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三月賛歌夢現  作者: 朝霞ちさめ
第一章 アカシャのフロス
26/151

26 - 二度目と覚悟と

 五月上弦一日、アカシャ国王室とアカシャ冒険者ギルド本部による共同声明が行われた。

 内容は主に『国内において魔狼(ウルヴズ)の顕現を確認したこと』の正式な発表と、『それへの対応策』の告知となる。


 まず前者、国内において魔狼の顕現を確認した点、証拠付き。

 これについては先月末頃には既にハルクさんたちが行動に移っていたこともあり、冒険者ギルドのそこそこ腕の立つ者達はそれとなく空気を察していたようだ。

 ここで魔狼の顕現を確固たる証拠と共に発表したのは、そんな腕の立つ者達以外――つまり、国民はもちろん外国に対しても現状を知らしめる意味合いがある他、次の対応策にも繋がる。


 ではその対応策について。

 魔狼の顕現という事態の発生に対し、アカシャ国は国家として正式に冒険者ギルドにそれの討伐依頼を発行し、冒険者ギルドは『古の黎明』を主軸にした例外的なチームアップを結成し、この依頼を受諾した事を発表している。

 同時に、魔狼が顕現した概ねのエリアを発表し、そのエリアとの出入りを一般的には禁止する措置を執ることを大っぴらに発表。この措置は魔狼の封じ込めが目的である以上仕方のないことだ、とはいえ、そこに閉じ込められる形の民衆にとっては大迷惑も良いところなので、これについては迷惑料がきちんと支払われることも国際的に公約された。

 その上で、魔狼を討伐するために必要な道具の製作に必要な材料――『不死鳥の嘴』と『不死鳥の血』の公的買い付けを宣言。必要資金はアカシャ国が負うと宣言し、国際的に魔狼の討伐作戦を認知させた。


 しかし翌、五月上弦二日。

 今度はプラマナとサトサンガが共同で公式声明を発表した。

 こちらの内容は主に『アカシャの魔狼討伐作戦への援助表明』と、『昨今の不死鳥大量発生に関する調査の初動報告』だ。


 討伐作戦への援助表明は、具体的に言うとアカシャ国に対して不死鳥に由来する素材の提供を格安で行うことがそれにあたる。必要があればサトサンガにおいて魔狼をつい最近退治している冒険者の派遣も行うとした上で、既に不死鳥に由来する材料の輸送を始ていることが明かされた。


 次に最近やたらと不死鳥が発生している件についての調査、それの初動報告になる。

 これは今、サトサンガの冒険者ギルドが主体となって大連合(アライアンス)を結成し本格的な調査を始めるための前提としての情報で、この不死鳥の大量発生には何らかの要因がある可能性が極めて高いことが公式に発表された。

 その上で、不死鳥に関する調査に現時点ではサトサンガ、プラマナ、クタスタの三国であたる事になるのだけれど、ここにアカシャ、メーダー、クラも参加、参加が難しくても調査を行うための国境開放などの措置を求めた。


 同日、プラマナとサトサンガの公式声明を受けてメーダーが公式に大連合(アライアンス)に参加することを表明。

 アカシャも不死鳥に由来する素材を格安で提供して貰う都合上、メーダーに歩調を合わせる形でこの調査に参加することをその日の夜に渋々発表することになったのだけれど、クラは最後まで動かなかった。


 その理由を、カウランさんはこう推理し、評している。


「クラにとっても大量に湧き出る不死鳥は不気味だろう。けれど今の彼らには、それどころじゃあないんだろうね……また、あの国では内乱が起きるようだ」


 と。

 激動の五月上弦一日、二日を酒場の仕事をしながら終えて、迎えた五月上弦三日。

 僕はいつものように湯浴みを済ませて、二匹の猫と一緒にベッドで眠りにつくのだった。


 奇妙な予感が、無かったと言えば嘘になる。

 そうでもなければ――



    ▽


「謡え。我らは月の下、祈りと願いを注ぎ込み」

「謡え。我らは月の為、念いと呪いを雪ぎ抜き」


 夢を。

 見ている。

 ……また、この場所か。


「躍れ。彼らは地の果て、いずれ向う先」

「躍れ。彼らは地の手前、すでに着く後」


 沢山の歌声が、聞こえる。

 そんな歌声に重ねるように、歌では無い言葉が、嫌に響いている。

 この夢を見るための道具はまだ作っていない。

 にもかかわらず、この夢を見ている……。


「偉大なる三日月よ、我らは一つを捧いで」

「忌々しき三日月よ、我らに一つの慰めを」


 歌は続く。


「祈りの果てに願いは捧いで」

「念いの手前に呪いと慰めを」


 一気に。

 歌の音量が、跳ね上がる。

 それ以外に何も聞こえなくなるほどに、意味の読み取れない歌が響き渡る。

 沢山の人が、それぞれに歌う。

 そんな歌は、心地よいといえば心地よい。

 けれどそれ以上に……なんだか心が、ざわざわとする。


「――――」


 特に……聞き覚えのある声は、ないな。

 いや。

 ひとつ――ある。


「――私は」


 僕が確証を得るよりも前に、視界にその人影は現れる。

 って……誰だこの人。

 さすがにこんなイケメン、忘れないと思うんだけど。


「才能に恵まれていた」


 大音量の歌を切り裂くように、鮮明にその声は聞こえてきた。

 ……声に聞き覚えはあるんだけどなあ。


「だが、私よりも恵まれた才能を持つ者を知り、私が井の中の蛙と知った」


 気付けば先ほどの誰かが、床に膝を落としている。

 どこかの……冒険者ギルドか?

 武装した人達が、やたらと多い。


「努力を怠っていたのだと最初は思った」


 その誰かは、訓練をしている。

 基本から応用まで。

 型稽古から、実戦形式まで。

 大きな怪我を負ったり――負わせたり。そんなことも、ちらほらと見える。


「けれど違った」


 今度は外で。

 やはり、その誰かは地面に膝を落としていた。

 その視界には、折れた剣が落ちている。


「どうしようもなく――才能でも努力でも、私は負けていた」


 だから、と。

 視界が戻り、よく分からない空間でその人物は言う。


「私は月にただ祈る」


 そして、彼は手を挙げた。


「私以外の誰がどうなろうとも構わない」


 そしてその手で、首に手を当てるような素振りを見せる。


「私に、力を与えてくれ――」


 すう、と。

 遠くから、光の粒が集まってきたのが見えた。


「――――」


 歌が響き渡る、その場所で。

 僕はそのニュアンスの違いを感じ取っている。


 スエラさんの時の夢によく似ている。

 けれどスエラさんの時の夢とは、致命的に違うところがある。

 自己犠牲と他者犠牲。

 まあ、人が違うんだけど……。


 それに、力が欲しいという願いは解らないこともない。

 だからだろうか。

 光の粒が渦巻いて、光の渦となると、その男性に吸い込まれていった。


「――これで二度目」

「――やはり偶然では……」


 それに合わせるかのように。

 ぴたりと歌が――途切れる。


 黒い床の不思議な場所に、銀髪の男女は天を仰ぐ。

 そして、その場所に朝日が差し始めると――奇妙な夢は、薄れてゆく。


「――――」

「――――」


 ぼやけた視界で、ぼやけた二人が何かを言った。

 ぼやけた聴覚は、ぼやけた声を聞き取れない。


 そんな夢を。

 僕は、見ていた。


    △



 っていや、もう夢として片付けるのは無理があるだろう、これ。

 僕は目を醒ますなりまず、今の段階で覚えている夢の内容を眼鏡に情報保存。

 今すぐに役に立つことはないだろうけど、そう遠からずして役立ってくれるだろう。


 で、改めて考察。

 今回はスエラさんではなかったし、あの顔に見覚えはなかったけど、あの声は確かに聞き覚えがあった。

 眼鏡を手に入れる前にあったことがある人だろうか?

 それとも――そもそも『声しか知らない相手』か?


 うーん……。


「ふぁあ」

「みゃ」

「にゃ」


 ま、とりあえずは起きるか。

 簡単なストレッチをして、ミユちゃんとヨシくんを起こして、一緒に揃って酒場方面へ。


「ああ、おはよう、フロス」

「おはようございます、カウランさん。…………。何かあったんですか?」

「聞いた方が早いかも知れないね」


 聞いた方が早い?

 と小首を傾げていると、カウランさんは赤と緑の渦を発生させ、その魔法を発動。


『カウラン、ついさっきクラから妙な報告が入った。ハウスキーパーとしてのお前の判断を聞きたい。というのも、クラで大量の不審死があったそうだ。死者は現状で発覚している限り、一つの町につき最大十人ほど、現時点で死者の合計は五百人を越えた。今後も大分増えると考えられている。明確な死因は不明、ただし他殺の可能性はまずないし、事件性は間違い無い反面、たとえばその死者達が内乱を起こそうと試みていた――とか、そういう事は無いようだ。今後詳細の情報が入り次第改めて報告をそちらにも流す。以上』


 魔法で再現された声は……なるほど、魔法を使ったサウンドメールって感じかな。

 まあそのあたりはまた後で考えれば良い。

 問題は内容だ。


 クラというと内戦やら内紛やらでしっちゃかめっちゃかになっている国だ。

 そんな国での集団不審死。真っ先に内乱が疑われるもそれを否定する材料があると言うことは、恐らくこの不審死、死者の間に『何の関わりもない』のだろう。


「どう思う?」

「どう、と聞かれましても……、今の、何て言ってたんですか?」

「ふむ……」


 そして今のサウンドメール、受動翻訳状態でなければ理解出来なかった。

 少なくともこの酒場で使われている言語ではないのだろう。


 そのことを指摘する形で僕は理解をしていない、と装うと、深くカウランさんは考え込んだ。

 この人は――ハルクさんと比べて、真偽判定が通りやすいのは良いんだけど……逆にこの世界の真偽判定のようなものをしてくるから厄介なんだよね。


 今のところは騙しきれているけど。

 演劇部の経験が生きた……のか……?


 そんな僕の内心はともあれ、カウランさんは別の手紙を取り出すと、僕にそれを見せてきた。

 銀色の縁取りがされたその黒い封筒には、同じく銀色のインクで『フロス・コットン』と書かれている。


「フロス。私達はもう少し、時間を用意したかったんだけれどね。君が君らしく、自由でいられる時間をだ。……けれど、世界は不死鳥やら魔狼やらという脅威に覆われつつある。今手を打たなければ、ひょっとしたら手遅れになってしまうかも知れない。ただの直感だけれど、だからこそ、後悔はしたくないんだ。……私一人が失敗するならそれは良いけれど、世界の皆が失敗したと悔やむようなことになれば、私はここで手を打たなかったことをずっと後悔し続けることになる」


 カウランさんはもう一通、手紙を取り出す。

 寂しそうに、笑いながら。


 新しく取り出された方の手紙は藍色の封筒で……銀色のインクで、こう表書きがされていた。


 『カウラン、あなたが自分を信じられるならば。ハルクより』――と。


「黒い手紙は冒険者ギルド本部から、フロス、君宛てに届いたものだ。中身は依頼発行の承認印を与えるための魔法譲渡書(スクロール)と、発動に必要な『鍵』だよ。使い方は……まあ、中身を見た方が早いかな」

魔法譲渡書(スクロール)?」

「魔法を他人に習得させるという消耗品だ。もっとも、テクニック以外の魔法は滅多にないけれどね」


 つまりたまにテクニック以外もある、と。

 高そうだな。消耗品じゃないならまだしも、消耗品となると特に。


「……まあ。申請しておいて何だけれど、本当によこしてくるとは思わなかったな」

「……条件は、満たしていたんですか、一応」

「まあ……。規則上、年齢制限はないからね」


 これを機に規則を作った方が良いと思う。


「それで、だ。フロス。これを君に渡す条件として、この藍色の封筒を開けたい」

「…………? それは、見た所、カウランさん宛のものです。僕の同意は必要ないでしょう」

「普通ならばね。けれどこの手紙はハルクが渡してきたとき、こう口添えがあったんだよ」


 カウランさんは一度言葉を句切り。

 目を閉じて、告げた。


「『私は判断を保留せざるを得なかった。カウランが判断するならば、私はそれに従うわ。それによって、フロスくんを敵に回すとしてもね』――だ」


 その言葉を聞いて。

 僕の肩に乗っていた、ミユちゃんとヨシくんがたんと床に飛び降りる。

 着地をすると、すっと僕の前に出て――二匹は共に、強い警戒の体勢を取った。


 その気持ちは有り難いけれど。


「ミユちゃん。ヨシくん。カウランさんに警戒したって仕方が無いよ」

「……にゃあ」

「……みゃう」


 不満たらたらに二匹は従い、僕の足下まで戻ってきた。

 ただしやっぱり威嚇気味。

 まあ――そうだよな。


「僕が僕らしく、自由でいられる時間……かあ」

「ああ。……私は、これを開けたい」

「それは」


 けれど、その問は結局、無意味だとも思う。


「カウランさん宛のものです。僕の同意は必要ないでしょう。どのような口添えがあったにせよ、最終的に決めるのはカウランさんなのだから」

「…………。そうだね」


 カウランさんはそう言って、僕に黒い封筒を渡してきた。

 その封筒は思っていたよりずしりと重い――『鍵』のせいだろうか?


 それを受け取ったところで、カウランさんは藍色の封筒を開いた。

 中には――ただ、二枚の紙が入っていたようだ。


「…………?」

「…………、」


 ちらりと見えた中身には、どうやら僕に関することが書かれているようだけど……。

 『僕がもとより失語症ではなかった』ことや、『ハルクさんが「敵に回してはならないと直感した」』ことなども書かれているようだけれど。


「フロス。…………。今一度、『能力開示(ステイタス・ビュー)』をしてもいいかい?」

「構いませんが……条件として、その手紙を読ませて貰うというのはありですか?」

「ああ。『たぶんそう要求されるだろう』ともあるしね」


 まあ、ハルクさんには素に近い僕を見せてるからな……。

 行動が読まれていても不思議ではない、か。


 僕はカウランさんから手紙を受けとって――

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