道具の『音』の部分を『魔法』にすることが出来れば、他人の魔法を記録し、破壊することで再生・発動することが出来ると言うわけだ。
そんな発想で完成したのが『封魔の石』という事である。
数少ない酒場の自室で作った道具の一つで、僕が今持っている封魔の石は七つ。
その中の二つにハルクさんが行使していた『結界』を保存している状態だ。
ちなみにこんなことをしなくても、クイングリンや豊穣の石の品質値を調整することで効果範囲を無理矢理狭める方法もある。
酒場の自室ではこの方法で限定していたんだけど、やっぱり効率は非常に悪くなったのだ。
よって今回はハルクさんが使った『結界』の魔法を封じた『封魔の石』を使って領域指定の大魔法の代替とし、別途準備した鉢植えに領域を制限して効果を付けることで、そこにのみ薬草が生成されるように調整する。
この方法だと後から投入する豊穣の石やクイングリンにいちいち調整をせずに、同じ場所を指定し続けることができるので便利なのだった。
ともあれこれで薬草の実質的な無限供給が確約。
次に同じくエッセンシアの材料に要求される毒なんだけど、これは空気中に含まれる酸素を毒と解釈することでそもそも最初から、ほぼ無限に等しくその辺にあるので大丈夫。
尚、錬金術師仲間の冬華にこのことを話したら殴られたのは今でもちょっと根に持っている。
で、最後に水だけど、水はこの世界に来る前から習得していた魔法で生成したものを錬金術で普通の水に置換するという一連の流れができあがっており、こちらも無限に供給可能。
中和緩衝剤は薬草から簡単に作る事ができるため、この状態で青色のエッセンシア、エリクシルと、その凝固体である賢者の石はこれで作ろうと思えば自由に作れる状態になったわけである。
別種のエッセンシアにするために必要な追加材料があればその色のエッセンシアも自由に作る事ができ、例えば黄色のエッセンシア、カプ・リキッドは最初の世界の魔法におけるピュアキネシス――要するに魔力を魔力のまま物質として扱う行為――で作った魔力の塊が実質的な無限リソースなので、カプ・リキッドとその凝固体である金の魔石も自由に作る事が出来る。
血を混ぜてエクセリオン、は、あまり気軽と言うわけでもない。
とはいえエリクシルという万能全快薬が作れてしまえば調達それ自体は簡単だ。
もっとも痛みを伴うのはまた事実。
よってエリクシルから、これは錬金変質術で無色透明のエッセンシア、アネスティージャというものを作る。これは最強の麻酔薬だ。つまり麻酔して自傷し、血を確保したらエリクシルで完全に身体を癒しきるという方法でカバー。
血が目の前にあると興奮が抑えきれなくなる恐れがあるので、さっさとエクセリオン、から重の奇石を作成。これはちょっと余るくらいで良い。
次にストラクトの小瓶を重の奇石を使って二回作成、することでストラクトの小瓶が四つできた。
この一つ目に件の重の奇石、二つ目に賢者の石、三つ目に金の魔石を投入して、それぞれが『固体のまま液体』という状態に変化。
その三つを四つ目のストラクトの小瓶に叩き込み、四つ目のストラクトの小瓶を丸ごとマテリアルとしつつ、重の奇石を特異マテリアルとして扱いつつ錬金、ふぁん。
これで『赤+青+黄』の鼎立凝固体が完成品になり、その完成品が二倍化するため『赤+青+黄』の鼎立凝固体が二つ作れた。
洋輔がここに居たら、『ああ、終わったな色々と』と納得してくれるだろう。
というのも、『赤』を含む鼎立凝固体と『青』を含む鼎立凝固体が存在する時、僕の錬金術が色々とでたらめになるためだ。
その要因が錬金復誦術、錬金反復術、錬金曖昧術という三つの錬金術的な応用である。
まず、鼎立凝固体の一つを『赤』つまり重の奇石、もう一つを『青』つまり賢者の石として振る舞わせ、特異マテリアルとして効果を発動させる。
このとき、『赤』の効果は完成品の二重化、『青』の効果は完成品の品質値を+6800。
これに適当な材料、例えばアカシャ金貨を指定して、この錬金術に混ぜるとどうなるか?
金貨の品質値が+6800されたもの、が二重化する。つまり一枚の金貨があれば二枚になる。これが『基本』だ。
錬金復誦術とは、指定した特異マテリアルの効果を、別の指定した錬金術の全ての段階に与えるというもの。
次に錬金反復術は指定した錬金術を材料の続く限り延々と繰り返すというもの。
そして錬金曖昧術は材料などの指定をある程度曖昧にできるというもの。
これを全てひっくるめるとどうなるか?
一枚の金貨が最初にある。
これに鼎立凝固体の『赤』と『青』をそれぞれ復誦術で全適応。
更に反復術でこの錬金術を繰り返させ、曖昧術によって最初に指定した『金貨』を少しだけ曖昧にし、特定された一枚の金貨ではなく、『範囲内に存在する金貨』にしてしまう。
すると一枚の金貨は一度目でまず二枚に増えつつ品質値が+6800される。次に二枚の金貨にこの錬金術が適応され、四枚になりさらにそれぞれ品質値は+6800。今度は四枚の金貨にこの錬金術が適応され、八枚になりさらにそれぞれ品質値は+6800……。
倍々ゲーム、ねずみ算的な材料の無限化が完成するわけだ。
しかも一度の錬金術に必要な時間はほとんど一瞬なので、秒単位で一枚の金貨が数千枚の金貨に膨れ上がる。
もちろん経済を大破壊すること必至なので、金貨に対して実際に使う事はないだろうけど――これによって。
「当面のマテリアルの無限資源化が完了っと」
僕の錬金術はごく一部の例外を除いて『一つでも材料が存在するならば、無限に増やせる』ものに変貌するわけである。
というわけで後はストラクトの小瓶の残りを製作、残り全815種の組み合わせでエッセンシア鼎立凝固体を作成し、全816種のエッセンシア鼎立凝固体を錬金術圧縮術で圧縮、一枚のコインに形状を調整、完成。
これで錬金術上のコストは殆ど全てが踏み倒し可能になったわけだ。
「揃えるものは揃ったし」
後は雑多な便利道具を造ってから、集合場所に向うとしよう。
◇
……ところで、色々と造ってる最中に金だらいが頭上に落ちてきたんだけど、洋輔、世界の壁を越えてツッコミでもしてきたの?




