144 - 見立てと行動
6月下弦17日。
夜、連合の情報を整理し終えた後。
今晩の後方支援窓口当番はヤスケさんとバリスさんということで、引き継ぎをしてから拠点内の自室に向うと、その途中で「ユーヤくん」と声を掛けられた。
「少し時間を貰いたいんだけれど。いいかな?」
「構いませんよ。今日の当番は終わりましたから」
「あら。休憩前なら明日でも良いけれど」
「今日は特に何もありませんでしたからね。大丈夫ですよ。……どこか部屋を使いますか?」
「うーん。そうね、随分振りだけれど、一緒に夜道でも歩くのはどうかしら?」
本当に随分振りだなあ。
そしてこの方向への振り方……。
なんとなくハルクさんがしたいことも解ったので、良いですよ、とそのまま進路を変更し、ハルクさんと並んで一度連合の拠点を出る。
20時過ぎのドラクマは静か……というと語弊があるな、連合の拠点がある付近は静かだ。
ただ、拠点からは反対側に位置する繁華街はこの時間でも賑わっているはずで、実際、灯りが結構見えている。
「この街は大分賑やかですね、夜も」
「ふふ、そうね。プロシアは……まあ、そもそもあそこはギルドハウスがあると言うだけで、大きな街でも無かったから静かで当然といえば当然なのよねー」
ふうん。そんなものか。
足並みを揃えて夜道を歩く。特にお互い、目的地を伝えたつもりも無いし、きっとハルクさんは僕と同じで、この夜道歩きに目的地なんてものは設定していないのだろう。
「ユーヤくんはこの街とプロシア。どっちが好き?」
「人間的なことを言うならプロシアかな。カウランさんに限ったことじゃないですけど、やっぱりあの街では随分とよくして貰いましたから」
「そうあなたが言っていたと言う事は、それとなくムギに伝えておくわ」
「あはは……困るでしょうね。『ユーヤ? 誰だ?』って」
「はははは」
そうだったわね、とハルクさんは笑う。
……ハルクさんは。
記憶の中のハルクさんより、よく笑う。
単純に喜怒哀楽が表に出やすくなっている……のかな。
「安心して頂戴。いざという時のために、考え方をきっちり分けるようにしただけよ。普段はより人間らしく、有事の際は感情を止められるようにね」
「なるほど。――ザ・ジェネラルともなれば、非情な命令も出さざるを得ませんからね」
「ええ」
権力には責任が伴うし、不本意な命令を出さざるを得ないケースも多くなる。
――それでも、迷ってばかりではならない。どんなに不本意でも命令を出し、戦況を動かすのが彼女の役割だからだ。
その為に感情を止める。
普段と切り分けておくことで、人間性は残したままに。
「ただ……」
「うん?」
「この街も嫌いじゃ無いですよ。何せ野良猫が居ますからね」
「そうね。随分と懐かれているみたいだけれど、何か餌でもあげているの?」
「いえ。あまり餌やりはしないことにしています」
「そうなんだ?」
「この街の野良猫、ずいぶんとふくよかな子が多いんですよ」
それはこの街が野良猫にとって住み心地の良い街であることを意味する。
あとついでに、結構富んでいるって事も示唆しているけど、それはそれ。
僕にとっては猫の方が優先である。
ハルクさんもそうね、と笑って頷いた。
「外を歩いているといよいよ……だけれども。ねえ、ユーヤくん。街の様子、どう思う?」
「静かですね」
「そうね」
「僕達がドラクマに来たときと比べても、ちょっと静かになっているように見えます」
「……それも、そうね」
静か。
閑静、というより、何か、怯え静まった結果としての……静けさ。
「私がこの前行ってきた隣町も、似たような感じだったわ。連合の結成に安心した――って感じじゃあ、無かったのよね」
「でしょうね。僕達は今のところ『発足を発表しただけ』です。何かをしたわけじゃない」
「そろそろ動かないと駄目よねー」
「そうですね……」
そろそろ連合として何らかの成果を挙げなければならない時期に突入しつつある。
結局、ハルクさんもそれを感じ取っていたんだろう。
だから街に出て、反応を見たがった。
……それに加えて、連合のメンバーに迷いは見せたくなかったか。
「とりあえず成果にできそうな、大きめの討伐はあるかな?」
「制限を設けないなら、エルダー種のドラゴンが観測されています。現実的な所で考えるならハイディアカイン……」
エルダー種のドラゴン……は、まあ、現実的では無い。
どこに居るのかが解っているならば尚更、討伐では無く話し合いでどうにかするべきだ。
放っておけば無害だし、邪魔だと言えばちゃんとどいてくれるし。
じゃあ討伐に丁度いいような相手は居るかというと、一応ハイディアカインと呼ばれる魔物が丁度良さそうだと思う。
ハイディアカインは人型の羊……という、なんか奇妙な表現でよく記されている。
解りやすいように言い換えよう。
まずは普通の羊を思い浮かべて欲しい。めーと鳴くような普通の羊だ。
その羊がたくましいマッチョの肉体を得て二足歩行をしている。当然羊なのでもこもことした毛並はそのままに。
で、そのもこもことした毛には常に稲光が纏わり付いている。
想像できただろうか?
僕は現物を一度見たことがあるのでまだ想像できるけど、第三者としていきなりそんな者を想像しろと言われたら、たぶんマッチョの肉体の所から突っ込みを入れまくっていると思う。
「観測されたのは七匹……だそうです」
「七匹……多すぎるわね」
「実際には多くても四匹かと。同時に観測されたわけではありませんから」
「なるほど。……とはいえ、最悪の可能性を考えるならば、七匹コースかあ」
まあ、そうなる。
で、このハイディアカイン。連合が討伐するのに相応しい、という時点で解るかもしれないけれど、魔物の中でもトップクラスの強さと厄介さを兼ね揃えている。
単純に力が強く、俊敏で瞬発力にも恵まれている。
更に、纏っている稲光も虚仮威しではなく純然な雷属性。攻守ともに自在にあやつり、遠中近のどの距離帯にもバッチリ対応してくる。
唯一の救い……となるだろうか、ハイディアカインは魔物としては比較的温厚な気性で、積極的に人を襲う事はしない。ただしここで言う人とは『普通の人』であって、ある程度力のある人間には積極的に襲いかかる。
それは『強さ』に執着するハイディアカインの生き様がそうさせているようだ。
あと、『積極的に人を襲う事はしない』というのも例えば視界に入ったから即殺しに行くってことをしないだけで、縄張りに入ればその辺も無差別に殺しに来る。
比較的温厚な気性とはいえ魔物は魔物なのだった。
「……ま、良いでしょう。連合としてしっかり当たれば特に問題は無いはずの相手。連携の確認も兼ねて、狩るとしますか」
「解りました。じゃあ、依頼は連合で抑えます」
「ええ」
依頼プレートを作ってぽん、と承認印を捺しておく。
プレートは当然のように越境依頼。
連合専用のプレートもあるんだけど、如何せん認知度が低いので、代用としてこちらを使う事になっているのだった。
「この後召集を掛けるわ。明日の9時に作戦会議室。それまでに情報を纏めておいてもらってもいいかしら」
「もちろん。それが僕の役目です」
お互いに頷いたところで、指し示したわけでもなく、ぴたりと二人で歩みを止める……ふむ。
「ところでユーヤくん。今回の連合、ぶっちゃけた話、どのくらい時間が掛かると思う?」
「それが全く、読めないんですよね……明確なゴールが存在しないせいですけれど」
「やっぱりか……うーん。私達が拘束されている間のアカシャ、大丈夫かな?」
「大丈夫じゃなくなればあの手この手でサムが動きますよ」
「それもそうね」
嫌な信頼だわ、とハルクさんは苦笑を浮かべつつ言った。同感だ。
「数年は覚悟した方が良いかと」
「数年ね。……だとすると、今回の冒険が現役最後の冒険になる可能性もあるわね」
「そうですね」
年齢的な限界は、やはり来るものだ。
ハルクさんたちはまだ次があるだろう、けれど今回の連合を区切りに冒険者という在り方をやめる人もちらほらは出るだろう。
ウグイさんとか、リーヴァさんとか。
冒険者じゃ無いけど、タックとかもかな……。
「現役最後だとしても、連合参加者には例外なくザ・ヒーローの称号を付与できるように動いてるようですよ」
「ザ・ヒーローって。……ふうん。あれ、三国以上の同意が必要だったはずだけれど?」
「クタスタ、アカシャ、プラマナが前向きです。メーダーも要請されれば同意に回ると。サトサンガ、クラは今のところ反応がありませんが……」
「もう要件は満たしちゃってるのね」
「はい。ハルク・ザ・ヒーローですね」
「そういうあなたもユーヤ・ザ・ヒーローになるのよ」
「辞退したい……」
「私もよ……」
ザ・ヒーロー。
英雄なるもの――とでも、言うべきか?
この称号は他の称号とひと味違う。
『死後に与えられる』、唯一の称号なのだ。
だからそれは名誉だけれど、同時に呪縛でもある。
「ま、私達が死んだ後のことはその世代に任せましょうか」
「そうですね」
さて。
「とりあえずお任せしてもいいですか?」
「もちろん。とはいえ掃除が必要ね……連合として出ている間、ドラクマは任せても良いかな」
「流石に一人では疲れますね」
「ならばシャルロット……と、もう一人は置いていくわ」
「結界は現地に要りませんか?」
「あなたやシャルロットが規格外過ぎるだけで、私にも使えるわ。戦場を縛るほどではないけれど――」
それもそうか。
僕が頷くと、そのままハルクさんは街の闇夜へとすっと溶け込むように消えてゆく。
一人になった僕は、そのまま連合の拠点へとゆっくりと帰るのだった。
とりあえずは休憩しよう。
資料を集めて明日に備えるのは、休憩の後でも十分間に合うしね。
◇
6月下弦18日。
連合拠点、作戦会議室。
9時丁度にハルクさんが入ってきて、これにより連合の全員がこの一室に揃った。
「時間になりました。始めます。ユーヤ、お願いしますね」
「はい。資料はこの場への到着時点で配布しています」
「ならば既に中身を読んだ人がほとんどかしら?」
恐らくは。
僕がそう頷くと、ハルクさんは少し緊張気味に頷いた。
「今回集まって貰ったのは他でもありません。そろそろ連合として行動しなければならない時期が来てしまったと言うことです――さすがに結成してそれでおしまいとはいきませんからね」
冗談めかしてハルクさんが言えば、他の面々がそれぞれに頷いていた。
結局、そろそろ頃合いだというのは皆、多かれ少なかれ感じ取っていたのだろう。
「今回の討伐対象は資料にある通り、ハイディアカイン。七体観測されているようですが、実数はもう少し少ない可能性が高いそうです。もちろん、多い可能性もあるので予断はできません。場所はクタスタ南部ケルタ高原。6月も半ばですから、雨を止むのを待つことは無意味です、雨天決行とします。対雷に関する装備は過剰なほどに調えるようにしてください。また、今回は実戦部隊を分割せず、全戦力を一気にあてます。いくらハイディアカイン相手とは言え過剰戦力ですが、これは連携の確認の意味もありますから、各々最善を尽くすよう努力をしてください。尚、今回の作戦においては『成功が失敗』だと考えるように。『最低でも大成功』をすることで、連合という枠組みを周知させる目的もあります。――出発は明日、6月下弦19日の10時。ドラクマに駐留し各所と連携を取る役割はユーヤ、ヤスケ、シャルロットの3人、他は全員作戦に参加していただきます。これは決定事項です」
本来ならばバリスさんやミナイさんもドラクマに駐留するはずの人物だ。
ただ、今回はちょっと事情が特殊なので……ハルクさんとしてもつれて行く事にしたらしい。
この決定には困惑の色も浮かべている人が殆どだったけれど、逆に強いメッセージとしてシャルロットさんは受け取ったのだろう、僕に向けて視線を向けてきていたので、一度頷くことであとで話すよ、と返事をしておく。
「再度になりますが、雨天決行。どのような荒天であっても中断はありませんし、予定通りの行動を取ります。相応の覚悟と装備をするようにしてください。遅くとも6月中にはこのドラクマ拠点に帰還します」
そうしなければならない理由もあるし――と、ハルクさんはぐるりと周囲を見渡し、一通り全員と視線を合わせてから頷いた。
「出発までの時間は自由に使って下さい。ハイディアカインに関する情報は概ね、既に手元の資料にあるものが全てになります。必勝法や狩猟法などは存在しませんが、我々の手で打ち立てる程度の気概は持って臨めるはずです」
以上、とハルクさんは言葉を切って、大きく大きく頷く。
「では解散。10時丁度に出発できるように、早めの行動を願いますね」
こうして、連合としてあたる最初の作戦、ハイディアカイン討滅戦は発令された。




