142 - 縁を繋いで
例えばホーラ川の大水害。
例えばその後の大風害。
そして訪れた不死鳥。
一つの地域に三つの災害が連続的に発生する、そんな事態の背後に何かがあると考えるのは至極当然だ。
事実、ホーラ川の大水害の背後を辿れば別の不死鳥に辿り着くだろう、大風害は不死鳥では無いものに辿り着くけれど、それでも一応原因らしきものは見つかるだろう。
けれどどんなに調べても、そこから先は存在しない。
クタスタが何かをしたから、何かをしようとしたから、その結果としてそういった被害を被ったのでは無い――ただただ不運に、そういう結果がそこに集中したと言うだけのことだ。
5月上弦11日。
クタスタとアカシャ国境を、今回はアカシャに国籍を持つユーヤ・ソンシャとして越え、まず向ったのはクタスタ南部、ユバリという街。
このユバリという街は規模がそれなりに大きい交易街で、冒険者ギルドハウスも存在し、かつクタスタ王都まで直行できる馬車もあるという便利な場所で、国境からもさほど遠くない。
ちなみに街並みは岩造りが基本で木造は少ない。
やっぱり、アカシャの街並みに似ているかな……灯りも火が多いし。
そんな街に入った第一感は、なんだか空気が重いなあ、というものだった。
怯え……かな、あちこちで起きている災害が自分達にも影響をするのでは無いかという漠然とした不安。
けれど漠然とした不安と怯えであって、それが直接的に感じられるほどの不安でも無いし、街としてはやや空気が重いだけで、普段通りに生活している……って感じ。
正直ちょっと住みにくそうだ。
まあ。
別に住むためにここに来たわけではない。
ギルドハウスへと向かい、扉を開けて中へと入る。
ギルドハウスの中はそれなりに繁盛している酒場……プロシア形式か。
とはいえ今は14時、お昼過ぎの微妙な時間。
この時間に繁盛しているというのは当然、普通のことでは無い。
ただ、その理由はすぐに判明する。
「ちょっとあなた、また頼んだの? さっきお腹いっぱいになったって言ってたじゃない」
「甘い物は別腹なんだよー。そもそもハルクは最近食が細ったよね」
「私は変わってないわ。あなたがより食べるようになったのよ。それでいて全く太らないし……女の敵よね」
「ふっふっふー……ってまあ、その分動かされてるだけなんだけどね。燃費も悪いし」
「ああ、自覚はしているのですね」
「シャルまでそっちに付くの……?」
聞き覚えのある声に、視線を向ける。
ハルク・ザ・ジェネラル。
アルス・ザ・ブレイバー。
シャルロット――かつての、ザ・イレイサー。
「それで、どうだ。この前頼んだ砥石はどうかな、手に入るか?」
「難しいわねえ……、一応手配はしてあるけど、あんまり期待しないで頂戴。サトサンガ商人会の連中、結構渋るのよ」
「連中って。ヘレンさん、言い方言い方」
「良いのよ、連中で。私だってそういう扱い受けてるし、バリスだってそうでしょ?」
「まあな」
こちらにも聞き覚えのある声が。
サトサンガの冒険者、ウグイさん。
船を冒険者ギルドハウス分室として持つ、バリスさん。
引退したザ・ラウンズの一人、ヘレン。
そして、リーヴァ・ザ・ソードマスター。
「リーダー。今回の指令、本当にこれであってるの?」
「間違い無い……はずなんだけどね。確かに此処に集合、あとはそれで解るとしか言われていない」
「今更コウサが嘘をついてるとも思わないけど、なんていうか……このギルドハウス、圧が酷いわね。アカシャの超有名所が集まってたり、サトサンガの問題所が集まってたり」
「何か意味がある……ってことかな?」
案の定と言えば案の定、こちらにもやはり聞き覚え。
タック、ニーサ、そしてコウサさん。
元はプラマナの冒険者達――今は、プラマナ魔導府の、ディル翁に仕える三人組。
……サムの奴め。
駒を集めておくとは言ってたけど……これはまた、豪勢に集めたもんだなあ……。
「マスター。とりあえずりんごジュースを貰えますか」
「うん? ……ああ。新顔か」
「はい」
カウンターに座って少し、時間を取る。
りんごジュースが届いた後、一口飲んで、空間整理やらを解除――と。
ぴたりと。
ギルドハウス内部の会話が途切れた。
「依頼主はユアン・サムセット・ウィ・ラ・アカシャ。依頼内容は『クタスタ異変の平定』、承認者は僕、ザ・オディール"アカシャ"――連合を此処に成立させます。連合のリーダーは実力面からハルク・ザ・ジェネラル"プロシア"、貴女に。参加者の内この場に居る方だと、前衛はアルス・ザ・ブレイバー、リーヴァ・ザ・ソードマスター、ウグイ、コウサ、ニーサ。中継ぎにヘレン、タック。後衛にはシャルロットとバリス・ザ・キャプテン、そして僕がつく形を連合では取りますが、そもそも史上でも滅多に使われない枠組みです。まずはチームアップだと考えて動いて下さいね――」
承認印を産み出して、とん、と。
その場に作ったプレートに捺す。
「ここにいるみなさんとは面識がありますからね。皆、お久しぶりです」
「フロス――」
「アルテア――」
「グロリア――」
ハルクさんとリーヴァさん、そしてコウサさんが、同時に僕の名前を呼ぶ――それぞれ違った名前で呼ぶ。
直後、あれ、と、三人が顔を見合わせていた。
「色々とありましたが、今はユーヤ・ソンシャという名前です。ユーヤと呼んで下さいね。で、募る話もあるんですが、先に重要な伝達を済ませておきます。今回の依頼。正直言って、まともにやっても真っ当な終わりが見えません――なぜなら『クタスタ異変』とよばれる一連の現象に黒幕は存在せず、原因も無く、ただ不運が続いているからです。何か原因があるならばそれを取り除けば良いけれど、それが無い以上明確な終わりが存在しない」
たとえば悪の魔法使いが何かを試みているとか。
あるいは魔狼のような何かが現れているとか。
そういう解りやすい原因や病巣が無いから――対処のしようが無い。
「難しい依頼です。覚悟しましょう。以上、堅苦しいお話はおしまいで――本当にお久しぶりです。皆、僕の記憶より大分たくましくなってますね」
「……そういうフロス――じゃない、ユーヤでいいのね。ユーヤが変わらなさすぎるのよ」
僕の問いかけに、けれど咄嗟にそう言い返してきたのは案の定ハルクさんで。
その後、どっと押し寄せるようにコウサさんやハルクさん、ヘレンさんが近付いて来る。
「だいたい6年ぶりに会うはずなのに、本当に変わらないな……あの時のままだ。というか、本当に生きてたのか……」
「コウサさんもあまり変わってないですよ。まあ、タックとニーサがよく育ったせいでしょうけど」
「あはは……まああいつらも大人になったからな」
コウサさんはただたくましく、タックとニーサはたのもしく、そんな成長を遂げている。
全員魔法も磨いているようだけど、単純に身体的な成長を踏まえてあの連携ができるとなると、もはやトップチームそのものだろう。
そりゃあディル翁が重宝しているわけだ。
「うわあ。本物かあ」
「何をして本物というかですけどね……ちなみに砥石って?」
「実は剣の切れ味がね」
「あとで僕が直します」
「助かる」
リーヴァさんは僕と行動を共にしていた頃、まだリーヴァ・ザ・ソードでしかなかった――それは剣そのものに付けられた称号を所有者が名乗っていたからで、今、ソードマスターにその称号が変わっているのは、活躍が認められたからに他ならない。
ちなみにヘレンさんは冒険者を辞めてから商人になっているとは聞いていたけど、見た感じ現役と大差無いくらいには動けそうだ。
バリスさんは記憶のままかな、ウグイさんはかなり強くなっているような気がする。
確かヘレンさんと組んでるんだっけ?
「『あの人』も意地悪ね。ちょっとだけ話は聞いていたけれど、まさかそのままだとは思わなかったわ」
「その辺のクレームは『あの人』にどうぞ」
「そうするわ。プロシアには顔を出したの?」
「それはやめておけと言われまして」
「そうね……」
気にならないわけがない。
けれど迷惑を掛けることが解っているのだ、向うべきでは無い。
フロス・コットンは大逆者として処刑された。
その事実を揺るがしてはならない。
「さてと、あとで細かい話はしますけど。とりあえず僕に近寄ってきたお三方に面識は?」
「ないわ」
「ないね」
「ない」
無いのかよ。
サム、もうちょっと説明しといてよ。
「ただ、名前を聞いたことはあるわ。リーヴァ・ザ・ソードマスター、『魔導府の剣』コウサ――」
「当然俺も、ハルク・ザ・ジェネラルの名前は知っている。知らない冒険者はこの辺じゃ居ないだろうしな。『魔導府の剣』はその異名は聞いた事があったが、そうか。名前はコウサというのか……」
「リーヴァ・ザ・ソードマスターとは一度、すれ違ったことがあったような。でもあの時はまだ、『魔導府の剣』とは呼ばれてなかったからなあ……」
「へえ?」
まあ、面識が無いと言うだけでお互いに異名や称号、経歴はある程度知っているようだから大丈夫か。
「実力面で一番にハルク・ザ・ジェネラルを置くのは賛成するけれど……。チームアップじゃなく、連合か。また珍しい枠組みを使うな。ユアン国王の指示か?」
「いえ、その部分は現クタスタ国王、コクミョウ・ラ・クタスタからの要請ですね。今回の依頼の主体はラ・アカシャですけれど、ラ・クタスタとの連名に近い性質を持っています」
「なるほど。『解決にこれほど大規模に力を掛けていますよ』というアピールか」
リーヴァさんの疑問に僕が答えると、コウサさんが構造をしっかり見抜いていた。
全く以て、その通り。
ちなみに連合という枠組みが『珍しい』と言われるのは、現代……に限らず、そもそもその枠組みを使うケースが滅多に無いからだ。
普通はパーティ単位で協力するチームアップで十分だし、連合はパーティの統合を一度行う都合上、権力的にも実力的にも、大抵問題が起きるんだよね……。
妙な話だけど、今回だって本来ならば連合リーダーの選定には一悶着が起きるのが自然なのだ。一悶着起きるだけで最終的にはハルクさんで決着しただろうとも思うけど。
それが無かったのは単純に僕がアカシャ国王の名の下に宣告したからで、『そう命令されたならしかたない』と全員が一応の納得をしたからだった。
また、そういう問題が起きないにしても、チームアップと連合では決定的に異なる点が一つある。
拠点の指定だ。
「今回、連合を成立させるにあたって、拠点をクタスタ国王、コクミョウ・ラ・クタスタが提供してくれました。場所はクタスタ南部ドラクマです」
連合はパーティを統合し一つの纏まりとして、冒険者達を集結させる。
その集結の場として拠点を指定し、その拠点にはギルドと意志疎通の出来る人物を一人以上置かなければならない。
今回、クタスタが用意した拠点はドラクマに新しく建造した大型施設。
ただしギルドの人間は特に用意していないそうなので、僕が『意志疎通の出来る人物』として振る舞うことになるだろう。
……一人じゃ厳しいから、シャルロットさんやヘレンさんに手伝って貰う事になるかな。
「連合の成立と同時にドラクマのその拠点が僕達の所有物になってますから、この後、懇談しながら移動としましょう。クタスタからの参加者はそこで面通しになります」
「それはいいけど。移動は今からするのかい」
「いえ」
ちらりと時計を見る。
だいたい14時20分。
「移動開始は余裕を見て明後日の朝とします。今日は懇談、明日はそれぞれ準備、でお願いしますね。馬車は……、いります?」
一応聞いてみると、はて、と皆が考え始める。
正直ここに居る面子の場合、馬車に乗るより歩いた方が早いのだ。
休憩要らないだろうし。
「ここに呼ばれてる時点で一定の力量は備えていると思うけれど、より細かく見るためにもちょっと歩きましょうか」
「そうだね」
ハルクさんの決断に是としたのは、タックだった。
すっかり好青年になっている……時の流れが早いなあ。いや僕が止めてるだけか……。
「じゃ、早速だけど懇談といきましょう。マスター、色々と適当にもってきて。お金は気にしないで良いから。払うのは私じゃ無いし」
「……ヘレンさんらしいといえばらしいけど、遠慮が無いなあ」
「あら。遠慮して欲しい?」
「まさか」
これでこそヘレンさん――ってね。
◇
連合がドラクマに到着し、正式な形で拠点を受け取ったのは5月下弦16日。
同日中にアカシャ、クタスタ両政府は連合の成立を公的に宣言、連合の目的がクタスタで起きている異変への対策である旨と、連合に参加する全員の名称と立場も公開された。
……一定の知名度を持つ者達が連なるそのリストの中にぽつんとユーヤ・ソンシャという無名のザ・オディール"アカシャ"が混じった意味をメーダーは察知したけれど、僕を見てそのまま帰っていったあたり、メーダーにおいて僕が随分と厄ネタとなってるんだなあと今更ながらに自覚するのだった。




