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三月賛歌夢現  作者: 朝霞ちさめ
終章 クタスタのユーヤ
148/151

148 - 世界は広く世間は狭い

 6月下弦29日。

 連合(ユニオン)の実戦部隊は許容範囲の遅れの中、誰一人傷一つ無く帰還した。


 それはまさに凱旋といって良いだろう。

 ハイディアカインは結局8体発見され、その全てをしっかり狩り尽くしたそうだ。

 それも雨の中。


 一応、この討伐の詳しい流れは記録されたそうだけど、その記録を担当したミナイさん曰く、


『いやあ役に立たないよこんな記録。あんなでたらめ軍団ばかりだったら今頃世界は平和に真っ平らだったんじゃないかい』


 とのことで。

 怖い物見たさでちょっと読んでみたところ、視界外、5キロは距離がある状態で既に居場所と数を捕捉し、その場所と周辺の地形から殲滅方法を議論され、タックの超遠距離攻撃にハイディアカインが対応している間にブレイバー二名とソードマスターが一気につっこみ、あとは流れでざっくりと討滅した……と。


 …………。

 詳しい流れ?


 まあいいや。


 帰還した全員を労いつつもハルクさんには拠点であったことを説明しなければならなかったし、またついでだったので、その場にはヘレンさんの同席をお願いした。

 それとは別件でタックを呼び、多目的ホールには僕、ヘレンさん、ハルクさん、そしてタックの四人が揃ったところで、僕は三人に紙を手渡す。


「呼び出してしまってすいません。どうしてもこの面子に相談したいことがありまして――その紙にあることが、僕が調べ考えた現状です。解決策を模索しているんですが、なかなか。妙案がありませんか」

「…………」

「…………」

「…………」


 僕が渡した紙にさっと目を通し、まず最初に顔を上げたのはヘレンさん。

 なんとも複雑な表情だ。


 次に顔を上げたのはタック。

 相変わらずでたらめな、そんな表情をしている。


 で、最後に顔を上げたのがハルクさん。

 厄介ですね、という感情を隠そうともしていない。


「サイオウ師団の正体と、その背景か……。確かにクタスタという国の統治機構は歪んでるんでしょうね、けれど――ちょっと、私達の手には余るんじゃ無い?」


 そして最初に意見を発したのもヘレンさんだった。

 もっとも、このヘレンさんの意見に概ね皆が同意だったようで、ハルクさんとタックは軽く頷いていた。

 更に、


「ラ・アカシャはいい顔をしないでしょうね。確かにそこは病巣になりえそうですけれど」


 ハルクさんは厳しい表情でそう続けた。

 つまりはサムは積極的干渉を否とする、そういう意味だろう。


 一方で。


「厄介だなあ……。これは最初にグ――ユーヤが言ってたことでもあるんだけれどさ。クタスタの自然的問題って、原因が無いんだよ。やっぱりおれから見ても。なんならプラマナの魔導府としての見解を出しても大丈夫そうなほどにね。サイオウ師団と組んでいる官吏を断罪して、ラ・クタスタに王権を取り戻させたとしよう。その後災害が起きた時、たぶん統治が間に合わない――たとえ腐敗していたとしても、官吏は自分が富むための土壌を守るくらいのことはするからね。ホーラの大水害にせよ大風害にせよ、その対応は必ずしも最善じゃ無かったけれど、決して『遅くも無かった』。官吏は官吏のやることを、きちんとこなしている」


 タックは言う。


「だからといって私利私欲に走ってることが無罪放免になるのはおかしな話だし、この紙にあるように官吏の求めに応じてサイオウ師団が村を襲った、なんてこともあるならば巨悪だとさえ思う。ただ、その巨悪を一気に取り除くことはやめたほうがいい。ラ・クタスタの責任でクタスタという国が滅ぶ結果を招きかねない――ま、おあくまでもおれの予想だけれど。ハルクとヘレンの意見どうかな?」

「私は政治的な力学に疎いのよね。ヘレンはどうかな?」

「ハルクよりかは学んでいる部類だけれど。そうね、私もそれほど詳しくは無いわ。……ただ、タックの指摘……懸念は、確かに大きいとも思う」


 つまり三人とも、現状でのサイオウ師団と官吏を追求することは得策では無いと、そう考えているわけだ。

 ……ふむ。


「ねえ。この話、少し待てるかしら?」

「というと……何かありましたか、ヘレンさん」

「マルトが来るのを待ちたいの」


 うん……?

 マルト・アムシス。

 ヘレンさんが探していた友人で、今まさに、この連合(ユニオン)の拠点に向ってる、んだよね。


「待つことで、なにか意味がある……んですよね。それは一体?」

連合(ユニオン)にマルトを読んだとき、マルトだけで寄越すわけにも行かないでしょ。移動には信頼出来る護衛を付けたのよ。で、その護衛の中にパトラクって子が居てね」

「『パトラク』?」


 おや。

 名前に反応したのはタックである。


「あら。パトラクのこと、しってるの?」

「いや、……似た名前を聞いた事があるだけ、といえば、それだけだよ」

「ふうん……、ノウ・ラース産まれの子でね。その子の父親が私と同じで、ラウンズだったらしいの。パトラク自身はラウンズじゃないけど、善悪と損得の勘定がやたら上手いのよ。彼にサイオウ師団とかも諸々伝えて、その辺の勘定をしてもらおうかなって。もちろんハルクやユーヤがダメっていうなら言わないけれど、どうかな」


 善悪と損得の勘定……というのは、善悪を曲げてまでそれが得か損か、って意味合いか。

 なるほど、そういう才能がある子にならばお願いしてしまっても良いかもしれない。


「守秘義務は負って貰いますけど、それで良いですか」

「もちろん」

「そうね。ヘレンの知り合いで、それほど買われてる人ならば大丈夫だと私も思うわー」

「パトラクねえ……」


 …………、気になるな、なんか。

 しかもこの『気になる』、僕の思いがけぬ方向に起爆するタイプの胸騒ぎがする。

 どうしよう、聞くべきか、聞かぬべきか……。


「ねえ、タック。タックが知ってる『パトラク』って?」

「厳密には知り合いじゃ無いよ。名前を見たことがあるだけ。経過観察対象……パトラク・ニューカー、だったはず」

「え、パトラク・ニューカー? 私、家名言ったっけ?」


 ……あたりなのか。

 そして、なんでハルクさんが今その名前にぴくりと反応してるんだ。

 嫌な予感しかしないぞ。


「……まさか、『異彩』?」

「いや。『異彩候補の子供』だ。父親の『異彩候補』の名前はセタリア・ニューカー」

「セタリア……」

「セタリア……?」


 僕とハルクさんの反応が重なり、あれ、と今度はタックとヘレンさんが小首を傾げた。

 ……因果というものは回るものだな、そしていつまでも付きまとってくるものだ。


 まさかここにきて、『本人』の方の名前が出てくるとは……。


「……え、知ってるのか?」

「僕は本人と会ったことが無いけれど……」

「私もですね。ただ、その名前は私にとってかなり重要な名前だった……」


 セタリア・ニューカー。

 僕が最初にアカシャのプロシアで付けられた名前、セタリアの原典であり――カウランさんの幼馴染のような、英雄的冒険者の素質をもったラウンズであり、けれど早くに亡くなったという話を、何度か聞いている。


 そうか、セタリアには子供が居たのか……、で、セタリア本人は異彩候補――ってことは、アルガルヴェシアが作り上げた異彩の完成品でこそないけれど、その過程で生み出された存在だった、のかな。そして子供が居て、その子供が今度来る、と……。


 いやあ。

 胸騒ぎも起きるよそりゃ。

 今頃洋輔もうんざりしているだろう……あるいは爆笑してるか……?


「妙な縁もあるものだね……いや、『縁』だからこそかい?」

「…………」


 ヘレンさんの言葉は僕に向けられていた。

 ……いやまあ、確かに『縁』を繋ぐ道具は使ったけれど。


「……さすがにそこまでの効果は無かったはずですよ。あくまでも一人と一人を繋ぐだけだし」

「ふうん。だとしたらそれこそ、神様の悪戯……と言う名の、『偶然の重なり』かもね」

「偶然でそこまで重なることがあるかなあ……」

「何を今更。クタスタを襲っている自然災害の全てが偶然なんだ、このくらいはアリだろう」


 ……そう言われるとぐうの音も出ないや。

 結局この件はマルトさん、ひいてはパトラクさんの到着を待ち、その間は原則内密にすることでこの場の意見は一致した。


 また折角だったので、ハイディアカイン討伐の次の動きについてもちょっと相談を。


連合(ユニオン)としてはある程度成果を出し続けなければならない、と言う前提があるのが厄介なのよねー」

「丁度いい感じの魔物なんて早々いないものね」

「それこそ盗賊でも狩るか?」

「それも一つの選択肢ですね――ただ、その前にやって貰いたいことが」


 地図を取り出し、三人の前に提示する。

 これには今居るドラクマを含む主要都市に、大型河川、特殊な地形などが全て記されている――情報ギルド経由で貰ったものだ。軍機を意味するスタンプが隅っこに捺されているのは見なかったことにする。


「ホーラ川の上流に『霧絶(キリタチ)』と呼ばれている険しい山があるんですが……。ここの調査、お願いできますか」

「調査ということは、何かがあるということは解ってるの?」

「逆です。何も無いということは解っています」


 僕の表現に、三人は揃って首を傾げた。


「僕の調査によるとそこには何もありません。大水害の原因、と言えないこともありませんが、それはただの地形的な問題です。山に大雨が降り、その結果川が増水するのは当然ですから」

「そうね。……でも、何も無い所を調べてどうするの?」

「現状では僕の調査、でしかないんですよ。確信を持って言えますが、それを証明する術がありません。個人的な調査でしたからね。けれど、連合(ユニオン)が調査を行って、その上でなにも見つからないとなれば――」

「なるほど。発表できると」


 そういう事だ。

 もっとも、


「『無い事を証明する』――って、難しいな」


 タックの言うとおり、かなりの無茶振りなんだけども。


「それにもう一つ聞いておくけれど。ユーヤ、その『何も無い』っていうのは、あくまでも自然災害の原因になるもの、よね?」

「はい。魔物はちらほらいるようです。後は古城が一つ。資料は無かったと思いますが、一応は人が住める環境……ですね」

「何かが居る可能性はあると」


 頷く。

 まあ、いるとしてもあまり関係の無い盗賊だろうけれど。


「他に積極的に出来ることもないしね。ホーラ川の上流ならば、大水害の調査という名目にもなるし、わかったわ。その方向で動かしましょう。ただ、全員は動かせないわね……」

「なら、私は居残りで良いかしら。マルトを迎えたいし」

「そうね。戦力的にもヘレンには残って貰いましょう。一応、アルスも置いていくわ」

「いいの?」

「私はアルスと付き合いが長いのよー。フミとはその点、付き合いも浅いし、一緒に行動しておくべきでしょう。ザ・ブレイバーは癖がありすぎるのよね」


 ザ・ジェネラルがいうのも何だけれど、とハルクさんは嘯いた。

 実際、フミ・ザ・ブレイバーという人物をハルクさんはまだ測りかねているのだろう。


「おれは……、残った方が良いのかな?」

「そうね……。ユーヤがここにあえてあなたを呼んでるわけだから、政治的案件はどうやら、プラマナではあなたが一番得意みたいだし。そうね、あなたが残るべきね」


 ヘレンさんの言葉を受けてハルクさんも頷く。

 どうやら居残り組の判断が着々と進んでいるようだ。


「この後。お三方にお任せしてもいいですか?」

「おや。ユーヤにしてはめずらしいわね。何か用事があるのかしら?」

「用事と言えば用事なんですが……」


 大きく。


 くあああ、とあくびを一つして、目元を拭って僕は言う。


「ここ数日まともに寝てないんですよ。伝達事項は伝達したし、ハルクさんたちがそうやって会話を進められるなら、僕ちょっと寝たい……」

「…………」

「…………」

「…………」

「……いえダメなら頑張りますけど。手はありますし」

「あ、ごめん。そういう意味の沈黙じゃないぞ」

「ええ、その……。なんていうのかしら……」

「ユーヤのそうも『普通の子供っぽい部分』のは初めて見たわ」


 そうか……?

 いやまあ、そうかも。

 ちょっと眠すぎて薄厚鎧(アクトリップ)の維持にも支障が……、目覚まし系の道具は今日、服用してないしな……。


「……というか、これ、聞いて良いのか解んないけど。おれたちの前から消えてからもう5年とか6年とか、そういう時間が経ってるのに、なんでお前……まだ子供のままなんだ?」

「ん……ディル翁とは違った理由だよ、とだけ答えておくよ。教えたところで意味は無いし、知ったところでも意味は――」


 そう、完全エッセンシアが誕生しない限り意味はないし、この世界に錬金術は――うん?

 あれ?


 いや、むしろこれは利用するべきじゃないか?


 そうだ、ディル翁が――プラマナが僕達を敵視していないことが解ったのだ。

 ならば利用してやった方がよっぽど効率が良い。


 錬金術の異彩……って、ちょっと想像つかないけど。

 でも多分、可能だろう。

 ……とはいえ今は眠気が強いからな、僕の決断を僕が信頼出来ていない。


「その返事は明日で良いかな。今はただ眠くて……」

「……わかった」


 まあいいや、とタックが頷いたので、僕はハルクさんとヘレンさんにも挨拶をしてから多目的ホールを後にし、拠点の自室、そのベッドに飛び込むのだった。


 眠い。

 妙に眠い。

 この感覚は、けれど――


    ☆


 ――眠りに就いたその先で、


「はじめまして」


 僕はそう声を掛けられた。

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