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三月賛歌夢現  作者: 朝霞ちさめ
第一章 アカシャのフロス
18/151

18 - 虫の知らせと沸き出た言葉

 新月の夜を迎えてから二日後。

 この世界で使われている暦の上では、四月上弦三日。

 酒場の仕事を終えたらすぐに自室に戻って、ミユちゃんとヨシくんに餌をあげつつ、僕はベッドに横たわった。


 なんというか……、今日は一日通して具合が悪い。


『…………、』


 頭が痛いと言うわけでは無い。

 吐き気がすると言うわけでも無い。

 なんならこっそり作ったエリクシルで体力的には全快しているし、同じくこっそり作ったポワソンイクサルで全ての毒を浄化し、ついでにこっそり作った毒消し薬まで服用して今の僕の身体は間違い無く最善の状態なんだけど……。


 とにかく身体がずっしりと重いのだ。


 精神的なものかな?

 だとしたら変だ。

 猫成分も血成分も十分に摂取できるようになる前ならまだしも……ね。


 あんまり続くようなら何か対処を考えないと……でも、すぐに収まるタイプかもしれない。

 うん、そうであることを願おう。

 ホームシックとかだったら笑えないし。


『…………』


 そのまま、ベッドの上で僕は眠りにつく。

 おやすみなさい。

 明日はきっと――



    ▽


「謡え。我らは月の下、祈りと願いを注ぎ込み」

「謡え。我らは月の為、念いと呪いを雪ぎ抜き」


 夢を。

 見ている。

 変な場所だった。

 真っ黒な床が敷かれた……けれど、夜空が見える場所だ。


「躍れ。彼らは地の果て、いずれ向う先」

「躍れ。彼らは地の手前、すでに着く後」


 沢山の歌声が、聞こえる。

 そんな歌声に重ねるように、歌では無い言葉が、嫌に響いている。

 変な夢だなと。

 僕は、思う。


「偉大なる三日月よ、我らは一つを捧いで」

「忌々しき三日月よ、我らに一つの慰めを」


 歌は続く。

 その背後で、なにか叫び声が聞こえたような気がしたけれど――そんな音はしていない。


「祈りの果てに願いは捧いで」

「念いの手前に呪いと慰めを」


 一気に。

 歌の音量が、跳ね上がる。

 それ以外に何も聞こえなくなるほどに、意味の読み取れない歌が響き渡る。

 沢山の人が、それぞれに歌う。

 そんな歌は、心地よいといえば心地よい。

 けれどそれ以上に……なんだか心が、ざわざわとする。


「――――」


 そんな歌の中に。

 不思議と、聞き覚えのある声があった。

 この声は……。


「――私は」


 僕が確証を得るよりも前に、視界にその人影は現れる。

 やっぱり……スエラ、さんか?


「私が冒険者になったのは、弟のためだった」


 虚ろな目をして、虚ろな声で。

 けれど、大音量の歌を切り裂くように、鮮明にその声は聞こえる。


「弟が『普通の幸せ』を手にできるならば、私はどんなに辛いことでも我慢が出来た」


 視界が、知らない場所に切り替わる。

 森……、だけど、これはどこだ?

 解らない。

 ただ、そこには武装したスエラさんと、もう二人がいる。


「戦う事は怖かった」


 スエラさん達は、現れた猛獣を撃退し――戦闘が終われば、三人は震えながら、肩を抱き合うように喜んでいた。


「死にたくないと心底、思った」


 さらに視界が切り替わる。

 暗闇の洞窟に。

 どこまでも続くように見える草原に。

 そのたびに、スエラさんは戦っていた。


「それでも私が頑張れば、弟は普通で居られるから頑張れた」


 そして、滝の見えるどこかの森。

 スエラさんの脚に、大きな狼のような何かが噛みついて――そして、スエラさんはそのまま滝壺へと投げ捨てられた。

 あっという間の、事だった。


「あの日、私は負けた」


 視界が切り替わり、そこは見知らぬ部屋になった。


「死んだとさえ思ったけれど、私はそれでも生きていた」


 けれど、ベッドに横たわるスエラさんの脚は――見た目こそ、治っているけれど。

 見た目だけは、治っているけれど。


「私は戦えない身体になった」


 それを宣告された時、スエラさんはただ呆然としているようだった。


「それはとても屈辱だけれど、そんなことはどうでもよかった」


 場面が変わる。

 花束を持った誰かが、スエラさんに手渡した。

 そしてその代わりに――スエラさんが持っていた剣を、手に取った。


「……そのせいで、弟が冒険者になってしまった事が、辛かった」


 何のために戦ってきたのか。

 それを否定された気分だったと、その声は虚ろなままに告げている。


「弟は、けれど強くなった」


 そして。


「借りを返してくるよと、笑ってくれた」


 その青年の顔に、僕は見覚えがある。


「なのに――」


 『金色の月影』の――戦士。


「――私にはもう意志がない」


 視界が戻る。

 あの黒い床の、奇妙な場所へ。

 そして、僕の視界にはうつろな表情のスエラさんが映っている。


「だから私に捧げうるものもない」


 そんなスエラさんの足下が、光に包まれる。


「それでも、もしも許されるならば」


 光に包まれた所から、スエラさんの身体は光の粒へと変わり、その場に拡散するように消えてゆく。


「私は私を捧げよう」


 ゆっくりと。

 けれど、素早く。

 そんな奇妙な速度感を感じているのは、これが夢だから……夢だからというだけの、話のはずだ。


「私は月にただ祈る」


 胸元までが無くなって。

 最後の言葉を、スエラさんだったものは口にした。


「弟を、助けて――」


 全てが光の粒へと消えて、ただ、歌だけが残る。


「――――」


 歌が響き渡る、その場所で。

 僕は少しだけ、可哀想だなあと思う。


 けれど、これは夢のはず。

 きっと僕は、無意識の中でスエラさんを、そう解釈したんだろう。


 ただそれだけの事。

 ただそれだけの事であるはずなのに、どうしてだろう。


「――――」


 スエラさんの祈りが、頭の片隅に残っている。

 それは僕の思い込みに過ぎないはずだけれど……。


「――――」


 何かをしてあげたいな、と思う。

 ……何かが出来るとも、思えないけれど。


 なのに、僕がそう考えた直後のこと。

 光の粒が渦巻いて、光の渦となると、そのままどこかへと消えてゆく。


 今のは……魔法の発動時に見える渦に、とても似ていたような……?


「――月が……」

「――応えた?」


 それに合わせるかのように。

 ぴたりと歌が――途切れる。


 黒い床の不思議な場所に、現れたのは銀髪の男女。

 白いローブに赤い縁取り、奇妙なシンボルが描かれたものを纏った二人は、困惑するように天を仰ぐ。


 そして、その場所に朝日が差し始めると――奇妙な夢が、薄れてゆく。


「――――」

「――――」


 ぼやけた視界で、ぼやけた二人が何かを言った。

 ぼやけた聴覚は、ぼやけた声を聞き取れない。


 そんな夢を。

 僕は、見ていた。


    △



 微睡みを。

 邪魔するように、声がする。


「セタリア。セタリア、まだ寝てるかな。……うーん。でも緊急事態だからな。あとで謝るとして、今は開けるか」


 別に鍵は掛けて寝ていない。

 自然と扉は開けられて、はたして入ってきたのはカウランさんだ。


 とはいえ、僕が寝ている間に勝手に入ってくるのはこれが……、二度目くらいか?

 少なくとも滅多にない事だった。

 ミユちゃんとヨシくんも威嚇している始末だ。


「セタリア、ごめん。眠いだろうけど、起きてくれるか」

「…………、…………?」


 まあ……、実際とても眠いけど。

 なんか変な夢みたような気がするし、目覚めも悪いんだよね。

 それでも何かが起きたのだ、切り替えてなんとか、身体を起こす。


 そこでようやく、異変に気付いた。

 異変というか異常というか。

 明らかに、カウランさんは憔悴している様子だった。


「いいかい、セタリア。落ち着いて、聞いてくれ」


 落ち着くのは僕じゃ無くてカウランさんの方だと思う。

 そんなツッコミを内心でしつつ、言葉を待った。

 果たして、紡がれたのは――


「スエラが、死んだ」


 ――という。

 あまりにもシンプルな、出来事だった。


「…………」


 スエラさんが……死んだ。

 か。

 えっと……、病気とかは、別にしている様子も無かった。


 ということは事件だろうか?

 誰かに殺された、とか……だとしたら『死んだ』という表現じゃないか。

 『殺された』と言うだろう。

 ……いや、待てよ。


「さっき、ムギが遺体を見つけたんだ。…………。セタリア?」


 ……おかしい。

 何が……、どうなって?


 なんで僕は今、受動翻訳の魔法も使っていないのに、カウランさんの言葉を理解出来ているんだ?


「……大丈夫か?」

「…………、」


 たぶん、今の僕にならば……、


「はい」

「…………、え? セタリア、お前――」

「――なんでだろう」


 『やっぱり』――話せる。

 恐らく、書くこともできるだろう。


「なんで、こんなタイミングで……、いや。それは後で考えれば良いです。……スエラさんは、その……、本当に亡くなったんですか?」

「…………。ああ。死因は不明だ。私達が知らなかっただけで病気だったのか……あるいは、あまりにも自然に殺されたのか」

「……スエラさんにはずっとよくして貰っていましたから。それが真実だとしたら、僕には心残りがありますね。ありがとうと、一言も伝えることが出来なかった」


 そしてそんな嘘をつく意味も無いだろう。

 スエラさんが死んだ。死因は不明。

 同時に何故か、僕は喋れるようになった――というか、この国の言葉を自然と理解出来るようになっていた。


 この二つは全く関係の無いはずのことだ。

 関係性も関連性もあるはずがないのに、この二つは同時に起きた。

 そして――その直前まで、僕が見ていた、あの変な夢。

 不思議なほど、思い出そうとすれば思い出せてしまう――記憶できている、夢。


 あれは夢だ。

 けれど、夢だけというわけではなかった――のか……?


「カウランさん。スエラさんはこのあと、どうなるんですか」

「……スエラには弟が居るからね。本来ならばその弟が遺体を引き取って、葬儀だとかをするんだけど……。その弟も、今ちょっと、安否が解らない。それにスエラの死因が解らない以上、ギルドハウスとしては他殺の可能性も否定できないし、検分が必要だ」

「…………、つまり?」

「ギルド本部に回して、死因の特定を頼むことになる。それが終わった後に、弟が生きていればその弟に遺体が渡される」


 ……安否のわからない、弟か。

 やっぱりあれは、ただの夢ではないのかな……。いや、解らない。

 ここでカウランさんに確認する? いや、リスクの方が大きい。

 確認するとしたら、その相手はカウランさんではなくハルクさんであるべきだ。


「……そうですか」

「……うん。セタリア。…………。言葉は、戻ったようだけれど……」

「なんで突然、喋れるようになったのか……、まるで心当たりも無いんですが。すみません。これまで大分、迷惑をおかけしました、カウランさん」

「いや。……君はそんな口調で、そんな声をしていたんだね」


 はい、と頷き、僕はベッドから降り、ミユちゃんとヨシくんに手を伸ばす。

 二匹とも僕の意図を汲んでくれたようで、すっと僕の肩へと登ってくれた。


「大変、名乗るのが遅れました。僕の名前は、フロス――フロス・コットンです」

「……フロス。そうか、それが君の名前か」

「……本当は。スエラさんにも伝えたかったなあ」


 いや。

 けれど結局、それも偽名だ。

 あまり……意味は無かったかも知れないけれど。


「色々と、出来る範囲でお手伝いします。カウランさん。僕に出来ることは、ありますか」

「……ああ。言葉を出す事が出来るならば、出来る事も増えるね。悪いけれどこれから少しの間、酒場の接客もやってくれ。スエラが欠けた分……をね」

「わかりました」


 ムギさんにまで倒れられては困るし。

 頷き返して、僕は着替え――酒場用の、コンセプトユニフォームを手に取る。


 なんだか、喪服のようにも見えるな。

 ……冒険者には死が常に付き纏う。そのせいだろう。


「暫くはスエラさんの真似事をしてみます。間違っていることがあったら言ってください」

「解った。それじゃあ、また後で。調理場に集合だ。ムギとヘーゲルもそろそろ来るから」

「はい。……ちなみにハルクさんは?」

「ハルクには……帰ってきてから、知らせることになるね」


 ……そりゃそうか。

 まだ帰ってきていないし。


 カウランさんは話が終わったとみたようで、そのまま一度僕の部屋を出ていった。

 扉が閉じたところで、僕は改めて考える。


 妙な夢で僕はスエラさんの独白を聞いた。

 そしてスエラさんが光の粒になる所を見て、その光の粒が渦巻いたのも見た。

 起きたら、スエラさんは死んでいて、僕は言葉を習得していた……。


 他にも何か変化は無いか?

 もしもあるのだとしたら、何かが解るかも知れない。

 ……まあ、分からない事の方が多いだろうけれど。


「…………」


 ……ただ。

 身近な人が死んだという事実を知らされたというのに、それほどショックを受けていない事に、僕は少し驚いている。


 実感が無いわけじゃない。

 むしろ実感は、どうしようも無いほどに大きかった。


 ただ僕は、心のどこかで不思議と……そう、納得していたのだ。


「…………」


 そう。

 『やっぱりか』と、僕は感じていた。


 あの夢は何だったんだ?

 そしてその前の、謎の不調の原因は?

 今、その不調は欠片も残っていない。

 どころか言葉を習得してしまっている。

 それは何を意味しているんだ……?


 窓から眺めた空に月は無い。時間的に、それは決して奇妙では無い。

 そんな様子の僕を心配したのか、両肩の猫たちはにゃあ、と鳴いた。


「……とりあえずは、酒場に降りないと」


 ムギさんとヘーゲルさんは――大丈夫かな。

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