25 - 古の黎明
「少し長い話になるわ。椅子にでも座って頂戴ね」
「はい」
ハルクさんの部屋。
さも当然のように結界を張った上で、ハルクさんは僕に椅子を勧めてきた。
どうやら本当に長話をするつもりらしい。
「まず大前提になる話からするわ。魔物というものが居るのは知ってるわね」
「もちろん」
「冒険者ギルドの定義は知ってる?」
「……いえ、そう言われると微妙です」
「そうでしょうね。案外そう聞かれると、答えられるのはこのギルドハウスでも私とカウランを除けばムギくらいよ」
「いやえっと、それって定義の意味が半分以上なくなってませんか……? 他人と認識を同じくするための定義なんじゃ?」
「…………」
とりあえず素直に突っ込むと、その発想はなかった、といった表情をされた。
なんか似たようなやり取りをついさっき別の冒険者達がしてたような……。
「後で詳しく検討するとして、今は話を戻すわ。冒険者ギルドが定める範囲で、魔物というものは『動物ではなく』『人間ではなく』『通常の存在ではある』、この三つを満たした存在を指すわ」
指を立てつつ、ハルクさんは続ける。
「動物は言うまでも無く動物ね。犬や猫、牛や鳥。一般的には魚も一応、これに含めるわ」
「猛獣って区切りはないんですか?」
「猛獣は動物の中でも、餌をとる、以外の理由で積極的に別の生物を襲うもの、とされているわね。区切りの中の区切りになるわー」
なるほど。
と言う事は虎やライオンはギリギリ動物かな……?
最も、『撫で方が気に入らない』とかの理由で引っ掻いてくる猫が猛獣にカテゴライズされそうだけど、まあそれはそれ。
「次、人間かどうかは言うまでも無いわね」
「まあ、そうですね」
「だから問題は定義の三つ目。『通常の存在ではある』という部分よ」
「通常の存在……」
「そう。その定義は、『定義されていないこと』よ」
定義されていないことが、定義。
つまり、逆なのか。
「『通常の存在ではない』と定義されているものが存在する……って、事ですね」
「ええ。その上で、『通常の存在ではない』と定義されていないならば、それが魔物というわけ。あなたも何かと名前を聞いてるでしょうけど、バウンドハウンドが良い例ね。あれは動物じゃない。人間でもない。その上で、通常の存在ではないと定義される種族でもない。だから、魔物になるわね」
納得。
案外解りやすい区分だけど……、何か見落としがあるような?
まあ、後でいいや。
「で、重要な点を話すわよー。つまり、『通常の存在ではない』と定義されているものについて。これは現状、三種類居るの」
「三種類……だけですか?」
「ええ。といっても、結構範囲が広いんだけどね?」
そう言って、ハルクさんは壁に飾っていた片手剣を鞘から抜くと、その刀身を僕に見せてきた。
これは……、儀典用の剣、かな?
刀身には宝石が埋め込まれ、複雑な模様が刻印されている。
品質値はかなり高いけど、超等品にはほど遠い40025。
「この模様、大きく三つに分かれてるのはわかるかしら?」
「えっと……、たぶんですけれど――」
複雑な紋様は確かに、宝石を区切りに三つの図柄に分けられる。
大空に長い尾羽を六本揺らす鳥。
大地から天を仰ぐように佇む獣。
天海の境目に悠々と羽ばたく竜。
「――と言うふうに、見えます」
「良い解釈ね。その通りよ、そしてその三つが『通常の存在ではない』と定義されているものたち。それぞれ『不死鳥』、『魔狼』、『聖竜』と呼ばれているわ」
……なるほど?
「この剣はアカシャ王室に伝わる特殊な儀式を執り行うための宝剣でね。色々と理由があって私が今は預かっているんだけれど、ずいぶんと昔から……それこそ、ギルドというものが広く周知される頃には、その三つは既に定義されていたの。まずは不死鳥から説明しましょうね」
不死鳥。
死なない鳥。
概ね、何らかの属性を纏うという奇妙な存在。
その気性は大人しく、こちらから手を出さない限り、襲いかかってくるようなことはまずない……が、それは不死鳥側の話。
「人間からすると、不死鳥という存在はとても魅力的なの。その身体には膨大な力が宿っている。治癒の力はもちろん、それぞれが纏っている属性に関する特別な力をね。だから、人間は基本的に、彼ら不死鳥を発見すると血眼になって狩るわ。酒場で働いていたなら、一度くらいは不死鳥討伐の話を聞いた事があるんじゃないかしら?」
「一度のみならずなんども聞きました。直近でもサトサンガ、プラマナ、クタスタ、メーダーで見つかってた筈です。いや、サトサンガは卵でしたっけ?」
「情報通ね。その通りよ、今年に入ってから発見されている不死鳥は全部で七体」
ふむ。
…………。
「うん?」
七体?
四体じゃなく?
「徹底して伏せられているんだけどね。アカシャで二体狩られてるのよ。その上で、クラにも一体出てるそうよ。だから七体」
「えっと……結構居るんですか、不死鳥って」
「いいえ。さすがに異常事態よ。何か原因がある人見る方が自然だし、事実、サトサンガのギルドが中心になって大連合を組んで、そのあたりの調査をしようって動きになってるわ」
ふうん……、何かが起きていて、それが何かは今のところ解ってない、と。
属性を纏う、が鍵なのかな? いや、それとも不死性のほうか?
……というか。
「一つ質問が」
「どうぞ」
「当然のようにアカシャでも二体狩ったと言っていましたけど、不死鳥をどうやって狩るんですか? こう、生け捕りする感じとか……?」
「いえ。不死鳥は死なない鳥だけれど、その不死性にはいくつかの穴があるのよ。この剣が作られた当時はまだ、不死鳥を安定して狩ることは難しかったでしょうけど、それでもトライアンドエラーで狩ることは出来ていたみたいだしね」
「つまり、今は安定して狩る……不死鳥から不死性を取り上げる手段が確立されている?」
「ええ。手順としては尾羽を切り取り、胸にその不死鳥が持つ属性とは別の属性を叩き込む。これで不死性は一時的に停止できる。ただ、尾羽を切り取ったところで一秒もしないうちに治ってしまうから、その二つはほとんど同時に行う必要があるけれどね」
…………?
何を考えてそんな手順が出来たのかは知らないけど……、まあ、こんにゃくみたいなものか。
いやなんか致命的にズレた気がするな、ニュアンス。
「質問が以上ならば次に行くわよ?」
「あ、すみません。ありがとうございます」
「じゃあ次ね。聖竜について話しましょう」
聖竜。
聖なる竜と形容される存在。
特にその存在が観測されることが珍しく、直近で観測されたのは千二百年前。
当時の記録から、その身体は魔物に分類される『竜』のような存在で、しかし神々しい光の輪をその身体に複数纏っているという。
――そして、聖竜とは災害そのものだとも。
「災害そのもの……?」
「国が一つ二つ滅ぶくらいには強烈な災害と共に現れる、らしいのよね。詳しい事はまるで不明だけれど、まあ、あまり出てきてほしくない存在だわ」
「確かに……」
なのに聖という言葉を用いるのか。
となると災害と共に現れるとは言え、災害を起こす方じゃなくて、災害を鎮める存在とかなのかな?
それに――光の輪、ね。
「最後に本題。魔狼。ウルヴズとも呼ばれる彼らについて――」
魔狼。
ウルヴズとも表現される彼らは、狼のような獣として観測される。
とても狡猾で人並み以上の知恵をもち、人語を解するものも多い。
更に彼らは己に近しい性質を持つ触媒を解して他の生命体を操る力を持ち、その力によって支配を試みる。
「というのが、一般論よ」
「裏がある……?」
「裏というか真相というか、ね。魔狼という生物はね」
ハルクさんはそこで一度言葉を句切り、剣を鞘に戻してから言った。
「存在しないのよ」
え?
「魔狼の本質は『病』なの。それもかなりタチの悪い、身体のみならず精神にも変調をもたらす、魔法に由来した伝染病。彼らがウルヴズと呼ばれ、狼の名を与えられているのは、その病に最もかかりやすいのが『狼』だから――」
「……病が他の生命体を操る力を持つって、なんだか変じゃないですか?」
「そうね。けれどそれほどおかしな話でもないのよ。つまり……『病そのものが意識を持っている存在』。それが、ウルヴズの本体というだけのこと。『病』そのものが持つ意識のもと、己という『病』をより広め、支配下に置こうとしている、ただそれだけなの」
「それだけ、って……」
病そのものが意識を持つ……、あり得るのか?
いや、あり得るんだろうな。少なくともハルクさんは真剣にそう言っている。
病そのものが意識を持っていて、病としての己を広げるために他者を操り、己に感染しやすい状況を作ってゆく。
そんなニュアンスか……、ということは。
「じゃあ、あの鉱石は……病原体、とか?」
「当たらずといえども遠からずね。あれ自体は病原体じゃないわ、安心して頂戴。ただ、あれは触媒ではある。本体から離れた場所に、他の生命体を操る魔法の中継地点……って所かしら」
「……で、それで操って病にかけようとする?」
「有り体に言えばそうなるわ」
「実質的な病原体じゃないですか……」
「いやあ。あの鉱石そのものは本体をなんとかできれば、ただの特別な金属でしかないものよね……」
なるほどなあ……。
確かに『あらゆる金属と互換する』の性質は特別だ。
使い道は――多いだろう。
「居場所を突き止められないっていうのは、じゃあ――」
「そう。魔狼というものの本質が病そのものである以上、実体はあってないようなものなのよね。……ただ、」
「本体は、必ずどこかにある……つまり、本体を潰せれば、その病は全部消せる?」
「その通り」
ちょっと……いや、かなりわかりにくいぞ。
整理し直そう。
魔狼とは病そのものが意識を持った存在である。
本質が病であるから、実体はあってないようなもの。
ただし、本体という概念は存在し、それを潰せば病は消せる。
魔狼という病はその病を自ら広めるために、他の生命体を何らかの魔法で操る。
その魔法は本体が行使し、少なくとも触媒であるあの鉱石の周囲に己という病にかかりやすくするような行動を取らせる。
……いや、だいぶふわっとしてるな、魔狼。
そもそも何の目的で病を広げるんだ?
まあ、動物だって明確な目的があって子孫を遺しているとも限らない――ん?
待てよ。
「そもそもどうやって見つけるんですか、本体って。……病って、見えませんよね」
「そうね。だから地道な調査をしていくのが基本になるわ。ただ――アカシャに限って言えば、多少楽が出来るの」
「…………?」
「『古の黎明』がいるからね」
少し誇らしげにハルクさんは言う。
それは酒場で、カウランさんに言っていた名前だったか。
「『古の黎明』は冒険者ギルドによって正式に承認されたパーティよ。ただし、構成員は『内緒』。ギルド本部でもごく一部の人間しか知らないし、カウランみたいなお偉いさんでもその情報は参照できないわ。徹底した秘密主義の上で、彼らはけれど莫大な功績を、無報酬であげているわ。アカシャに今年現れた二匹の不死鳥を秘密裏に狩ったのも彼ら。彼らには少々理不尽な域の力がある――」
正式に承認されてるのに構成員が内緒?
……ギルドのパーティ結成手続き的に、それってアリなのか?
いや、無しだろう。異例でありながら無理矢理認めさせる力が働いたのだ。
無報酬というのは、隠蔽ありきの結果論だろうな。
何らかの報酬が発生したら、それの流れからメンバーが割り出される『かもしれない』。
だから報酬は受け取らない。それ以外の部分で補填している……なら、やっぱり割り出されるリスクがあるわけで。
「……頼る、と言ってましたけれど。その『古の黎明』という冒険者のパーティ、今回の件で本当に動くんですか?」
「間違いなくね。何せ彼らは英雄だもの。それに――時間を与えれば与えるほど、その対処が難しくなるのも事実よー」
納得。
英雄ということは……ザ・ブレイバー、アルスさんもメンバーかな?
で、こういう話を出来る、と言う事は、だ。
「ハルクさんはその『古の黎明』の関係者ですね。協力者……どころか、恐らくは、張本人という方向で」
「どうしてそう思うの?」
「基本は言いがかりですよ。ただ、噂話にもなっていない、徹底して伏せられた不死鳥の件を知っている。ユアン王子とハルクさんは『表向き接点がない』、けれど裏では繋がっている。となると、冒険者ギルドに無理を通して構成員を『内緒』にしているのはユアン様かな――ちょっとその辺のポジションは解りかねますけど」
ユアン王子が協力者か、あるいは当事者かはちょっと情報がなさすぎる……どっちもありそうだな。
宝剣を預けるくらいだから、当事者のほうが濃厚かな?
いや、だとしたら預ける意味が無いか。
「じゃあ、そんな察しの良いフロスくんに質問よ。これまでの説明を踏まえて考えて欲しいんだけど……あなたならばどうやって、魔狼に対処する?」
「僕ならば、ですか……」
また無茶振りをしてくれるなあ……。
魔狼というものがどんなものなのかがまだ曖昧なのだ。
そこの研究から始めたい……けど、そんな悠長な事も言ってられないか。
「大雑把に病にかかっているかどうかを確認して回って、マッピング。概ねの範囲を特定した上で、その範囲内に居る人間に対する特措法で移動を禁止。この部屋を包んでいる結界の拡大版を用意して完全に隔離した上で、結界の中を徹底的に焼き尽くす?」
「過激ね……効果的なのは認めるけれど。それ、ものすごい数の犠牲者が出るんじゃないかしら?」
「それはまあ。けれど、目に見えない病の本体を確実に殺す方法なんて、それくらいしか思いつきません」
「…………」
これの実行は無理だろうな。あまりにも失うものが多すぎる。
となると、
「確実性には欠けますし、時間も掛かると思いますが。究極的には魔狼という病を治す薬を作って撒くのが次善策……」
そもそも病のサンプリングから始めないといけないだろうし、前途多難だろうけれど。
「僕に思いつくのはその辺ですが……、過去の対処例とか、サトサンガに出た魔狼はどうやって退治したんですか?」
「それはね――」
流石にフロスくんでもそこまでは見抜けなかったのね、と安心するような笑みを浮かべて、ハルクさんはそれでも答えてくれた。
「――不死鳥の治癒能力を利用するのよ」
と。




