27 - 潮時
カウランへ――
この手紙を開封していると言うことは、魔狼や不死鳥とは別件の、思いがけない何かが起きた、そういう事でしょう。
私には、それを手伝うことが出来ない。その理由はあえて、書きません。
ただ、カウランだってそれとなく、察してはいるはずです。
だからこそ、カウランは私ではなく誰かを頼ろうとする。
……その誰かとは、恐らく、フロス・コットンと名乗る彼でしょう。
私は彼を敵に回したくない。
彼は絶対に敵に回してはならない存在だと、私の本能が告げるほどです。
だから私は、本当はこんな手紙は書きたく無かった。
僅かでも敵に回す可能性のある行為をとりたくは無かった。
けれどもしも。万が一と言う事もあります。
その時、カウランに一つでも多くの選択肢を、せめて提示したいと――私はそう思いました。
前置きはこれくらいにしましょう。
ここに記すのは、私が知り得た『フロス・コットン』についての情報です。
まず第一に、彼が保護されて間もない頃。
彼は失語症という話でしたが、それは明白に嘘です。
事実、私は彼が失語症から回復するより以前に会話を交わしたことがあります。
ただし、彼が用いた言語は初めて聞くものでした。翻訳の魔法があってようやく理解出来る、そんなものです。
そして彼も同じでした。
つまり彼はあの時、私達が話していた会話を、私達が使っていた文字を、知らなかったのです。
彼もまた翻訳に関連する魔法や技術を使って、それを強引に理解していました。
失語症を装わざるをえなかった理由は、つまりそこにあります。
彼が用いた翻訳は、読み取る、聞き取ることに特化しすぎていて、話したり書いたりすることができないのです。
スエラの死後、彼が言葉を話せるようになり、書けるようになった事については、私も理由が分かりません。
彼自身が研究をした結果なのか――とも思いましたが、どうやら本人も困惑している様子でしたから、何かが起きたのでしょう。
その何かがスエラの死と関係しているのかどうかまでは、解りません。
次の話題に進みます。
彼はラウンズ型の才能を持っていると言う件について、私もそれは同感です。
しかしながら、カウランが考えるようなラウンズではないかも知れません。
私が知っているラウンズの人物は、能力開示によって円形の図が確かに表示されていました。しかし強度は確かに表示されていました。
フロス・コットン、彼の図には、強度が表示されていないように見えます。
それは――だから、逆なのでしょう。
能力開示の『縁』や『枠』に見えるそれこそが、強度なのではないでしょうか。
全ての素質を最上級で最初から獲得している、という可能性。
ただ、これはあくまでも可能性に過ぎません。断定は出来ません――そもそも比較できるケースがありませんから、当然です。
しかし、そうであれば納得が出来ることもあります。
彼の魔法はあまりにも複雑なのです。
恐らく、宮仕えしているような魔法使いにだって解析が難しいでしょう。
当然のように最終形のような応用を、彼は誰に教わるでもなく実現しています。
それを彼自身が自覚していないことが、どれほど恐ろしいのか。カウランにならば解るでしょう。
ただ――それは同時に、彼に悪気がないと言う事も意味していると思います。
彼は今、この酒場での生活を楽しんでいる。
何か私達には理解出来ない理由があったとしても、それは真実なのでしょう。
だからこそ、そんな彼の力を借りようと一歩踏み込むことは、とても危険です。
彼は今の生活を楽しんでいる――その楽しんでいる生活を場合によっては奪うかもしれない、そんな要請をしたとき、彼が私達を敵視する可能性があります。
それでも確かにカウランが感じているとおり。
そして私が絶対に敵に回してはならない存在だと、そう感じたとおり。
きっと、カウランが今直面している問題は、私にさえ無理なことでも彼にならば解決できるのかも知れません。
その代償として彼に恨まれ、彼を敵に回すのだとしても、それはきっと必要な事でしょう。
私は結局、自分で決心できなかった。
けれどカウラン。あなたがそうするべきだと感じたのならば、私はそれに従います。
追伸。
この手紙の二枚目は友人の魔法使いに頼んで取得して貰った、ラウンズの典型的な能力開示による表示例です。
それを彼の能力開示と比較し、仮説を検証してみるべきでしょう。
きっとその検証を彼は断りません。
彼自身、もう少し自分について知りたがっている様子ですから。
ただ、条件として手紙を読ませろと要求するかも知れません。
それもこうなっては今更です。
自由にさせてあげて下さい。
少しでも、彼が敵になりにくくするべきなのです。
追伸続き。
もしもこの手紙をフロスくん、あなたが読んでいるならば、ごめんなさいと謝ります。
内緒にする約束をしておいて、こうして暴露しているのです。それは悪事に違いありません。
けれどどうか――カウランを、少しだけ手伝ってあげてはくれませんか。
その対価になにもしてあげることは出来ません。
更に敵にはならないでなど、勝手な物言いをしているのはこちらです。
それでも。
あなたが、手伝ってくれたならば、きっと解決できると信じています。
◇
久々に。
カウランさんは、僕に対して『能力開示』を紡ぐ――青と緑の渦で、その魔法が発動される。
その結果、才能が表示されるレーダーチャートは正円で、強度を示すはずの点や線は見ることが出来ない。
それは一番最初にやったときと同一だ。
……あれ以来、実は時々やっていたんだけど、それは変わらなかった。
「……これ、やっぱりおかしいんですか?」
「ラウンズの典型例だ、という点でも既におかしいのだけど……。強度を示す点がない。ハルクは別なことを指摘していたね。つまり、『強度』は既に表示されているのではないか――」
こくり、と頷く。
「我々はこれを枠だと考えた。けれどハルクは、この枠こそが強度の線なのだと、そう指摘している」
正円を描いているこの枠こそが、そもそも強度であるという考え方か……。
理想の再現が原因だとは思うんだけど、だとすると眼鏡の機能が戻る前から同じ表示というのが謎ではある。
その時点では眼鏡がなかったけど、将来的には復旧することがわかっていたから、とか?
なんか違う気がする。
けど、今のところは否定材料も無し……か。
「正直、専門家がいないと解りませんね」
「全くだ。……それで。フロス、改めて聞こうか。それを踏まえても尚、手伝ってくれるかな?」
「…………」
僕が僕でいられる時間……か。
有り難い心遣いをしてもらっていたのだ、それに応えるくらいの義理は――溜まっているよなあ。
「あくまでも僕に出来る範囲で、かつ、僕が今まで通りに生活できるならば。ハルクさんにもカウランさんにもご恩はありますからね――お二人にしか見せないと言う条件でならば、お手伝いします」
「わかった。それで構わない」
「なら、キーパーの部屋で良いですか」
「ああ」
二匹の猫を再び肩に載せつつ、ついでなので紙を数枚確保しながら、二階、ギルドハウスの家長室こと、カウランさんの部屋へと。
入ったところで、カウランさんが気を利かせ、赤と緑の渦で何らかの魔法を発動……かな?
「簡易結界……ハルクもこれを使っていたんじゃないかい?」
「……となると、最初はカウランさんが使ってたんですか」
「いや。これは別の人物から教えて貰ったものだ。その人物はハルクとも面識があるからな」
……ふうん?
部屋の中、椅子を勧められるけれど遠慮する。
これから『やる』ことを考えると、立っていた方が良い。
「まず、事件について、の前に確認したいことがあります」
「確認?」
「はい。正確な世界地図、ありますか?」
「ギルドのものがある」
ふむ。
カウランさんがそう取り出したのは丸められた大きな紙。
開いて見れば確かに、世界地図のようだ。
ただ……、
「これが正確ですか?」
「まだしも正確に近い……って程度かな。完全な意味での地図は、軍事的な情報だからね。なかなか異国は出してくれないんだよ」
「なるほど」
僕が『以前』作った物と比べて細部が違うのはそれが原因か。
まあ、そこまで致命的に間違ってはないし、これを元に話を進めることにする。
「地図を踏まえて、確認をさせて下さい。クラってどこにありますか?」
「この大陸が地続きになっていない場所。アカシャから見ると南西にある大陸を支配下に置いている」
「で、死者がでたのは大体どのあたりか解りますか?」
「このあたりらしいね。詳しい事はまだ解っていないけれど」
このあたり、と指し示されたのは、地図上、クラという国家の首都を意味する記号から少し離れた場所にある町のマーク、そのいくつかである。
地方名はウラベ、か。
「死者は町ごとに最大で十人ほど。ただしその十人の間にこれと言った共通項がない。反乱の線もないということは、戦力になりそうな人物も死者に含まれていたけれど、そうではない人物もいたから……、ここまでは?」
「概ね正しいだろう」
「その上で死因は不明。外傷は無し。毒の可能性はもう調べてると思いますけど、この範囲となると……、違いそうですね」
「……何故そう思う?」
「地図から読み取れる範囲でも、水系が明白に違います。こっちの村はこの山の湧水、ですけど、こっちの村だと別の山。毒を広範囲に仕込むとなれば飲み水に盛るのが基本ですし……。それに、そもそも毒だとしたら、町ごとに十人程度しか死なないように調整するのは至難でしょう」
それでも毒が原因だとしたら水に由来しないものだろう。
食べ物とか。
でもそれも無さそうだな、地図から読み取れる限り、指定された範囲は『隣り合っている』けれど、山を挟んで反対側とかもちらほらとある。
最寄りの交易街が別ってことも考えると、食品系に毒を仕込むのも面倒だ。
面倒と言うだけで不可能じゃない……けど。
ただなあ。どちらにせよ、町ごとに十人程度しか死なないように調整しているというのが奇妙だ。
「どうせ殺すならば一気に殺した方が楽だ。それが出来なかったから十人程度で我慢した。ただ、そんな面倒な事をして何がしたいのか。たとえば反乱を起こす準備をしているように見せたかった。けれど現実としてはそれはあり得ないと結論されている……」
「……フロス?」
「となると、やっぱり人間の仕業じゃない。人間が悪意を持って殺そうとしたわけじゃない。そんな面倒な事をする意味も無い。自然現象でピンポイントに死ぬとも考えにくいから、となると残るのは魔物の仕業……、ですけど。魔物でこの手の特徴があったら、最初に挙がってますよね」
「……そうだね」
つまり魔物の仕業の線も無し。
大量殺人事件として見ると無理が多い。
大量不審死事件として見てもやっぱり謎ばかりだ。
魔物の仕業にするにしても、そんな魔物は存在しない。
となれば魔法でも同じだろう。
……あれ、他に原因になりそうなことってあるかな?
なんかいまいち思いつかないんだけど。
つまりここまでに挙げた中に正解が混じっていた、とか?
いや、……むしろ、
「……そんな事件は起きてない、とか?」
「え?」
「そのクラの大量不審死、『変』としか結局は結論できないんです。水系が違う、そもそも十人程度というコントロールをして毒殺するのは無理。食品に毒を仕込むにしても交易先が違うんだからそれは同じ。魔物が原因とも考えにくいし、魔法が原因とも考えにくい。もちろん、水系が違うとは言え手間を掛ければ可能でしょう。食品にしたってそれは同じ。未知の魔物が原因かもしれないし、未知の魔法が原因かも知れない。……でも、今ある情報からではどうやっても答えようがない。『そもそもその事件は本当に起きたのか』、その前提から考える必要があると思います」
「そうか……」
「その上で、その事件があったほうが都合の良い勢力ってありますか?」
「微妙だな。クラの現政権も、この手の事態はどちらかといえば遠慮したいはず……」
となると、可能性は誤報か偽報というのが大きい。
誤報にしては規模が大きすぎる。
偽報にしては手が込みすぎだ。
「裏を返せば、それほど手を掛けるだけの何かがあると言う事です。たとえば本当に反乱を起こそうとしている勢力があって、その勢力が自分たちの行動から視線を逸らすために行った……とか。逆もあるかな」
「逆というと」
「反乱を起こしそうな不穏な配下が居て、けれど処断するまでの証拠がない。現状ではその配下を処断することが出来ない、だから事件の首謀者と言う事にして処断する。もしくは事件の解決を担当させて、解決できないという状態を作り出し、それを理由に処断する……」
ぴくり、と。
カウランさんの表情が動く。
この線は多少あり得るようだ。
ただまあ。
この一連のやりとりは……試験、だよなあ。
「やっぱり、情報が足りません。カウランさんだって、そのことは解った上での行動だと思います」
「……そうだね。君の気が変わらないうちに、本題に入るとしよう」
やっぱりあるのか、本題。
「『古の黎明』を主軸としたチームアップ。そこに加わって欲しい」
…………?
「僕が、ですか?」
「ああ。『承認印』を寄越してきたとき、ギルド本部は『これは古の黎明の意向でもある』と、そう言葉を添えていた」
チームアップ、ということは、冒険者として行動をするって事だよね。
なのにその冒険者に依頼を発行するための承認印を寄越した?
しかも古の黎明……ハルクさんがそれを求めている?
いや、ハルクさんの性格上、むしろ反対したはず。
その上で他のメンバーに説得された……そうなるだろうと覚悟はしていた、だから手紙を残していた?
『手伝ってくれたならば、きっと解決できると信じています』の一節は、その辺も踏まえての言葉かも知れない。
「誰が何を企んでいるのやら。僕でよければ手伝いましょう。詳細を聞かせて下さい。まさか戦力として僕を求めて居るとも思えませんし」
「…………。良いのかい?」
「それくらいの恩は感じてるんですよ。本当にね」
思い返せば二ヶ月弱か。
部屋の中をすっと眺めて、ちょっとだけ思い返す。
まあ。
「遊んだ分だけ、仕事はしないと――洋輔にも、怒られる」
「……ヨウスケ?」
「何でもありません」
そろそろ、人間のふりをするのも『潮時』ということだ。




