22 - 月の魔法?
一通り魔法についての説明を受けた上で質疑応答のような事をした上で、ぐるりと首を回してからハルクさんは言った。
「それじゃあ、やっと本題に入れるわね」
「はい。『月の魔法』ですね」
「ええ。なんだか長かったわ……」
具体的には二時間ほど経っているので、まあ、長かったのかもしれない。
それはそれとして。
「で、『月の魔法』というのはね。近代的な魔法とは別種の、古典的な魔法とでも言うのかしら。御伽噺に出てくるような、今となっては誰も使えないはずの不思議な技術の一つなのよ」
古典的な魔法……ね。
「近代的な魔法の解釈が一般化する前、その魔法は確かに存在していた。その魔法について克明な記録がいくつもあってね。曖昧なものもカウントして良いならば、言い伝えだとか口伝だとか、それこそ御伽噺だとか、そういう形であちこちに残っているわ。だから、今となっては誰も使えないけれど、どうやって発動していたのか、そしてどんな効果が得られたのか……そういう詳細まで判明はしているの」
「…………? 発動方法が解っていて、効果も解っているのに……使えない?」
「そう。そこよ。『今となっては誰も使えないはずの魔法』。ある日、唐突に使えなくなったんですって」
そんな月の魔法の発動プロセスは、近代的な魔法とは全く異なっている。
人々の強い祈りや願いといったものを祭壇に集め、その祭壇に集められた願い事が月光の下、形となって現れるそうだ。
この祈りや願いというものは曖昧な部分が多い。
だからこそ、より強く祭壇にそれを伝えるために、歌というツールが使われた、と。
発動方法はそれでいい。
あまり良くはないけど、まあ、そういうこともあるだろう。
呪いとか、思い込むことで発動する魔法現象に心当たりはいくらでもある。
「えっと、じゃあ、効果は?」
「祈りや願いが月光の下、形となって現れる。それが答えになるわね。毎月一回、願い事が叶うのよ。ただし、誰の願い事が叶うかはわからない。一度に複数人の願い事が叶うこともあれば、たった一人の願い事しか叶わないこともあったみたいね」
効果の発揮はそもそも、ランダムな要素が大きかったわけか。
ていうか、聞けば聞くほど、これは魔法と言うより……、
「……それ、集団催眠の一種なんじゃ?」
「あ。フロスくんもそう思う?」
『も』?
「私の知り合いにこの『月の魔法』に興味を持った子が居てね。その子は『そもそもこの魔法の本質は何か』『なぜ発動できなくなったのか』って、色々と調べた挙句に、『こんなものは魔法とはいえない』、『大集団の信仰心が一方向を向いた結果発生した集団催眠』、『今発動できないのはもっと便利で確実な近代的な魔法が広まった事で信仰心が揺らいだから』、って散々なことを言ってたのよね」
なるほど、やっぱり僕と似たようなことを考える人はそりゃ居るよな。
ただし、一つ問題がある。
「とはいえ、僕やその人の結論がもしも正しいならば、カウランさんがクイラさんに同調したのが解せないんですけれど、それはどうしてですか?」
「カウランは今言った人の言葉を知らないのよ」
…………。
えっと……。
「あくまでも私の知り合いが出した結論は個人的な研究の成果であって、それを私とか、狭い知人にぼやくことがある程度の自己研究と位置づけているの。それを広めようとはしてないのよ。『自分が間違っている可能性もあるし、自分が正しかったとしても、御伽噺を否定して回ることに意味は無い』って」
「ああ……」
つまりサンタさんみたいな問題なんだ、これ。
クリスマスにプレゼントをサンタさんが届けてくれるという『信仰』があって、その信仰に基づいて過去、本当にそういう事が起きているという事にしたい人達が多く、だから集団催眠のように『本当に起きていたということになった』。
でも信仰が薄れて、サンタさんなんて実在しないよという人達が多くなったことでクリスマスにプレゼントが届かなくなったと。
それでも、クリスマスのサンタさんという物語は残っている。
それを今更、『サンタさんなんて居ませんでした』『信仰によって指向性が与えられた集団催眠でした』なんて発表することに意味は無い。
子供の夢を壊すだけだし、そんな発表を大々的にしても相手にされないだろうな……。
「それに『月の魔法』はさておいて、クイラが言っていた現象は確かに奇妙なのよね。時間的な齟齬となると……、それはもう、尋常の領域じゃないわ」
「マジックとかミスティックで実現は出来ないんですか?」
「うーん。解釈にもよるけれど、どう好意的に受け取ってもかなり厳しいわねー」
ハルクさんはそう言って一度飲み物を口に運ぶ。
なんだかんだの長話だ、僕も飲んでおこうっと。
「まず状況を整理させてください。クイラさんが認識していた範囲だと、クイラさんは『仲間が一人死んで、二人はまだ生きている状況で敵と戦っていた。いまにも殺されるという瞬間にハルクさんによって助けられたのに、生きていたはずの仲間はいつの間にか死んでいた』」
「そうね」
「ハルクさんが認識してる範囲では、『クイラさんを助けに入ったタイミングでは既にクイラさんの仲間は全滅していた』」
「ええ。その上で仮説を言うけれど……」
小首を傾げるような素振りを見せて、まず、とハルクさは言う。
「理由や方法は一度置いとくわ。一つ目、クイラだけ時間を跳んだという可能性」
「バウンドハウンドが律儀にクイラさんを待ち伏せしていたことになりません?」
「なるわよねえ。あの魔物、そんな律儀じゃないわよ」
つまりこれはハズレ。
「二つ目、クイラとバウンドハウンドが一緒に時間を跳んだという可能性。つまり、クイラとバウンドハウンドは同じ時間軸上に存在している前提で、その部分だけが私の到着までズレた」
「そうすると今度は、クイラさんの仲間が死んでいる理由がよく分かりません。クイラさんとバウンドハウンドが、たとえば一時間くらい未来方向に跳んだとして、その一時間でクイラさんの仲間二人は逃げることが出来たはず」
「『全ての魔物』が一緒に跳んでないならば、その点は説明できるわね。つまり、クイラとクイラを今にも殺そうとしているバウンドハウンド一体だけが時間を跳んで、残りは通常の時間軸に残っていると考えるの。その残りにクイラの仲間達が殺された」
「なるほど……それもそうです。ただ、未来方向に時間を跳ぶことって出来るんですか?」
「そこよねえ……。マジックにせよミスティックにせよ、正直無理だと思うわ。アルケミックにも到底無理でしょうし……」
こっちはまだ可能性があるけど、実現性の方向で微妙、と。
「三つ目、実はクイラは一度死んでいた。私が到着する直前に生き返って、バウンドハウンドと再度交戦、しているところを私が助けた……」
「突飛な可能性ですけど……。えっと、そもそも戦っていた場所の見晴らしはどうだったんですか?」
「抜群ではなかったけれど、そこそこ良かったかな。視認してから助けに入るまでは三十秒くらいあったわね」
「その一番最初のタイミングで、クイラさんの仲間は死んでいた?」
「私はそう認識しているわ。だから、クイラだけが蘇生した可能性……なんだけれど」
自信なさげに、ハルクさんは腕を組む。
「クイラの仲間は死後結構な時間が経過しているように見えたのよね。バウンドハウンドは魔物の中でも、特に死体を漁るようなことはしない上きれい好きな種だから……、クイラ達が全滅したならば、さっさと別の所に移動しているはずよ」
「ならば簡単です。『生き返ったのはクイラさんだけじゃなかった』、バウンドハウンドも生き返っていたと考えれば……」
「なるほど。確かにそう考えればつじつまは……、合うのかしらね……? むしろ生き返る対象が増えているし、難しくなるような気がするわ……」
ごもっとも。
「死者の蘇りって、そもそも出来るんですか?」
「基本的には無理……一部の例外として、たしかに『死んでも生き返る』ようなのは居るけれど。不死鳥とかが良い例ね。ただ、不死鳥にしたって自分が蘇るだけで、他者を復活させるなんて芸当はできない……」
尻尾をもぎとって試したいな……じゃなくて、さすがに無理か。
とはいえ、蘇りの線もほぼ否定していいとなると……、うーん。
「ちなみにその一部の例外って、不死鳥の他にもあるんですか?」
「可能性、という意味でならば、『魔法』が原因になっている可能性があるわ。『怪我を癒す魔法』をトリガーとした魔法ならば、死者の蘇りに限りなく近いことも出来るかも。私はその例を見たことないし、そもそもクイラ達の仲間に治癒系統の魔法が使えた子は居ないから、それも無いと思うの」
……だとすると、
「魔法は魔法でも、例えば『クイラさんを助けるための補助』のミスティックあたりを試みて、それによってパニックになった。結果、『クイラさんを一定期間絶対に生存させる』魔法として発動してしまって、時間を跳んだというのはどうですか?」
「……その場合ならば、クイラの仲間が全滅していたのは、生き残った二人の内の片方がパニック堕ちた以上、それを殺さなければならなかった。それで相打ちになった……、いえ、それもちょっと考えにくい理由があるわ。死体を見た限りでは、確かにバウンドハウンドに殺されていたの」
なるほど、それじゃあ僕の仮説も成り立たないと。
「なんだか、考えれば考えるほど真相から遠ざかってるような気がしますね、これ」
「言い得て妙ねー。……うーん。まあ、私にとっても結構な不思議体験だけれど、クイラがギルド本部で色々と調べてくるでしょう。その中で私に確認もあるでしょうから、それも踏まえて考えて行くのが良さそうね」
「そうですね」
と、丁度そんなところで話が一段落したと見たのか、ミユちゃんとヨシくんが僕の足の上へと乗ってきた。
どちらも眠たいらしい。
思いもよらず長話になったからな……。
「って、ごめんなさいね。月の魔法についての説明をするつもりが、今回の一件を一緒に考えて貰っちゃったわ」
「いえ。どちらも僕が聞きたいことでしたから、僕としてはお得な気分です」
「ならばよかったわ。他に質問はあるかしら?」
……ふむ。
答えてくれるか微妙なところだけど、一応聞くだけは聞いてみるか……?
「えっと、じゃあ、月の魔法絡みで一つ」
「どうぞ」
「僕と同じ結論……『月の魔法は集団催眠なんじゃないか』って結論を出した人は誰なんですか? ハルクさんと知り合いということですし、存命のように聞こえましたけれど」
「そうねえ……。あの子もフロスくんとは理由が全然違うけれど、それなりの訳ありだし、どこの誰なのかを明かすわけにはいかないかしら。差し支えのない愛称としては、サムって呼んでるわ」
「サム……さん?」
「ええ。サムよ。フロスくんと比べれば年上の男の子ね」
ふうん……?
サムって愛称になる名前っていうと……、サミュエルとか?
いや、それは地球上の話だ、この世界では必ずしもそうとも限らないか。
それにハルクさんの知り合いって事は冒険者なわけで。
そもそもが偽名の可能性もあるんだよな――僕のフロス・コットンと、同じように。
「じゃあ、その人に今度会ったら伝えて欲しいことがあるんです」
「あんまり長いと覚えきれないかも知れないけれど、そのくらいならば良いわよ」
「では遠慮無く。『黒い床に心当たりはないか』、と僕が聞いたと、そう伝えてください」
「黒い床?」
はい、と頷く。
月の魔法は集団催眠だ。
少なくともハルクさんの言葉からはそう受け取るのが自然である。
ただ――あの夢が引っかかる。
夜空の下に黒い床、歌の響く場所、祭壇のような何か、そして『月が応えた』というワード。
――あまりにも符号が多すぎる。
「とりあえず、そう伝えれば良いのね?」
「そうして頂けると。ただ、僕としてもなんとも曖昧なものなので……」
「ふうん。…………、まあ、今度会ったら伝えておくわ」
「お願いします。さてと」
それじゃあそろそろお暇するか。
ミユちゃんとヨシくんを肩の上に誘導して、っと。
「それじゃあ、僕は自分の部屋でもう一休みしてきます。二匹も眠そうなので」
「ええ。長話でごめんなさいね?」
「お構いなく」
ハルクさんの部屋から自室へとゆっくりと移動しながら、考える。
サムという子が『黒い床』に心当たりがあるならば、向こうから接触してくれるだろう。
逆に全く心当たりがない場合、僕はもう一度、あの夢を見なければならない。
だとすると見たい夢を狙って見る……必要があるか。
「枕詞草の出番かあ……」
「にゃ?」
「なーぁ?」
「なんでもないよ。ミユちゃんとヨシくんには、そうだなあ……遊び場でも作ってあげたいところだね……」
すぐに作れないことはないけれど、複数回作るのは手間なんだよな……。
――錬金術を進める為にも、ちょっと細工しよう。




