145 - 隙は作れる
6月下弦19日。
連合は10時丁度になると、僕、シャルロットさん、そしてヤスケさんの三人を残して作戦行動を開始、拠点を出発した。
残された僕達三人は拠点の維持がメインの任務となるんだけれど……。
「さて。それで、我々が残された事には意味がありそうだけれど、実際の所はどうなのかな、ユーヤ、シャルロット」
「私よりもユーヤのほうがハルクの考えに正確ですよ」
シャルロットさんは早々に丸投げの姿勢を取った。
まあ良いけど……。
「連合側に隙を作りたかったんです」
「隙?」
「はい。連合のほぼ全員が今日、ついさっきまではこの拠点に居ましたよね。そんな場所に忍び込むのは、あまりにも現実的ではない。だから、連合の大半が拠点を出て――拠点に残っているのはたった三人の非戦闘員。そんな隙をハルクさんは欲した」
「まるで何者かが侵入を狙っているかのように言うね」
それはどうなんだろう、というヤスケさんに、
「確かに狙われては居るんですよね」
とシャルロットさんが言葉を継いだ。
あれ、とヤスケさんは首を傾げたのを見てか、シャルロットさんが更に説明を続ける。
「ちらちらと観察されているんですよ、ここ。ミスティックの『インディケート・サムワン』が何度も掛けられています。それに加えて、魔法の詳しい種類までは断定できませんが、遠くの空間を認識するような魔法も使われているかな――内部構造を把握しようとしているような動きです」
「あと単に視線も感じましたね――この前ハルクさんと少し夜道を歩いたんですが、ガン見されていました。かなりの距離からだったのでその場は抑えましたけれど……」
「ふむ。つまり連合の拠点に何者かが侵入を志している?」
僕の補足を受けてざっくりと、ヤスケさんは可能性を答える。
僕は一度、頷くことで是とした。
「連合の拠点だと解った上で、そこに仕掛けを入れようとしている連中です。遠くから空間を把握しようとできている時点で、そこそこ魔法に詳しい者も居るでしょう。相手が何者かはまだ解りませんが、目的は概ね見えています。連合の保有する財産狙いですね」
「リーヴァ・ザ・ソードマスターの剣は言うまでも無いけれど、他の参加者の装備一つをとってもかなりの高額品が多いものね……、当然連合から報復されるとはいえ、逃げ切ることが出来ればそれだけで計り知れないリターンがある。だからより魔が差しやすいように状況を整えてあげたというわけですわ」
「なるほどね。しかしね、主力どころか殆ど全員が出ている以上、この場に保管されている物資はそれほど多くない――と、そう考えるのも自然じゃないかな?」
全く以てその通り、ヤスケさんと同様の危惧はハルクさんもしていた。
そのことを告げつつも、だから解決策を提示する。
「今月下弦23日にドラクマへと到着する大規模な行商人に、高級なものを中心に多くの物資を搬入するよう要求しています。本隊が帰還するのは、早くとも下弦28日ごろになるというのがハルクさんの読みです」
「……時間的猶予を相手側に与えつつ、さらに最大値をかさ増しするということか」
頷く。
とはいえこの策、当然相手側も罠だと疑ってかかるはずだから、全部上手く行くとも思ってないけど。
それでも、
「相手が何者かくらいはこちらで調べておかなければ、ちょっと心地悪いですから」
「それは……まあ、そうだな。…………。とはいえ。現実問題として、我々三人で守り切れるのか? ……言っておくが私は戦いなんてほとんど出来ないぞ。いやまあ、最低限の護身術くらいは嗜んでいるが」
「私とユーヤが居る以上、それほど心配しないでも大丈夫ですよ」
少し不安がるヤスケさんに、それでもシャルロットさんは微笑を浮かべて答える。
「一応昨日も確認したけれど、ヤスケさんも交えてもう一度確認するわね。現在この拠点にあるものは全て、保有印で連合のものとしてあって、ユーヤにならば位置を把握できる。下手人が実行に移した場合、私はヤスケさんと拠点内部に結界を張って隠れる。その後ある程度人数が拠点内に入った時点でユーヤが拠点を結界化、内部に下手人を閉じ込める――」
「はい。シャルロットさんの結界は『動ける』上かなり緻密ですから、ヤスケさんがシャルロットさんと一緒に行動する限りは安全です。その上で、閉じ込める形での結界は僕が張ります。危惧があるとしたら僕の結界が破られる可能性ですね……僕の結界はそれほど強度も強くないので」
「私も少しならば心得があるが……、ふうむ。拠点を丸ごとを覆うほどでは展開が出来ないからな。まあ、君たちが大丈夫だと言うのならば信じるさ。今は仲間なのだからね」
ヤスケさんは肩をすくめ、戯けるようにそう言った。
「その上で仲間として一つ心当たりを言っておこう。連合のような大規模な集団を好んで狙う盗賊団の情報、捕らえているかな?」
「…………? いえ、初耳です」
「同じく……」
「知らなくて当然だ。クタスタの国恥だからね――外に知られるわけにはいかないんだ」
……国恥って。そこまでの集団なのか?
「サイオウ師団という」
「サイオウ……」
ん……?
なんだっけ、どこかで見覚えがある名前……、
「……サイオウ? ひょっとして、ヨシノ・サイオウのことですか?」
と、先に思い出したのはシャルロットさんだった。
ヨシノ・サイオウ。ああ、そうだ、その名前だ。
「ペトラドラゴニュート討伐にあたった二軍団の片方、でしたっけ。ヨシノ・サイオウ率いる軍団とキクチ・ササフジ率いる軍団でしたか? 詳しい情報は情報ギルド経由でも入ってなかったので、僕はよく知らないんですが……」
「いやあ。二人ともよく知っている方だよ。その通り、サイオウ師団はペトラドラゴニュート討伐の任についた軍団の一つでね。もう片方のキクチ・ササフジと同じく、ペトラドラゴニュート討伐に失敗した――と言う事になっている」
…………?
『と言う事になっている』?
「キクチ・ササフジが失敗したのは事実なんだ。あの敗戦でクタスタの一軍団が崩壊した。そこを本来ならば支えるはずだったヨシノ・サイオウはあろうことかその場で軍から謀反。同調した150人を除いた残りをペトラドラゴニュートと出くわすように行動を指示し、事実出くわした残りのサイオウが率いていた一軍団は壊滅――『ペトラドラゴニュート討伐に失敗した』。結果でみても嘘では無い。だがそこに将は、ヨシノ・サイオウがいなかった。クタスタに謀反して、150人の元軍人をまつろわぬ集団として率いている」
なるほど……、そういう事ならばそりゃあクタスタは隠すか、あるいは積極的に広く知らしめるかのどっちかだな。そしてクタスタは隠す方を選んだ……。
一軍団の長が元軍人150人を率いて国に背いた、なんて話を広く知らしめたら、人心が乱れまくると判断したと見える。
「でもそんな事態があったとして、クタスタとして対応はしてないんですか?」
「理由はいくつかあるが、やはり最初に『隠してしまった』からね。表立ってヨシノ・サイオウを誅伐する、なんてことは言えないのさ。巷じゃヨシノ・サイオウは軍団と一緒に勇敢な死を迎えた――ってことになってしまっているし」
初期対応を間違えた結果、ってことか……。
同じような事を考えたようで、シャルロットさんもため息をついていた。
「それでだ、サイオウ師団とあえて我々が呼ぶ連中はね。自分よりも規模の大きい軍団を好んで襲う。もちろん正面から戦うわけじゃあない、しっかりと相手の手薄なタイミングを狙ってだ」
「民には影響が出ていないのですか?」
「いや。自ら好んで襲うのがそういう連中というだけで、進路に居て、かつ其程手間にもならぬというならそこらの集落や村でも襲うよ」
それはもう、面子に拘ってる場合じゃ無いような……一刻も早く討伐令を出した方が良いと思うけれど。
サムからラ・クタスタに動くようにちょっと言って貰うか……? いや、内政干渉になるとサムが嫌うか。
ていうかこういう連中を野放しにしてるからクタスタの状況って良くならないんじゃ……、待てよ。
「……あの。嫌な予感がしたのでお聞きするんですが、この手の話ってクタスタでも珍しいんですよね?」
「ああ、もちろん。さすがに軍人がそんな規模でとなると滅多に無い」
よかった。
「ただ軍人でも数人規模だったり、軍人ではなく元冒険者だったりすると数年に一集団くらいはあるかな」
いややっぱり良くなかった。
ようするにクタスタは今、モラルハザード寸前ってことだろうに……。
ラ・クタスタ――クタスタ国王はなんで対処しないんだろう。
対処できない理由がある……? いや、だとしたら今回の連合にだって乗り気にはならないはず、けれど実際には乗ってきている。
決断力の問題かな……、それならまだ、一度でも吹っ切れればそれで良い方向に転がることもあるからなんとかなるんだけど、政治的な権力構造の問題の可能性もあるよね。
例えばクタスタ国王よりも家臣団のほうが力を持っているケース。
アカシャでは考えられないけれど、クタスタは当然だけど違う国だし。
とはいえ、家臣団のほうが力を持っているとしたって、この手の離反を国家として咎められないのは妙だ。
誰が権力を持つにしたって、国が乱れるよりかは安定している方が望ましいはず……だけど……、まあ、乱れている方がより『好きに出来る』って可能性は、あるな……。利益になら無いわけでも無いか。
視線でシャルロットさんと会話、サムに話すか、そうね、僕から、お願い、そっちは、調べるわ、そんな感じ。
「この問題は思ったよりも根深そうだなあ……」
「同感ね。……ただ、今回の相手は大丈夫そうだけれど」
「はい。……とはいえ、少し念を入れますか。シャルロットさん、結界の配置を変更しましょう」
「解ったわ。ヤスケさん、いざというときは私が誘導しますから。その時はついてきてください」
「ああ。任せるよ」
本来ならばシャルロットさんとヤスケさんには囮になって貰う、つもりだったんだけど……相手が元軍人で最大150人くらいいるかも、となると、ローラー作戦を執られる可能性がある。
僕が展開する結界の中に相手を閉じ込めるのは変えずに、シャルロットさんとヤスケさんには拠点の外の安全な場所に避難して貰うべきだろう。
で、短期的に見た対処はどうとでもなる。
相手が元軍人でどの程度の数がいたとしても、こちらの行動方針は変わらない。
僕の結界が破られたとしても保有印の書き換えまでに取り返す算段は容易につくし、そもそも破らせないための細工は既にこの街に済ませているからだ。
問題は長期的な対処だ、今回の相手は完封できてもその後に続かない。
拠点の安全は守れそうだ、と言う意味での安堵と、この問題を連合として共有して行動方針をハルクさんに決めて貰わなきゃいけないし、その判断基準としてはラ・クタスタが置かれている現状もしっかりと調べるべきだろう。
とはいえ今の僕には行動がちょっと難しいし、できればハルクさんが帰ってくるまでになんとかしたい。
……洋輔頼みだな、渡鶴を使ってちょっと現状を調べて貰うとしよう。
「ま、それはそれとして、我々は我々がするべきことをしなければね。とりあえずの当番を決めようじゃ無いか」
「そうですね。昼、夜、休みの三交代にしますか。ちょうど三人居ますし。暇ならば手伝うなりで時間でも潰しましょう」
「それで異存ないわ。けれどこっちから本隊への支援、本当に要らないのかしら?」
「ああ、それなんだが。どうなんだい? リーダーのハルクは要らない、としか言っていなかったよね」
ん……、ああ、シャルロットさんはあくまでも確認か。
ヤスケさんは真剣に聞いてきているけど。
「こちらから支援をする必要は無い……というより、支援を必要とするような連合でもないでしょう。あちらが相手をする魔物は確かに上から数えられるほどには凶悪で面倒な相手ですけど、その程度の魔物は一方的に蹴散らせるという戦闘力はあるはずです――少なくともアルスさんとリーヴァさんにはそれが出来るし、遠距離の段階から仕掛けるにしてもタックが居ますからね」
「タックというとあの弓使いの青年か。なかなかやれるのかい?」
しっかりと、頷く。
するとシャルロットさんとヤスケさんは、それぞれに笑みを浮かべて頷いた。
「裏を返せば――僕の想定を下回るようならば、連合にはテコ入れが必要です。ま、要らぬ心配だと思いますよ。本当にあの皆さんは強いし……それに」
心配をしているのはハルクさんのほうだろう。
そりゃある程度僕に対する『脅威』としての信頼は強いだろうし、シャルロットさんには仲間としての信頼を持っているだろうけれど、ハルクさんは相手がどんな集団なのか、そこまでは辿り着いていないはずだからな――まあ。
僕がそんな補足をすると、違いない、とシャルロットさんとヤスケさんは苦笑交じりに頷くのだった。




