19 - ありふれた死の一つ
酒場に降りた僕を待っていたのは、特にこれといっていつもと様子の変わらないムギさんとヘーゲルさんだった。
スエラさんの遺体を発見したというムギさんでさえ、動揺一つを隠す様子すらもない。
ただ、当たり前のものとして、スエラさんの死を受け容れている。そんな印象さえ受けて、少し冷徹だな、と思う。
「……セタリアか。話はキーパーから聞いたか」
「はい。スエラさんが亡くなられたと……ムギさんが遺体を見つけたと、僕は聞いたのですが。大丈夫ですか?」
「うん。……驚きはしたが、冒険者に携わる以上、死とは常に隣り合わせだ。冒険者自身に限らず、彼らの後ろ盾となる我々だっていつ報復――待て。セタリア。気のせいか? 今、喋ったような気がしたが?」
「……私も何か、聞こえたような気がしたな。うん?」
「僕も理由がまるで分からないのですが……、今朝、カウランさんに『スエラさんが亡くなった』と起こされたとき、『咄嗟に』言葉が出てきたんです。すみません、こんなタイミングで……」
「いや、そこに関係性を見いだすほどロマンチストでもないからな……。ふむ、少々想定外だったが、これはいいことだ」
「違いない」
いや。
僕としては本当になんで喋れるようになったのかがまるで解らないから不気味だし、僕が喋れるようになったことよりもスエラさんが亡くなったという点をもう少し悼んで欲しいんだけど……。
「セタリア――いや。その名前はキーパーが付けたんだったな。喋れるようになったんだ、本名は名乗れるか?」
「はい。フロスです。僕はフロス・コットンと言います」
「フロス・コットンか。なら、フロスでいいな」
ムギさんが軽くそうまとめると、ムギさんとヘーゲルさんの二人の表情は心なしか……というか、ごく普通に明るくなってくる。
いよいよ本当に、スエラさんの死が軽くみられているよね……。
「前提がやや変わった以上、もう一度考えるべきだな。ムギ」
「ああ。このギルドハウスは酒場を併設していて、酒場の接客、酒場の調理、ギルドハウスとしての依頼窓口、そしてギルドハウスとしての依頼調整が必要だ。これまで基本の立ち位置は接客がスエラ、依頼窓口が私。調理場にヘーゲル、調整がカウラン」
「調整はカウランにしか出来ない上、最も優先度が高い。正式な依頼の発行はギルド本部から承認印を貰った者にしかできない。調理場はカウランにはさせない。それを踏まえると、酒場の運営が限りなく厳しい……というのが見立てだったが、セタリア、じゃない、フロスが言葉を取り戻した。接客が出来る」
「となると接客にフロス、窓口は私、調理場にヘーゲル、調整がカウランだが――」
いや、軽くは無いか。
むしろ重く受け止められている。
ただしそれは、あくまでも労働力が欠けたという方向で。
……あれ、やっぱり典型的ブラックのような。
「――窓口の維持はどちらにせよムギ一人では無理か」
「ああ」
「営業時間外の問題、ですね」
改めて酒場について考えると、営業時間は十一時から翌五時。
営業時間外、つまり五時から十一時までの六時間でも依頼斡旋や発行が出来るように、依頼の窓口に一人は酒場に残っていて、これまではスエラさんとムギさんが交代でやっていた。
つまり、営業時間外の勤務が無い場合は五時から十一時までの六時間がお休みになり、営業時間外の勤務をする場合は、その日の十一時から十九時までの八時間がお休みになる。
…………。
まあ、ブラックという言葉はさておいて、これまではスエラさんとムギさんが交代でシフトを作っていたため、二十四時間常に依頼斡旋や発行が出来ていた。
が、スエラさんが居ないとなると、ムギさんがお休みを取っている間がどうしても開く。
「初耳なのですけれど、承認印って何ですか?」
「ああ。フロスも見たことはあるはずだが、これだ」
と、ムギさんは指先に赤と緑の渦を生み出すと、淡く輝く、判子のようなものを作り出す。
というか、実際にコレは判子か。
魔法で作ってるっぽいけど。
「ギルド本部から、『冒険者への依頼を有効化する』という権限を貰う時に与えられる、それぞれ固有の魔法でな。私のこれとスエラやヘーゲル、キーパーのこれは印が違う。後で誰がその依頼を承認したのかを参照できるようにする意味がある」
「なるほど……? つまり、あまりにも無理な依頼を斡旋したりしたらおとがめがあるということですか?」
「その通りだ」
納得。
となると……、
「その魔法、僕が真似するというわけにもいかなそうですね……」
「そもそも真似の出来る類いのものではないよ。道具を介さないと発動しない、制限術式の一種だ。いや、こちらが先だったのだったか?」
ふうん……?
でもそれならそれで、道具を増やしちゃえば……と思うのが僕なんだけど、普通は出来ないのだろう。
「とはいえ、フロスの承認印を求めるのもやるだけ無駄ではないかもしれない。ギルドルールとして定められる範囲では、『ギルドのメンバーであること』『ギルドハウスルームキーパーの三人、もしくはギルドハウスキーパーの一名から推薦を受けること』で獲得できる。うちはギルドハウスだ、キーパー一人で事足りる」
「だな。それはそれでキーパーを動かそう。問題はそれまでをどう凌ぐか……」
「ヘーゲルさんは印を持ってるんですよね。ヘーゲルさんが窓口をするのは?」
「可能だが、そうすると調理場が空になる。そしてキーパーを入れるくらいならば休んだ方がマシだ」
「ならば、酒場をそもそも十七時から翌五時にしてしまうとか」
「冒険者にかなり不便を掛けるな。最終手段だ」
とはいえ背に腹は代えられまい。
「……うん? 最終手段? ということは、何か案があるんですか?」
「役割をスライドするという手はあるんだよ。一応な」
ヘーゲルさんは自分でもいまいち得心がいかない、そんな表情を浮かべたままに言う。
「つまり、スエラの代わりをムギにやらせる。ムギの代わりは俺だ」
「……調理場はどうするんだ、ヘーゲル」
「うん。俺の代わりにフロスだ」
……なるほど。
僕が料理を問題なく出来るならば、それで一定の正常化は図れるわけだ。
「実際これまでも、何となしの軽食程度ならばフロスが勝手に作ったことはあったしな。それにラウンズ型才能だ、磨けば酒場の料理程度は捌けるようになるだろう」
「将来的にはそうかもしれんが、今はどうなんだ」
「それを確かめたい。フロス、寝起きの所悪いが、今ここにある食材で四人分の食事を作ってくれ。内容は任せる」
「はい。はい? 僕が作るんですか?」
「ああ。失敗しても構わないよ」
ラウンズ型才能なら大丈夫、ねえ……。
なにか落とし穴があるような気がするけど、まあ、やるだけやるか。
幸い食器洗いをしている間に、どうこの設備で料理をしていたのかは見えている。
『理想の動き』に、筋力強化以外のこの世界に由来しない魔法を禁止する/ここにない設備は使わないという縛りをかけて、作る物は……変に指定しないで良いか。
ただ、美味しい物を四人前。
かなり漠然とした『理想』だけれど、それでも『理想の動き』としてセットして……うん、身体が『理想を再生』するように動き始めた。
いけそうだ。
まず僕が手に取ったのはネギ。
同時に懐に仕込んでいた図形を使って『魔力の光』が発動、その『魔力の光』によって生み出された光を図形として動作をはさみ『魔力の水』を連鎖発動。
生み出した宙に浮く水の塊に先ほどのネギを放り込み、というか他の野菜も続々と放り込み、『魔力の水』の内側の水流で洗浄、一通り洗浄が終わったら左手を突っ込んで野菜を引っ張り出しつつ右手で包丁を手に取ると、素早く綺麗に皮を剥きつつ適切な大きさにカット。
この切り方……、僕は一体何を作ってるんだろう……。
洋輔が居たらこの場で思いっきりツッコミがとんでくる思考をしてしまったけれど、幸い洋輔のツッコミは届かない場所なので、『理想』はそのまま再生を続ける。
一通り野菜のカットが終わったら、小さめの鍋にお水と今剥いた野菜の皮や、カットで余った部分を投入し竈の火にかける。
あく取りはしっかりしつつ、野菜の細かいカットを進め、一煮立ちしたら小さめの鍋の中身を別の鍋にこしつつ移し、『魔力の熱』で保温開始。
次にお肉を取り出す。鶏肉だ。
大前提として骨を外し、更に皮をすっと剥いで、皮は一旦器に移動。
お肉はざっと細切りにしてから包丁で挽肉へと一気に処理したら、ボウルに移して下味を付け、プレートに移動し厚さを均一に。
さて、剥いだ皮からは折角なので油を取っておきたい。フライパンに鶏皮を移して加熱しつつ、保温していたお鍋も竈に戻して、プレートに広げたひき肉をスプーンで掬って肉団子にし、お鍋に投入、しっかり加熱。
同時進行の鶏皮からはチー油を小さな器に移動、皮そのものはパリパリに焼けているので、ざっと塩を振っておつまみ用に。
鶏肉団子は一通り加熱が済んだら一度お鍋から出して、代わりに野菜を投入してさらに一煮立ち、野菜に火が通ったところで鶏肉団子を再投入して、味を調整。
チー油を作っていたフライパンはきっちり洗い、その上で別の油を敷きつつ、どさくさに紛れて潰しておいたニンニクを投入。
薫りが移ったところでパンを包丁で均一な厚さに切りつつフライパンへと投入、ガーリックトーストに仕上げたところで、お鍋もそろそろ良い頃合い。
四人前なので四つの食器へ均等に移しつつ、焼きたてのガーリックトーストもお皿に載せてとりあえずの完成である。
「できました。鶏肉の肉団子と野菜のスープにガーリックトーストです。どちらかというと軽食気味ですが……」
「…………」
「…………」
「…………」
すっとテーブルに配膳したところで、ヘーゲルさんとムギさん、そしていつの間にやらやってきていたカウランさんが沈黙しつつ料理と僕をゆっくりと交互に見ていた。
あれ?
「……足りませんか?」
「いや……、えっと……。手際が良いというか、良すぎるというか……」
「一切の迷いなく皮むきからカットまで……、火を通す時間は当然として、普通なら捨てるようなところもしっかり味として抽出している……」
「……まあ、重要なのは味だね。とりあえず、フロスが作ってくれたんだ。皆で食べてみようじゃ無いか」
「たしかに」
「そうだな」
やっぱり量は足りないかもな。
そう考えつつも僕も椅子に座って、皆で揃って食事を開始。
概ね想像通りの味付けで、想像通りの味がする。
品質値的には9025と中途半端ながら特級品だとはいえ、まあ、こんなものか。
「え、美味い……」
「ヘーゲルの料理も美味い方だと思っていたが、これは……」
「格が違う……ギルド本部の大祝典で出る料理と遜色が無いぞ……」
「味だけじゃ無い。この調理速度も大概だ」
「確かに、無駄が無かったな」
そしてよかった、気に入って貰えたようだ。
とはいえこの手の漠然とした『理想』による料理だと、味付けは僕好みになってしまうので、『美味しい』と感じて貰っても、味付けに不満を持たれることは往々にしてあるからなあ……。
「味に問題なし。速度にも問題なし。……やや問題があるとしたら?」
「当然のように魔法を調理に取り入れていることだが……、一流の料理店ならばむしろ当然だからな。酒場だとかで使われていないのは、そもそも料理に適した魔法が使える料理人が稀少ってのが理由だ。俺も含めてな」
「ならば調理場はフロスに任せるか。私が接客優先、ヘーゲルが窓口受け付け。キーパー、この体勢で当面は酒場も凌ごう。だがフロスにかなり負担を掛けることになる」
「そうだね……、他のギルドで人を余らせていればそこから一人補充しよう。可能な限り急ぐけど、早くても一弦はかかると見ておいてほしい」
それと、と。
一旦スプーンを置いて、カウランさんは僕に言う。
「ちらっと話があったみたいだけれど、フロス。ギルド本部に、依頼の発行に必要な承認印を申請しようと思う」
「僕でも、大丈夫なんですか?」
「ルール上の問題は無いからね。それに前例もあるんだ。ただ、承認印の申請には本人が直筆で署名をしなければならないけれど……、書けるかな?」
「多分、大丈夫だと思います」
多分。
いや、なんで書けるようになってるのかがよく分からないから、『多分』としか言いようがないんだけど……。
適当な紙にペンでざっと、フロス・コットンと書いてみる。
…………。
自分でやっておいてなんだけど、それでも我ながら、なにがどうして唐突に字の読み書きまでできるようになってるんだ……?
「……想像以上に綺麗な字だな」
「ヘーゲルやキーパーよりも読みやすい」
「あはは……。ムギとは方向性が違うけど、読みやすいね。スエラに似た字だ」
「確かに、言われて見れば」
ふうん。
あんまり意識したこと無いけどな……筆跡か。
一番僕がよく見ていたのが、偶然スエラさんのものだったのかな?
結局そのままなし崩し的に、人員補充ができるまで、という期限付きだけど、僕は調理場を任されることとなったわけだけれど。
スエラさんの死を、いまいち実感できない僕の考えは、けれどその日の内に払拭された。
ギルド本部に送られる、スエラさんの遺体を目にしたからだ。
特に外傷らしきものはなく、眠っているだけではないかとさえ見まがうほどに静かな遺体から、けれど生命は感じることが出来ない。
似たような感想を抱いたのか、さすがに遺体を目の当たりにして、ヘーゲルさんは小さくため息をついていたけれど、ムギさんはあくまでも気丈に振る舞っていた。
ただ一つの綻びも、ついに見せることはなく。




