17 - 僕にとっての猫とは
『……クタスタも災難だよな。あの大水害があったと思ったら、今度は不死鳥騒ぎだと』
『踏んだり蹴ったりだな……というか最近、不死鳥関連が多くないか? つい最近だよな、サトサンガの不死鳥の卵は』
『それだけじゃないぜ。プラマナでも不死鳥が観測されている』
『実は全部同じ個体だったりしてな』
『だったらむしろ良かったんだけどな。サトサンガの卵は「炎」、プラマナで観測されたやつは「雷」、そんでもってクタスタに居たのは「水」。別種だろ』
『頭が痛くなるな……。それで、プラマナにせよクタスタにせよ、不死鳥はどうしたんだ』
『プラマナのほうは征伐にトップ格がチームアップするって話だ。それで平均レベルが9000オーバーの九人組だと』
『そこまで行くとギャグだな……そこまでしても怪しいのが怖いが。で、クタスタは?』
『大水害からの復興に冒険者もかなり充てた直後だからな』
『ならば放置か』
『いや、それでも討伐を優先したいらしいな』
『そりゃまた。変に手を出さなきゃ大人しいのに、どうしてだ』
『大水害の直後に「水」を纏った不死鳥だぞ。関連があろうがなかろうが、そこに関連性を見いだすのが人間だ。最悪、民が暴動する可能性もあると見たらしい』
『あー……だが、無い袖は振れないよな。どうするつもりだ、クタスタは』
『難しいよな。不死鳥は狩りたい。けど狩れるような冒険者を国内で集められない。だからといって、異国の冒険者にも極力頼りたくはない……なんせ相手が不死鳥だからな。ましてやクタスタは復興なんてやってるもんだ』
『金はいくらあっても足りないよな、その状況。少しでも高値で異国に売りつけるためには自国の冒険者に狩らせたい、か』
『ああ。……ところで』
『いや。言うな』
『……メーダーでまたまたよく分からん発明があったらしいぞ』
『今度は何をやらかし……作ったんだ、あの国』
『なんでも火薬ってものを使った玩具らしい』
『へえ、火薬。…………。火薬? って確か、爆発するやつだよな?』
『ああ。その火薬だ』
『それで玩具を作ったのか? おもちゃを?』
『おもちゃというか嗜好品らしいぞ。なんでも夜空に大きな火の芸術を、大きな音と一緒に出すんだと』
『それ、あえて火薬を使う意味があるのか? マジックどころかロジックでも出来るだろソレ。テクニックだとキツイかも知れねえが、ミスティックでもいけそうだし……』
『そう言ってやるなよ。メーダーは魔法の国だからな。アカシャとは事情が違いすぎる』
『まあ、そりゃそうだ。…………。しかし火薬で遊ぶ、ねえ。危険だと思わないのかな、連中は』
『さあ。俺は他の所のほうがよっぽど気になったがね』
『ああ、金か』
『おう。火薬は高いからな。それで遊ぶって、なかなか豪勢だなあと思うわけだ』
『それほどの金を出しても惜しくない……って事だろうなぁ』
『見てみたいか?』
『いや遠慮したいね。俺はアルケミックがどうにも性に合わん』
『ま、その気持ちもわからないことはないか。……で、』
『やめとけ』
『……プラマナの実験都市アルガルヴェシア、って知ってる?』
『ん……ああ、それ、まだやってたのか。もう三十年くらい前だよな、計画が出来たの』
『ええ。ついにアルガルヴェシアで火力を使った「電気」の生産に成功したそうよ』
『「電気」……というと、アルケミックが要求するエネルギーだったか』
『そうそう。まだ安定してないみたいだけど、最低限の目標値は達成したって話ね。なんでも井戸水を人力で汲み上げる必要が無くなるんですって』
『マジックなりロジックなりミスティックなりテクニックなり、ぶっちゃけアルケミック以外の魔法ならそれ、かなり余裕の部類じゃねえか?』
『冒険者規準ならそうでしょうけど、町で暮らす一般人にとっては偉大よ。なにせ一度設置してしまえば「そこら辺の子供」にでも簡単にお水がくめるんだから。それは褒めるべきだと思うわ』
『……確かに。ふうん。電気ねえ。得体の知れないエネルギーはあんまり使わないで欲しいけど、それを言ったらミスティックの領域よりかは実体っぽいもんがある分、電気のがマシか』
『そうよ。…………。いや、そろそろスルーしかねるんだけど。他の皆もそうでしょ!?』
『…………』
『…………』
『…………』
三月も最終盤。
次に新月の夜を迎えれば四月になるというこの季節、しかし別に『四月』はこのアカシャという国においてそれほど特別な意味はないようで、酒場も町も平常運転といった次第だ。
変わったことと言えば、二十四日から二十六日にかけてハルクさんが少し遠出をしていた事くらい。
あの少年はあの一度以来この町に来ていないことを考えると、恐らく話をしに行ってたんだろう。
詮索するつもりは毛頭無いけど。
なにせハルクさんは約束を果たしてくれたのだ。
『まあ、なんだ。タリア。スエラもムギもキーパーも、アレを見ても何も言ってないしな。まあ、なんつーか、話は付いてるんだと思うぜ? そりゃあ、アカシャに猫が居るってのは随分奇妙なんだが……』
『いえね? 私が言いたいのは「なんでこの国に猫が居るんだ」って話じゃ無くて、「なんであの子供は両肩に猫を一匹ずつ載せて活き活きと仕事してるんだ」って話なのよ。何、あのバランス感覚。いやバランス感覚は譲るとしてもよ、どう考えても重いでしょうアレ。それをまるで何も背負ってないかのような軽々とした動きがおかしいわ。いやもっと言うと、あの子供がよしんばそういう謎の技術を持っていたとしてもよ、なんで猫がああも大人しく肩の上でのんびりとしてるのかって事なの!』
そして今、酒場で叫ぶように嘆いているのは、ちょっと前に王都ディースからやってきた二人組の冒険者の女性で、名前はタリアさん。
魔法使いの弓使い……という純後衛で、レベルは5000を越えているベテランなのだとか。
『まあ……猫ってそこまで大人しいイメージ無いよな。つっても俺、本物の猫なんて生まれて初めて見るくらいだけど……。タリアはどうなんだ』
『え? 私はそもそもプラマナの出身だし、猫は結構身近だったのよね。…………。だからこそ、あんなに大人しい生き物じゃないことを知ってるんだけど……』
そのタリアさんを諫めている男性がタリアさんとペアを組んでいる冒険者がマーク・ザ・シーカーさん。
レベルが5000代でありながらザ・シーカーの称号を持つ彼は、捜し物が得意すぎるほどに得意なのだという。
で、この二人の冒険者は何をしにこの町までやってきたのかというと、いつぞやの偽金に関する依頼を受けに来たようだ。
わざわざどうしてこの町まできたんだろうと思ったら、実はこの二人、レベル不相応に戦闘が苦手なんだとか。
だから戦闘の可能性が低い依頼を探してあちこちを旅しているそうだ。
僕にはその「あちこちを旅する」という行為がリスクに見えるんだけど、本人達は気にしてないようなので大丈夫なのだろう。
その一方で、僕の両肩に乗っている猫二匹こそが、ハルクさんが果たした約束によってやってきた子たちだ。
一匹はメスの三毛猫、ちょっと短い尻尾がチャーミングで、ちょっと身体が大きめ。
もう一匹はオスで茶白のトラ猫で、靴下を穿いたかのような白い足が可愛らしい。
名前は既に決めている。
三毛猫がミユちゃんで、トラ猫がヨシくんだ。
ちなみにミユちゃんのほうが一歳年上とみているので、今こそヨシくんのほうが小さいけど、来年になるころには並ぶかも知れない。
けどなあ。ヨシくん、トラ猫のわりに小柄なんだよね。
ひょっとしたらこのままサイズ的にはかわらないかな?
それはそれで可愛いので良し。
「にゃあ?」
「にゃん」
そして世界共通のこの甘い鳴き声もたまらない。
これだけで僕は世界が平和だと断言できるほどだ。
というか猫たちの安全を脅かすような輩は許さないだけだけど。
あと別に、僕は特に猫をひいきしているだけで、他の生き物も可愛いとは思う。
猫には及ばない、それだけのことだ。
『セタリア。そろそろタリア達の困惑が臨界点を超えるぞ』
『ムギ! あなたなら解ってくれると信じていたわ!』
『…………』
混沌とし始めた酒場で、ムギさんがついに僕に対して口を出してくる。
一方、タリアさんはようやく味方が出てきた、と安堵百パーセントといった形で手放しにムギさんを歓迎した。
僕は何も答えない。
『…………。セタリア。その……』
『…………』
『…………。……だから、えっと……』
『…………』
譲る気は無い僕の無言の視線。
そして僕の両肩に乗ったミユちゃんとヨシくんの無垢な視線が、ムギさんを突き刺している。
『…………』
『…………』
なんだかだんだんと酒場の中が剣呑な空気になってきた……。
とはいえここで視線を切ったら負けだ。
僕が負けるのは構わないけど、猫が負けるのは癪なので貫き通そう。
『……ねえ、ムギ、セタリア。あなたたち、何してるの?』
『……無言の話し合い?』
『だとしたら打ち切りなさい。それ、ムギの負けよ。どう見ても。三対一だもの』
よし勝った。
ミユちゃんとヨシくんもそれを悟ったようで、二匹がそれぞれにくつろぎ始める。
ちょっと重い。
まあ、幸せの重みだと思えば何と言うことは無い。
『セタリアは猫が来てから、こう、活き活きとしてるわね……。そんなに気に入ったの?』
『…………!』
元からだけどその通り、と頷きつつ、僕は腕を前に伸ばす。
ミユちゃんとヨシくんはととと、と僕の腕を橋のように渡り、手の甲の上へと移動した。
うん、これはちょっと、てこの原理的なものもあって重い。
『楽しそうなのはいいけれど』
と。
そんな僕の背後から、不意に声がする。
それに驚いたのか、ミユちゃんとヨシくんは肩まで戻ってくる。あ、ちょっと楽になった。
『あまり迷惑をかけちゃだめよー、セタリアくん』
『…………、』
案の定というか、声の主はハルクさんだ。
……って、微妙に案の定とは違う事もあるな。
ハルクさんが武装してるの、久々に見たかもしれない。
『…………?』
そしてそんなハルクさんは台車に乗せて何かの残骸を持ってきていた。
いや、何かの残骸呼ばわりは酷いな。
鎧の残骸だ。
……結局残骸だけど。
『ムギ、識別番号8852で登録している冒険者を調べて。スエラ、今の番号をキーパーに伝えて』
『了解』
『ええ。今すぐに』
ハルクさんの指示にムギさんとスエラさんが先ほどまでの空気は何処へやら、テキパキと行動を開始する。
いや、その二人だけでは無い。
先ほどまで猫に突っかかってきていたタリアさんも神妙な面持ちだ。
『…………、…………?』
『ああ、セタリアくんは初めてかしら。このところこのギルドハウス、数字良かったものね……』
それは何ですか、という質問をボディランゲージでハルクさんに聞いてみると、そんな答えが返ってくる。
数字?
成績って意味のほうの数字っぽい。
『この残骸ね。さっき町から結構離れた所で拾ったんだけど、ほら、ここに8852って書いてあるでしょう。これ、冒険者ギルドが刻印した識別番号なのよ』
『…………?』
うん……?
なんでそんなものが残骸に刻まれてるんだろう。
……いや、識別番号。刻印。
そしてカウランさんを叩き起こしてでもさっさと動けというハルクさんの動きに、同調するような周りの空気。
『ハルク。8852、だったな』
『ええ。見つかった?』
『「金色の月影」に在籍している戦士だな』
…………?
あれ……どこかで、聞き覚えがあるような……、
『「バウンドハウンド」の討伐依頼に出た記録がある』
……思い出した。
酒場で働き始めてすぐ、くらいのあたりで依頼を持ってきた冒険者のパーティが、金色の月影と名乗っていたはずだ。
銀色の依頼プレートを持ってきていて……そう、それが、バウンドハウンドという魔物の討伐。
カウランさんが直接詳しい話をしたこともあり、僕はその詳しい話までは聞いていないけど、スエラさんが個人的な恨みをその種族に抱えている……なんて話をしていたっけか。
『そう。……この鎧の損傷からして――』
ハルクさんは視線を鎧の残骸へと落とす。
砕け、ひしゃげた重鎧。
ただ、血痕は無いし――血の匂いが全くしない。
『暫定の「失敗」判定は出すとして、どうなの? バウンドハウンドとなると、救援依頼や回収依頼の要求ができるはずだけれど……』
『どちらも「要」だね』
と。
話を進めたハルクさんに答えたのは、慌てて降りてきたらしいカウランさんだ。
微妙に寝癖が付いている。
『予め必要な報酬はギルドで預かっている。救援成功時は満額、回収成功でも一定額。というわけで、緊急依頼だ。今この場に居る冒険者で、救援ないし回収依頼を受けてくれる者は居るかな?』
……ふむ。
暫定の失敗判定。つまり討伐依頼に失敗した可能性が高いという判断がまず為された。
で、失敗時には救援や回収を要求できるタイプの依頼だったわけだ。
救援と回収の違いは……生きてるかどうかかな? あるいはもうちょっと区分が細かいのか。
ただ少なくとも言えることはある。
現状ここに居る冒険者達は誰も乗り気では無い。
『……参ったね』
『私がいこうか?』
だからか、ハルクさんもあっさりとそう提案する。
力量的には文句もなさそうだし、そもそも鎧を発見したのもハルクさんだ。
自然ではある。
『この鎧の状態からして生存率はかなり低いけれど、回収だけなら私だけでも出来ると思うわよー』
うん……?
生存率はそこまで酷い事にはなってないと思うけど。
鎧に血痕が無い以上、本人にダメージは……いや、そうでもないか。
ハウンドバウンドという魔物がもしかしたら返り血も出さずに破壊するだとか、そういうタイプの可能性がある。
あるいは僕の想像通り、『何らかの理由で鎧を脱いだ隙に破壊された』だとしても、鎧を失っているのだから生存率は低下しているし、ならば救援は間違いじゃ無いだろう。
『……うん。他に手も無いね。ハルク、頼んだ』
『任せて頂戴。でもそのためにも、情報は貰うわよー』
『ああ、付いてきてくれ』
またね、とハルクさんは僕と猫たちに手を振って、カウランさんと一緒に二階へと去って行く。
ふと、スエラさんの様子を見ると――
『…………?』
――なにやら気になる事があるのか、怪訝な表情をしていた。
なんだろ?




