146 - 認識結界
6月下弦23日。
夜中、ドラクマの連合拠点に忍び込んできた侵入者たちが目にしたものは、まず、まだ整理の終わっていない荷物の山である。
それは今朝、行商人によって運び込まれた品々だ――まだ梱包が解かれていないものも多く、ある程度の固定はしてあるけれど、そんな固定はすぐにほどけるし、そのまま持ち出そうとすれば簡単に持ち出せてしまうほどに無造作に置かれている。
当然。
侵入者達は罠を警戒する――そもそも、彼ら侵入者がこの拠点に入った時点で、彼らはその『違和感』を覚えていた。
拠点に誰も居ない。
――単に出かけているだけという可能性もあるが、そのような不用心をする者達とは思えない。
この拠点は連合が――世界中から集められた精鋭達の集団が使っているのだ、たとえ後方支援だからといって、この拠点施設に居残り、作戦には参加しなかったとは言っても、何かしらの理由があって残されているはずだと、そう正確に感じ取ってさえいた。
事前の調べによって拠点には三人しか居残りが居ないことも把握している。
その三人を『インディケート・スペシフィク』などを利用して、常に把握していたはずなのだ――ただ、侵入と同時にその全員の反応は突然、途切れている。
そのタイミングからして明らかに、何かが起きている。それは間違い無い。
なのにその何かが何なのかが解らない――侵入者達はそう思考を進めて、不気味そうにただ、その場に立ち尽くしていると、その様子を不審に思ったのか、増援がやってくる。
しかし、増援としての侵入者達も、同じように立ち尽くし――
「ここまでは予定通り――だけれども」
――そんな様子を荷物の上に座ったまま見守りながら、僕は意識を少しだけシャルロットさんとヤスケさんの二人へと向ける。
二人は丁度、拠点と拠点外の中間点くらいの位置で待機しているようだ。気配の様子からして、ヤスケさんは肝を冷やしているだろうか? けれどまあ、シャルロットさんが横に居る限り、僕を相手にでもしない限りは安全だと思う。
「思ったよりも慎重だなあ……」
意識を改めて拠点内に戻す。
現在拠点内に侵入している者達の数は48。
全部で150だと考えると、たったの3分の1ですらもない。
できれば一気に捕まえてしまいたかったんだけれど。
そこまで手抜きはできないか……。
「ま、3分の1くらいを確保できたと前向きに考えるか」
というわけで、何が起きているかを軽く洋輔にも向けて再認識しよう。
この拠点には今、結界が掛けられている。
その結界はシャルロットさんの秘技のようなもの、を僕がちょっと弄ったもので、『認識結界』とでも言うべきものになっている。
普通の結界は空間を閉ざしたりすることで隠す――シャルロットさんはその隠す対象をかなり自由に指定でき、その結果『動く結界』という奇妙なものさえ成立させていた。
その『動く結界』の前提技術として存在するのがこの『認識結界』で、その結界は場所や空間といったものではなく、『他人の意識の中に結界を張る』。
意識の中に結界を張ることで、意識の中の一部を『意識できなくする』――という事が実現できる。
で、今回この拠点に張ってある結界は、隠したり閉ざしたりする通常の結界ではなく、『内側と外側を分ける』という意味合いの、本来の結界だ。
決して何かを隠したりするためのものではないし、出入りを制約するものですらない。
だからこそ、それが『結界』であると認識しにくい……なんてのは副次的効果にすぎないけれど、ただ、この『内側と外側を分ける』結界には、『外側から内側に入ったとき、特定の認識結界をその人物を対象に発動する』という追加効果が付与されている。
追加効果によって発動する認識結界が認識を阻害しているのは『僕』『シャルロットさん』『ヤスケさん』、そして『出入り口』の四つ。
拠点に侵入してきた一同は例外なくその認識結界を植え付けられ、結果、僕やシャルロットさん、ヤスケさんをそもそも『認識できない』。
『インディケート・スペシフィク』などで僕達を捕捉していたとしても、その捕捉は突然切れるし、切れた後に『一体誰を捕捉してたんだっけ』となる――そして当然。
「さてと」
『目の前』にその対象が居て、視界がその姿を捕らえ、聴覚がその人物の声を聞いても、それを認識することができない――『荷物の上』に立っている僕には誰も、気付いていない。
拠点に入って立ち尽くしているのは、出入り口さえも認識できなくなっているからだ。
荷物を盗むにしても、あるいは拠点を探るにしても、『出入り口』を通らなければならない――その『出入り口』を認識できないから、荷物を盗もうにも拠点を探ろうにも、出口も入り口もないから『どうしたら良いのか解らない』のだろう。
で――この結界の一番厄介なところは、意識の中に結界を張る以上、それを解除するためには『意識の中』に干渉しなければならないことである。
空間に設置されているわけでは無いんだから当たり前と言えば当たり前だけれど、それを視覚的な発見も難しいときた。
……もちろん、こんな強烈極まるものだから、難易度は馬鹿みたいに高いし、咄嗟に使えるものではない。
今回だって5日くらい根を詰めてようやく実現できたのだ、今回のように襲撃されるのが明確に解っている時でもなければ使い物にならないというのはある。
それでも簡単な条件ならば、数秒の構築で済むかも知れないけれど。
「段階を進めましょう」
このまま放っておいても実はそれほど問題は無いとはいえ、邪魔だ。
なので拠点内の別の仕掛けを起動、強制睡眠のマジックを展開して侵入者の皆さんを即座に睡眠させる。
ばたりばたりとその場に倒れていくのを眺め――っと。
思わず眉を顰める――『遠くの気配』が、『更に遠ざかった』のを感じ取ったからだ。
同じものを感じ取ったのだろう、シャルロットさんが僕に向けて合図をしてきた。
……深追いはやめておけ、と言う事のようだ。ごもっとも。
それに、とりあえずの成果もあったわけだし。
拠点に施した結界を解除すると、それを合図にシャルロットさんとヤスケさんが戻ってくる。
「これは死屍累々だなあ……」
「いえ死んでませんから。寝てるだけですから」
「強制睡眠……鮮やかね」
シャルロットさんは似たような光景を別の場所で見たことがあるのだろう、どちらかといえば賞賛に近い感情を向けてくれたけれど、ヤスケさんはドン引きしていた。
ぶっちゃけるとヤスケさんのほうが反応的には正しいのだろう。
「で、なんで急に行動を変えたんだい?」
「残りが逃げたからです」
「これ以上の深追いはやぶ蛇になりそうなのです。ユーヤがなんとかしてくれるとは思いますけれど、ユーヤばかりに頼んでいても私達の立つ瀬がないでしょう?」
「なるほど。…………。いや、なんで逃げたって解ったんだい?」
「気配が遠ざかりましたし」
「『インディケート・スペシフィク』程度ならば習得しています」
この辺は後方支援とはいえ冒険者であるシャルロットさんと、元は冒険者でも何でも無いヤスケさんの違いだな。
とはいえ。
「問題はこの後ですね」
「逃がした100人くらいのこと?」
「そっちはまた仕掛けてきたらその時考えましょう。問題は捕らえてしまった48人です」
どうしよう。
この施設、一応牢屋というか独房みたいなものはあるんだけど、その数は8部屋にすぎない。
それに独房と表現されるほどには狭いのだ、そこに48人は……ちょっと詰め込みすぎだろう……。
「そうだな。……正直邪魔だね、こいつら」
「たしかに」
ヤスケさんとシャルロットさんがそんな酷い扱いをしている。
実際邪魔なのだ。だからといってただ返すのも味が悪いし、だからといって収監できるような設備が無く、ギルドに協力して貰うにしても輸送に時間や手間が掛かる……。
「少しずつ起こして尋問、尋問が終わったら順次返却しますか……」
「返却……しちゃっていいの? 折角捕まえた賊だけれど」
「ああ。殺しておいた方が後腐れは無いと思うが?」
そりゃそうなんだけれど。
「気乗りしません」
「気乗りって……」
「いやあ。どうも……『今の僕』には、その決断が出来ないみたいですね。ユーヤ・ソンシャ、か――」
「――え?」
「――いえ、なんでも」
――今回名乗っている名前も、例によって友人から。
村社、郁也。単純な読み替えができ、このクタスタという国の人達の名前と響きが似ているという理由で郁也くんの名前を借りたんだけれど……。
そりゃあ荒事には向かないよな。
今の自縄自縛は自業自得という感じだ。
……とはいえ、それはかならずしも失敗を意味しているとも限らない。
「どうせやるなら効率よくやりたいですね。施設への侵入を諦めて逃げた賢い集団を追いかけるのは面倒です。この賊達を返却して行き先を把握。集結地があるようならばそこを突く形にしましょう」
「集結地があったとしても、そこに向うとは限らないだろう」
「こちらがあちらの情報を求めているように、あちらもこちらの情報を求めているはず。ならば、捕えられた後、逃げることが出来たらやること――とかも、ある程度は決まっていると思います」
「ふむ」
自分でもそれほど信じていないけれど。
可能性はまあ、ある、
そんな僕の妙な感じに気付いているのだろう、シャルロットさんもヤスケさんも、苦笑を浮かべて頷いた。
「まあ、良いだろう。こんな大人数の管理をしなければならないと思うとぞっとするしな――それに、思いも寄らぬ情報が拾えるかもしれない」
と。
ヤスケさんは良い笑みを浮かべ、床で仰向けに、ぐっすりと深い眠りについている男を一人、足でひっくり返すと、そのまま器用にシャツをはだけさせる――と、露わになった男の脇腹の背中近くには、花柄のタトゥーが施されていた。
「ユリ――ね」
「…………?」
「…………?」
ヤスケさんの意味深なつぶやきに、僕とシャルロットさんは疑問符を浮かべるばかりだ。
確かにユリ……だな、けれどそれが何か意味を持つのだろうか?
いや……そりゃあ、持つからこんなことをしているのだろうけれど。
「良い機会だ。クタスタの政治を君たちはしっているかな?」
「政治……ですか?」
シャルロットさんはさらに首を傾げる。
ふむ。
「僕が知ってるのは……国王主体の王制、アカシャのそれとベースは同じ。ただしアカシャとは比べものにならないほど国王の力が弱く、臣下の力が強い。このくらいです」
「さすがなるかな。ユーヤ、君の言うとおりだ。臣下というのも特に、そうだな。サトサンガの貴族のように、世襲制のものが主流でね。そういった有力臣下にはそれぞれ、シンボルが存在する――」
シンボル――ね。
家紋みたいなものか。だとすると……、
「ユリのシンボルを使う場合、クタスタではオーヤマ家の関係者であることを意味する。もちろん、この入れ墨が『本物であるとは限らない』が、この一団にオーヤマ家の関係者がいるとなると、少々厄介だな」
「……あまり聞きたくありませんが。そのオーヤマ家の現在の立場を聞いても宜しいですか?」
「正式には録尚書事という」
ろくしょうしょじ……?
なんか、学校で習ったような、習ってないような……。
役職名……だよね。
「有力臣下をこのクタスタという国では官吏と呼ぶ。その官吏の中の役職の一つが録尚書事――まあ、官吏のトップだな」
…………。
えっと……、つまり、だ。
「軍を離反したヨシノ・サイオウが、殆ど身元まで特定されていても尚処断や誅伐がされていないのは疑問の一つでしたけれど。……まさか、それが許されているのは、そういうことですか?」
「さあ。真相は当時者にしか解らぬよ。だが一定の指標となりうるものがこの入れ墨になる……可能性はあるな」
あまり自分でも信じていない、そんな様子でヤスケさんは言うと、別の男のシャツもはだけさせる――そこには何もタトゥーはなく、また別の男のシャツをめくれば、今度はまた、ユリのタトゥー。
いっそ全てが『ユリ』ならば、サイオウ師団の正体は見えたようなもの、なんだけれど……。
「……これは、どう見るべきかな」
ヤスケさんが憮然と言ったのは、48人全員の背中を見た後である。
48人中タトゥーがされていたのは35人――ただし、ユリはその中でも8人に過ぎない。
ランやツバキ、バラやガーベラにパンジー……他にも、花の種類は大量だ。
「一番単純に受け取るならば、『行動上都合の良いように花の威を借りている』。偽物の入れ墨でも、これほどの規模になればそれ専門の人材を雇っているかも」
「そうだな。だが最悪で受け取ると……」
官吏の内、ほとんど全ての家系がサイオウ師団に協力している――つまり、サイオウ師団という名の盗賊団は、官吏による私掠部隊……という、可能性。
「あの。二人はどうやら状況が見えつつあるようだけれど、私には解らないの。少し教えてくれるかしら?」
「入れ墨が偽物ならばただ、権力者を利用しているだけの賢い盗賊団です」
「本物だったら?」
「権力者『が』利用している盗賊団……ですね」
これは洋輔の再現抜けだな……、いや、そもそも再現状況として想定もしてなかったか。僕だって全く考えてなかったし。
魔物や自然現象の原因を再現はして貰ったけれど。
まさか、政治そのものを再現などしていない――
「ねえ、これは私が悪い大人だからかもしれないけれど。『元々入れ墨は偽物だけれど、本物に利益を提示して黙認して貰ってる』とか、そういう可能性は……あったりするのかしら?」
「…………」
「…………」
あるかないかで言えば……、あり……か。
「クタスタって……、一番人間の国って感じがするなあ……」
他の五国が割り切りすぎていただけかもしれないけど。




