24 - 魔狼の影
四月下弦二十日。二十三時過ぎ。
一番忙しい時間は過ぎ、本格的な調理の注文も一段落したこの時間帯は、主に僕が休憩を取る時間でもある。
ちなみに僕が休憩している間は調理場はヘーゲルさんに任せているし、料理も時間が掛かる仕込みなどは既に済ませている状態なので問題は無い。
それに僕の『理想』とは違って、ヘーゲルさんは『経験』で味を付けるので、好みによってはそちらのほうが好き、という人も居る。当然だけどね。
「ふぁあ……」
「みゃー」
「にゃ」
休憩する場所はその日によって違っていて、たとえばスタッフ側のエリアにある小休止用のスペースでミユちゃん・ヨシくんの二匹と一緒に横になり、というか大体僕が横になっているところに二匹が乗っかってくるんだけど、それを時々通るカウランさんがぎょっとする所までがお約束の一つだ。
ちなみに今日は酒場の店舗側の片隅の一席で軽食を取りつつミユちゃんとヨシくんを撫で回して遊ぶスタイルを取っている。
猫が珍しい生き物となってしまっているアカシャにおいて猫の実物を飼い慣らしている僕を見て、『猫以上に珍しいもの』とか呼ばれていたりするけれどそれはそれ。
割と冒険者の中でも猫たちを撫でたいと近寄ってくる人が居たりする。
やはり猫は可愛いのだ。
尚、撫でたい人達は自由に撫でて良いですよとは言っているけど、それで機嫌を損ねて引っ掻かれたところで僕は関与しない事にしている。
そのおかげで、酒場で休憩しているときはよく怪我人が出るけど、それはそれ。
「なんだ、大あくびしてるなあ、フロス」
「すみません。調理場に居るときは特に気を張っているんで、休憩中はどうも……」
「いやいや。別に良いさ」
そしてそんな怪我人までを含めて風物詩、とでも言うべきか。
さすがに猫目当てに来るような冒険者は今のところいないけど、近いうちに出るかもな。
猫カフェならぬ猫とふれあえる猫酒場みたいな。
売れるかも知れないけど、猫の生活が最優先。人間の接客は後回しになるのですぐに閉店する羽目になりそうだった。
閑話休題。
僕が表側で休憩を取る事には、まあその時の気分というのも一つの理由だけれど、一応より積極的な理由がある。
情報収集だ。
「――また不死鳥だとさ。今度はメーダー」
「いやもう、不死鳥多すぎるな。やっぱり何かしら原因があるだろう。で、その不死鳥はどうなった?」
「例の空を飛ぶ船の記念すべき初の衝突事故の相手だそうだ」
「…………。どこから突っ込むべきかわかんねえ……。えっと、船のほうはどうなった?」
「大破炎上のち墜落。もっとも、緊急時の脱出動作が成功したらしく、怪我人は出たが死人は出なかったそうだ。大した安全度だな」
「いや空を悠々と飛んでる不死鳥に突っ込んでおいて安全度も何もねえだろ」
「…………」
「その発想はなかった、みたいな顔をされると俺はお前にもツッコミをいれなきゃならんぞ」
「……痛くしないでね?」
「オーケー顔面を殴るだけで許してやる」
「ひぇ……」
「とまあ冗談はさておいて、メーダーの不死鳥の属性は?」
「細かい情報は入ってないが、外見はただのデカイ鳥だったらしいから、風だろうな」
「――プラマナに伝わるアーティファクト、『契約の秤』が破損してたのがついこの前解ったらしい」
「アーティファクトが破損……、破損? 管理がずさんだったのか?」
「いや、しっかりと保管されていたらしい」
「なのに破損した?」
「ああ」
「……妙だな。使わなきゃ壊れもしないだろうに、保管してたならば尚更な」
「ああ。だがプラマナは管理者の責任を問う形で処断したって話だ」
「ふうん……」
「納得いかない、そんな表情だな」
「いや。納得できないわけじゃあない。『何を隠してるのやら』と気になっただけさ」
「まあ――確かにな。どうする、探ってみようか?」
「やめておけ。お前の腕は確かだが、あの国はちょっと厄介だからな」
「そう言って貰えて助かるよ。提案しておいて何だが、正直、やる気が無かった」
「知ってた」
「――マークとタリアが懸念を伝えてきた」
「懸念? たしかそいつら、ホークが出した例の偽金に関する依頼で動いてるんだよな。なんだ、製造場が見つからないとか?」
「いや、もう見つけたそうだぞ。偽金の材料も特定、偽金を作った連中の確保まで既に済んでる」
「仕事が早いな。さすがはザ・シーカーか。いや、だがそうなると懸念というのがわからん。大体、そこまで済んでればもう依頼は終わってるだろう」
「だから懸念なんだよ。偽金の主材料として使われてたものが随分珍しい鉱石らしくてな。それについて専門家に聞いて回ってる」
「ってことはお前の所にも聞きに来たんだな」
「そういうことだ。もっとも、俺は役に立てなかったが」
「ふうん。武器職人の息子でも知らない鉱石か。見てみたいな、それ」
「これだ」
「何で持ってるんだよお前」
「だから言っただろう。『懸念を伝えてきた』、『専門家に聞いて回ってる』って。俺がそれを手伝ってんだよ」
「ああ……納得。ふうん、綺麗な金色――」
ストップ。
猫を両肩にのせて、僕はその金属の話をしている冒険者達に近寄る。
「……うん? なんだ、フロス」
「すみません。その鉱石、見せて貰っても良いですか?」
「…………。まあ、いいけど」
「では遠慮無く。代わりに猫、撫でます?」
「いやそれは遠慮する……そいつら引っ掻くだろ」
それは撫で方が下手なのだ。
じゃなくて、冒険者さんから借り受けた鉱石を手に取りしっかり確認。
眼鏡の機能も使って解析……、うん。
僕が知っているものとは別物だ。
けれどこれとよく似たものを、僕は知っている――
『製法が違う……いや、そもそもこれは自然物? うーん……』
「…………? フロス? 今、何て?」
「いえ。猫たちが落ち着くように話しかけただけです」
「そうか……」
いけない。声に出ていた。
錬金術には特殊な意味を持つ材料がいくつか存在する。
例えば品質値を持たないという特性のある薬草。
例えばそれぞれが通常の道具として使用する以外にも、錬金術的に特別で強烈な効果を持ち合わせる各種エッセンシア。
そして――『そのカテゴリ内のあらゆるものと同等』として扱える、フルマテリアル。
以前この眼鏡の機能を取り戻すために利用したフルテオソフィマテリアルもその一つで、あれは『テオソフィ』、つまりは『神智術』に対してのフルマテリアルだったので、『全ての神智術と同等』として扱えてた。
で、今僕が見ているこの鉱石。
やっぱり、『全ての金属と同等』として扱える――よな。
「…………、」
錬金術師として、僕の才能は異常の域に達している。
それは僕が錬金術師である以前の、『渡来佳苗』という僕が持つ才能というか素質として、『生成』や『換喩』が大の得意で、その二つが錬金術という技術ととてつもなく相性が良かったからだろう。
そんな僕が生成でも換喩でもない部分であるのにも関わらず、他の錬金術師とは比べものにならないほどに得意としていることがある。
道具や材料の解析だ。
……まあ、やっぱり完全な得意分野ってわけではないからか、解析しきれないものもちらほらあるし、解析まで時間が掛かったり、色々と試してみないとわかんないものもあるんだけど。
それでもこの金属に関しては一つの結論が出ている。
『全ての金属と同等』として扱えるという性質を帯びた、『自然の金属』だ。
まだ解析できてない性質があるっぽいけど。
僕たち錬金術師が作るフルメタルマテリアルは、結局人工物だ。そこには不自然な部分がやはり出てくる。
なのに目の前にあるこれには、それがない。
自然に生成された、全ての金属と互換する金属。
いや、無理があるだろう。流石に。
「……これとよく似たものを、見たことがあるんですが。まさかこれ、預かるわけにはいきませんよね」
「ん……? いや、フロス、君にならばその欠片程度はあげるよ。どうせ冒険者ギルドとしてその金属の調査をすることになるし……それに」
ほら、と。
冒険者さんは懐から布袋を取り出すと、その中身をじゃらりとテーブルに落とした。
「結構、サンプルの量はあるからな」
「…………」
……これ、ぱっと見でも、全部あわせて二キロ分くらいはあるか?
そんなに大量に自然界に生成されている……、そんな事、あり得るか?
で、複数の固体を見ることが出来たからか、追加で分析できてしまったことがある。
これはどうも……『操る』ための道具という側面がある、っぽい。
となると……どのタイプかな。
「ミユちゃん。ハルクさんを呼んできて。ヨシくん。カウランさんを呼んできて」
「にゃ」
「みゃ」
「え。なんだソレ?」
猫二匹にお願いすると、猫たちは俊敏に僕の肩から飛び降りるとそれぞれ移動開始。
大丈夫、あの二匹ならばやってくれる。
冒険者さんはドン引きしているけどそれどころではない。
「冒険者さん。最近、よく眠れていますか?」
「は? ……まあ、眠れている方だと思うぞ」
「じゃあ、こう聞かせてください。最近、妙に『睡眠時間が延びた』とか、『睡眠が深くなった』とか、そういう事はありませんか?」
「え……? …………。それは……、まあ、暖かい季節になったからな。そりゃあ朝は気持ちよくぐっすり寝てるが……」
よしこの方向か。
「フロス。珍しいことにヨシくんが粗相……というか、思いっきり襲いかかってきたんだけど。これは困るよ、ちゃんと見ておいて……って、あれ? ミユちゃんも居ないのかい?」
「ミユちゃんは別の所に行ってます。ヨシくんと同じで僕が嗾けました。それとカウランさん、質問です。睡眠中、本人が気付かない範囲で身体を勝手に動かすような魔物、居ますか?」
「うん? ……確定名称だと『ソムビナスデビル』とか、『マリオネラウズ』とか。珍しいなりに、存在はしているね。それがどうしたんだい」
「さらに質問です。『それらの魔物の中で、人や物に寄生するタイプは居ますか』?」
「…………、」
僕の問いかけにカウランさんの視線が細まり、そして僕が手にしている金属を見て、次にその金属を見せびらかしていた冒険者へと視線が飛ぶ。
「『物に寄生する』というのは聞いた事が無いけれど、『人に寄生する』というのは居るわよー。確定名称、『ファントムアイドレス』。最初に発見したのはサトサンガのギルドだったかしら? つい数十年前に新発見された魔物ね」
そして、僕の質問に答えたのは後からやってきたハルクさんだった。
「僕の勘違いかも知れませんが、この冒険者さん、寄生されてる可能性があります」
「そうね。残念だけれどそれは気のせい、勘違いだと思うわー」
ハルクさんは事も無げに、そう僕の結論を否定し。
「でも、着眼点はとても良いわね。その鉱石、実物を見るのは私も初めてだけれど、どういうものかは何度か聞いた事があるのよ」
更に僕に近寄ると、僕にミユちゃんを返して、冒険者に向けて口を開いた。
「――ハルク・ザ・ジェネラル"プロシア"の名において命じます。」
それは凛とした声だった。
声が響くとほぼ同時に、周囲に一瞬、緑と赤の渦が見えた――何かの魔法が使われた?
「この鉱石についてあなたが知りうる情報を教えて下さい」
「――この鉱石は、マーク・ザ・シーカーが偽金の製造現場で押収したものの一部です。確定名称はわかりません。偽金の精製をするに当たって、複数の鉱石を溶かし合金にして、本物の金貨に近づけていたことが解っています。マークが発見したこの鉱石の総量は120単位で、内の全てを押収後、鉱石について調査を開始しています。調査を開始するに当たり、押収した鉱石の一部を自分を含めて複数人に渡しています。残りは全て、プロシアから西、カルヴァ交易街で冒険者ギルドが経営する貸倉庫に預けられています。以上です」
「よくできました。」
すっと、渦が消えると、冒険者さんの目が一瞬揺れる。
まるで正気に戻った、という感じで。
えっと、ひょっとしなくても自白剤みたいな効果の魔法か……?
…………。
え、何その怖い魔法。
がっつり対策しないと駄目じゃんそれ。
「ハルク。その鉱石、まさか……」
「ええ。魔狼の降誕現象の副作用的に発生する鉱石に酷似しているわ」
魔狼?
そういえば前にも、サトサンガだっけ、そこに出たって話があったような。
不死鳥とどっちが優先されるか、みたいな話にもなってたんだっけ?
「……アカシャに魔狼が発生した、と?」
「その可能性が高いと思うわ。ねえカウラン。この頃、変に暴れた人間が出たとか、あったわよね? 確かその冒険者も、『偽金』を持ってたんじゃなかったかしら?」
「…………」
え、そうなの?
初耳なんだけど、とカウランさんに視線を向ければ、カウランさんはすっと視線を切って、言った。
「本部に緊急連絡を行う。ハルク、万が一魔狼だったとして、その討伐は可能かな?」
「私一人じゃ無理ね。そもそも居場所を突き止められない」
だから、とハルクさんは真剣な表情で言った。
「古の黎明を頼りましょう」
と。
「私だけじゃ見落としてたわね、これ。フロスくん。あなたのおかげで思いがけず大きな発見よ。だからあなたにご褒美をあげる。ちょっとついてきて頂戴」
「……はい」
……意訳。
『お礼に諸々細かい説明してあげるから、場所を変えましょう』。
どうやら拒否権は、無いようだ。




