15 - つまりは血の匂い
『ヘレン・ザ・ラウンズ"サトサンガ"によるパニック討伐が完了したらしい』
『そりゃ目出度い事だな。また功績を上げたか』
『そうでもない。ヘレンは称号を返上するそうだ』
『うん? 討伐に成功したのにか?』
『左腕を失ったそうだよ。治癒術士が頑張ったみたいだが、パニックの効果もあって止血が限度だったんだと』
『……厄介だな、パニックってのは』
『全くだ』
『それで称号の返上か。となるとヘレンは第一線から引退するとして……』
『それでも俺たちよりかは強いだろうからな。もっとも、それと同じくらい金は持ってるから、もう冒険者を続ける意味もねえか』
『お前、その剣……、さては新調したな?』
『ああ。前回の依頼報酬でようやく、貯金と合わせて手が届いてさ』
『ずっと欲しがってたからな。おめでたい』
『はははは、ありがとう。ただまあ、これを買っちゃったせいでまた暫くは倹約だな』
『冒険者稼業も本末転倒だよな。楽な生活をするために依頼を受ける癖に、より良い依頼を受けるための武器防具を整えるために生活を切り詰めるあたり』
『まあな。ちなみにどうだ、この剣。似合ってると思うか?』
『いけてるぜ。レベルに対して相応か? と聞かれると微妙だが、形から入るのも悪くはないだろ』
『だよな!』
『クタスタのホーレ川が氾濫して、大水害が起きたらしい』
『ホーレ川? あの川の周りって確か農業地帯だよな』
『農閑期だからな、作物に被害はあまり無かったらしいが』
『そりゃ短期的にはそうだろうが、場合によってはまた開墾からだろう。クタスタの食糧事情、大丈夫なのか?』
『あんまり大丈夫ではないらしい。アカシャとメーダーに対して特別貿易枠を設けて欲しいと打診しているとか』
『まあ、そうなるよな。で、メーダーがそれに応じるとも思えない……』
『ああ。もっとも我らがアカシャはとりあえず応じるらしいぞ、南部の大豊作もあったからな。国内で値崩れさせるくらいなら、他国に売り払った方が良い』
『ごもっとも。…………。いや、ごもっともか? 我らがアカシャの国王陛下にしては思い切った決断だな、それ』
『そりゃそうだろ。ユアン様が押し通したらしいからな』
『……あの王子様か。得心はする半面、安心はしかねるな』
『確かに、ユアン様は力を持ちすぎている。今の国王陛下がそのあたりを気にしなければ良いが……』
酒場での仕事に生活リズムが合い始めた頃。
いつものように酒場では仕事をこなしながら、冒険者達の交わす言葉に聞き耳を立て、ちょっとした情勢を確認する日々が続いている。
これまでに得られた情報を総合する限り、どうもアカシャという国は絶対王政に近い政治形態……なんだけど、国王はそこまで期待されていないようだ。
一方跡取り第一候補、王子であるユアンという人物は間違い無く有能な部類であるようだけど、独断専行な部分が多く、しかも王子という立場でそれをしているものだから国王以外に止められる者がおらず、その国王もいまいち王子の制御が出来ていない。
今のところユアン王子は暴走気味ながら概ね間違ったことはしていないから尚更なのだろう。
だからこそ、間違ったことをしたときは国王が流石に粛正をするかもしれない、そういう会話が『今日も』聞こえてきている。
……まあ、実際独断専行な部分が強いんだろうな。ただ、冒険者達が結構な頻度でこの話題をあれこれ話しているのを聞くと、なんだか風説の流布というか、世論誘導がされているような感覚があるのもまた事実。
ただこれも『決断できる王子にこそ次期国王の立場が相応しい』ととれる一方、『王子の処断やむなし』の方向でも受け取れるという、世論誘導にしてはいまいち方向性がブレている感じもするけど……。
他にも無視できないレベルの話題と言えば、他国、特にクラという国の情勢。
今日酒場に来ている冒険者達は話題にしていないようだけど、なんでも政治的な混乱が続いているらしい。
アーレン、セイレンという二つの旧体制残党……というか、旧体制の一部でありながら旧体制に謀反側に回ったことで生き残った家系なんだけど、これが内輪もめで自壊したという形だ。
結果として旧体制の残党は消滅、クラという国は新たなスタートを切るわけだけど、一部ではアーレンとセイレンの確執はクラの現政府によってでっち上げられたものなのではないか、という陰謀論が囁かれているんだとか。
正直この世界は良い人が多いなあと思っていたけど、世界的に見るとそんなわけでも無いらしい。
あとは……、
『そういえばさ、お前が持ってるその剣。新しいな。新調したのか?』
『おう。前々からこれが買いたくてな……、前回の報酬でようやく手が届くようになったんで、頼み込んで買ったのさ。名匠マリードが率いる武器工房の逸品だよ』
『いいなあ。俺もそういう有名どころの武器を持ってみたいもんだぜ』
『ははは。…………。はあ』
『え、なんで。もっと喜べよ。折角買ったんだろ?』
『いや、まあ、そうなんだが。買ったせいで貯金が吹き飛んでな。また資金集めしないとなあ……と思うと、ため息もでるよ』
『あー……』
『この前の依頼で討伐した魔物、結局何者だったのかしら?』
『さあ。確定名称が無いって事は新種か珍種か、あるいは変異種だな』
『結局何も解らない、ってことじゃない』
『いや俺に言われても……』
『もやもやするわね……あの時こそ単体だったし脅威ってほどではなかったけど、アレ、群れたらすごく厄介なタイプよ』
『だからそれも俺に言われてもな。魔物なんてどこにいつ現れるか解らねえんだから』
『……そうよねえ』
といった、依頼に関しての話もなかなか興味深い。
名匠マリード、というものはこの三日間で特に三人ほどが口にしていて、その全員が武器や防具をそれに新調している。
実際その品質値は高めで7000代、つまりは二級品相当。
他の武器や防具が精々4000代であることを踏まえれば、倍近い品質になる。
ただし、先ほどの冒険者も言ったように、その価格は馬鹿高い。
まあ、適正価格と言われれば適正価格なのか……。
あとはちらほらと討伐系の依頼の話題も上がっていて、これを聞く限り、案外確定名称の存在しない魔物というものは出てくるようだ。
魔物の発生方法次第だけど、それはもう根元を押さえた方が良いような気はする。
『セタリア、ちょっと』
と、話しかけてきたのは酒場の常連と化している、けれど一応ムギさんたちの話を聞く限りそこそこ腕の利く冒険者の青年で、名前はトキアさんと言う。
レベルは推定3500ほどで、年齢は二十一歳。
中堅どころとしてはいろいろな意味でド真ん中なんだとか。
『意見が聞きたい。次に受ける依頼、この中からならばどれがいいと思う?』
で、トキアさんは『深窓の灯火』という四人組のパーティを結成していて、一番上がトキアさんの3500前後、一番レベルが低い人で推定3200くらい。
中堅らしい中堅パーティ、とでも言うべきか。
そんな彼が僕に見せてきた、依頼を記したプレートは三枚あった。
一つ目は討伐依頼。
指定された領域に生息が確認された魔物の討伐がメインで、報酬も多めに支払われる。その代わり、当然危険が大きい。今回討伐要請がある相手は、トキアさんたちとほぼ同格だろうか。
二つ目は捜索依頼。
依頼人がとある品物を探しており、それを捜索するという依頼。品物が確保できるならば手段は問わない分危険度は低めながら、時間が掛かりやすい。
三つ目は護衛依頼。
依頼人はこの町から少し離れた大都市まで向かうキャラバンの商人で、キャラバン隊の護衛が任務となる。この依頼は三つのパーティに対して行われ、複数の冒険者パーティによるチームアップを前提にされているけど、これは一つのパーティでは守り切れないこと、そして冒険者の裏切りを警戒したものだろう。
報酬は普通。ただし他の二つの依頼があるいは『すぐに終わる』可能性があるのに対し、こちらは決まった時間が掛かるという問題はあった。
『…………?』
それでも僕としては三番目、護衛依頼を選び取る。
『……即答か』
討伐依頼はほぼ同格か、ややトキアさんたちが有利だろう。つまりギリギリの戦いになる。全滅する事は無いだろうけど、一人二人ならば死んでもおかしくないし、死ななくても大怪我を負う可能性は十分にあるだろう。
で、死んだらパーティ戦力がその分ガタッと落ちるという問題があるのは大前提。
問題は軽視されがちな部分、つまり『全員生存した時』の『後始末』だ。
具体的には大怪我を負えば、治癒術士を呼び寄せ、治癒系統の魔法を受けなければいけない。で、治癒術士は高い。呼ぶだけでも金貨が百枚単位で要求され、宿代などは全て呼ぶ側が持たなければならない。その上で治癒術をどの程度使うかによってさらに別料金が掛かって……。
確かに討伐依頼は他の依頼と比べれば高額な報酬だけど、治癒の部分までを含めると実はそこまでお得じゃないのがよく分かるだろう。もちろん強くなれるかもしれないし、戦利品として思いがけないものが手に入る可能性はある。
魔物の死体は結構な高値が付くから、損とも言えないのがまた嫌らしい。
次に捜索依頼だけど、これは本当に時間が掛かるし手間も掛かる。その分戦闘行為は無いか、あったとしてもそれほど多くないので、怪我をするリスクは大分少ないと言えるだろう。
一方、報酬はそこそこ程度である事が、その依頼にかかる時間や手間に対して適正かと聞かれると疑問が残る。
もちろん、捜索依頼でももの凄い早さで見つかったりすることはあるし、そうなれば割の良い依頼でもある。
ただ今回は、ちょっと捜索依頼は避けた方が良いだろう。トキアさん達はそれほど捜索を得意としていないみたいだし。
で、最後に護衛依頼。
時間的な拘束が大きく、しかもチームアップが強制的に発生するなど、自分たちのやりたいようにできない依頼の筆頭であり、冒険者達にはいまいち不人気な依頼だ。
――けど、僕が考える限り、一番割の良い依頼はこれである。
何せチームアップが前提である以上、戦闘が発生したときパーティ単位で負担しなければならない労力は同程度の討伐系と比べれば明らかに少なくなるし、必ずしも襲撃を受けるとも限らない。場合によっては一緒に移動するだけで満額の支払いがある。
問題点を挙げるならば、万が一失敗した場合、その損失の請求が依頼主からされる事があること。あとは戦闘が発生しなかったとき、戦利品が一つも無い、なんてことがあり得る事か。
とはいえ、護衛以来がキャラバンを護衛すると言うことは、そのキャラバンに対して面識……コネクションを構築できると言うことだ。商人とのコネクションを構築しつつお互いに利のある取引をする、って、価値は大きいと思うんだよね。
『ムギさん。これ、今のところ他にいくつ立候補が出てる?』
『護衛依頼……、一つは決まったはず。あと二枠だ』
『そうか。「深窓の灯火」としてちょっと検討したい。一枠予約できるかな?』
『予約は受け付けてない――とはいえ』
ムギさんはことん、とエールの入った器をカウンターテーブルに置くと、指をしならせるように机を撫でる。
なんだか色っぽい。
『護衛依頼はそれほど人気も無いからな。明日の二十三時までならば取り置いてやる』
『さすがはムギさん。助かるよ。プレート、借りていってもいいか?』
『明日の二十三時までに返してくれるならな』
『はいはい。それじゃまた後でな。セタリア、ありがとう。参考になったよ』
どういたしまして、とお辞儀をすると、トキアさんはそのまま酒場を去って行った。
ふむ。お金払ってないんだけど。
ツケか……。
奇妙な感覚になりつつも、トキアさんが使っていた席に残された食器類を纏めて調理場へ。
途中、ムギさんが『助かるよ、セタリア』とお礼をしてきた。
…………。
なんで?
『…………?』
『いや、護衛依頼は本当に不人気だからな。まだ受けると決まったわけでは無いが、検討だけでもしてもらえるならば有り難い』
『…………、』
ああ、そういう事。
お気になさらずと会釈をしつつ、調理場に着いたらマジック式食洗機に投入、発動。
時計を眺めれば、一時過ぎ。
ちょっと小腹が空いたな。
『…………?』
『ん? 腹減ったか?』
ヘーゲルさんに視線を向けたら心を読まれた。
というか見え見えだったらしい。
『すぐに作ってやるよ。軽めが良いか? それともがっつり?』
『…………!』
軽めでお願いします、とお願いをし――た、その時だった。
ガシャン、と。
酒場の方から、そんな大きな音がする。
『…………?』
『やれやれ、また喧嘩か……?』
ヘーゲルさんは肩をすくめて軽食作り。
僕は……、一応見に行くか。
一度調理場から酒場の店舗側……うん?
なんか『良い匂い』がする……。
はたして酒場の店舗に向かうと、大柄な男性二人に護られるように、この場には似つかわしくないような気品に溢れる金髪の少年が一人、佇んでいた。
そしてその男性二人に突き飛ばされたのか、冒険者が二人ほど床に突っ伏している。
『…………、ハルクは。この町に居るはずだな』
店の中をぐるりと見渡し、少年は声変わり真っ最中、という声色で僕に言う。
なぜ僕に。
フロアにはムギさんもスエラさんも居るぞ。
『なるほど。それで事情が変わったか。……邪魔をした。帰るぞ』
『はっ。宜しいのですか』
『たわけものが。宜しいわけがなかろう。だが……』
他に手が無い。
そう少年は言外に告げて、やはり二人の大柄な男性に護られるようにして店から去って行く。
……何だったんだ。
ていうか、どこのお坊ちゃんだ、今のは。
馬鹿みたいに品質値の高いものしか身につけてなかったぞ。
『…………?』
『まさか……いや、けれど似てる、どころか……』
ん……スエラさんには何か心当たりがあるのだろうか?
けれど、『そんなわけがない』、と否定的に何かの心当たりを探っている。
『……本物の……ユアン王子?』
…………。
へ?




