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三月賛歌夢現  作者: 朝霞ちさめ
終章 クタスタのユーヤ
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Ending 『長く短い旅の果て』 | Prologue 『六つの断片・真相編』

 一度行動の方向性に結論を出すと迷いが吹っ切れたからだろうか、物事が簡単に整理して見えるようになってきた。


 そんな才能を僕は持っていない。

 つまりこれは、ユーヤ・ソンシャとしての僕が獲得した特性なのだろう。

 ま、ここまで極端なのは僕の薄厚鎧(アクトリップ)が強調した部分もあるからな……それでも郁也くんにはこういう才能が多分あるのだろう。多分。


 で。

 物事が簡単に整理して見える、という状況については、ハルクさんとの会話が一番解りやすかったと思う。


 それはハルクさんが『霧絶(キリタチ)』への調査へと出発するその日のこと。


『ハルクさん。出発前に言っておきたいことが』

『うん? 改まって、なにかしら?』

『たぶんハルクさんと「僕」が会話するのはこれが最後になります』

『…………。えっと?』

『だから少しだけ、帰ってきたら戸惑うかも知れません。その時は――「それは僕とそこまで変わりません」。この言葉を、思い出して下さい』

『……謎かけかしら』

『まあ、まだ確実じゃ無いので。ただ、覚えておいて下さいね』

『解ったわ。どういう事かは……帰ってきてから確かめるわね』


 といった会話を、僕はハルクさんと交わした。


 僕がユーヤ・ソンシャではなければ、きっとそんな事は言えなかっただろう。

 不確定だし、手紙か何かを残しておく程度で済ませたと思う。


 けれどユーヤ・ソンシャとしての僕は、『不確定でも伝えておく方がメリットになるし不利益は実はそんなにない』と、あっさり決断しているのだ。

 そこに迷いは無く、そしてその後も見えている。

 この才能は代えがたいものだと思う。


 また、マルトさんやパトラクさんとも僅かにとはいえ関わりを持ち、話を聞いた。

 マルトさんは奴隷として売られた事を当初こそ恨んでいたけれど、すぐにどうでも良くなったとか。それはただの投げやりだと自覚していて、だからこそ何時死んでもおかしくなかったのに、ヘレンさんに助け出された――だからヘレンさんにずっと着いていきたいし、邪魔になるようならば静かに去るだけよ、と儚げに己の境遇を笑った。

 一方、パトラクさんは『セタリア・ニューカー』という人物について、殆ど知らなかった。父親がその名前だと言うことははっきりしているけれど、それ以上の記録が無いらしい。だから自分が本当に『セタリア』の息子なのかどうかも、その確信は持てていないし、別に持とうともしていないんだとか。プロシアに行けば自然と結論は出そうだ、という僕やハルクさんの言葉に、気が向いたら行くよ、とだけパトラクさんは言った。


 そんな話をしながらも、時は等しく流れてゆく。


 8月上弦3日の夜。

 念のための手紙を書いてから……僕は、ベッドへと向った。


    ▽



「謡え。我らは月の下、祈りと願いを注ぎ込み」

「謡え。我らは月の為、念いと呪いを雪ぎ抜き」


 僕が見ているその夢は、いつもの光景で。

 黒床の神子が特別、何かを警戒している様子も無い。


「躍れ。彼らは地の果て、いずれ向う先」

「躍れ。彼らは地の手前、すでに着く後」


 響き渡る歌声の中――意識を集中して、僕はその声を探す。


「偉大なる三日月よ、我らは一つを捧いで」

「忌々しき三日月よ、我らに一つの慰めを」


 歌は続く。


「祈りの果てに願いは捧いで」

「念いの手前に呪いと慰めを」


 音量が跳ね上がって――


「――――」


 ――『見つけた』。


「――ああ」


 束ねられる祈りの中から、僕はあの声を探し当てる――


「どうか月が空に還りつきますように」


 たったそれだけの短い祈り。

 けれどそれは、月の魔法として確かに発動の要件を満たしている。

 そして、月の魔法の解釈は。

 星の魔法と同等である。


「――まて。この魔法は」

「――この、願いは!」


 黒床の神子が驚いても。

 既にそれは、黒床の神子にも止めることが出来ない。


 この時代において。

 『月』は僕を意味するし――そして、『空に還りつく』という文言には、この世を去るという一面が篭っている。


 それは黒床の神子にとっては避けたいことだったようだけれど、もう、取り返しはつかない。

 ……けれどまあ。

 それほど悲観することもあるまい。


 この世界には『月』たりうる者がいる――これまでそれが上手く行かなかったのは先代の『聖竜』が止めていたから、それだけなのだから。

 うっすらと白んでその夢から退去して。


 僕は目を醒ます替わりに、またあの草原に立っていた。


    ☆


 此処は夢ではない。

 そう実感を持つことが出来る場所だった。

 草原の中心、いや、ここが中心ではないのだろうけれど、僕はそんな場所に立っている。


 異界。

 ここはクタスタの『拠点』……なんだな。

 階層が違うから、草原と言うだけで――本来の階層では僕の自室なのだろう。


「理解が早くて良いけれど」


 そしてその声の主は、随分と遠くからそう話しかけてきていた。


「この異界で、君はなにをしたいんだい?」


 僕は僕の世界を見るだけだよ。

 そう思考しつつ、僕は空を眺める。


「……まあ、答えないのも自由だが」


 …………、うん?

 ああ、そうか。

 ここはバードが用意した『夢』ではないから、心が読めないのか。


「僕は僕の世界をここから見て、観測したいだけだ」


 本来のあの世界でいつからか色別できていた、空の赤い線。

 その正体も、やっと解った。


「空に見えた『害意』の正体は他ならぬ、バードだったんだね」

「…………」

「僕が聖竜になった後……『月』を継いだ後、バードは僕を監視していた。その監視システムが、あの赤い線。占星術を介した星の監視機構……一人二人で使えるとも思えないな。バードのかなりの人数が参加したってことかな?」

「……まあ、去り際だ。それを知られたところでもはや構うまいな」


 バードのその声は、諦めと誇りがブレンドされた声色で答えた。

 できれば気付かれたくなかった……か。


「それで、あの星の監視機構の正式名称は? 占星術はそれを起動していると言うだけで、原型は別にあるんでしょう」

「…………。グラマティックと、呼ばれている」

「グラマティック……」


 たしか、完全魔法。


「いや。本質は『魔法』とだけで表現できるものさ。魔力と領域、道具の三点で行使される魔法。あるいはこの世界において最初に存在したはずの魔法――それがグラマティック。『言葉』を覚えた人間は、それを失ってしまったけれどね」


 言葉で失う?

 ……つまり、発動方法が言葉だった……のかな。

 ひょっとしたら【これの正体】が、そのグラマティックだったのかも……。

 まあ、それもまた。

 どうせ去り際――だ。気付いたところで遅すぎる。

 でも気になるから、帰った後も使えるようなら洋輔と冬華にソフィアも巻き込んで研究しようっと。


「それで君は、本当にこの後元の世界に帰れるのかい?」

「うん。条件はもう、いつでも満たせる――」


 ただ、その前に。

 僕は地球を観測しなければならない。


 この場所からは洋輔の存在を感じ取ることが出来る。

 使い魔の契約がそうさせているのだろう、まあ、まだまともには通じないけれど……それでも、先ほどまでの『全くの無反応』ではなくなった。

 階層が一つずれただけで、異世界と近くなっているのだろう。


 より強く洋輔を感じる方向。

 より強く友人を思い出す方向。

 僕はただ僕として、その方向を探し、見つけたその場所へと意識を集める。


 概ねの位置が解っても、当然それだけだ。

 その場所には何も無く、どんなに眼鏡の倍率を上げても、地球が見えるわけも無い。


 さあ、ここからは僕の素質次第。


 換喩して、生成しろ。

 マテリアルとして地球が存在するその世界を代入し、僕のピュアキネシスの上に。


 久々の『スカ』の感覚を幾度か繰り返し。

 何度目かの挑戦で、その音がした。


 完成した立方体を、僕は迷わず光輪術で取り込んで――と。


「……今。君は、何をした?」

「さあ。もはや君たちには関係の無いことだよ」

「――――」


 バードもドアも、ここから先に気にするべきは僕では無い。


「君はもう少し、この世界の友人に執着すると思っていたんだけれどね」

「そうだね……皆とは確かに、仲良くできるならば仲良くしたいよ。でもそれは、もう僕の役割じゃ無い」

「ドライだね」

「まさか」

「え?」


 そう。

 この世界から帰還してしまう僕にとってはもう、関係のないことだけれども。

 僕が残した『僕達』にとっては――まだ、続くことだ。


 それは一つ前の異世界でした仕掛けと概念的には同じ事。

 技術的には異なっていても――ただそれだけの事だ。


「さてと。僕はそろそろ帰るとするか――この異界は時間がずいぶんと早いようだ」

「……それは、そうだけれど。なんだい。本当に帰るのか」

「うん」


 やるべき事はやった。

 地球の観測と光輪術への取り込み。

 取り込んだものは、既に観測をある程度済ませているようなものだし――そもそも、神智術の記憶領域はある程度持ち越せることも確認済み。


 その上で、この場でも軽く検証はしてみたけれど……何のことは無い。

 地球の在り方は概ね想像したとおりだった、それだけの事。


「夢はいつか醒めるということ――」


 いつかは現に帰ると言うこと。

 あの野良猫(そんざい)は、それも伝えたかったのか……それとも、ただの偶然だったのか。

 それに関しては、ここで考えることでは無い。

 帰った後、洋輔達と考えることだ。


 世界が白む。

 世界が解ける。

 そして世界はほどけてゆき、いよいよ帰還が近付いている。


「ありがとう。バードのおかげで随分とスムーズに帰ることができる」

「……どういたしまして」

「そのお礼というわけじゃないけれど、折角だから教えておくことがある」

「うん。なんだい?」

「この世界には僕の複製をいくつか残してある」

「…………」

「光輪を介して僕と同じような事が出来る状態でね。――それがこの時代の聖竜を継ぐだろう」


 まあ。

 なんだ。


「がんばれ」

「いや待っ――」


   ☆

   △

   ◆


 ――かくして渡来佳苗はこの世界を去ったけれど。

 けれど彼は、この世に種を残していた。


 それはフロス・コットンとしての人格を再現された少年であり。

 それはアルテア・ロゼアとしての人格を再現された少年であり。

 それはグロリア・ウィンターとしての人格を再現された少年であり。

 それはリリ・クルコウスとしての人格を再現された少年であり。

 それはアバイド・ヴァーチュとしての人格を再現された少年であり。

 それはユーヤ・ソンシャとしての人格を再現された少年であり。


 けれど、彼らは地球上で作られた偽物とは異なって――アルガルヴェシアの技術と、渡来佳苗が残した光輪術によって、その力は殆ど、オリジナルの彼と大差の無いようなものでさえあった。

 そんな彼らはいずれ一同に介し、聖竜として改めてこの世に顕現する未来を経て、この世界は六つの病の物語を抱える。


 それこそが、謡え、病の物語(シックステイルバード)

 五つの断片と一つの欠片、それらの残滓から産まれるものは、別の物語として語られる。


   ◆


「おかえり、僕」


 と。

 僕は目を醒ませばベッドの上。

 そんな僕に、ととと、と亀ちゃんが近寄ってくる――そして、僕の胸の上に座って大きなあくびを一つした。


 僕は視線をベッドから、テレビを置いた方へと向ける――そこには片手でゲームに興じる、僕が居た。


「……なるほど。僕の代わりをしてくれていた僕か」

「うん。ま、本物の僕が帰ってきたし……もう、お役御免なんだけどね」


 その僕はゲームを一時停止して、そのまま電源を落としてしまう。

 洋輔は……寝てるのか。

 真夜中、のようだし。


「今度の世界は、どうだった?」

「聞くまでも無いでしょう。『僕』なんだから」

「そりゃそうだけどね」


 僕は笑う。

 偽物としての僕も笑う。


「楽しかったけれど」

「やっぱりつかれた」


 ――結局。

 僕が帰還したという実感を得たのは、それから更に4時間後。


 洋輔が目を醒まし、僕の帰還にやっと気付いて、


「なんだよ。起こせば良かっただろ――おかえり」


 と、言ってくれたときである。


「ただいま」


 僕を異世界に飛ばした野良猫(そんざい)の眷属は、結局今回、現れなかったけれど。

 その意味を、僕はなんとなく理解し始めていた。


 ――夢はいつか醒めるということ。

 ただ、それだけだ。

4ヶ月を越え、お付き合いありがとうございました。

帰還してしまった以上、一度はここで物語はおしまいです。


『この世界の続き』は謡え、病の物語(シックステイルバード)の本編に続きますが、その本編中では『六つの断片』の正体が構造上明かされません。それを補完する意味合いが強かった本作でした。

SBの本編はこれまでと別の形で公開することになりますが、公開時はこちらでもお知らせいたします。


 一方で、


『渡来佳苗の続き』としての地球編は霹靂史然夢現(プルーフビレフト)。地球に改めて帰還した渡来佳苗が洋輔らと世界を巻き戻し『二度目の2017年』を向えたり、彼らの地球のありかたに関するお話は、8~9月頃の連載開始を予定としていましたが、企画・コンテスト用作品の執筆を優先するため、連載開始見込みを年内と改めさせていただきます。

大変申し訳ありませんが、今暫くお待ちいただければ幸いです。

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